魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)
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【第一部】新世界ローゼン。アインハルト救出作戦。
【第6章】ベルカ世界より、いよいよ新世界へ。
【第6節】ヴィクトーリアの思惑とIMCSの話題。
一方、〈スキドブラドニール〉に戻った後、ヴィクトーリアとコニィは、自分たちの四人部屋で二人きりの密談をしていました。
転送室で彼女らを出迎えた八神提督とリインには『少し気疲れしたから』とその理由を述べ、リインも広間で他の19名にはそのままに伝えたのですが……その理由づけは、実際には「半ば」嘘でした。
いささか気疲れしていること自体は事実でしたが、実際には、必ずしも部屋で休まなければならないほどの状態ではありません。
二人は、自分たちのベッドの下の段を長椅子のように使い、まるで仲の良い姉妹のように寄り添って腰を下ろし、用心深く念話で話し合いました。
《やっぱり、私には「あの」ミウラさんとコロナさんがバラバラに、お互いに無関係に動いているとは、どうしても思えないわ。》
《実際には、『第八地区で起こるものと想定されている「何らかの事態」に対処すべく、共同で準備を進めている』ということでしょうか?》
《そうね。しかも、問題はミウラさんの「現在の所属」なのだけれど……確か、彼女は今、「八神はやて准将直属」の部隊に所属しているはずなのよ。》
確かに、『将軍が自身の特権として保有している直属部隊のメンバー構成を「特秘事項あつかい」にしてしまうのは、よくあることだ』という話ならば、コニィも聞いたことがあります。
《それでは……やはり、コロナさんも、今は准将の意向に沿って動いている、ということですか?》
ヴィクトーリアは小さくうなずいて、また言葉を続けました。
《そうね。まだ確証は無いけれど、私はそう睨んでいるわ。》
《そうなると、彼女の許に届けられる予定の「特殊車両」というのが、いささか気になりますねえ。》
《確かに、それもそうだけど……ここからでは、もう現地や〈本局〉に探りを入れる手段も無いし、ここでグダグダ言っていても始まらないわ。やっぱり、明日の昼にでも、准将と話をつけましょう。本当は、新世界での任務を終えてからにした方が良いのかも知れないけれど。》
《解りました。……エドガーには、私の方からそう伝えておきましょうか?》
《いいえ。私から直接に話すわ。あなたは今から、ちょっと彼を呼んで来てくれるかしら? 私の体調不良を理由にすれば、彼が一人で女性の部屋に入っても、特に問題は無いでしょう。幸い、相部屋の子たちも荷物ごと向こうの部屋に移ってくれたことだし。》
コニィは大きくうなずいて、独り静かにその部屋を出たのでした。
こうして、コニィは談話室に入ると、まずは(他の一同にも聞こえるように)エドガーに肉声でこう伝えました。
「お嬢様は何やら妙に疲れた御様子です。大事ないだろうとは思いますが、自分には医療関係の心得が乏しいので、念のために、ちょっと見に行ってくれませんか?」
もちろん、同時に、念話ではエドガーに『お嬢様が、少し内密の話をしておきたいそうです』と耳打ちします。
「解りました。それでは、早速」
エドガーは、ミニキッチンに高々と積み上げられた「手荷物」の中から一つのトランクを抜き取り、やや急ぎ足で談話室から退出しました。
「ヴィクトーリアは、どうかしたのか?」
ザフィーラが一同を代表して訊くと、コニィは軽く肩をすくめて答えました。『それほど大したことでは無い』と言わんばかりのジェスチャーです。
「少し気疲れした、と言うべきでしょうか。あるいは、今まで気が張っていたのに、久しぶりに伯父上と談笑して何やら気が緩んだ、と言うべきでしょうか。……しばらく昼寝でもすれば、それで治る程度のことだとは思うのですが、私も侍女という立場ですので、お嬢様の健康状態には最大限の配慮をさせていただいた……といったところです」
ザフィーラが『なるほど』とばかりにうなずくと、他の一同もようやく安堵の表情を浮かべました。
そこで、コニィはこう言って、やや強引に話題を切り替えます。
コニィ「ところで、何やら盛り上がっていたようですが、皆さんは今、何の話をされていたんですか?」
ゼルフィ「こちらのテーブルでは、最初は格闘技関連の話をしていました。そもそも、今ここにいるのは、全員が『格闘が得意で選抜された者たち』ばかりな訳ですから」
ノーラ「そこから、アインハルト執務官も格闘技が大の得意で、83年にはIMCSで『次元世界チャンピオン』になったこともある、という話になりまして~」
カナタ「82年にも、『ミッドチルダ・チャンピオン』までは行ったんですけどネ」
ツバサ「そう言えば、81年のミッドチルダ・チャンピオンは、ヴィクトーリアさんだったんじゃありませんか?」
コニィ「そうです。あの年、エドガーは実家の事情で一時的に身動きが取れなくなっていたので、あの年だけは、私がお嬢様のセコンドにつき、地区予選から世界代表戦までお供をさせていただきました」
ザフィーラ「81年の世界代表戦……。確か、開催地はモザヴァディーメだったか?」
コニィ「はい。私も、当時はまだ15歳で、他の世界へ行くのも初めての経験でしたから、少し『はしゃいで』しまったのですが……」
カナタ「え? 何をどう、はしゃいだの?」
コニィ「少し恥ずかしい話になりますので、それは秘密です。(笑)」
コニィは、カナタの「いささか失礼な質問」を笑って受け流し、こう言葉を続けました。
「ちなみに、あの時は、お嬢様も微妙にコンディションを崩していたようで、残念ながら、準決勝戦で敗退となってしまったのですが……やっぱり、重力の強い世界では、現地選手の方が有利ですよねえ。あの年も、お嬢様に判定で勝った現地の代表選手が、そのまま決勝戦でもKOで勝利し、その年の『次元世界チャンピオン』になりました。
そう言えば、今まで訊いていませんでしたが、この中には、IMCSに出場した経験のある方は、いらっしゃらないんですか?」
コニィとふと視線が合った拍子に、ワグディスが確認の口調でこう問い返します。
「IMCSって、規定では10歳から出場できることになってますけど、実際には12歳からの、初等科を卒業してからの出場がほとんどですよね?」
「そうですね。ウチのお嬢様も12歳から始めたと聞いております」
「10歳や11歳では無理に出場しても、『大人モードへの変身魔法』とかが使えなければ、体格の差が大きすぎてなかなか先の方までは勝ち進めないだろうからなあ」
コニィの言葉に、ザフィーラもそう口を添えました。
《あ~。やっぱり、ヴィヴィオ姉様たちって、かなり特殊な存在だったんだな~。》
《そうですね。79年度の地区予選では、10歳児など、本当に「ナカジマジムの三人組」以外には見当たらなかったと聞いています。》
カナタとツバサも、念話でそう語り合いました。
そこで、ワグディスは互いに同室となった四人組(彼自身とレムノルド、ドゥスカンとサティムロ)を代表して、こう言葉を繋げました。
「僕たちは四人とも、初等科を卒業してから、12歳ですぐに陸士訓練校へ進んでしまったので、時期的な意味で、IMCSに出ている余裕は全くありませんでした」
それに続けて、ガルーチャスが同じ一貫校を出た四人組(彼自身とディナウド、ゼルフィとノーラ)を代表して、こう述べます。
「オレたち四人も、初等科を出てすぐに一貫校でしたからね。興味はあったんですが、実際には出場する余裕なんてゼンゼン無かったんですよ」
「そうですか。……そう言えば、私は昨日、マチュレアさんとフォデッサさんから『自分たちは中等科を出てから訓練校に入った』とお聞きしましたが?」
話を振られた二人は、何やら恥ずかしげに顔を少し俯けながら、こう答えました。
「確かに、状況さえ許せば、一度ぐらいは出てみたかったんですけどねー。私らの場合は、その……経済的な余裕が無くて……」
「開催地が地元なら、まだしも、はるか首都圏っスからねえ。運賃と滞在費だけでも、もうマジ無理っスよ」
(ああ。実家が貧乏って、やっぱり、シャレじゃなかったんですね……。)
コニィは黙ったまま、ただ小さくうなずきました。
ジェレミスとオルドメイも、彼女らと同じく「初等科、中等科、訓練校」という経歴の持ち主でしたが、『中等科の頃は、まだそれほど格闘が得意だった訳でも無く、正直なところ、IMCSにもそれほどの関心は無かった』のだそうです。
となると、残りは、高等科まで卒業してから陸士訓練校に入った三人の陸曹たちですが……まず、ジョスカナルザードがこう答えました。
「オレはガキの頃から、友人のタカシと一緒に格闘術の道場に通わされていました。家の近くには、抜刀術の道場もあったんですが、どうやら、親たちは『いざという時のためには、素手でも使える技術を身に付けさせておいた方が良いだろう』などと考えていたようです。
おかげで、確かに、その当時から格闘はまあまあ得意な方だったんですが、オレは、中等科に上がった直後にいろいろとやらかして、道場を『破門』されまして……。そのせいもあって、『何かの大会に出場する』という選択肢は思いつきもしませんでした」
《ジョーさんは、12歳の時に、一体何をやらかしたんだろう?》
《これまた、お訊きしても、『それは秘密です』と返されてしまいそうですねえ……。》
次は、フェルノッドの番です。
「最初に言っておくと、オレは魔力量がとても少ないんですよ。多分だけど、このメンバーの中では、一番少ないんじゃないのかな?」
「そうなんですか?」
コニィのちょっと意外そうな声に、フェルノッドは小さくうなずきました。
「だからこそ、小児の頃から格闘技を習い覚えたりもしたんですが……IMCSは、確かに格闘系の選手も多いけれど、基本的には『魔法戦競技会』ですからね。正直な話、『自分の苦手な分野』にわざわざ出場しようなどという気は全く起きませんでした」
「それでは、出場経験があるのは、本当に私だけなのか」
バラムは開口一番、やや寂しげにそう言って、自分の話を始めました。
「私は、中等科の3年間だけ、新暦81年の第29回大会から83年の第31回大会まで、IMCSに出場しました」
「高等科では、もう止めてしまったんですか?」
「いえ。必ずしも止めたくて止めた訳では無かったのですが……私は第31回大会で、少々派手な反則をやらかし、運営側から『翌年度の出場禁止処分』をくらってしまったので……」
「えっ? 具体的には何をやらかしたんですか?」
「実は、地区予選の準決勝で、ダウンした相手がヘラヘラと笑っていやがったので、『痛くねえなら、早く立てよ、バカヤロー』と声をかけてやったら、『カウント9までは休んでいて良いんだよ、バーカ』とほざきやがったので、私はついカッとなって、その無防備な脇腹に全力で前蹴りを入れてしまったのです」
ダウンしている相手への攻撃は、もちろん、反則です。
コニィはふと「何か」を思い出そうと眉間に皺を寄せましたが、バラムはそれを意に介さず、淡々と言葉を続けました。
「そうしたら、相手も一時的に身体強化魔法を切っていたらしく、一発で肋骨がイッてしまいまして……相手も医務室送りになりましたが、私も反則負けになり、さらには後日、出場禁止処分を言い渡されました。
出場禁止は一年だけでしたが……何と言うか、その一件で一気にやる気が失せてしまい……当時、私のコーチを務めてくれていた叔母の了解を得て、そのまま止めてしまいました」
「私の記憶では……確か、当時はお名前が違っていたような……」
コニィはようやくその事件の詳細を思い出したようです。
バラムは思わず、感心した声を上げました。
「よく御存知ですね! そのとおりです。いろいろと事情があって、私は当時、バラム・ブロムディスと名乗っていました。ブロムディスは、母方の苗字と言うか……私の育ての親でもある叔母の苗字です」
「それは、コーチの方と、同一人物なんですか?」
「はい。母方叔母のセディーゼは、新暦41年の生まれで、彼女が中等科に上がった年にIMCSが始まりました。最初の三年は、彼女も『様子見』を決め込んでいたのですが、高等科の時に2回だけ、第4回大会と第5回大会に出場したのだそうです。
本人はそれなりに自信があったようですが、実際には2回とも『地区予選』の決勝で敗退してしまい、『自分など所詮はこの程度だったのか』と落胆して、そのまま引退したのだと聞きました。しかし……叔母は私にそこまでしか語りませんでしたが、後に私が個人的に当時の資料を調べてみたところ……どうやら、叔母に勝ったのは、二人とも『その年の都市本戦の優勝者』だったようです。名前は、確か……クイント・パリアーニ選手と、メガーヌ・ディガルヴィ選手……だったかな?」
「つまり、実際には、ただ単に『二年続けて対戦カードに恵まれなかった』というだけのことだったんですね?」
「本人は、決してそういう『言い訳めいた表現』はしなかったのですけれどね」
《ええ……。それって、スバルさんのお母さんとルーテシアさんのお母さんのことだよネ? 世間、狭すぎるんじゃない?》
《まあ、IMCSの「ミッド中央」に限定された話ですからね。狭くなるのは、ある程度、仕方が無いんじゃないですか?》
《いや。それにしたってサ……。》
カナタはまだちょっと納得がいかない表情でした。
バラムとコニィの会話は、もう少しだけ続きます。
「私自身も3回とも地区予選で敗退し、都市本戦にまでは一度も行けなかったのですが、その3年間は毎年10月になるとは学校をサボり、叔母と一緒にクラナガンに泊まり込んで、都市本戦の最終日は、『男子の部』だけでなく、『女子の部』の方まで会場で間近に観戦しておりました。
今でも、『決勝戦』の様子などはよく覚えています。81年のヴィクトーリア対ザミュレイ戦は、実力に差があったのか、割と一方的な展開になってしまって、決勝戦としては今ひとつ面白味に欠ける感じでしたが、82年のアインハルト対テラニス戦と、83年のアインハルト対ミウラ戦は、まさに決勝戦と呼ぶに相応しい試合内容でした。
正直なところ、観ていて、『ああ。自分の実力では、この女性たちには勝てないな』と思いましたよ。実際に、『IMCSで、「男子の部」と「女子の部」を分けることって、本当に必要なんだろうか?』とさえ思えて来るほどでした」
「確かに、上級者同士であれば、実力に差なんてありませんけどね。それでも、初級者のうちは『男女の体力差』が大きくモノを言うので、やはり、分けざるを得ないでしょう。いくら身体強化魔法があっても、何ラウンドも全力で動き続けるには、やはり、相当な『基礎体力』が必要になりますから」
「ううむ。確かに、地区予選の序盤から男女混合にしてしまっては、さすがに男性選手にばかり有利すぎるでしょうなあ」
そうした会話が一段落した頃、15時半を少し過ぎた頃には、エドガーもまた談話室に戻って来ました。
「取りあえず、お嬢様は薬を飲んでお休みになりました。おそらく、夕食の時間までには起きて来るでしょうから、それまでしばらく静かに寝かせてあげてください」
そうして、談話室ではその後もいろいろと雑談が続いた訳ですが、17時すぎになると、エドガーの言葉どおりに、ヴィクトーリアもまた元気に起きて来て、再び談話室に21名全員が揃います。
そして、18時になると、一同はそのまま談話室で夕食を取ったのでした。
一方、はやては16時前に、ようやく自分の部屋に戻って来ました。
「随分と時間がかかったようですけど、はやてちゃんも遊んで来たんですか?」
リインが、質問と言うよりは確認の口調で出迎えます。彼女の少し冷やかすような笑顔を見て、はやても苦笑まじりにこう答えました。
「済まんなあ。ミカゲがハコ割れ寸前やったから、ちょぉ手ぇ貸して来たわ。……リインも、暇なんやったら向こうの部屋を覗きに行ってもええんやで?」
「私は、麻雀、あまり得意じゃありませんからね。わざわざ自分からカモられに行く必要も無いでしょう。(苦笑)それに……もちろん、他の皆さんにはまだ言えない話な訳ですが……私たち八神家のメンバーにとっては、ローゼンでの一件を片付けて、もう一度ベルカに戻って来てからが『本番』なんですよね?」
これまた、質問ではなく、確認の口調でした。いつしか、リインの表情は随分と不安に駆られたものとなっています。
それを見かねたのか、そこで不意に、シャマルが会話に加わりました。
「こちらの件はもう片が付きましたから、そういうことになりますけど……。リインちゃん。それはまだ何日も先のことなんですから、今のうちからそんなに気を張っていては、疲れてしまいますよ」
「ええ。まあ……理屈は、そのとおりなんですけど……」
リインは、それでもなお、不安の色を隠すことができませんでした。
リインは20年前の〈ゆりかご事件〉の頃と比べて、外見的には全く変化がありませんでしたが、それでも、人格的には『良くも悪しくも』随分と大人になったようです。もしも小児の頃のような人格のままだったら、むしろこういう悩み方はせずに済んでいたことでしょう。
はやてはリインの隣に座ると、その小さな体をそっと抱き寄せながら、優しくこう語りかけました。
「リインは、もうちょい気楽に構えた方が良えよ。本気を出すのは、ローゼンを離れてからでも充分やし、極端な話、ローゼンでのお仕事は『半ば休暇』ぐらいのつもりでええんや。どうせ、アインハルトもそれほどヒドいことにはなっとらんやろうしなぁ」
「本当に、そうだと良いんですけど……」
リインは、それでも、まだちょっぴり不安そうです。
「少なくともアインハルトちゃんの件に限って言えば、シグナムやザフィーラやヴィータちゃんの言うことなんて、あまり真に受けなくて良いですよ。あの三人は昔からの悪い癖で、何かと言うと『最悪の事態』ばかりを想定するんですから」
シャマルもそう言って、はやての見解を強く支持したのでした。
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