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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【第一部】新世界ローゼン。アインハルト救出作戦。
【第6章】ベルカ世界より、いよいよ新世界へ。
   【第8節】三日目の朝。コニィ、秘密の告白。


 そして、翌5月9日の朝6時前のことです。
 何やら周囲が明るくなったのを感じて、カナタの意識は不意に覚醒しました。どうやら、今は『布団(ふとん)もタオルケットも(かぶ)らぬまま、ベッドから落ちそうなギリギリの場所(ところ)で、左側を下にしてベッドの外側を向いており、右手は半ばベッドの外に()れ下がってしまっている』という姿勢のようです。
 しかし、カナタがそっと(まぶた)()けてみると、目の前には何と、コニィの顔の「どアップ」がありました。

【これは、コニィにしてみれば、『部屋の照明をつけ、ふと向かいのベッドの脇にしゃがみ込んで、カナタの寝顔を間近に見つめていたら、彼女が不意に目を開いた』という状況です。】

 目が合うや(いな)や、カナタは思わず後ろへコロコロと一回転して、コニィから距離を取りました。もちろん、それは全く何も考えていない「咄嗟(とっさ)の反応」だったのですが、コニィには随分と不評だったようです。
 コニィは不意に、何やら少し怒っているかのような悲しみの表情を浮かべました。
「そこまで驚く必要(コト)は無いんじゃないですか?」
「あー。いや、すみません。……て言うか、コニィさん。何故(なんで)今、ボクの顔を見つめてたの?」
「それは、もちろん、カナタさんがカワイイからですが」
(ええ……。)
「それなのに、そんな冷たい態度を取られてしまって、私、ちょっと傷つきました。謝罪を要求します」
「ええ……」
 あまりの理不尽さに、カナタも今度は、思わず実際に声を上げてしまいました。

「いや。そんなコト、言われても、具体的には何をどうすれば……」
「罰として、カナタさんはしばらく、私に抱っこされてください」
(はァ?)
 コニィは寝間着(ねまき)姿のまま素早くカナタのベッドの上に上がり込むと、有無を言わさずにカナタの体をもう半回転だけ奥へと転がし、自分もその背中にピッタリと張り付くようにして横たわりました。さらには、背後から両手両足でがっしりと12歳児の体を抱きしめ、そのままもろともに逆方向へゴロリと大きく半回転します。
 こうして、カナタの体はコニィの大柄な体の上を通って、目を覚ました時とおおよそ似たような位置・似たような姿勢に戻されました。
 以上の動きが、ほとんど「一瞬の早業(はやわざ)」です。
(ええ……。何なの? この状況……。)
 カナタには、もう(わけ)が解りませんでした。

 ふと気がつくと、ツバサがベッドの上の段から、首だけを外に出してこちらを覗き込んでいました。
「なるほど。今日は、夜這いをかける側から、かけられる側に回りましたか」
捏造(ねつぞう)に捏造を重ねるのは、ヤメテ!」
 それでも、コニィはカナタの叫びを軽々と無視して、ツバサの言葉にこう応えます。
「そうなんですよ。せっかく待ち構えていたのに、夜這いをかけてもらえなかったので、はしたなくも、こちらから押しかけてしまいました。……もしかして、私はカナタさんから『ノーラさんほどには抱き心地(ごこち)が良くない女だ』と思われてしまっているのでしょうか?」
 後半は、カナタの耳許(みみもと)に向けてそっと(ささや)きかけた言葉でした。何やら妙に悲しげな口調です。
「いや! 抱き心地も何も……ボクは昨日も今日も、一方的に抱きしめられてる側なんですけど!」

 そこまで言ってしまってから、カナタはふと、向こうのベッドの上の段に寝ていたヴィクトーリアも、すでに目を覚まして静かにこちらを見つめていることに気がつきました。こちらは、妙に生温(なまあたた)かい眼差(まなざ)しです。
「ヴィクターさん! 静観してないで、助けてくださいヨ! ボクは今、あなたの侍女から妙な(から)まれ方をしてるんですけど!」
 すると、ヴィクトーリアは少し困ったような表情で、こう(こた)えました。
「ああ。ごめんなさいね、カナタ。今までずっと隠していたけど、実を言うと、コニィは元々、『12歳ぐらいのカワイイ女の子を見ると、衝動的に抱きつきたくなってしまう』という特殊な性癖の持ち主なのよ」
(ええ……。)
「待ってください、お嬢様。それだと、まるで私が変態か何かのような言い方に聞こえてしまうんですけど」
(ここまでしておいて、今さら『そうじゃない』とでも言うつもりなのかよ!)
 カナタは思わず、声にも念話にも出さずに、心の中で叫んでしまいます。

「でも、コニィ。それが『生まれつきの性癖』では無いことを説明しようと思うと、あなたの大切な秘密をひとつ、打ち()けざるを得なくなってしまうわよ?」
 ヴィクトーリアは『あなた、それでもいいの?』と言わんばかりの口調でそう問いかけました。すると、コニィはカナタの体を抱き枕のように抱きしめたまま、たっぷり3秒ほど悩んでから、不意に「覚悟の決まった口調」でこう答えます。
「そうですね。この際ですから、カナタさんとツバサさんにだけはお教えしておきましょう。ただし、他の方々(かたがた)には……今この(ふね)にいる皆さんばかりではなく、ミッドの御家族や御友人なども含めて……決して誰にも話さないでくださいね」
「解りました。カナタも私も、秘密は必ず守るとお約束します」
 ツバサは、取りあえずカナタの気持ちは無視して、そう(こた)えました。
《ええ……。どうして、そこでボクの意見まで勝手に代弁しちゃうのサ?》
《でも、ここまで来たら、もう『そんな秘密は守れそうにないので、自分たちには話さないでください』なんて、とても言えないでしょう?》
《いや……。まあ、「話の流れ」としては、確かにそうかも知れないけどサ……。》
 こうして、カナタは『自分はまだこの状況に納得できてはいない』という気持ちのまま、コニィの個人的な秘密を一方的に聞かされる羽目に(おちい)ったのでした。

 コニィはまず、カナタの全身を抱きしめたまま後ろに倒れ、みずからカナタの下敷きになりました。そこから、お尻を中心にして体を90度くるりと回し、自分の脚とカナタの脚をベッドの外に出した形で上体を起こします。
 結果として、コニィは深く腰を引いてベッドに座り、大きく開いた両脚の間にカナタをちょこんと座らせたような形となりました。
「昨日、ベルカを離れてから、私は『新暦81年のIMCS世界代表戦で、お嬢様の付き人としてモザヴァディーメへ行った時、自分が何をどう「はしゃいだ」のかは秘密です』というお話をしましたが、お二人とも、(おぼ)えていらっしゃいますか?」
「はい。もちろん」
 ツバサのそんな声に合わせて、カナタも背後から抱きしめられたまま、大きくうなずいてみせます。
「実は、私は肉体的には随分と早熟な女児(こども)で、14歳の頃には『もう誰が見ても成人(おとな)にしか見えないような体格』をしていました。背丈だけでなく、胸部(むね)臀部(おしり)も含めて」
《ええ……。》
《まあ、ジャニスさんの例もありますから……そういう(かた)も、ごく一部にはおられるんでしょうねえ……。》

「そのせいで、私自身もいつの間にか、自分がもう成人(おとな)になったようなつもりでいたんです。……ところで、お二人は『ミッドを始めとする主要な管理世界の法律では、おおむね15歳が「性交許可年齢」とされている』という話を御存知でしょうか?」
「はい。それは、もう常識の範疇(はんちゅう)ですから」
 カナタも再び、ツバサの声に合わせて無言でうなずきました。
「それで、私も新暦81年に15歳になると、『どこかにイイ男はいないものか』と、それとなく身の回りで物色(ぶっしょく)し始めたのですが……」
《ええ……。それは、ちょっと早熟すぎるんじゃないの?》
《いわゆる「肉食系処女」というヤツでしょうか?》
「よく考えたら、ダールグリュン家はミッドでも有数の名家であり、私もまた『同家のお嬢様にお仕えする侍女』という身の上なのですから、『あの侍女の素行には問題がある』などと世間の噂になってしまっては、お嬢様やダールグリュン家の評判にまで傷がついてしまいます。そう思えばこそ、ずっと自粛(じしゅく)していたのですが……。
 私は、お嬢様に随行する形でモザヴァディーメへ行き、生まれて初めて『周囲にはダールグリュン家のことをよく知っている者など一人もいない』という状況に立たされた時に……何と言いますか。不意に心の(たが)(はず)れてしまったのです」

 そこでコニィが語ったのは、要するに、『81年の12月に、現地で「イイ男」を見つけて「一夜限りの肉体関係」を持ち、互いに連絡先も教えずに別れたが、翌年の3月末になって、ようやく自分が妊娠していることに気がついた』という話でした。

 これには、カナタとツバサもさすがに驚きましたが、そこで、ツバサはふとこんな疑問の声を上げます。
「妊娠というのは、自分でもそんなに長い間、気がつかないものなんですか?」
「あの頃は、お嬢様の進路の問題とかもあって、バタバタしていましたからねえ。それに……普通は、初体験でいきなり出来ちゃうなんて、考えないじゃないですか」
《いや。その可能性と言うか……危険性ぐらいは考えましょうヨ。》
「それで、その子供は一体どうされたんですか?」
「罪も無い子を、意味も無く死なせる訳には行きませんからねえ。幸いにも、私は体格と健康には『人並み外れて』恵まれていましたから、普通に産みましたよ。16歳で」
《ええ……。16歳で出産って……。》

「え……。もしかして、その件は、お相手の男性には?」
「もちろん、知らせていません。そもそも、連絡先など解りませんし……。いや、本気で探せば探し出せないことも無かったんでしょうけど、あの時はお互いに『遊び』と割り切っていましたし……。それに何より、相手は明らかに妻子持ちの男性でしたから」
《それ、絶対にダメなヤツじゃん!》
《まあ、完全に「一夜限り」と割り切っていたのなら、『その方が「(あと)腐れ」が無くて良い』という考え方も、合理的と言えば、確かに合理的なんでしょうねえ。》
《いや。単なる合理性よりも、もっと大切なモノって、あるんじゃないの?》
《念のために言っておきますが、私だって、別にコニィさんの「はしゃぎ(かた)」を積極的に支持している訳ではありませんよ?》
《いや……ごめん。それは、もちろん、解ってるんだけどサ……。》

 カナタとツバサは母親たちの影響もあって、性的な面に関してはとても潔癖な考え方の持ち主です。そんな二人にとって、コニィの行動には理解が及ばない点もありましたが、それでも、ツバサはふと心配そうな声を上げました。
「しかし、16歳で『母親』を(つと)め上げるというのは、相当に大変なコトだったんじゃありませんか?」
「そうですね。自分でも、もしワンオペだったら、精神が()り減って倒れていただろうと思います。ただ……実は、私の母も、16歳で私を産んでいるのですが……」
《ええ……。》
 カナタは、コニィの話にもう驚かされっぱなしです。
 一方、ツバサは昨日のコニィの話を思い起こして、またひとつ大切なコトに気がつきました。
「あ……。それでは、『コニィさんのお父さんが亡くなってから、コニィさんのお母さんが現在の配偶者と入籍するまで一年かかった』というのは、もしかして?」
「はい。古代ベルカであれば15歳でもう結婚できるのですが、ミッドの法律では古来、『結婚は17歳から』ということになっていますからね。継父は、年が明けて母が17歳になるのをただじっと待っていてくれたのです」
《健康体は、お母さん譲りだったか……。》
《体質だけではなく、境遇まで母子(おやこ)で少しばかり似てしまったようですねえ……。》

 コニィは続けて、こう語りました。
「そして、二人の結婚から15年後、新暦82年の春、私の出産よりも半年ほど前に、母は32歳でまた第四子を産んでいました。これが、私から見ると『下の異父弟(おとうと)』となるラウディなのですが……。当時は、私もまだ16歳で、乳の()もあまり良くは無かったので、結局は、母に乳母(うば)を頼むこととなり、私の娘ウィスメアは『実際には自分の叔父に当たるラウディ』を乳兄弟(ちきょうだい)として育つことになりました。
 一方、お嬢様はIMCSを卒業した後に、八神司令からの勧めもあって、82年の春から空士訓練校に進んでおられました。もちろん、訓練校の寮にまで従者や侍女が付いて行く訳には行かないので、エドガーも私もしばらくお暇をいただいていたのですが、お嬢様は半年で早々と訓練校を卒業され、10月には執務官補佐『第一種・甲類』の試験にも合格されました」
 自分の話題が出たところで、ヴィクトーリアは少しだけこんな説明を()(はさ)みます。
「それで、翌83年の4月から、私はラウさんの補佐官を務めることが決まったのだけれど、その時点で、私はすでに『補佐官は一年で卒業して、84年には執務官になる』というつもりでいたから、二人にも『84年の4月には、私の固有戦力として管理局に入局してほしい』と伝えたのよ」

「補佐官の身分では、まだ従者や侍女を(はべ)らせる訳にも行きませんからね。こうして、私は83年度の末までお暇をいただいた形となった訳ですが、実際には、娘の世話は生後6か月ほどで切り上げ、あとは母親に丸投げしました。母には『こんなところまで私に似る必要(こと)なんて無かったのに』と真顔(まがお)で泣かれてしまいましたが、済んでしまったことは、もう仕方がありません。
 幸いにも、継父が母の願いを聞き入れ、ウィスメアを養女として認めてくれたので、私にはもう自分の娘の将来を案ずる必要など無くなりました。そこで、私は83年の春から体を(きた)え直して、その年の秋には、エドガーとともに嘱託魔導士の資格で『陸戦Aランク』を取得し……84年の春には、お嬢様の指示どおりに管理局に入って、その年の秋には改めて執務官補佐『第一種・乙類』の資格を取りました。
 そういった次第で、私は85年の春から()や10年間、こうしてお嬢様の補佐官を務め続けているのです。……その一方で、ウィスメアはラウディと同い年だったので、まるで彼の『双子の妹』のように育てられました」
 つまり、コニィは昨晩、『自分も含めて六人姉弟』と答えましたが、実際には、彼女の母親が産んだ子供は『彼女も含めて五人だけ』だったのです。

「私は仕事の合間を()って、ウィスメアにもしばしば会っていたのですが、それもあくまで『長姉として』でした。彼女は、幸いにも外見的には私よりも私の母の方によく似ており、それだけに、私の母を自分の母と信じて疑うことも無く育ち、86年の夏に、母が末子メイリィを産むと、彼女は『自分にも妹ができた』と大はしゃぎで……。幸い、メイリィも彼女にはとてもよく(なつ)き、彼女は7歳になった時にも『妹と離れるのが嫌だから』というだけの理由で、家庭での「通信教育」を選択したほどでした。
 そして、彼女は3年で初等科の課程をすべて修了し、10歳の春には中等科の課程に進みました。その際に、母から『そろそろ彼女にも真実を伝えてはどうか?』と言われ、私は一大決心をして、その提案に従ったのですが……」
 コニィもここまでは割と冷静な口調で話を進めて来たのですが、ここで不意に、彼女は悲しみと(いきどお)りの()もった口調で、こう続けました。
「それなのに、あの子ったら、私と母から真実を聞かされて、開口一番、何て言ったと思いますか?!」

《いや……。そんな難しいコト、いきなり訊かれても……。》
「そうですねえ……。普通に考えれば、『じゃあ、姉さんがホントは私のお母さんだったの?』とか、『じゃあ、お母さんって、ホントは私のお祖母(ばあ)ちゃんだったの?』とかいったところでしょうか?」
 ツバサの口調はいささか自信の無さそうなものでしたが、それでも、コニィは激しくうなずいて答えました。
「そうですよね! 普通は、そうですよね! それなのに、あの子ったら、いきなり『じゃあ、メイリィって、本当は私の妹じゃなくて、叔母(おば)さんだったの?』って言ったんですよ。……そうじゃないだろう! と。……いや。事実関係としては間違ってないけど、ポイントはそこじゃないだろう! と」
 コニィは悲しみと(いきどお)りのあまり、衝動的にドンドンと右の(かかと)(ゆか)(たた)きつけます。

「要するに、コニィはとても重大な決心をして『本当は自分が母親だ』と告白したのに、予想に反して、実の娘からこれっぽっちも甘えてもらえなかったから、少しばかり()ねているのよ」
 そんなヴィクトーリアの言葉には、コニィもすかさず強い不満の声を上げました。
「お嬢様! その言い方は、あまりに身も(ふた)も無さすぎるんじゃありませんか?」
「でも、あなただって、私に向かって、よく身も蓋も無い言い方をするわよね?」
 ヴィクトーリアは『だから、これでお相子(あいこ)よ』とでも言わんばかりの笑顔で、そう言ってのけます。
《この二人って、意外と「似た(もの)同士」だったんだなあ。》
《やっぱり、十年以上も「主従」を続けていると、互いに似て来るんですかねえ?》

 コニィの告白はもうしばらく続きましたが、それは要するに、『自分はこれまで実の娘に対して母親らしいコトを何もしてあげられなかったから、その分、これからはイッパイ(かま)ってあげたいと思っていたのに、当のウィスメアがハグどころか、普通に手を取ることすらしてくれないので、寂しさのあまり、今でも娘とよく似た年頃のカワイイ女の子を見ると、ついついハグしたくなってしまうのだ』という話でした。

《所詮、ボクは代用品か……。いや、もちろん、それ以上の扱いをされても、かえって困るんだけどサ……。》
 カナタは、コニィに背後から固く抱きしめられて何の抵抗もできない状態のまま、ツバサ一人にそう愚痴をこぼしました。
 しかし、ツバサはその念話にはただ苦笑を返しただけで、肉声ではコニィにこう問いかけます。
「ところで、そのお嬢さんは、私たちよりも一つ年上なんですよね。今は、何をしておられるんですか?」
「中等科の課程も二年で修了し、ようやく『妹離れ』ができたのか、昨年の春には12歳で陸士訓練校に入り、先月には陸士115部隊に配属されたそうです」
「陸士隊の115番と言うと……管轄(かんかつ)は首都圏地方の北中部ですか?」
 コニィはツバサの質問に大きくうなずきながらも、またどっと溜め息をつきました。
「私たち、今年は年明けからの仕事が長引き、フェディキアから帰って来た時には、もう4月になってしまっていたので、私はあの子の卒業式にも就任式にも立ち会うことができませんでした。……あの犯罪者どもが〈シフター〉を使って暴れたりしなければ、まだギリギリで間に合っていたかも知れないのに!
 それに、あの子もあの子ですよ。『特別な希望』が無ければ、最初は地元に配属されるのが普通なのに、どうしてわざわざあんな『交通アクセスのビミョーな土地』への配属を希望したのでしょう?」

 その陸士隊が管轄する地域は、〈本局〉への転送ポートがあるクラナガンやトスフェトカからも遠く離れており、ダールグリュン家があるザスカーラ地方からそこへ行くにも『どこかで「北の大運河」を渡らなければならない』という立地でした。
(昨日の夕食後に、サティムロが語っていた「新たな幹線レールウェイ」が全線開通すれば、ザスカーラ地方からももう少し簡単に行ける場所になるのですが、それはまだ来年のお話です。)

「しかし、地元でもなく、明らかに日帰りができないほどの遠隔地でもなく、他にも選択肢がある中で、わざと中途半端な場所を選択したのだとすれば……それは、お嬢さんなりにいろいろと葛藤(かっとう)をした結果だったのではないでしょうか?」
「葛藤、ですか?」
「今までずっと信じて来た親族関係が、実はすべて虚構(フィクション)だったと、いきなり知らされた訳ですからね。おそらく、お嬢さんは、これまで『母親』や『上の姉』だと思っていた人たちと、これから改めてどう接して行けば良いのか、解らなくなってしまったのでしょう。そうした状況下で、『今しばらくは少し距離を取ろう』と考えたのだとしても、それはそれで無理も無いことだと思いますよ」
 ツバサは同年代の人間として、ウィスメアの行動にも深く理解を示す立場を取りました。カナタも同じ立場から、こう言葉を添えます。
「それでなくても、十代前半っていうのは、元々、親から少し距離を取りたがる『お年頃』ですからネ」

 すると、コニィは少し考えてから、ふとこんなことを言い出しました。
「では、もしかして、お二人も今、なのはさんやフェイトさんに対して、そういうお気持ちなんですか?」
「そうですね。ただ、私たちの場合は、年頃の問題だけでは無く、『あまり親の近くにいて「七光り」を浴び続けていたくはない』という気持ちもありました。それに……正直に言えば、私たちが最初の配属先としてベガティス地方を選択したのは、『親の勧め』もあってのことだったのです」
「ボクら、配属先は事実上の三択で、自分たちでも『さすがに、首都警邏隊は()めといた方が良いのかなあ?』とは思ってたんですけどネ。なのは母様(かあさま)からも、ちょっと遠回しに『地球にも「可愛い子には旅をさせよ」なんて(ことわざ)があるからね~』とか言われちゃいまして」
「それでも、『アラミィ地方はさすがに遠すぎるかな?』と思い、二人でよく話し合った結果、ベガティス地方にしました」

 コニィは何度か小さくうなずいてから、もうひとつこんな質問をします。
「ところで、お二人とも、2歳の春から6歳の夏まで、なのはさんやフェイトさんからは遠く離れて暮らしていたんですよね? ミッドに戻って来た直後って、『親との距離感』とか、どんな感じだったんですか?」
「そうですね。私たちが地球で暮らしていた頃は、もっぱら祖父母が『育ての親』であって、母様(かあさま)たちは、あくまでも『たまに会いに来てくれる人』でしかありませんでした。そのため、私たちもミッドに戻って来たばかりの頃には、『どこまで母親に甘えて良いのか?』がよく解らずに、内心では随分と困り果てていたものですよ」
「それで、しばらく兄様(にいさま)にばかり(なつ)いていたら、フェイト母様(かあさま)が少し()ねちゃったんだよネ。(苦笑)」
「そうですか。フェイトさんほどの(かた)でも、やっぱり、そうなんですね……」
 そんな話まで聞かされてしまっては、コニィとしても、もう自分の境遇に納得するより(ほか)にはありませんでした。

「それから、コニィさん。念のために、『本来ならば言うまでも無いこと』をひとつ申し添えておきますが……」
「はい?」
「間違っても、お嬢さんの職場まで彼女の仕事ぶりを見に行ったりはしないであげてくださいね」
「えっ! ダメなんですか?」
 コニィは思わず驚愕の声を上げましたが、ツバサはその声を聞くと、また思わず「これ以上は無いほどの」大きな溜め息をつきます。
《やはり、解っていませんでしたか……。》
《ここは、少し厳しく言ってあげた方が良いんだろうネ。》
 カナタは(あき)れた表情を浮かべながらも、すかさず両腕を高々と頭上に(かか)げ、(ひじ)から先を互いに斜めに交差させて、コニィの目の前に大きな「×(バツ)の字」を作って見せました。
「それ、ゼッタイにダメですからネ」
「母親にそんなことをされたら、最悪の場合、お嬢さんは『より遠い土地』への転属を希望することになると思いますよ」
「ええ~~」
 コニィは今にも泣き出しそうな「不平の声」を上げましたが、双子のさらなる説得を受けて、ついには不承不承、その勧告を受け入れたのでした。


 ふと気がつくと、いつの間にか、時刻はもう6時半になろうとしていました。
 ヴィクトーリアもベッドの上の段から降りて、改めて下の段に腰を()ろし、最後にもう一度、カナタとツバサに「コニィの血縁関係に関する話は、絶対に秘密にすること」を約束させてから、秘密の会話は終了となります。
 そこで、コニィもようやくカナタを開放して自分の場所に戻り、主人(あるじ)の髪を整え始めました。どうやら、「身だしなみ」には、まだ少し時間がかかるようです。
 カナタとツバサは手早くパジャマから普段着に着替えると、ヴィクトーリアとコニィの了解を得た上で、一足先に談話室へと向かったのでした。

【いささか中途半端な箇所ですが、構成上の都合により、ここで「第6章」を終えます。】

 
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