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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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XV編
  第227話:奮闘虚しく

 グレムリンの魔の手から逃れられた後、セレナはある意味では確かに充実した日々を送っていた。愛する姉や、恋人となれた最愛の男と共に笑顔で歩んでいける事を心から喜んでいた。
 だがその一方で、セレナは自分が2人の背中に隠れている事しか出来ない事に不安と不満も感じていた。

 何かが起これば2人は戦いに赴き、自分はそれを見守る事しか出来ない。2人が怪我をして帰ってきた時、それを迎える事しか出来ない事が歯痒くて仕方ない。しかし今の自分の状態は、誰よりも自分自身がよく分かっていた。過去に無茶をした後遺症で、戦いに出る事が出来なくなった。その時の選択を間違っているとは思っていない。元より当時のセレナには選択肢などなかったし、あの時はそうしていなければ姉であるマリアも、友であり妹の様な存在である切歌と調も、ある意味で育ての親の様な存在でもあったナスターシャも危なかったのだ。だからあの時死力を尽くし、己が身を犠牲にする様な行動をした事を悔いることはしない。

 だがそれでもやはり、自分がただ何もせず待っている事しか出来ない状況はセレナにとっても辛いものがあった。特にガルドが事件や戦いに関して思い悩んでいるのを見たりした時などは、力になれない事に口惜しさを感じずにはいられなかった。

 そんな彼女にとって一筋の光明となったのがアリスである。彼女は長い事言葉を失っていた透に声を取り戻させてくれた。それはつまり、彼女の手に掛かれば体の不調を元通りにしてもらえるのではと言う事。
 それを理解してから、セレナは隙を見ては頻繁にアリスの元を訪れ、自身の後遺症の治療を懇願した。

 しかし…………

「ダメです」

 アリスからの返答は決まって却下であった。にべもない却下ではあったが、これにはもちろん理由がある。

 まず第一に、透とセレナでは状況が違う事。透の場合は他者からの理不尽により声を失ったのであり、しかもそれにより透の夢も絶たれてしまった。加えて喋れないと言うのは日常生活でも支障を来す。そう言った理由からアリスは前々から透の治療に関しては色々と考えており、それに備えて準備もしていた。
 対してセレナに関しては、後遺症と言ってもそれは戦闘に関係する事であり、日常生活に支障を来す様なものではない。ハッキリ言ってしまえば、無理をして治療を施すほどの事ではなかったのである。ついでに言えばセレナが戦いに戻る様な事になれば、当然だがマリアとガルドの2人が心配する。2人の想いを考えれば、セレナを無理に治療する事に対してアリスはどちらかと言うと消極的にならざるを得なかったのだ。

 もう一つの理由としては、仮に治療して戦えるようにしたとしても、セレナには戦う為の力が無いと言う事であった。彼女が使っていたアガートラームはマリアが使っている。既に使用できるシンフォギアが無い以上、セレナを治療したとしても意味はない。ガングニールは二つ存在したが、あれは例外のような物でありアガートラームを二つ作る事は出来ないのだ。これに関しては了子も明言している。せめて聖遺物のアガートラームの欠片が残っていればまだ何とかなっただろうが、生憎とアガートラームはマリアのシンフォギアを除けば欠片も残っていない。

 以上の理由からアリスはセレナの治療に関しては常に難色を示し続けていた。

 それでもセレナは諦めなかった。例え何度却下され、時に厳しい言葉を投げ掛けられようとも、自分の愛する者達が戦い傷付くのを後ろから見ているだけなんて我慢できなかった。

「お願いしますッ! 私を、もう一度戦わせてくださいッ! 私に、ガルド君を、姉さんを、皆を守らせてくださいッ!」

 そう言ってセレナは時にアリスの前で土下座する勢いで懇願し続けた。尋常ではない熱意と勢い、それを何度も目の当たりにして、遂にアリスは折れた。本物のセレナの熱意、これ以上断り続けているとその内独自の判断で動いてしまいそうだと言う危惧もあった。

 そんな事もあってから、アリスはセレナを戦いに戻す為に空いた時間を使って行動を起こした。
 まずセレナが抱える後遺症だが、これに関してはあまり大きな治療は行わなかった。理由は1つ、彼女に必要以上の無茶をさせない為である。完全に治療してしまっては、彼女の事だからきっと無茶をする。そうすればきっとガルド達が心配するので、治療は最低限に戦いに戻れる程度に留めておいた。これが彼女を戦いに戻す上での条件であり、ここが妥協点とセレナも一応の納得を見せた。

 問題はセレナが戦う為の力であるが、これに関してはアリスは何てことは無いように答えた。

「シンフォギアとファウストローブのハイブリッドで対処します」

 嘗て響は、奏のシンフォギアの欠片を使ってガングニールを纏っていた。であれば、同様の事が他のシンフォギアでも出来ない筈がない。アリスは了子と共にギアの整備のついでにマリアのアガートラームから欠片を採取。それを核にして、マリアのアガートラームのデータも用いアリスはファウストローブ的に仕上げたアガートラームを作り上げたのである。
 このアガートラーム、外見上は嘗てセレナが纏っていたそれを大人になった彼女に合わせたものにしか見えない。だがその中身はシンフォギアと言うよりはファウストローブに近いものとなっており、最大の特徴はフォニックゲインだけでなく魔力も用いて戦えると言う点である。勿論装者ではあっても錬金術師ではないセレナに魔力の扱いなんて出来る訳がなく、また奏の様にギアの機能として魔力の扱いを理解できる訳でもない。
 その問題はアリスが共に行動する事でほぼ解消された。

「良いですか? このアガートラームはフォニックゲインが無くとも魔力で戦う事が出来ます。ですがセレナさんは魔力の扱いが出来ません」
「じゃあ、どうすれば?」
「そこは私がフォローします。私のファウストローブは様々な波長を操れますので、その能力を使ってセレナさんの負担を減らします」

 これが敢えて純正のシンフォギアにすることなくファウストローブとのハイブリッドにした理由である。この仕様である以上、セレナはアリスと行動を共にする必要があった。

 こうして復活したセレナのアガートラームは、本部襲撃と言う緊急事態にその力を発揮する事となったのである。




「行きますッ!」

 そう言った経緯から再びアガートラームを纏ったセレナは、アームドギアであるビームダガーを手に颯人と対峙しているジェネシスの魔法使いに攻撃を仕掛けた。この予想外の増援に浮足立った魔法使い達は、しかしベルゼバブの一声に冷静さを取り戻した。

「狼狽えるなッ! 所詮敵は装者が1人増えた程度、恐れることはないッ!」

 幹部の言葉にメイジ達は恐れずセレナを迎え撃つべく身構える。ライドスクレイパーはこの決して広いとは言い難い通路では使い辛い為、どのメイジも左手のスクラッチネイルでの攻撃をメインにすべく構えていた。

 そして接敵。手始めに1人のメイジが鋭い爪でセレナの柔肌を切り裂こうとしたが、セレナは取り回しに優れたビームダガーでそれを難なく受け止めると攻撃を受け止めた方の手とは逆の手に持っていたビームダガーで敵を逆に切り裂き倒してしまった。

「ハァッ!」
「ぐっ!?」
「チィッ!」

 1人がやられたのを見て別のメイジが飛び掛かる。壁や天井を利用して三次元的に動き攻撃してくるのを、セレナは身を屈める事で避けつつ体を捻り下から蹴り上げて逆に天井に叩き付けた。

「ゴハッ!?」

 あっという間に2人のメイジが無力化されたが、この程度の被害はベルゼバブとしても織り込み済みであった。その隙に奴は得意の空間魔法でセレナの背後に剣を突き出し虚を突き隙を作りだそうとしていた。
 だがベルゼバブの剣が空間に開いた穴に入ろうとした直前、逆に穴から光る短剣が飛び出し今正に攻撃しようとしていたベルゼバブの肩に突き刺さった。

「ぐぁぁぁぁっ!? な、何ッ!?」

 今何が起きたのか分からず、ベルゼバブがセレナの方を見る。すると彼女の周りには、数本のビームダガーが宙に浮いているのが見えた。マリアのアガートラームとは全く違うセレナの戦い方。マリアは手にした短剣による接近戦を主軸に戦うが、セレナはそれとは別に宙を自在に動き回る短剣を操り戦う事が出来るのである。

 つまりセレナを相手にすると言う事は、無数の宙に浮く短剣をも相手にしなければならないと言う事。1人で数人分の戦力となれる、クリスとはまた違う対多数の戦いを得意としたシンフォギアの使い手だったのだ。
 この能力は事こういった狭い空間では特に有利に働く。何しろ動き回るのは小さな短剣だけであるのだから、普通に剣を振り回すのとは訳が違う。死角に回り込んできた短剣にも気を配らなければならない都合上、敵対する者からすれば厄介な事この上なかった。

 事実、他のメイジもセレナが操り縦横無尽に動き回るビームダガーを前に苦戦を強いられている。情勢がS.O.N.G.側に傾きつつあるのを肌で感じたベルゼバブは、咄嗟にグレムリンに目配せし次の行動を相談した。

「どうする?」
「ん~……」

 問い掛けられたグレムリンの顔は、仮面で覆われている為表情を見ることはできない。声色はあまりセレナの参戦に対し関心を払っていないように見えるが、颯人の目には彼の体から苛立ちが湧き上がっているように見えた。

 颯人の目は正しかった。実際グレムリンはこの状況に対し、少なくない苛立ちを感じていた。ここに来て突然の状況の変化。まるで物語の様に颯人達の有利に好転する事態に対し、グレムリンは反吐が出る様な思いを感じていた。

「……気に入らないね」

 その言葉をその場に残す様にグレムリンの姿が掻き消えた。一瞬で瞬間移動の様に姿を消したのは、彼得意のアイソレーションによるものであり実際は他のメイジの影などに隠れて動いているだけであった。
 グレムリンが向かう先に居るのは勿論キャロル。これ以上状況が自分達の不利になる前に、せめて最大の目標だけは達成しようとしているのだろう。

 こう来るだろう事は颯人も読んでいた。なのでそれに先んじて、キャロルを奴らの手に渡さないようにすべくグレムリンの前に立ち塞がった。

「おっと、させるかッ!」

 迫るグレムリンの進路を妨害する様に颯人が身構え、その脇をすり抜ける様に響がベルゼバブへと迫る。これで敵はキャロルに戦力を割く事は出来ない。

 だが敵は……グレムリンは狡猾だった。そして同時に非情であり、何よりこちらの予想の斜め上を行くことを平然と考え付く。
 颯人の剣とグレムリンの剣がぶつかり合う。颯人はその瞬間違和感を感じた。手応えが何かおかしい。

 その疑問を抱いた直後、彼の目に信じられないものが映った。セレナに向けて駆けていくグレムリンの姿。だがグレムリンは今颯人の目の前に――――

「やられたッ!? セレナッ!」
「え?」

 颯人と対峙しているグレムリンは偽物だ。魔法で外見をグレムリンに似せているだけで、中身はそこらのメイジと何も変わらない。鍔競り合いになった瞬間の感触でそれが分かった彼がセレナに警告した次の瞬間には、グレムリンは合体させて鋏の様にした双剣で彼女の首を断とうとしていた。咄嗟に後ろに下がろうとするセレナであったが、その時突如背中を何者かに押された。

「うぁっ!?」

 セレナの背中を押したのは空間魔法で手を突き出したベルゼバブであった。響と対峙していたベルゼバブであったが、奴は響からは死角になる所で空間に穴を開けそこに何も持っていない手を突っ込みグレムリンから逃れようとしているセレナの背中を押したのだ。突然背中を押されてバランスを崩したセレナは、グレムリンの凶刃から逃れるタイミングを完全に失っていた。

「ハハァッ♪」
「「セレナ(さん)ッ!?」」

 このままではセレナが首を断たれてしまう。そんな事になればガルドやマリアだけでなく多くの者が悲しみ涙を流す。そうはさせじと颯人は目の前の偽グレムリンを蹴り飛ばしつつコネクトの魔法でグレムリンの邪魔をしようとした。
 だがそれよりも早くにアリスが甲高くハーメルケインを吹き鳴らした。するとグレムリンがまるで雷に打たれたかのように体を強張らせ動かなくなる。

「うぐっ!?」
「セレナさんッ!」
「ッ! ハッ!」

 グレムリンが動かなくなった瞬間一気に状況は動いた。アリスの演奏により強制的に動きを止められたグレムリンを、セレナは至近距離で振るうビームダガーで切り裂き更に新たに浮かせたダガーがミサイルの様にグレムリンに向け飛んでいき、次々と体に突き刺さる。

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「やった!」

 次々と体に突き刺さるビームダガーに、グレムリンが悲鳴を上げそれを見てセレナも勝利を確信した。

 しかし…………

「ぐ、ぅ……フフッ」

 仮面の下でグレムリンは確かに笑った。それは全ての状況が自身の思い描いた通りに動いたからに他ならない。キャロルに向かわせた偽物を颯人が阻もうとするのも、セレナに行った奇襲がアリスに阻まれて失敗するのも。

 全ては颯人の意識を一瞬でも偽物から反らす為…………

 颯人が蹴り飛ばした偽物のグレムリンが弾かれるように立ち上がり、一気にキャロルに接近した。颯人がそれに気付いた時には既に遅く、偽物のグレムリンはキャロルの腕を掴むとそのまま転移魔法でその場から姿を消してしまった。

〈テレポート、ナーウ〉
「しまっ!?」
「キャロルちゃんッ!?」

 颯人と響が手を伸ばすが、無情にもキャロルは偽グレムリンと共にその場から消えてしまう。そしてキャロルが消えると、もうこれ以上ここに用はないと残ったメイジが次々姿を消す。あまりにも鮮やかな撤退を前に颯人も止める間は無く、気付けば残ったのはグレムリンとベルゼバブのみとなっていた。

「キャロルちゃんを返してッ!」

 このまま逃がしてなるものかと響がベルゼバブに掴み掛るが、動揺しているからかあっさり振りほどかれてしまう。そしてベルゼバブはそのままセレナに無数のビームダガーを指されたグレムリンを助け起こし、グレムリンは自身の転移魔法を発動させて姿を消した。

「じゃ~ね~♪」
「チッ、待て!」

 颯人達を嘲る様にそう言ってグレムリンは姿を消した。颯人も手を伸ばすがその手は虚空を掴むだけに留まり、まんまとキャロルを連れ去られてしまった事を実感して颯人は無力感を噛みしめる様に拳を近くの壁に叩き付けるのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第227話でした。

セレナ完全復活は流石に都合が良すぎるかと思ったので、アリスとのセット運用前提のコンディションでの参戦となりました。これでも十分都合良すぎる気はしますけどね。そして多分話の流れ的には、セレナはアリスを離れてガルドの傍で戦うシーンがありそう。

戦力も増えて何とかなるかと思われましたが、キャロルは奮闘虚しく連れ去れててしまいました。ここ最近は敵にしてやられる展開が多いですが、そろそろ反撃していく話も書いていきたいところです。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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