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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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XV編
  第231話:並び立つ美女と野獣

 時は、キャロルとの戦いを終えてからの所まで遡る。

 歪んだ形で父親から託された命題を果たそうと奮闘し、それを支えるべく己の全てを捧げた結果覚めぬ眠りに落ちたハンス。アリスは彼を治療するべく運び込んだ際、彼の腰からビーストドライバーを取り外していた。それは寝かせておくには邪魔になるからと言う理由ももちろんあるが、最大の理由はこの最初期に作られた言わば欠陥だらけの装備を現代の知識と技術でアップデートする為である。
 仮にこのまま何事もなく治療が進み、キャロルが記憶を取り戻してハンスが意識を取り戻したとする。その時2人と颯人達が敵対するかどうかはその時点ではまだ分からない。だが確実に言えるのは、ハンスであれば必ずキャロルに味方し彼女の為に戦うだろうという事。その時、もしまたビーストに変身して戦うような事になれば、折角の治療が無駄になってしまいかねない。

 その事を考え、アリスはハンスが敵対する事になるリスクを承知でビーストドライバーの内部を颯人達が使っているウィザードライバーと同じような感じに作り変えていたのだ。まだ錬金術と魔法が完全に枝分かれしきっていない時代の遺物とも言えるビーストドライバー。それを現代風にアップデートする事は決して簡単な事ではなかった。だがアリスは、それまでの人生で培ってきた技術と知識の全てを注ぎ込んで見事にビーストドライバーをアップデートする事に成功していた。

 そうして改良されたビーストドライバーは、特別隠す理由もないのでアリスの工房の一画に鎮座していた。使い手が再びこの力を欲し、それが正しい事に使われる事を願って。

 そして…………




「変身ッ!」
〈セット! オープン! L・I・O・N、ライオーン!〉

 今ここに、魔法使いビーストが復活した。アリスの治療、そしてキャロルへの愛と彼女からの愛で永い眠りから目覚めた騎士にして魔法使いは、再び野獣の力を手に立ち上がった。

 彼は変身の瞬間、魔力の光に包まれながら己の中に宿る野獣と対峙していた。

『久しいな』
「あ?」

 気付けばハンスは自分と自分のファントムであるキマイラ以外誰も居ない空間に佇んでいた。周囲を見渡してもキャロルの姿は見当たらない。だが、傍に彼女が居る感覚だけはある。この状況に一瞬困惑するハンスだったが、目の前に佇むキマイラが話し掛けてきた事でこれは自分の内面での出来事なのだという事を漠然と理解していた。と言うのも、以前……魔法少女事変最後の戦いで、キャロルに己の魔力全てを託す際にもこうしてキマイラと対峙した事があったのだ。

 その時の事を思い出して、ハンスは不敵な笑みを浮かべる。

「あぁ、お前か……約束通り、キャロルの事はちゃんと守ってくれてたみたいだな。礼を言うぜ」
『相変わらず偉そうな小僧だ。久し振りに我が家に帰ってきたらこの対応か。もう少し労ってくれても罰は当たらなかっただろうに』

 キマイラはやれやれと言いたげに被りを振った。ハンスはそんなキマイラの姿に思わず苦笑した。

「こう見えてちゃんと感謝はしてるっての。苦労を掛けたな」

 今度はキマイラの方が鼻で笑った。ハンスがこんな殊勝な姿を見せるとは思っていなかったのだろう。少し面白いものを見たというようなキマイラの姿に、ハンスはキマイラの視線から逃れる様に一度目を瞑り明後日の方に顔を背けてから再び目を合わせた。

「それで? 無事俺の中に戻ってきた訳だが、お前どうする? このまま俺の命も何もかもを食い尽くすか?」

 気付けば己の中に生まれていたファントム。ハンスはそれすらもキャロルを守る為に利用し、その為であれば己の命をも担保にしていた。ただ一つ、彼の中に存在するキャロルにだけは一切手を付けないという条件付きで。
 キマイラは彼との約束を守り、キャロルには一切手出しせず彼女の事を守ってきた。レギオンファントムがキャロルに近付こうとした時にはそれを追い払い、洗脳されたミラアルクがキャロルの心を壊そうとすれば逆にミラアルクの中に乗り込んで彼女を洗脳している魔力を全て食い尽くした。ハンスが守る事が出来ない間、キマイラは見事に彼女の事を守り抜いたのである。

 しかしその関係も終わった。キャロルは記憶を取り戻し、キマイラは再びハンスの中へと戻ってきた。約束が果たされた今、キマイラはハンスに義理立てする理由が無くなった。
 それも込みでのハンスからの問い掛けであったが、キマイラから返ってきたのは彼にしてみれば意外な言葉であった。

『その必要はない。ワシはもう、お前の一部となった』
「は?」

 どう言う意味か分からないハンスが首を傾げていると、キマイラの視線が彼の腰のビーストドライバーに向けられた。

『お前と彼女の世話を焼いていた錬金術師。彼の者がそれに細工をしたらしい。お陰でお前は命を削らずともワシの力を振るう事が出来るようになった。と言うより、細工されたその扉を介してワシがお前に宿った事で完全に馴染んでしまったらしい。今やワシとお前は一心同体だ』

 言われてみれば、以前は感じていた自分の中で何かが削られる感覚が一切しない。ここで漸くハンスは自分がノーリスクでビーストに変身できるようになっている事に気付き、ここまで世話になってしまっていた事にバツの悪い顔になった。

「余計な事しやがって、ったく……」
『そうでもないぞ。お陰でお前は今後、彼女にワシの力を供給し支える事が出来るようになる』

 錬金術も魔法も使う力は魔力。嘗てのキャロルは錬金術を使う際に想い出を焼却する事で魔力を捻出していたが、今後はハンスが謂わば外付けのバッテリーの様にキャロルに魔力を供給して錬金術を使う事が出来るようになったのである。ハンスの魔力は休めば時間の経過で回復する。つまり、今後2人は命も想い出も削る必要が無くなったのだ。

 ますますアリスに対して頭が上がらなくなった事を実感して、ハンスは大きく溜め息を吐いた。

「はぁぁ~~……ったく、ウィザードと言いどいつもこいつもお人好しが過ぎて困るぜ」
『そう言う割には満更でもなさそうだな?』
「うるせえ。……おい、キマイラ」
『何だ?』





「キャロルを守る為に……またお前の力、使わせてもらうぜ」
『良かろう。付き合ってやる。精々ワシを飽きさせるなよ』

 キマイラはその言葉を最後に大きく咆哮を上げると、そのままハンスの中へと飛び込んでいった。

 深層意識の中でキマイラがハンスの中に飛び込んだと同時に、現実世界ではハンスが再びビーストへの変身を完了していた。並び立ったハンスとキャロルは、お互いに頷き合うとハンスはダイスサーベル、キャロルは指先から伸ばした極細の糸を振るいながらメデューサ達へと向かっていく。
 自分達に近付いて来る2人の姿に、メデューサは思わず部下を押しやる様に後退ってしまった。プライドの高い彼女が堪らず後退ってしまう程、今の2人から放たれるプレッシャーは大きかったのだ。

 メデューサ達に近付く最中、キャロルは糸を伸ばすと壁に磔にされたガリィを回収した。腹に突き刺さったライドスクレイパーを切り刻み、ガリィのボロボロになった躯体を優しく引き寄せ抱き上げる。大人の女性の姿になったキャロルの中で、今度は抱き上げられたキャロルはうんともすんとも言わなかった。

「キャロル、ガリィは?」
「……”奇跡”的に、コアが破損した訳ではなさそうだ。純粋に想い出が切れたようだ。これならすぐに直せる」
「奇跡……ね」
「フン……」

 奇跡を憎み、奇跡を殺すと公言しておきながら、奇跡により従者を救われた。その皮肉にキャロルはふてくされた様に鼻を鳴らし、ハンスは口元を手で隠し笑いを堪えた。今この時ほど、彼は奇跡を痛快に感じた事は無かった。

 案外、奇跡も悪いものではないのかもしれない。キャロルの前では決して言葉に出す事はしないが、ハンスは胸の内でそんな事を考えつつダイスサーベルを手の中で弄びながらメデューサに話し掛けた。

「よぉ、魔法使い。今までよくも好き勝手やってくれたな? 特にキャロルを傷付けようとした事…………お前ら覚悟できてんだろうな?」

 ハンスは静かに怒っていた。自分がダシにされた事はまだいい。だがどんな理由があろうと、彼の前でキャロルを傷付けようとした事は相手が何であれ万死に値する行為であった。彼の中で、ジェネシスは1人残らず始末する事が決定していた。

 彼の怒りを察してか、メデューサは顎したの汗を拭うような仕草を見せる。実際には仮面で覆われている為汗を拭う事など出来ないのだが、そんな事も忘れるほど彼女は威圧され圧倒されていた。

――マズイ……流石にこの戦力でこの2人を相手にするのは……!? せめてベルゼバブかグレムリンと合流しなければ!――

 早々に撤退を選択し、隙を見て逃げ出す算段を整えようとしたメデューサ。だがハンスは動物的直感で彼女が逃げようとしている事に気付くと、そうはさせまいとファルコマントを装着し素早く接近した。

「逃がすかッ!」
〈ファルコ! ゴーッ! ファッ ファッ ファッ ファルコ!〉

 右肩に燈色のマントを装着したハンスは、床の上を滑る様に滑空して一気にメデューサに接近すると彼女を串刺しにするようにダイスサーベルを突き出した。迫る細い刃を、メデューサは左手のスクラッチネイルで弾き右手に持って杖を彼に叩き付けようとする。

「チッ、邪魔ッ!」
「おっと!」

 メデューサからの反撃を、ハンスは文字通り舞うようにひらりと回避するとそのまま空中で回し蹴りを放ち蹴り飛ばす。

「ぐぅっ!?」
「オラオラァッ!」

 その後もハンスからの猛攻は留まる事を知らず、それまで眠っていたとは思えないような激しい攻撃に幹部である筈のメデューサも終始圧倒されていた。
 魔法を使う間も与えられない程の猛攻に、メデューサは周囲の部下を彼にぶつけることで対処しようとした。

「何してるの、早く助けなさいッ!」

 なかなか手出しする隙が無かったが故に攻撃に加われなかったメイジ達も、メデューサの一喝にやっと動き出す。それぞれがライドスクレイパーを構えたり魔法を使おうとしたのを見て、ハンスは仮面の奥でほくそ笑み彼らを嘲った。

「俺1人を気にしてていいのかい?」
「何?……! しまった!?」

 気付いた時にはもう遅かった。ハンスがメデューサ達の相手をしている間に、キャロルは攻撃の準備を整えていたのだ。

 見るとキャロルはガリィを抱えているのとは逆の手を頭上にあげ、そこには妖しく光る巨大な球体が作られている。あれをこれからどうするつもりかなど、子供であっても簡単に予想出来た。

「離れろハンスッ!」

 キャロルの声を合図にハンスが低空飛行で滑空しながらメデューサ達から離れた。それなりのスペースがあるとは言え、あまり広いとは言い切れない屋内でハンスが態々機動力重視のファルコマントを選んだ理由は、素早く接近するのと同時に即座に離脱する事も考えての事だったのである。その事に今更ながら気づかされたメデューサは、キャロルが手を振り下ろす前に右手の指輪を付け替えようとした。

「遅いッ!」
「くっ!?」

 だがメデューサが魔法を使うよりもキャロルが攻撃する方が早かった。彼女が手を振り下ろすとそれに合わせて巨大な球体がメデューサ達の頭上に振ってきて、内包された強烈なエネルギーが命中箇所に存在したあらゆるものを粉砕する。

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 メデューサの悲鳴が球体の中へと消えていく。後退したハンスがキャロルの隣へと降り立ったと同時に、メデューサ達はキャロルの錬金術に巻き込まれシャトーの一部諸共爆散しそこには大きな穴が開いているだけになってしまうのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第231話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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