魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)
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【第一部】新世界ローゼン。アインハルト救出作戦。
【第7章】アウグスタ王国の王都ティレニア。
【第5節】三人の逃亡劇とその唐突な幕引き。
この王都では、8番目の環状道よりも外側が、いわゆる「下町」でした。半径で言うと外側の四分の一ですが、面積で言うと王都全体の四割以上を占めています。
また、下町は『どの市門が最寄りの市門であるか』によって、大きく八つの区に分けられていました。この王都の常住人口の八割以上は、中層ないし下層の市民でしたが、彼等はみな、この下町で暮らしています。
カナタとツバサは、ユリアとともに下町の南西区に入ると、警邏中の魔導師を避けて、念のためにもう一つ上下道を下り、9番目の環状道に入りました。
しかし、三人でふと「下りの上下道に並行して走る街路」への入口の前を横切ると、その街路に立ち並ぶ屋台からの匂いに誘われたのか、不意にユリアのお腹がキュゥ~と鳴り出します。
「……すみません。よく考えたら、昼食会では最初から逃げ出す隙ばかりを窺っていたので、わたし、何も食べていませんでした」
双子の視線を受けて、ユリアは実に恥ずかしそうにそう応えました。
「まあ、それなら仕方がありませんね」
「ボクらもまだ、お腹すいてるし、先に何か食べとこうか?」
「はい。……あっ! でも、わたし、お金を持って来るの、忘れました!」
「それぐらいは、立て替えておきますよ」
「いいんですか?」
「大丈夫だヨ。こう見えても、ボクら、それほど貧乏人って訳でもないからネ」
カナタは軽く流したつもりだったのですが、ユリアはそこでふと真顔に戻り、鋭い疑問を口にしました。
「そう言えば……お二人は、体臭もしませんし、物腰や言葉づかいにも粗野なところがありませんし、衣服もすべて新品のように見えます。……もしかして、結構いい身分なんですか?」
《あれ? この子、意外と観察眼があるぞ。》
《いやいや。『意外と』は余分でしょう。》
ツバサは内心では苦笑しながらも、それを顔には出さずに、こう答えました。
「ええ。まあ……実を言うと、うちは代々、とある村の領主の一族でして……父は分家筋なんですが、それなりに良い暮らしをさせていただいております」
《よくもまあ、そんな「嘘八百」をすらすらと!》
「ああ。なるほど、それで合点がいきました」
カナタは内心、呆れ顔でしたが、それでも、ユリアは納得してくれたようです。
【ちなみに、ローゼン世界で「村の領主」と言うと、普通は騎士階級になります。つまりは、爵位を持たない下級の貴族です。】
そこで、ユリアも一旦は母親探しを脇において、双子と一緒に屋台で食事を取ることにしました。三人で大通りを離れ、その「歩行者専用の街路」へと歩み入ります。
そうして、ユリアは生まれて初めての「買い食い」を堪能したのでした。
何か考えがあってのことなのでしょうか。ツバサは、ユリアが一般の市民と直接に口を利くことを巧妙に避けて、代わりに自分が会話を担当します。
それでも、ユリアは本当に楽しそうでした。
おそらくは、今までずっと本物の「箱入り娘」だったのでしょう。下町では、もう見るもの聞くもの、すべてが珍しいようです。
「わたし、昔から一度こうして下町を歩いてみたかったんです。今日は、お二人のおかげで、夢がひとつ叶いました」
ユリアは、見ている方が楽しくなって来るほどの生き生きとした笑顔で、双子にそう語りかけます。
こうして、ユリアは、まるでカナタやツバサとは昔からの幼馴染みであるかのように、親しく打ち解けて行きました。
しかし、食事も一段落して、いよいよ「ユリアの母親探し」を始めると、三人はいきなり「見えない壁」にブチ当たりました。
『実は、この人を探しているのですが』と言って例の似顔絵を見せると、みな一様に目を丸くして驚くのですが、それ以上は誰も何も話してはくれません。
そうこうしているうちに、誰かが通報でもしたのでしょうか、何処からともなく王国軍の兵士たちが現れ、三人を遠巻きに取り囲み始めます。
「ヤバイ! 見つかった」
「ユリア、走れますか?」
「えっ? ああ、はい!」
そうして、三人はしばらくの間、小児の体格を活かして、人混みの中を巧みに逃げ回っていたのですが、兵士らは連携して次々に(そして、あくまでも遠巻きに)道を塞ぎ、三人を少しずつ、着実に追い立てて行きます。
カナタ《ヴィータさん! 暴れて敵の注意を引き付けるのなら、もっとちゃんと引き付けといてヨ! ……ツバサ! あいつら、魔法か棍でぶっ飛ばしちゃダメかなあ?》
ツバサ《あの数では、どのみちキリがありませんよ。それに、提督からも『なるべく現地の人たちを傷つけないように』と言われてたでしょう? ユリアも見ていることですし、ここは素直に逃げましょう。》
三人はしばらく、街路から路地を伝ってまた別の街路へと逃げ続けていましたが……兵士たちに追い立てられて、また何本目かの路地を抜けると、今度は大通り(上下道)に出てしまいました。ここから先には、もう兵士らの動きを遮ってくれるほどの人混みは無く、しかも、退路はすでに断たれています。
しかし、運よく、その上下道の中央分離帯には、今しも例の〈誘導路〉が出現していました。カナタの祈りが天に届いたのか、何処かでまたヴィータか誰かが暴れてくれたようです。
【ちなみに、この時、実際に「軽く」暴れていたのは、街中でふと合流した第四分隊と第三分隊。つまり、「ヴィクトーリア、エドガー、コニィ」と「ジョスカナルザード、ゼルフィ、ノーラ」の六人でした。もちろん、それぞれにザフィーラやヴィータから『そうしても良い』と言われた上での行為です。】
そして、一人の魔導師が何やら大きな荷物とともに、随分と大型で縦長の「光の円盤」に乗ってその〈誘導路〉の上を滑り下りて来たかと思うと、その若者は三人のほぼ目の前でその円盤を乗り捨て、その大きな荷物(何らかの魔法装備?)を半ば引きずりながら、大急ぎで向こう側の路地へと駆け去って行きました。
『渡りに舟』とは、まさにこのことです。
《ツバサ。あれって、ライディングボードと同じ要領で乗れるかな?》
《試してみる価値はありそうですね。》
背後に追手の声を聞いた双子は、すぐさまユリアの手を引いて走り、三人で大型円盤の上に飛び乗りました。
大人の体格なら、三人乗りはちょっと無理な大きさでしたが、最初に見た一人用の円盤よりは相当に大型なので、小児の体格ならば何とかなりそうです。
「えっ? あの……お二人とも、これは……」
《行っけぇ~~!》
カナタの心の声に合わせて、円盤は滑らかに「今、来た道」を戻り始めました。
やはり、どこか別の場所では「誘導路の設定」が行われているだけで、個々の円盤の動きは必ずしもそちらで完全にコントロールされている訳ではないようです。
「ユリア。立っていると危ないですよ」
しゃがみ込んだカナタの背後で、ツバサはそう言ってユリアを座らせながら、みずからも彼女の隣に片膝をつきました。
(えっ? でも、これって、確か、普通の人には動かせないはずなんじゃ……。)
ユリアの当惑を他所に、円盤は次第に速度を上げて行きます。
「次を左に曲がるヨ。二人とも、重心移動、よろしく!」
(えっ? ……ええ~っ!)
「ほら、こんな感じで」
ツバサは自分の体を左に倒しつつ、右隣にいるユリアの右肩を抱いて、自分の側へと引き寄せました。
(えっ? あの……近いっ! 距離が近いんですけどっ!)
ユリアはもう二重の意味でドキドキです。(笑)
三人を乗せた大型円盤はT字路をきれいに左折して9番目の環状道に入りました。
「次は右に曲がるヨ!」
「カナタ! それだと問題の区画から遠ざかってしまいますよ!」
「だって、しょうがないじゃない。光の道がそっちにしか伸びてないんだから!」
「あの……多分、元の場所へ戻るようにプログラムされてるんだと思います」
「とにかく、今は右へ! コケないように、重心移動、よろしく!」
円盤はまた、きれいに右折して今度は上下道に入りました。
それから、円盤はまた左折して8番目の環状道に入り、さらに右折してまた上下道に入り、いよいよ速度を上げて行きます。
「カナタ、そろそろ止めてください。これだけ距離を稼げば、もう充分です」
「えっと……二人とも、ゴメン! 止め方、解んない!」
カナタは、そこで念話に切り替え、急いで言葉を続けました。
《どうしよう、ツバサ。三人で跳び下りる?》
《次のT字路を曲がってから、そうしましょう!》
上下道はそのまま直進すると壁にブチ当たってしまう形なので、ツバサは万が一にもその危険性を避けたかったのです。
「今度は左に曲がるヨ! ユリア。その後、すぐに跳び下りるから、準備して!」
「えっ? と、跳び下りるって、この速度で?」
大型円盤は、すでに「全速で走る馬車」ほどもの速度になっています。
「大丈夫ですよ、ユリア。私たち二人がついています」
ツバサはそう言って、再びユリアの体を自分の側へと引き寄せました。ユリアは小さくうなずいて、ツバサに身を委ねます。
(ここで、双子は念話で素早く「打ち合わせ」をしました。)
そして、円盤がまたきれいに左折して7番目の環状道に入ると、カナタはすぐに腰を落としながら半歩下がりました。そのまま左手を後ろからユリアの左肩の辺りに添え、ツバサもまた右手を後ろからユリアの右肩の辺りに添えます。
「じゃあ、二人とも。思いっきり後ろへ跳ぶヨ~! いち、にの、さん!」
三人は後ろ向きに、力の限り後方へと跳びました。しかし、円盤はすでに相当な速さで前進していたので、慣性の法則により、三人の体は足が地に着くなり、勢いよく前方へと転がってしまいます。
「体を丸めて、両手で膝を抱えて!」
カナタは左手でユリアの頭部をぐっと下げさせました。
それと同時に、ユリアが思わず目をつむっているのを幸い、双子は例のペンダントを軽く握って「打ち合わせ」のとおりにバリアを張りました。
二つのバリアは融合して「横倒しの六角柱」となり、脚を折り曲げた姿勢で横並びになった三人の体を丸ごと包みこみます。
二人は『滑らかな円柱にすると、延々と転がり続けてしまう』と思い、わざと角柱にしたのですが、その分、バリアの中にいてもゴツゴツと衝撃が届きました。
(もちろん、それは『バリアなしで、体が直接、地面に接触する』という状況に比べれば、随分と軽い衝撃だったのですが。)
三人の体は横並びのまま、車道の上をごろごろと六回ほど前転してから、ちょうど足の裏を地面に向けた形で止まりました。カナタとツバサはユリアに覚られないように、すかさずバリアを解きます。
「あ~、痛かった~。……二人とも、怪我は無い?」
カナタは立ち上がるなり、さも本当に痛かったかのような声を上げました。場所は車道の真ん中ですが、今は幸いにも、この環状道を走る馬車の姿はありません。
「私は大丈夫ですが……。ユリア、お怪我はありませんでしたか?」
ツバサも、まるで本当に心配しているかのような声を上げながら、そっと手を引いてユリアを立たせました。しかし、当然のことながら、ユリアは何やら愕然とした表情で、こんな言葉をもらします。
「えっと、あの……わたし、全然どこも痛くなくて……何だか、その……体を少しも地面にぶつけてないような気がするんですけど……」
すると、双子はまたすかさず、こう応えました。
「あ~、それはきれいに転がったんだね~。良かった、良かった」
「それに、緊張していると、多少の痛みなど、自分でもしばらくは気がつかないコトだってありますからねえ」
(……そういうものなのでしょうか??)
【ユリアは誤魔化されています!(笑)】
場所はいつしか下町を離れ、閑静な住宅街となっていました。
ここではもう、街路に入っても(人混みも無い上に、大通りよりも道幅が狭くなっているので)かえって捕まりやすくなるだけです。
そこで、三人は大通り沿いに元のT字路まで引き返し、上下道を下ろうとしましたが、その上下道の下の方には、すでに兵士らの姿がありました。環状道の向こう側からも兵士らが現れ、三人はやむなく「今、来た道」をまた引き返します。
三人は次のT字路(上り道)を通り過ぎて、さらに次のT字路(下り道)を目指したのですが、その手前でまたもや兵士らに行く手を阻まれてしまいました。
7番目の環状道で前後を挟まれた形です。三人はやむなく少し戻って、上り道へと逃げ込みました。
しかし、6番目の環状道でも、三人はまたすぐに同様の状況に陥ってしまいます。
どうやら、兵士らは三人を「全くの無傷」で捕らえようとしているらしく、あからさまな攻撃は一切して来ませんでした。それでも、巧みな連携で、三人の行く手を次々に遮っていきます。
三人はどうしようもなく、そのまま上へ上へと追い立てられて行きました。
そうこうするうちに、三人はいつしか『抑制結界』の下に入りました。場所はすでに貴族たちの住む〈中央区〉です。
そこで、ユリアは息を切らして立ち止まり、ふとこんな弱音を吐きました。
「あの……お二人とも……もういいです」
「はあァ?!」
《何がいいんだヨ!?》
カナタはやや威嚇的な声を上げてしまってから、後半は念話でそう毒づきました。
「あの兵士たちは多分、わたしがお二人にかどわかされていると勘違いしているんです。おとなしく捕まって、わたしが彼等に事情を説明すれば……」
「そうやって、何でもすぐに諦めてしまうんですか?」
「えっ?」
ツバサの少し悲しげな口調に、ユリアは思わず驚きの声を上げました。どうして相手が悲しんでいるのか解らない、という表情です。
そこで、ツバサはじっとユリアの目を見つめたまま言葉を続けました。
「確かに、人生には時として、諦念が必要になることもあるのかも知れません。でも、小児のうちから、諦めることばかり上手になってしまったら、人間はそのまま『何も成し遂げられない大人』になってしまいますよ。あなたは、それでもいいんですか?」
「……でも、このままでは、あなたたちが罪人に……」
(この状況で、この人はどうして自分のことよりも、わたしのことを心配しているの?)
ツバサの想いが視線に乗って自分の中にまで流れ込んで来たような気がして、ユリアは思わず胸が苦しくなってしまいます。
すると、ツバサは不意に穏やかな微笑を浮かべ、ユリアをこう励ましました。
「罪と言っても、いきなり死罪になるほどの罪ではないのでしょう? それなら、諦めるのは、やれる限りのことをひととおりやってみてからでも遅くはありませんよ。もう少しだけ、私たちと一緒に『小児じみた悪あがき』を続けてみませんか?」
「……はい!」
(誰かに、こんな風に言ってもらえたのって……わたし、初めて……。)
ユリアはもう何だか胸が一杯で、それ以上は何も言葉が出て来ませんでした。
しかし、その後も結局、三人は上下道をひとつも下ることができませんでした。
それどころか、さらに上へ上へと追いやられ、ついにはツバサがユリアの左手を、カナタがユリアの右手を引いて、とうに息の切れた彼女を無理矢理に走らせているような形となります。
そして、また環状道で前後を挟まれ、やむなく上り道に入ると、今度は正面に「明らかに今までとは色も様式も異なる壁」が見えて来ました。
しかし、背後からは追手が迫っており、今は足を止めている余裕などありません。
カナタ《ツバサ! さすがにもう「犬笛」の出番なんじゃないのかなあ?(弱音)》
ツバサ《ええ。でも、私たちが取り押さえられてから、ザフィーラさんが来たのでは、かえって面倒なコトになります。……どこかで二分ほど時間を稼げると良いのですが……。仕方がありません。カナタ、飛びましょう!》
カナタ《この結界の中で? ボクらの魔力じゃ、あまりマトモには飛べないヨ?》
ツバサ《それでも、『二人でユリアを連れて、正面に見えるあの壁を乗り越える』ぐらいのことなら、何とかなるでしょう。一旦、あの中に入ってしまえば、二分ぐらいは稼げると思うんです。》
カナタ《まあ、それぐらいなら、できるだろうけど……。ええい、やってみるか!》
ツバサ《ええ。やりましょう!》
ユリア「あの……お二人とも……この先は……もう……」(息も切れ切れ)
ツバサ「ユリア、飛びますよ! しっかりつかまっていてください」
ユリア「ええっ? と、飛ぶって??」
カナタ《それじゃあ……いち、にの。》
二人そろって《さん!》
双子はユリアの手を固く握ったまま、飛行魔法を全開にして地面を蹴りました。三人の体は、高さが人の背丈の三倍ちかくもある壁を、かろうじて跳び越えて行きます。
しかし、その壁の向こう側にある一群の建物を目にすると、カナタもさすがに気がつきました。
カナタ《あれっ! ここって、もう王宮区??》
ツバサ《やはり、そうでしたか。》
カナタ《やはりって……知ってたんなら、事前に教えてヨ!》
ユリア(えええええ! わたし、飛んでる? 飛んでる! なんで? どうして?!)
ツバサ(そんなカナタの怒声とユリアの悲鳴を平然と聞き流しながら)
《このまま落ちると、植え込みの中に突っ込みます。カナタ、少し右手の、何やら空間が空いている場所に降りましょう。》
カナタ《何だか、必要な手順を幾つもスッ飛ばして来ちゃったような気がするんだけど……。ホントにこれで良いのかなあ?(ちょっと不安)》
三人の体は空中で不意に向きを変え、壁際の植え込みと植え込みの間にある数メートル四方ほどの空間へ自由落下よりも幾分かゆっくりとした速度で降りて行きます。
三人を追いかけて来た兵士や魔導師たちは、それをただ呆然と見送ることしかできませんでした。
理由はよく解りませんが、ずっと大昔から、ローゼンには「空を飛べる魔導師」など一人もいなかったのです。
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