星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~
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第百一話 齟齬
宇宙曆796年7月7日19:00
ジャムジード宙域、ジャムジード星系中心部、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦トリグラフ、
ダスティ・アッテンボロー
「出迎えご苦労だね、ウィンチェスター君」
“無事のご帰還何よりです、国防委員長”
俺の目の前では、ウィンチェスターとトリューニヒトの通信が行われている。ウチの艦隊と帰還兵を載せた輸送船団はこの後一度ジャムジードに立ち寄って補給と休息を取った後、ハイネセンに向かう事になっている。そのジャムジードでは俺達と入れ代わりに出撃していく各艦隊が先に到着していて、帰還兵の出迎えの為の式典が行われる事になっていた。
“しかし、ジャムジードで出迎えの式典ですか。通常、こういう行事はハイネセンで行うのではないですか?”
「帰還兵の休息と彼等のハイネセン帰還の支度を整える為だよ。捕虜生活から一転、長期の航海、彼等だって疲れきっている。一度船を降りて休息して、心身共にリフレッシュしてもらう」
“なるほど、表向きの理由はそうですか”
「相変わらず嫌な言い方をするね君は」
トリューニヒトは肩をすくめた。表向き…そうか、選挙対策の為か。ジャムジードで帰還兵のパレードを行う事によって自分の功績のアピールをするつもりなのか。勿論帰還兵の休息という目的もあるだろうが、メインはアピールの方だろう。おまけにジャムジードには帰還兵の使う金が落ちる。ジャムジードとしては願ったり叶ったりだろう…あれ?ウィンチェスターの奴、この事知っていたんじゃないのか?じゃなきゃジャムジードに寄港するという行動自体が不可解だ。アムリッツァでは大規模な戦闘が始まっているというのに…。通信が切れると、トリューニヒトは俺の方に向き直った。
「君もそう思うかね?表向きの理由だと」
「いえ…」
「表も裏もない。帰還兵の事を考えて、というのも本当だし、ウィンチェスター君が言う裏…選挙対策という事も本当だよ。彼は含みのある言い方をするがね」
「…ですが、アムリッツァでは戦闘が始まっています。悠長にパレードを実施している場合ではないと思いますが」
「聞いている。何でも十五万隻を越える大軍であると」
「ヤン司令官が頑張っていますが今のままでは…」
「…ビュコック長官やウィンチェスター君がそう言ったのかね?」
俺がトリューニヒトに対して軍の状況を陳情するのもおかしな話だが、現状では仕方がない。ヤン先輩がアムリッツァに派遣されたのも、ウィンチェスターが現状を知りながら増援等の手を打たないのも、作戦の一環だからだ。
「いえ、特には」
「では君が私に陳情を行うのは越権行為というものだよ、アッテンボロー提督。気持ちは分かるがね」
7月8日12:00
ジャムジード星系、ジャムジード、ジャムジード宇宙港同盟軍管制区、
ヤマト・ウィンチェスター
帰還パレードで行進を行う帰還兵代表の隊列が宇宙港を出て行く。隊列はチヒル・ミナール市市街地までは車両で移動、それから行進するんだけど、宇宙港自体が市と隣接しているから、移動距離はそれほどでもない。中央区のメインストリートには既にトリューニヒトと各艦隊司令官が受閲の体制を整えて待機している。俺もこれから中央区に向けて移動するんだけど、本当は先に向かっていなければならない筈のアッテンさんが俺を待っている…。
「何か言いたい事がありそうですね、アッテンボロー先輩」
「分かってるだろう?」
俺を待つ地上車に滑り込む様に乗り込むと、アッテンさんはそう言った。アムリッツァの件だろう、昨日トリューニヒトから聞かされた、アッテンさんがすごく心配しているって…。
「ヤンさんへの増援ですか?」
「ああ。半分…いやせめて二個艦隊は増援に出さないと先輩だって辛いと思うんだが」
「ヤンさんがそう仰ったのですか?」
「いや、そうではないんだが…」
「では増援はありません。同じ様な事を国防委員長にも言われませんでしたか?」
アッテンさんの口調が先輩と後輩だった頃に戻っているのに気が付いた。よほどヤンさんの事が心配なのだろう。
「お前さんは心配じゃないのか?帝国軍は十万隻もの増援を繰り出しているんだぞ?」
「それですよ」
「…どういう意味だ?」
「そんな大規模な増援が有りながら攻めて来ないのはなぜでしょう?十万隻といえば、六個から七個艦隊ですよね。元々帝国軍は辺境に五個艦隊を配置している。合わせれば十一から十二個艦隊だ。これはアムリッツァの味方を殲滅するのに充分な数です」
「だからこそだ、増援を…」
言いながらアッテンさんは何かに気付いた様だ。そこで言葉を止めた。
「何か…攻勢に出られない理由があるのか?帝国軍に」
「はい。帝国軍がその気なら、とっくにアムリッツァは奪われていると思います。それをなぜ行わないのか」
「ヴィーレンシュタインの根拠地の完成を待っている…いや、違うな。教えてくれよウィンチェスター」
「単純ですよ。彼等はそれを命じられていないんです。それしか考えられない」
アッテンさんはポカンとしている。少し考えれば分かる事なんだけど、単純過ぎて理解に苦しむのかも知れない。
「そんな事って…有り得るのか」
「ええ。帝国軍の辺境への戦力配置ですが、当初は五個艦隊でした。少ないとは思いませんか?此方の…アムリッツァの味方は常に少なくとも五個艦隊は駐留しています。常識的に考えれば此方より多くなければ抑止力足り得ません。まあ、我々に攻勢に出る意思が無い事を悟っての五個艦隊なのかもしれませんが…それはさておき、これは帝国が辺境に回せる兵力が短期的には五個艦隊しかない事を意味しています。何故だと思います?」
「国内の政変に備えているから…じゃないのか。お前さんがそう言っていたとヤン先輩に聞いた事がある。皇帝の死に備えているのだと」
「はい。オーディンに十個艦隊を残し、五個艦隊で我々の攻勢に備える…辺境の兵力が遅滞防御用だと考えれば、五個艦隊というのは納得出来る数字です。辺境の兵力を率いるミューゼル大将は戦略的には遅滞防御でも、戦術的には攻勢防御を採るでしょう。五個艦隊というのはそれが充分に可能な兵力ですし、彼の性格的にも攻勢防御を好む筈ですから。厄介な相手です」
「だが現実には十万隻の増援だ。これは帝国が、国内の政変に備える必要がなくなったと考えるべきじゃないのか」
「では何故ミュッケンベルガーが捕虜交換に訪れたのでしょう?奴は宇宙艦隊を率いる男です。先年の戦いでも奴は自ら軍を率いてやって来た。そんな男がフェザーンに来た。何故です?帝国軍の目的がアムリッツァ奪還ならば、奴がその作戦から外れる訳がありません」
「それはそうかも知れないが…お前さんの想像に過ぎないんじゃないのか」
「まあ続きを聞いて下さい。仮に政変を心配する必要が無くなって十万隻の増援他でが現れたとします。では何故ミューゼルはその増援を使わないのでしょう?私の知るミューゼルという男はそんな悠長な男ではありません。十万隻の加勢があれば堂々と攻めてくるでしょう」
「しかしな…」
「ではミュッケンベルガーがフェザーンを離れた今はどうでしょう?奴は捕虜交換を終え、何の憂いもなくミューゼルに戦えと命令を下す事が出来る。しかし現状はそうではない。戦闘自体は先手を取った方が有利です。ミューゼル麾下の五個艦隊だけでもボーデンとフォルゲンに進出して有利な体勢を作りあげる事が可能です。ミューゼルの性格からすればそれくらいはやるでしょう、ですがその体勢すら構築していないとすれば、帝国軍の目的はアムリッツァ侵攻ではない」
アッテンさんは頭を掻いた。
「じゃあ、帝国軍の目的は一体何なんだ」
「分かりません」
アッテンさんは呆れた顔をした…だって分からないんだもの…。
「分からないって、お前な…」
「分かりませんが、アムリッツァ奪還を目的としたものではないと思います。我々が捕虜交換を持ちかけておきながら再出兵を宣言した様に、帝国だって捕虜交換の裏で何か考えていてもおかしくはない。ただ、アムリッツァを狙うのなら時期を逸したという事です。彼等が狙うなら捕虜交換終了と同時にやるべきだった」
「確かにそうだが…」
俺の言っている事は確度の高い推論だと思うんだけどなあ…でも、推論に過ぎないのは確かだ。だからこそアッテンさんも不安なのだろう。
「…分かりました。作戦予定を繰り上げましょう。パレードが終わった後は欺瞞の為の訓練を開始する予定でしたから、それを端折ってしまえば予定を繰り上げるのは難しくはありません」
「済まないな」
「…増援を送ると決まった訳ではありませんが、宜しいですか?」
「…ああ。俺達が向かっているとなればそれだけ敵は分散する。違うか?」
「そうですね」
作戦予定を繰り上げる事は出来ても、戦力配分まで変更する事は出来ない。それでもアッテンさんは安心した様だった。しかし…十万隻の増援か。帝国軍はオーディンに二個ないし三個艦隊を残して増援を繰り出した事になる。まだ皇帝は死んでいない筈だけど…そんな大事があればフェザーンのバグダッシュが伝えてくる筈だし、ミュッケンベルガーだってのほほんとフェザーンに行く訳がない。それとも、大兵力の統率を任せられる指揮官が居るのか…可能性があるとすればメルカッツだけど、ミュッケンベルガーはメルカッツを軍人として信用はしても、大兵力の指揮官としては信頼していない筈だ。まさかラインハルトの指揮下の兵力なのか?うーん…ヤンさん自身は敵状の報告だけで援軍は求めてはいない。こっちの作戦の支障にならない様に、という配慮なのかもしれない。でも必要なら援軍を求めるだろうし…。原作との乖離が大きくなりすぎて、読めない事が増えてきた。まあ、俺のせいなんだけど…。
7月8日14:00
アムリッツァ星系カイタル、自由惑星同盟軍カイタル基地、アムリッツァ方面軍司令部作戦室、
ヤン・ウェンリー
ボーデン、フォルゲン両宙域共に、戦闘は発生していない。下手に殴りかかって殴り返されない為だが、今のところ帝国軍にもその気はない様だ。
「閣下、第十一艦隊のピアーズ提督よりFTLです」
グリーンヒル大尉の報告と共に、管制卓のモニターにピアーズ提督の姿が映し出された。
“お忙しい所申し訳ありません”
「そちらよりは忙しくはありませんよ。何かありましたか」
“会敵当初は追撃を受けていたのですが、帝国艦隊はボーデン星系で停止しております。まあこれはそちらの司令部でも確認出来ていると思いますが”
「ええ。敵の一個艦隊規模の増援も、前進を止めている様ですね」
“はい。ですが、敵の動きが妙でした”
「妙…と仰いますと?」
“後から現れた増援の一個艦隊は我々への警戒…というよりは、味方の艦隊を牽制している様な動きを見せています”
これは概略図からは読み取れない情報だった。ピアーズ提督との通信で同時に転送されてきた概略図には、アムリッツァ外縁に位置する第十一艦隊と正対する形でボーデン宙域中心部…ボーデン星系で停止している二つの帝国艦隊が映し出されているだけだ。概略図の示す範囲が広く、それ以上の事は分からない。
「此方への攻撃の意思はない、という事でしょうか?」
”少なくとも帝国艦隊による示威や偵察行動等も確認されておりません。如何いたしましょう?“
「偵察等は構いませんが、それ以外は現状維持でお願いします。偵察もなるべく相手を刺激しない様に」
”藪をつついて蛇を出す様な事は避けたいですからな…了解致しました“
通信が切れると、パトリチェフ少佐がニヤリとしてムライ中佐を見ていた。
「小官の方が正解だった様ですな」
「そうとは限らないぞ。練度の低い艦隊を誘導、牽制しているのかも知れん。命令系統の異なる部隊同士が行動を共にするなど、敵であっても百害あって一利なしだからな」
少佐の意見と中佐の意見、どちらともとれる状況だった。かといって刺激すれば何が起きるかは明白だ…頭が痛いよ全く…。
帝国暦487年7月10日02:40
ボーデン星系外縁(ヴィーレンシュタイン方向)、銀河帝国軍、ロイエンタール艦隊旗艦トリスタン、
オスカー・フォン・ロイエンタール
解りきっていた事だが、貴族の艦隊というのは本当に厄介だ。同じ貴族艦隊でも過去に所属していたヒルデスハイム艦隊は、本当に優秀だったという事がよく分かる…辺境の、忠誠心の薄い領主達に懲罰を垂れる、だと?どこをどう押せばそういう考えが出てくるのか理解に苦しむ。そんな事をすれば辺境の領主達を叛乱軍に追いやってしまうだけだ。叛乱軍は辺境に物心両面の援助を与える事によって、辺境をかっさらおうとしている、そこに懲罰など与えたらどうなるか…まあ理解出来ないからこそ、懲罰などという愚行を思い付くのだろうが…。
「ヘルクスハイマー艦隊の動静はどうか」
「はっ。叛乱軍を発見した当初ほどではありません。今は落ちついている様です。近傍の有人惑星を有する星系に対する調査準備を開始しているとの事です」
「そうか。ヴィーレンシュタインの状況はどうなっている」
「ひどいものです。ミューゼル副司令長官の艦隊、そしてケスラー、メックリンガー両艦隊が有志連合軍と対峙しております」
「…戦闘でも始まりそうな言い方だな」
「閣下!」
「失言だったな。だがそういう状況だとすれば、我々は独力で叛乱軍と戦わねばならぬという事だ。有志連合軍が聞いて呆れるな」
ヴィーレンシュタインに残る三個艦隊…ミューゼル副司令長官、ケスラー、メックリンガーの各艦隊の立場は危ういものとなっている筈だった。彼等三個艦隊で有志連合軍の勇み足を押し留めている格好なのだ。
「三長官からの直接命令を事前に頂けたのが救いでしたな」
参謀長のいう通りだった。『命令の責任は三長官に帰するものである。貴職は最善と思われる行動に徹せよ』…捕虜交換の前にミュッケンベルガーから副司令長官に送られた命令だ。明らかに有志連合軍の存在を意識した内容だった。有志連合軍は帝国軍の正規の命令系統から外れた存在であるから、何をするか分からない存在だった。貴族艦隊など弾避けに使えばいいのだが、それを実行すると後に色々な弊害が生まれるのは明らかだったし、正規艦隊では無くとも友軍には違いないから見殺しにも出来ない。彼等に急が起きれば我々が救わねばならず、要するに邪魔な存在なのだ。たとえ十万隻いても戦力として期待出来ない上に正規艦隊の行動を制躊する、迷惑極まりない連中だった。現にヘルクスハイマー艦隊を俺の艦隊で牽制と監視しなくてはならない事態に陥っている。叛乱軍が手を出して来ないからいいようなものの、もし戦闘となれば綻びが出るのは明らかだった。
「叛乱軍の様子はどうか」
「あのままアムリッツァ外縁まで後退した様です。我々を刺激したくない、と考えたのかもしれませんな」
「そうか…叛乱軍には有志連合軍が我々の援軍に見えているのだろう」
チャンスなのだがな…。有志連合軍の全軍をボーデン、フォルゲンに進出させてしまえば、副司令長官以下の我々は遊軍として行動する事が出来る。有志連合軍の動きが鈍いのは、出張っては来たもののオーディンの状況が気になって仕方ないからだ。奴等の勇み足自体が、奴等自身の足枷になっている。
「参謀長、あくまでも試みに問うのだが…叛乱軍が出て来た時、有志連合軍は戦ってくれる…いや、戦うと思うか」
「どうでしょうか。戦わない事はないと思いますが、大混乱に陥るのではないでしょうか。有志連合軍が統制のとれた行動がとれるかどうか、甚だ疑問であります」
戦意過多、戦略過少…貴族艦隊の代名詞だ。ヴィンクラーの言う通り混乱間違いなしだろう。だがその方が叛乱軍を疲れさせる事が出来るのではないだろうか。たとえ混乱していても十万隻という兵力は叛乱軍も無視は出来ない。混乱から回復した後の反撃を考えれば、叛乱軍は混乱を長引かせる為に有志連合軍に対処し続けなければならない。そしてそれは我々…ミューゼル軍に対処する力を奪うのだ。貴族達は弾除けに使え…よく言ったものだ。副司令長官はどう考えているのだろう…。
7月11日12:00
ヴィーレンシュタイン宙域、ヴィーレンシュタイン星系、ヴィーレンシュタイン、銀河帝国軍ヴィーレンシュタイン基地、有志連合軍総旗艦ベルリン、
ラインハルト・フォン・ミューゼル
「それでは…我々軍には協力出来ないと仰られるのですか」
我々の造成した基地は、いつの間にか有志連合軍が専有する形になっていた。戦闘が発生していない為、弾薬等の補給は今のところ必要ないが、艦はそれでよくても人間はそうはいかない。糧食は毎日消費する、そのうち大規模な補給が必要となるだろう。基地造成当初に運ばれて来た糧食等の消費財は我々ではなく有志連合軍が食い潰す形になっている。今はまだいいが、そのうち下士官兵や下級士官達から不平不満が出て来るだろう、何故我々が遠慮せねばならないのかと…。
「そうは言っておらん。叛乱軍の撃攘は卿等帝国軍の任務であろうが。我々は帝国の統治の一翼を担う為にここまで来たのだ。であればお互いにどちらが主でどちらが従が、自ずと理解出来る筈だが」
「小官は宇宙艦隊司令長官より最善と思われる行動を取れと特命を受けております。これを実現する為に閣下とこうして談判に及んでおります…軍に協力する事も帝国の統治の一翼を担うとは思われませぬか」
目の前でワイングラスを揺らしているのはブラウンシュヴァイク公だった。傍に控えるフレーゲルが俺を蔑む様な目で見ている。そのフレーゲルが口を開いた。
「卿の軍団独力では叛乱軍を撃攘出来ぬというのか。副司令長官が聞いて呆れるな…そうではありませんか、叔父上」
以前の様に俺を金髪の嬬子呼ばわりする事はなくなったが、フレーゲルの発する言葉には禍々しい毒が籠っているのを感じる。
「…フレーゲルの申す通りだ。戦いもせぬうちに我々に援けを乞うのでは帝国軍の鼎の軽重が問われるのではないかな、副司令長官」
「…戦いは軍人だけでやればよい、と」
「そうは申してはおらん。まずは卿等の力を叛徒共に見せつけるべきであろう、と言っておるのだ」
「叔父上がこう申されているのだ、まずは叔父上の助言に従ってはどうかな、ミューゼル殿」
屈辱だった。期待はしてはいなかったが、ブラウンシュヴァイク公とてここまで軍を率いて来たのだ、幾ばくかの協力の姿勢は見られるものと思っていた。そもそも有志連合軍の目的には軍に協力する事も含まれていたのではなかったか。
「分かりました。閣下のご助言に従いしばし愚考してみようと思います。状況次第では援兵を求める事になるやもしれませんが、その際は何卒…」
「うむ」
応接室を出ると、部屋の中からフレーゲルの哄笑が聞こえてきた。フレーゲルはともかく、ブラウンシュヴァイク公の態度は不可解なものだった。自ら軍を率いてくるくらいなのだから、もっと対抗意識むき出しだろうと思ったのだが…。
「公との談判、どうでしたか」
司令部庁舎の外で地上車と共に待機していたキルヒアイスが訊ねてきた。
「どうもこうもない」
俺達二人が乗り込んだのを確認して、フェルナーがドアを閉めて運転席に乗り込む。
「フェルナー、卿は公から何か聞いていないか」
「小官は閣下の部下ですが」
「…自分の部下と腹の探り合いなど面倒だ。そうは思わないか、キルヒアイス」
「そうですね」
そうですねと言うキルヒアイスの言葉をヘッドレスト越しに笑いながら、フェルナーが諦めた様に口を開いた。
「公は戦いたくないのです」
「戦いたくないだと?」
「はい。どうやらリッテンハイム侯も同じ考えの様です」
「では辺境領主達への懲罰云々というのは…」
「はい。示威…ブラフだという事です。口だけでは辺境領主達も考えを改める事はないだろう、だからこそ大規模な軍勢を動かす必要があるのだ、と…本当に懲罰など行ってしまえば、辺境は叛乱軍に加担しかねませんから」
「だが、ヘルクスハイマー艦隊は調査と称してボーデンまで進出しているぞ」
「あれは真実、有人惑星の調査の為です。間違って有人惑星に攻撃しないようにと。そのうちフォルゲンにも同じ様に艦隊が派遣される筈です」
逆だったのか…有人惑星を攻撃する為に調査するのだと思っていた。大貴族もそれほど馬鹿ばかりではないという事か。
「という事は、軍が後顧の憂いなく戦えるように…という有志連合軍の主張は正しかったという訳か。てっきり辺境領主を追い出して自分達の勢力伸長の為に行動しているのだと思っていた。何故もっと素直に行動しないのだ、貴族というのは」
俺の言葉にフェルナーは薄く笑った。
「勢力伸長…それは示威が上手く行けば、と話です…貴族達は怯えているのですよ。それを悟られない為に威勢を張り自らを強大に見せている。だから自然と持って回った言動や行動になるのです」
「見栄っぱり…という事ですか」
「そうです、キルヒアイス参謀長。彼等は今更ながらに気付いたのです、自分達の見栄が叛乱軍には通用しない事に。だからヴィーレンシュタインから動く事を避けている。叛乱軍と戦闘になるのを避けているのです」
大貴族の権勢は帝国内でこそ尊重されるものだ。確かに大貴族だからといって叛乱軍が恐れをなす理由はない。それどころか嬉々として有志連合軍を屠りにかかるだろう。
「張子の虎であるからこそ意味を成す、という訳か」
「はい。おそらくブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム侯は有志連合軍が集結した時点でその事に気付いたのだと思います。辺境に懲罰を…意気込みは理解できますが、その辺境は叛乱軍の庭なのです。絵に描いた餅と言わざるを得ません。しかも閣下を意のままに操る為のグリューネワルト伯爵夫人は、ミュッケンベルガー司令長官がフェザーンへ伴っています。これでは公も閣下に無理に戦えとは言えません」
姉上の事が出たので済まないとでも思ったのだろう、フェルナーは頭を下げた。
「ならば私は有志連合軍をさも大規模な増援かの様に扱えばよい、という事だな」
「はい」
「キルヒアイス、各艦隊の出撃準備は」
「既に整っております」
「よし。ロイエンタールに連絡、卿の艦隊はアムリッツァ方面、ボーデン外縁部に向かいアムリッツァの叛乱軍の動静を監視せよ。ヘルクスハイマー艦隊には自由に行動させてよい、その代わり戦闘には参加させるなと伝えさせろ」
「はっ」
「フォルゲンのミッターマイヤー艦隊に連絡、卿の裁量で自由に行動しろと伝えよ。アムリッツァの叛乱軍に見える様に殊更に隙を作れと」
「はっ」
「ケスラー、メックリンガーに連絡、全艦出撃だ」
7月18日08:00
アムリッツァ宙域外縁(フォルゲン方向)、自由惑星同盟軍、第八艦隊旗艦クリシュナ、
アップルトン
「あいつ等にも我々が見えているだろうに。何を考えているんだ帝国軍は」
参謀長にも聞こえる様に独り言を言ってみたものの、参謀長は何の反応も示さない。こいつも何を考えているのか…。
「参謀長、どう思う」
「はあ、どう見ても誘ってますな。こちらが発砲を控えているのをいい事に、有効射程内であっても発砲してこないのがその証拠です。誘いに乗るのは愚の骨頂というものでしょう」
…そんな事は分かっている!何の為の誘引行動だと聞いているのだ、既に一週間もこの状況なのだぞ!
「第七艦隊のマリネスク提督に連絡を」
「了解です」
“何でしょう?”
「マリネスク提督、帝国軍の動きをどう思われる?」
“あからさまな誘引行動ですな。我々が前進しても無駄でしょう”
「敵は後退する、と?」
“左様です。何しろ敵には大規模な増援が存在する。後退を繰り返して我々を敵中深く引きずり込んで我々を一気に殲滅する腹でしょう。それに敵には元から配備されている残りの三個艦隊がまだ姿を現してはいません。其奴等の動向も掴めておらんのに、前進は不味いでしょう”
「ふむ…では、方面司令官に意見具申をしようと思うのだが」
“どういった内容です?”
「前線に来ていただきたいと。此方に来て敵状を見ていただきたい、直接指揮を執っていただきたいと」
“なんとも大雑把な内容ですな”
「今の状況では大雑把な事しか言えんだろう。敵が有効射程内にいるのに攻撃も出来んのだ、攻撃も出来ず現状のまま対峙を続けるのでは味方の士気に関わると」
“…確かにそれはありますが…分かりました、連名で意見具申しましょう”
「忝ない。では私の方から送っておく」
こういう時は上級司令部に投げるのが一番だ…。
08:40
アムリッツァ星系カイタル、自由惑星同盟軍、アムリッツァ方面軍司令部、
ヤン・ウェンリー
「なんとも大雑把な内容だね」
「それだけ困っているという事でしょう。司令官、小官も前線からの意見具申に賛同します。動いてみない事には何も分かりませんし、状況は悪くなる一方です」
司令部の皆の視線が私に注がれる…ラップの言う通りなんだ、現状は。ボーデン、フォルゲン共に前線は私の指示を忠実に守ってくれている…監視以外何もするな…無闇に戦闘を拡大しない為だが、直に敵と対峙している味方にとっては辛いのだろう。ヴィーレンシュタインに十万隻、まだ動向の掴めないミューゼル軍の三個艦隊…何かしようと思っても出来るもんじゃないんだが…。
「概略図を」
指示と同時にグリーンヒル大尉が概略図を映し出した…ボーデンには敵の二個艦隊、フォルゲンは敵の一個艦隊…味方はボーデン方面に第十一、十二艦隊、フォルゲン方面に第七、第八艦隊、…カイタルには我々だけだ。カイタル司令部付の予備艦艇を合わせても一万八千隻にしかならない…敵の動きに変わりがなければヴィーレンシュタインの敵増援に動きはない筈だ。とすればミューゼル軍本隊の動向が肝、という事になる…。
「ムライ中佐、第十一艦隊、十二艦隊はボーデンに向けて移動開始、敵艦隊を牽制するようにと伝えてくれ」
「交戦は許可いたしますか」
「敵にその気があれば。ただ、無闇に戦闘を拡大しないようにとつけ加えてくれ」
「了解しました」
「参謀長、ヒューベリオンに移動しよう。全艦出撃準備。行き先はフォルゲンだ」
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