金木犀の許嫁
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第四十六話 鯨を食べてその十
「幕府も」
「やっぱり怪しいですよね」
「そうですので」
幕府から見てもというのだ。
「わかっていましたが」
「そこはですね」
「処刑したとしたので」
京都の四条河原でそうしたと言われている。
「もうです」
「済ませたんですね」
「若し豊臣家の者と言えば確実に殺されましたが」
それでもというのだ。
「言わないとです」
「よかったですね」
「ですから」
そうであるからだというのだ。何もありませんでした」
「そうでしたか」
「はい、ただ」
こうもだ、幸雄は話した。
「親子はです」
「離れ離れになりましたね」
「そうでした」
「秀頼公は薩摩に逃げ延びられたので」
「そうされたので」
だからだというのだ。
「親子はです」
「離れ離れで」
「おそらく一生です」
「お会い出来なかったですね」
「そうでした」
このことは残念そうに話した。
「おそらくは」
「お互い生きていても」
「ですが生きているだけで」
幸雄は確かな声で言った。
「あの場合はです」
「いいですね」
「そうです、何しろです」
「大坂の陣で、ですね」
「お二人共死んでいてもおかしくなかったです」
「実際史実ではそう言われていますね」
「そうですから」
だからだというのだ。
「生きているだけで」
「お二人共」
「よかったです」
「そうですね」
佐京も確かにと頷いた。
「あの状況ですと」
「左様ですね」
「お二人共というのは」
「しかも幸村公も十勇士の方々もです」
「全員生き残ったので」
「後藤又兵衛さんもです」
真田幸村の盟友的存在で共に大坂の陣を戦った彼もというのだ、この人物もまた奮戦したことが歴史にある。
「生き残りましたし」
「あの人は落ち延びて」
「奈良の大宇陀の方にです」
「一旦落ち延びて」
「あらためて薩摩に行かれました」
「そうでしたね」
「実は大助公も入れて十三人で」
幸村の息子だった彼もというのだ。
ページ上へ戻る