Fate/WizarDragonknight
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紛い物
その日。
平日の見滝原公園には、お年寄りや子供たち、もしくは平日を休日に指定している会社員の姿が多い。
だが一方で、遊歩道から奥に逸れた森林区画には、早々人は立ち入らない。だからこそ、ここは可奈美の剣の鍛錬にはもってこいの場所だった。
「行くよ、真司さん!」
「っしゃあ! 手加減しないぜ!」
白い霊体となっている可奈美は、目の前の赤い鉄仮面を見つめる。
龍騎。
城戸真司がカードデッキを使って変身した戦士だ。その手にしたドラグセイバーが、陽の光を反射して眩しい。
「可奈美ちゃん! 真司さん! どっちも頑張れ!」
応援しているのは、近くのベンチに腰を掛ける友奈。
剣を持たない彼女は、どうやら家で弁当を作って来たようで、膝元には弁当かごが置かれていた。
「おりゃあああああああああ!」
龍騎は、叫びとともにドラグセイバーで斬りかかる。
可奈美が習得している新陰流は、相手の攻撃を受け流すのを主とする。
龍騎のドラグセイバーを受け流し、龍騎の鋼鉄のボディに火花を散らす。さらに、龍騎の青龍刀を千鳥で受け止め、逆に彼の手に向けて千鳥を振り下ろす。
「ぐあっ!」
ギリギリ彼の防御が間に合った。千鳥は龍騎の腕のアーマーから火花を散らしたが、大きなダメージにはなっていない。
「まだまだっ!」
龍騎はそのまま、ドラグセイバーを振るう。
もしも直接正面から打ち合えば、力量の関係で龍騎に敵わない。ドラグセイバーを受け流しながら、可奈美はそう確信する。だが、主体攻撃を主とする龍騎と、受けて流す可奈美の新陰流では、可奈美の動きに分があった。
「やっぱり……真司さん、すごい! 本当に剣、習ってないの?」
「ん? ああ、前の世界でそれどころじゃなかったからな。全部自分で覚えたぜ」
可奈美と龍騎は打ち合い続ける。可奈美の斬撃を受け止めた勢いを利用し、体を回転する。果たしてどんな剣が出てくるのかと身構えていると、放たれた蹴りに可奈美は対応できず、地面を転がった。
「剣じゃないの!?」
地面に付けた顔を上げながら、可奈美は叫んだ。
「え? いや、こういうのって剣だけ持ってればいいのかと……」
「あ、そ、そうだよね。真司さん、剣術とかじゃないからね……」
可奈美は起き上がる。再び千鳥を構え、
「じゃあ、今度はこっちから行くよ!」
迅位は使わない。あくまで、自らの足で、龍騎へ剣を放つ。
「っしゃあ! 来い!」
龍騎は気合を入れ、可奈美の剣を受け止めた。
「ぐっ!」
「本当に凄いよ真司さん! いい師匠に教われば、絶対にもっといい剣になるよ!」
「だったら、今は可奈美ちゃんが俺の先生、かな!」
龍騎は鍔迫り合いになりながら答えた。
可奈美がにっこりと笑みを見せると、お礼にとさらなる剣技を披露する。
龍騎にはさすがに受け止めきれない勢いの剣に、だんだんと圧されていく。やがて可奈美は龍騎の胴体を切り裂いた。
「うおおっ!」
大きく怯んだ龍騎は、斬られた箇所を抑えながら距離を取る。
可奈美は千鳥を頭の位置で構えながら、促した。
「さあ、真司さん! 次の剣も見せて!」
「っかああああ……! どうしても剣じゃ返されるな……ん……?」
その時。
龍騎が、少し顔を向いたまま動きを止めた。
何かを思いついたのだろうか。可奈美がそう予測するよりも早く、龍騎が動き出した。
「だりゃああああ!」
龍騎はドラグセイバーで、突きを繰り出す。
可奈美は当然、的確な剣技でドラグセイバーを弾き返した。そのまま、体を大きくのけ反らせたところに反撃する手はず。
だがドラグセイバーは、大きく弾け、地面に突き刺さっている。それほど強い力で弾いてはいないのに、と可奈美が逡巡していると、すでに目の前には龍騎の鉄仮面があった。
「ええっ!?」
そのまま突撃してくる、その発想はなかった。
龍騎はそのまま、可奈美の腰に掴みかかり、進む。彼がようやく手を放したかと思えば、可奈美の腹に龍騎の鉄仮面が炸裂した。
「うえっ! ず、頭突き!?」
腹を抑えながら、可奈美は目を疑った。
「へへっ! どんなもんだい!」
龍騎は鼻をこする。
「すごいよ真司さん……! そんな剣術、予想外だよ!」
「っしゃあ! 一本取ったぜ!」
「でも……」
可奈美は、少ないダメージで立ち、千鳥を龍騎へ向ける。彼も千鳥の刃先に、思わず手を上げていた。
そして彼のドラグセイバーは、すでにその手を離れている。囮としての役割を果たし、今は地面に突き刺さった棒となり果てていた。
「あ……」
「勝負あり、だね!」
「……かああああああああっ!」
龍騎は叫びながら、地べたに大の字になって伏せた。
「やっぱり剣じゃ勝てないなあ」
龍騎はそう言い、その体が鏡のように割れていく。
龍騎から城戸真司への変身解除プロセスを見届けて、可奈美は大きく息を吐いた。
「ありがとう、真司さん。剣の鍛錬に付き合ってくれて」
「仕方ないだろ。ハルトとコウスケは大学でアレコレあるし。響ちゃんは剣の力が不安定で、友奈ちゃんはそもそも剣を持ってない。可奈美ちゃんの剣の相手ができるのって、俺だけだからさ」
真司は起き上がろうとするものの、すぐに「うーん」と倒れ込む。
それを、すぐそばで見守っていた友奈が助け起こした。
「ごめんね可奈美ちゃん、わたしも剣とか持っていたらいいんだけどね。夏凛ちゃんの剣とか、わたしも使えたらよかったのにな」
「ううん。大丈夫だよ真司さんも、付き合ってくれてありがとう!」
「ああ! これぐらいならいつでもいいぜ」
真司はそう言って拳を突き出した。
可奈美は拳で突き合わせてそれに応じ、「ありがとう!」と礼を言った。
「それより腹減ったな。友奈ちゃん、弁当食べようぜ!」
「そうだね! 可奈美ちゃんも食べよう!」
「うん! お弁当!」
可奈美は手を合わせる。
友奈はベンチに戻り、置いてあった弁当籠の蓋を開ける。すると。白いサンドイッチが詰め込まれていた。
「あれ? 友奈ちゃんが持って来るものだから、てっきりうどんかと思ってたよ」
「うーん、わたしはそうしたかったんだけど、流石にうどんは入れられないよ」
「友奈ちゃん、ホントすごかったんだぜ! うどんを入れられないかアレコレやっててよ」
「だって、可奈美ちゃんにもうどん食べて欲しかったんだもん!」
「私友奈ちゃんのところに行く時、いつもうどん頂いてるよ?」
可奈美はサンドイッチを頬張りながら言った。
シャキシャキとした歯ごたえを感じながら、可奈美はサンドイッチを頬張っていると。
「優雅な昼食のところ、失礼するよ」
突如、その声が頭上から聞こえてきた。
思わず顔を上げる可奈美、真司、友奈。その目線の先には、無数の蝶が一か所に固まっていた。
そして、その群生より現れるのは、黒いタイツを纏った蝶の仮面の男。
「パピちゃん!」
友奈の呼称により、可奈美は目の前の男が、ここ最近ハルトからよく話を聞くパピヨンだと理解する。
音もなくパピヨンは着地。蝶の仮面から見える鋭い目は、可奈美と真司をじっと捉える。
「ふむ。君たちは初めましてだな。改めて自己紹介といこうか。俺はパピ☆ヨン」
パピヨンは大きく腰を曲げる。
「お見知りおきを」
「あなたがパピヨン……」
可奈美は腰に付けた千鳥を握る。一方パピヨンは、「ノンノン」と指を振った。
「パピ♡ヨン。もっと愛を込めて」
「聖杯戦争への参加を希望しているって聞いたけど、本当なの?」
「よく俺の事を聞いているじゃないか。セイヴァーのマスター……」
笑みを浮かべるパピヨン。それを見ただけで、聞いていた話が事実だという証明になる。
「聖杯戦争最強の剣士……相手にとって不足はない!」
パピヨンはそう言って、両手を広げる。
無数の蝶が、可奈美、友奈、真司の前に広がっていく。
だが。
「やめろ!」
真司が叫び、手にしたカードデッキから龍のカードを引き抜く。
すると、天空より赤い龍が飛来、蝶の大群に突っ込んでいく。蝶たちは、強大な熱源に当てられ、爆発するとともに消えていく。
爆炎の中を潜り抜け、ドラグレッダーは真司の周囲で旋回を始めた。
「ふむ……。見覚えがあると思ったら、バーガーショップの店員か。そういえば、ウィザードも君がサーヴァントだと言っていた気がするよ。随分とバカでかい化け物を従えているじゃないか」
「お前の話は聞いてる! 聖杯戦争に参加するなんて馬鹿な考えはやめろ! こんな戦いに参加したって、お前も、皆も! 傷つくだけだ!」
「俺の知ったことか。例え俺自身が傷つくとしても、叶えたい願いがあるのだよ」
パピヨンはそう言いながら、その背中の翼を広げた。
無数の黒い蝶が蠢き、今にも可奈美たちへ向かおうとしたとき。
『参加者同士が仲良しこよししてんじゃねえよ』
突如現れた声なき声に、可奈美、真司、友奈は背筋を凍らせた。
頭に直接響いてくる音なき声。これを知らない参加者がいないことは確信をもって言える。
可奈美が振り返れば、すぐそこにそれはいた。
「コエムシ……!」
聖杯戦争の監督役の一人、コエムシ。
夢の国にいそうなシルエットに、頭と体のバランスがあきらかに不釣り合いになっているそれ。彼が訪れた戦場では、ほぼ毎回決まって新しい敵の出現が伴われる。
その姿を見て、喜ぶ者がただ一人。
「おおっ! おおっ! 会いたかったぞ! 聖杯戦争の監督役!」
パピヨンは手を叩く。
すると、コエムシは怪訝そうにパピヨンを向いた。
『ああ? 何だお前? 俺様が見えるってことは、それなりに魔力を持ってるようだが』
「俺はパピヨン。聖杯戦争の監督役よ。俺も是非、聖杯戦争に参加させてもらいたい。何、参加者足り得る魔力は十分にある。素質としては、他の参加者と同等以上のハズだ」
『寝ぼけたこと言ってんじゃねえ。テメエのような半端モンを聖杯戦争に参加させるわけねえだろ』
コエムシは『ケッ』と吐き捨てた。
「半端者だと?」
『出来損ないのホムンクルス風情が。神聖なる聖杯戦争に参加できると思ってんのかよ。つけあがんのも大概にしろ』
「な、何だと……!?」
その反応に、パピヨンは顔を大きく歪めた。
「この俺が、参加できないだと……!?」
『何度も言わせるな。失せろ。仕事があんだよこっちは』
コエムシはそれ以上パピヨンへ目を向けることはない。
並ぶ三人の参加者を眺めるコエムシは、その魂のない点のような目で可奈美たちを見つめていた。
『さってと。こんな半端モノに絡んでる雑魚の参加者共が徒党を組んでいるわけだが……オレ様は戦わない参加者ってのが一番嫌いなんだよ』
監督役の言葉に、可奈美は身構える。
彼が参加者の前に姿を現す時。それはいつも、何が起こるか決まっていた。
可奈美の予想を実現するように、コエムシの背後、見滝原公園の木々の光景が銀に染まっていく。
『今までの甘ちゃんじゃねえぞ? 今回は、敵をぶっ潰すことに何の戸惑いもねえ最強の処刑人の登場だ!』
処刑人。
今まではその銀のオーロラより、処刑人が登場していた。
だが今回、オーロラより登場したのは掌に収まりそうな小さい物品。三枚の硬貨のようなものが、ふわりと浮かびながらコエムシの前に並ぶ。
「お金? いや、メダル……?」
真司がそう認識した途端、メダルは三角形に並ぶ。
『さあ、言った通りだ。しっかり奴らを始末してくれよ』
「いいだろう。戦いならば、何時でも歓迎だ」
コエムシに返答する声は、どこから聞こえてきたのだろう。
その答えが、あのメダルからだと、可奈美は認識していても理解できない。
そして、そのメダルを囲むように、地面から無数の銀色のメダルが現れる。それは、次々に三色のメダルに収束していき。
そして。
「変身」
飽くなき戦いへの欲望を秘めたメダルの塊は、すぐさま人の形となる。そして。
『サメ クジラ オオカミウオ』
三角形を形作るメダルが、甲高い音を鳴らす。
音声に合わせて、メダルからそれぞれの生物のイメージが飛び出て、三角形を描き出す。それはメダルの塊へと接触し、大きな水しぶきを迸らせながら、それはこの世界に錬成された。
「さあ……戦わせてくれ……!」
『ああ。望み通り、たっぷりと戦いな! ポセイドン!』
ポセイドン。
どこかの神話、その海の神と同じ名前を持つ処刑人。
とてもダークカブトやルパンのような協力的とは思えない。
戦いへの欲望を露わにするように長槍を振るう彼は、明らかに敵意を見せていた。
可奈美、真司、友奈、そしてパピヨン。
この場にいる者たち全員を見定めながら、彼は問う。
「さあ、俺と戦うのは誰だ?」
可奈美、真司、友奈それぞれに長い槍を向けながら、処刑人ポセイドンは言った。
一方可奈美たちも、それぞれの体に会得した力を解放させる。
「写シ!」
「「変身!」」
鏡像と花びらが空間に溢れ出し、真司と友奈の姿が変わっていく。
同時に可奈美の肉体も写シを纏い、再び白く輝いていく。
「ほう、三人がかりか。いいだろう。だが一つ言っておく」
ポセイドンは三人を槍で指しながら告げる。
「命乞いはするな。時間の無駄だ」
彼の言葉をそのまま受け取るのならば、それは敵意を収めるつもりがないということだろう。
ポセイドンは三人を一瞥し、赤い長槍、ディーペストハープーンを振るう。
その刃先は海の波濤を宿し、三人を一気に薙ぎ払う。
即座に可奈美は千鳥に赤い光を宿し、水を両断する。
一気に蒸発した海水を突っ切り、龍騎と友奈は同時にポセイドンに挑む。
だが、ポセイドンは長槍を横にして、二人の拳を同時に受け止める。
「なるほどな。悪くはないが……弱い!」
ディーペストハープーンを振り回し、同時に水が彼の周囲を旋回する。
水は竜巻となり、龍騎と友奈を流し、地面に転がす。
さらにそれは高く伸び、可奈美へ迫ってくる。
可奈美は大きく後退し、水流を回避。
だが水流は、可奈美の背後まで流れていき、茫然としているパピヨンを切り裂いた。
「ぐおっ!」
「あっ!」
地面に落ちるパピヨン。
そんな非参加者を見下ろしながら、ポセイドンは吐き捨てた。
「怪我をしたくないなら失せろ」
「何だと……!?」
「それとも、戦うか? ならば相手をしてやる。だが命乞いだけはするな? 時間の無駄だ」
ポセイドンはその言葉とともに、敵意をパピヨンにも向けた。
パピヨンは唇を噛み、コエムシを睨む。
「聖杯戦争の監督役! どういうことだ! 俺はそれなりに魔力量もある! 他の参加者とも戦い、命を奪う覚悟もある! なのに、なぜ、そこの戦う気のない小娘たちはよくて俺は参加できない!?」
『さっき言ってやっただろうが。紛い物を参加させるわけにはいかねえんだよ』
「参加者には、宇宙人もいたと聞いているぞ! なぜ宇宙人は良くて俺はいけないのだ!?」
『だーかーら! ホムンクルスだからだっつってんだろ何度も言わせんな!』
コエムシは苛立ちながら叫んだ。そして、『おい、ポセイドン』と処刑人に命令を下す。
『その紛い物も始末しろ。徹底的にな』
「……良いだろう」
ポセイドンはパピヨンを一瞥した。
「お前も俺を楽しませてくれ。ただ、命乞いだけはするなよ? 時間の無駄だ」
「ならば……処刑人を始末し、俺が参加者に相応しいと認めさせるしかあるまい!」
宣言したパピヨンから放たれる蝶たち。
だがポセイドンは、長槍を薙ぎ、一気に蝶たちを洗い流していく。
「ニアデス・ハピネス!」
だが、ポセイドンに流された蝶たちは、水で無力になるわけではない。地面に落ちたところから、次々に爆発し、見滝原公園の緑を破壊していく。
「くっ……迅位!」
可奈美の刀使の能力である高速移動が、新たに生成したパピヨンの蝶たちを切り裂いていく。爆発に次ぐ爆発が、見滝原公園を圧し潰していく。
一方、龍騎もドラグセイバーでポセイドンへ斬りかかっている。ポセイドンは長槍で受け止めながら、「フン」と鼻を鳴らした。
「なかなかやるようだな。なら、これはどうかな?」
ポセイドンは長槍の持ち手を蹴り上げる。すると、槍先が予想せぬ方向へ動き、龍騎の体を割く。
「真司さん!」
そう叫ぶのは、戻って来た友奈。すでに白と桃の勇者服に変身した彼女は、そのままポセイドンの前に殴り込む。
「ほう……いい力だ」
ポセイドンは感心し、ふたたび長槍を振るう。
だが友奈は、完全に長槍の動きを警戒していた。
簡易的な勇者パンチで、長槍を明後日の方向へ弾き飛ばす。
だが。
「無駄だ」
ディーペストハープーンは、あたかも生き物のように軌道を変える。回転しながら、可奈美、パピヨン、そして友奈、龍騎の順番でその体から火花を散らした。
「うわっ!」
そして可奈美は、パピヨンのすぐ背後に落下する。
ポセイドンはさらに、槍を大きく振るい、可奈美と龍騎を同時に切り飛ばした。
「うわっ!」
「ぐっ!」
可奈美の上半身の写シと龍騎の火花が同時に飛び散る。
さらに、ポセイドンの欲望が滾っていく。
彼の足の赤い部分___オオカミウオのような形状の足が、龍騎に噛みつく。
蹴られた部分を中心に、より一層龍騎の体から多くの火花が散る。
「ぐあっ!」
それは、龍騎だけではない。
可奈美、友奈と、近くにいる者たちを片端から薙ぎ倒していく。
「お、おお……」
やがて、それを眺めるパピヨンにも、ポセイドンの牙は向かれる。
「……はっ!」
起き上がろうとする可奈美は、パピヨンの前に行こうとするが。
「……ん?」
パピヨンの顔付きが変わる。
不敵な笑みから、恐怖へ。
「お前……何でお前がここにいる!?」
もはや、パピヨンは完全にポセイドンを見ていない。もちろん彼の目線は、可奈美や友奈、龍騎を捉えてもいない。
奥の方。見滝原公園の林を抜けて、この広場に訪れた別の人物を見ていた。
「市長さん……?」
その姿は、可奈美も何度か張り紙で見たことがある。
見滝原市長。可奈美にとっては遠い存在だが、ここ最近はハルトが出入りしている研究室でよく顔を合わせると聞く。
その彫の深い顔付と、立派に口に蓄えたひげ。そして、左目に付けられた眼帯は、行政に関心がなくとも印象に残る。
「何でここに……いや、今はそれよりも……!」
処刑人がいる。
その現実を察知し、可奈美と友奈は共に顔を合わせる。
「ほう……また敵か」
一方、ポセイドンは新たな人物に目を光らせる。
だが市長はポセイドンに目もくれない。可奈美、龍騎、友奈にも、あたかも存在しないかのように視界に入れている様子はない。
彼の目線の先はただ一つ。
「そこで何をしている? パピヨン」
パピヨンを知っている。
その事実に、可奈美は「えっ」とパピヨンを見上げた。
「……お前こそ、ここで何をしている?」
「私が市長を務めるこの街にいて、何か違和感があるのかね?」
その光景に、可奈美の脳の処理が追いつかない。
パピヨンの存在は、ハルトとコウスケから何度も共有されている。聖杯戦争に参加しようとする、爆発物を操る者だと。それが、見滝原市長と親し気に会話している。
「市長さん、パピヨンを知っているの?」
だが市長は可奈美の問いに答えず、ようやくパピヨン以外の者___ポセイドンへ目を向けた。
「……」
「ほう……その目。俺に戦いを挑むのか。いいだろう。だが命乞いはするな? 時間の無駄だ」
ポセイドンはそう言いながら、その長槍を市長へ向けた。
だが市長は、未だに微動だにしない。
むすっとした顔つきのまま、じっとポセイドンを見つめ。
そして口にした。
「早く来たまえ。君ごとき、三手で始末してやろう」
すると、ポセイドンはその挑発を受けたのだろう。
これまで戦ってきた四人を無視し、ポセイドンは老体へ槍の刃先を向けた。
「いいだろう。後悔するなよ?」
ポセイドンはそう言って駆け出す。
「危ない!」
可奈美は叫ぶ。
だが。
「遅いな」
市長は何事もないかのように、ポセイドンの腕を掴んだ。
「私を殺すつもりなら、せめて倍は素早くなりたまえ」
老体から発せられるその声には、参加者でもなかなか見ない、殺意が漲っていた。
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