魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)
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【第一部】新世界ローゼン。アインハルト救出作戦。
【第6章】ベルカ世界より、いよいよ新世界へ。
【第5節】他人(ひと)には言えない八神家の状況。
新暦95年5月8日。〈本局〉を出航して、二日目。
シグナムたちの四人部屋では、今日もまた昨日に続き、熾烈な戦い(笑)が繰り広げられていました。他に「するべきこと」も無いので、四人は朝食後、またすぐに全自動卓で麻雀を始めていたのです。
一荘戦を二回やり終えた時には、時刻はすでに12時半を回っていました。機械人形に命じて、少し遅めの昼食を持って来させた後、たっぷりと食後の休憩を取ってから、13時半には飽きもせず、また三回目(昨日からの通算では七回目)の一荘戦を始めます。
14時前後には、艦橋のシャマルから一連の業務連絡があり、シグナムたちも、きちんと受け答えはしましたが、その間も麻雀を打つ手を止めませんでした。
席順は昨日と同じで、第三戦はアギトが起家です。
そして、南2局1本場。ヴィータが6巡目で早々とリーチをかけ、みな警戒はしていましたが、結局、10巡目には、ヴィータが自力でツモりました。
「裏が乗って、リーチ、ツモ、ドラ2、満貫だ。4000、2000な」
(そこまで行ったら、もう少し頑張って、三暗刻にでもした方が良かろうに……。)
親のシグナムは思わず鼻を鳴らし、ミカゲもさすがに呆れた声を上げます。
「ミ・ロード。それ、裏が乗らなかったら、ただの『リーのみ』デスよ。(ジト目)」
「結果オーライだよ。最初から、運ゲーだって言ってるだろう。(笑)」
ヴィータとしても、今回は、ただシグナムの連荘を止めるためだけに、クソ手で早アガリを目指していたところだったので、「二つの順子の重なっている牌」が裏ドラになったのは、全く計算外の幸運でした。
ヴィータ「午前中は散々だったが、ようやく、あたしにも『流れ』が来たみたいだな」
ミカゲ「流れって、何ですか?」
シグナム「確率の偏りを、主観的にそう呼んでいるだけだ。そんなモノが客観的に実在している訳では無い」
シグナムはやや不機嫌そうな口調でしたが、彼女たちがそんな会話をしているうちに、〈スキドブラドニール〉は惑星ベルカの周回軌道に入りました。
それから30分あまりして、艦がその軌道から離脱すると、スピーカーからはまた不意に、シャマルの「ナイショの声」が流れて来ます。
「今、はやてちゃんにも少しだけこちらに来てもらってるんだけど、やっぱり、新航路に入った直後に『例の件』を決行するわ。そちらの居住区画も少しだけ揺れちゃうと思うけど、気にしないでね」
要するに、リインがつい先程、陸士たちに語った『航路の側に若干の問題があって』という理由づけは、真っ赤な嘘だったのでした。
シグナム「了解した。よろしく頼むぞ」
アギト「くどいようだけど、ホントに大丈夫なんだよね?」
シャマル「ええ。大船に乗ったつもりでいてくれて良いわよ」
ヴィータ「現実に大きな艦に乗っている時に、そんな地球の慣用句を聞かされてもなあ。(笑)」
こうして、〈スキドブラドニール〉は15時に新航路に入り、予告どおりに部屋全体が少し揺れた後、しばらくすると今度は、はやてが一人でその部屋を訪れました。
「こちらの居住区画も少し揺れたみたいやけど、みんな、大丈夫やったか?」
「はい。山が崩れるほどの揺れではありませんでした」
(ここで言う「山」とは、伏せた形で上下二段に積み上げられた一連の牌のことで、実際、何かの拍子に崩れてしまうことも、時にはあり得ることなのです。)
「それは良かった。まあ、あちらの居住区画の件も……念のために私も待機しとったんやけど、結果としては、タオ一人で充分やったわ。これでもう、邪魔者も排除できたし、あとはホンマに『予定』のとおりやな」
「それじゃ、マイスター。今、この艦はもう『全速力』で動いてるんですか?」
「うん。そうやで」
「そんなコトより、ミカゲはマイスターに助けてほしいデス」
唐突にそう懇願されて、はやてはミカゲの許へと歩み寄りました。どうやら、ちょうど配牌が終わったところだったようです。
ミカゲ「ミカゲは、西2局にして早くもハコ割れ寸前なのデス。しかも、この配牌は、何をどう打てば良いのか、さっぱりデス。(半泣き)」
はやて「どれどれ。……う~ん。確かに、これはちょぉ難しいなあ……。三人とも。私、この西場だけミカゲに少し手を貸してもええか?」
ヴィータ「どうせ、暇つぶしだ。ルールは最初からユルユルだよ。(笑)」
アギト「相手がマイスターでも、忖度はしませんからね。(何やら自信ありげ)」
はやて「当たり前やろ! 家庭麻雀で『接待』とかされたら、かえって哀しいから、やめてや。(笑)」
シグナム「それでは、席に着いてください。始めますよ」
はやてはミカゲを一旦立たせ、「肘掛けの無い、背もたれ付きの四角い椅子」を右回りに45度だけ回してから、両膝を大きく開いて深く座り、自分の前、椅子の角の部分に小さなミカゲをちょこんと座らせました。
それを見届けてから、親のシグナムがまず「九萬」を切ります。
ミカゲの問うような視線を受けて、はやては指先で手許の牌をそれぞれに指し示しながら、わざわざ声に出してこう答えました。
「いやいや。もっとこちら側を揃えていくつもりで、この辺はもうバッサリ切ってしまおうや?」
八神家のルールでは、麻雀をしている間は「念話も含めて」魔法の使用は一切禁止という決まりになっているからです。
「ええ……。でも、それだと、アガれる確率はだいぶ低くなるデスよ?」
「負けが込んどる時に、親でもないのに、クソ手でアガっても仕方ないやろ。こういう時こそ、志を高く保たなアカンて」
ミカゲはたっぷり3秒ほど悩んでから、それに同意しました。
「……解りました。それで行くデス」
そう言って、自分の前にある山から最初のツモを引き……思わず目を丸くします。
「なっ。意外と、こういうモンやろ?」
「……何か、確率を超えた力を感じるデス……」
ミカゲはそんな声を上げながら、まず「八萬」を切りました。
そして、2巡目には堂々と「七萬」を切ります。
ヴィータ(おいおい。初手でチーをしなかったのはまだ解るが、いきなり両面塔子をぶった切るのかよ。……となると、狙いは対々和か? それとも、三暗刻か? それを隠しもしねえってことは、だいぶ手が早いと考えた方が良さそうだな。)
8巡目、アギトは随分と重苦しい表情をしていました。察するに、配牌は良かったものの、ツモにあまり恵まれていないのでしょう。一方、ミカゲは逆に、配牌はビミョーだったものの、ツモには随分と恵まれているようです。
「マイスター! ホントに来たデスよ!」
9巡目、ミカゲは思わず喜びの声を上げました。
「よし。ここは、即リーやな」
「1000点は残っていて良かったデス」
ミカゲは嬉々としてリーチをかけ、一本だけ残っていた1000点棒を場に置きます。
そして、12巡目。親のシグナムが難しい表情でツモ切りをした後、はやては(体の小さなミカゲに代わって)遠く対面の山に手を伸ばしてツモを引いて来ると、そこでふと手を止めました。
「ここは行くべきやろか?」
「行くしか無し子ちゃんデスよ!」
「よし。三索、カン!」
はやては作法どおりに四枚の「三索」を場にさらし、外側の二枚を裏返して右の角に並べ置いてから、槓ドラ表示牌をめくりました。
暗槓の場合には、カンをした時点で(つまり、嶺上牌をツモる前に)槓ドラ表示牌をめくっておくのが、八神家のルールです。
新たなドラは「四筒」でした。
ミカゲの表情がパァッと明るくなり、さらに、はやてが嶺上牌を持って来ると、ミカゲは驚愕に打ち震えます。
はやては、まずその牌を倒してから、残り10枚の手牌をも倒しました。その中には、「四筒」の暗刻も含まれています。
「リーチ、ツモ、リンシャン、三暗刻、ドラ3。倍満や!」
「8000、4000、デェス!(歓喜)」
他の三人が思わず溜め息を漏らす中、合わせて1万6千点の点棒を受け取ると、はやては実にしみじみとした口調でこう語りました。
「それにしても、嶺上開花とはなあ! 小児の頃に家庭用のゲーム機で麻雀のルールを覚えてから30年以上になるけど、こんな珍しい役でアガったのは初めてや!」
「と言うか、マイスターはそもそも普段、カンなんてしませんよね?」
「私は元々、メンタンピン狙いで行くことが多いし……わざわざカンをしても、自分のドラは増えずに、相手のドラだけ増えてしまうというのも、よくあることやからなあ。カンは、危険な『諸刃の剣』なんよ。……それでも、やっぱり、時には『新しいコト』に挑戦してみるものやなあ」
「何だか、幸先が良いデスね!」
「そうやな。新世界もこの調子で行こうか」
西3局。ミカゲは親番を迎えて、もうウキウキでした。
そして、ミカゲが今度は一転してクソ手で逃げ切り、西3局1本場です。
「何だか、流れが変わっちまったなあ」
ヴィータが配牌を見て、思わずそんなボヤキの声を上げると、連荘で親を続けるミカゲは、まず手牌に一枚しか無い「北」を切りながら、はやてにふと尋ねました。
「ところで、マイスター。麻雀に『流れ』って、本当にあるデスか? シグナム姉さんは、ただの主観だと言ってるデスけど」
これには、はやてもしばらく『う~ん』と唸ってから、慎重に言葉を紡ぎ出します。
「実はな、ミカゲ。世の中には、誰もが納得できる『客観的な考え』と、その人が勝手にそう思い込んどるだけの『主観的な考え』との間に、もう一つのモノがあるんよ。私はそれを、個人的には『主観の共有』と呼んどるんやけどな」
「特定の人物の主観を多数の人間が共有する、という意味デスか? それなら、ただの『共同幻想』なのでは?」
「まあ、それもまた『主観の共有』の一種なんやろうけどな。この用語は、必ずしもそういった『社会的な文脈』の話に限ったコトでは無いんよ」
「もっと幅の広い概念だ、ということデスか?」
「そうや。例えば、こうして四人で麻雀を打っとる時に、実力には差が無いのに、一人だけが『バカ勝ち』しとったとしようか」
ミカゲはそれにうなずきながらも、いきなりこう言って話の腰をへし折りました。
「でも、麻雀の実力って、具体的にはどんな能力なんデスか? 麻雀って、基本的には『運ゲー』デスよね?」
これには、ヴィータが牌を切りながら、はやてに代わってこう答えます。
「前にも言っただろう。第一に、自分の手を作る能力。つまり、なるべく早く、なるべく高い手を、『なるべく相手に自分の手を覚られないように打つ』という能力だ。
お前みたいに、要らない牌を本当に要らない順で捨てて行くと、外から見ていて何をやってるのかが丸わかりなんだよ」
(ぐぬぬ……。)
ミカゲが何も言い返せずにいると、ヴィータは容赦なく、さらにこう畳みかけました。
「そして、第二に、相手の手を読んで、振り込まねえようにする能力だ。麻雀ってのは、単純に『アガったヤツが勝つ』ゲームじゃねえ。基本的には『アガった上で振り込まなかったヤツが勝つ』ゲームなんだよ。……お前、『満貫をツモれば、満貫を振り込んでも、プラマイゼロ』ぐらいに思ってるだろう?」
「違うんデスか? 両方とも親だったり、両方とも子だったりすれば、得点は同じデスよね?」
ミカゲはささやかな抵抗を試みましたが、ヴィータはそれをもバッサリと切って捨てました。
「得点は同じでも、結果が違うんだよ。例えばの話、お前が、東1局には西家でいきなり満貫をツモり、東2局では対面の北家に満貫を振り込んだとしようか。お前は3万点に戻るが、さて、ここで北家は何点になる?」
「北家は、東1局では親として4000払ってるから……3万4千点デス」
「ほらな。相対的に、お前の『順位』は下がってるだろう? 『トップとの点差』がゼロから4000に増えてるんだから、これはプラマイゼロじゃ無えんだよ。
八神家では普段、陸符や順位点は特に付けてねえが、時にはそういうルールで行くことだってあるんだからな。お前はマジで、もう少し細かいところにまで注意を払うようにした方が良いぞ。……日常的に」
(ぐぬぬ……。)
『ぐうの音も出ない』とは、まさにこのことです。
3巡目、ミカゲは運よく嵌張を引きました。『親なのだから、また安手で早アガりを』とも思ったのですが、はやては別の牌を指さします。
「そっちから行くんデスか?」
「せっかく『流れ』が来とるんや。まだまだ負けとるんやから、ここは勝負に出るべきやろう」
「そういうものデスか……」
ミカゲは、内心では首をひねりながらも、はやての指示に従いました。
そこで、アギトがふと口を挟みます。
「でも、マイスター。アタシが昔、読んだ麻雀のテキストにも、『俗に言う「流れ」はオカルトである』とか書いてあった気がするんだけど」
「それはそれで間違ってはおらんけど……私も一時は『歩くオカルト』とまで呼ばれた人間やからなあ。(苦笑)『現行の科学では説明がつかないから』というだけの理由で『特定の事柄を頭から否定する』というのも、どうかと思うんよ」
そこで、ミカゲは不意に、自分が先程、「はやての話」の腰を折ってしまったことを思い出しました。
「それでは、先程の『主観の共有』という話も、オカルトなのデスか?」
「そうやな。少なくとも現行の科学では説明がつかん」
そう前置きをしてから、はやては、まず例え話をしました。
「でもな。例えば、地球で言う『万有引力の法則』も、ニュートンさんが最初に言い出した時には『オカルト理論』という扱いだったんやで」
「ええ……。それは、何故デスか?(吃驚)」
「当時の地球では、まだ『場』というモノが正しく理解されとらんかったからな。『直接の接触が無いモノに対して、作用力だけが空間を超えて届くのは異常しい』という考え方の方が、まだ一般的だったんや」
「いや……。それだと、磁力すら説明がつかないのでは?」
「そうやなあ。でも、それはもう、ざっと350年も昔の話。ミッドでは旧暦の半ば、ベルカでは〈大脱出〉の最中、日本では『印籠の御老公』のモデルになった人がまだ現役で活躍しとった時代の話や」
「……確かに、社会全体があんな状況だったら、人々がまだ『重力の本質』について何も理解できていなかったとしても、それは仕方の無いことデスね……」
ミカゲは頭の中に「時代劇の光景」を思い浮かべながら、少し奇妙な納得の仕方をしてしまいました。
【もちろん、ミカゲには「日本と欧州の歴史や文化の違い」など、理解できてはいません。やはり、ミッドチルダやベルカを基準にして考えると、『一個の惑星の上に、互いに起源の異なる文化圏が幾つも併存している』という状況は、なかなか想像しづらいモノになってしまうようです。】
「だから、『主観の共有』というのも、今はオカルト扱いの考え方やけど、また何百年かしたら、きちんと説明できるようになるのかも知れん。私はそう思うとるんよ」
はやてはそう言って、話を本筋に戻しました。
「では、マイスターの言う『主観の共有』とは、具体的にはどういう状況のことなのデスか?」
「それは、今こうして私らが同じ卓を囲んどるように『一定の「場」を共有すること』で初めて成り立つ性質のモノやからな。地球でよくある『ネット対戦』のような状況では、なかなか『主観の共有』は起こらんのやけど。こうして、互いに顔を合わせて慎重に相手の気配を読み合っとるような状況では、時として、『特定の人の強い思い込みが周囲の人たちにも伝染してゆく』ということがあるんや。
例えば、さっきも少し言いかけたけど、麻雀のような運ゲーで、実力には差が無いのに、一人だけが『バカ勝ち』しとる時には、その人が『自分は今、ツイている。流れが自分に来ている』と強烈に思い込んで自信満々に打っとると、他の三人も『流れは今、アイツに行っている。自分には来ていない』と感じて無意識のうちに萎縮し、つい慎重に打ちすぎてしまう……などといったことも間々あるんよ」
「それが、『主観の共有』デスか? ……それは、単に『その場の雰囲気に呑まれている』というだけのコトなのでは?」
「まあ、悪い方に捉えれば、そういう解釈にもなるんやろうけどな。(苦笑)それでも、実際に人々の心理に働きかけて、何かしら周囲の状況を変えてゆく作用力になるのなら、それを『オカルトだから』というだけの理由で頭から否定することは、かえって非合理的な態度ということになるんと違うやろか? 私はそう思うとるんよ。
と言うても、これは、あくまでも『流れとか、何かしらそういったオカルトじみたモノを、あえて理屈で説明するならば、こういう説明になるだろう』というだけの話なんやけどな」
はやては、やや苦笑気味にそう言って、一連の説明を終えました。
「それで……結局のところ、『流れ』は有るんデスか? 無いんデスか?」
「それは『有ると思えば有るし、無いと思えば無い』としか言いようが無いなあ。有るか無いかを客観的に断言できるのなら、それはもう科学の領分なんやから」
はやての説明を聞いても、ミカゲはまだちょっと納得のできていない表情でした。
それでも、6巡目のツモを引くと、不意にその表情が変わります。
「ミカゲも何だか、ミカゲに流れが来ているような気がして来たデス」
「意外とこういうモノやろ? まあ、間違っても『来いと念じれば来る』という性質のモノでは無いから、その点は注意が必要やけどな」
「そういうコトをマジで念じ始めちまうと、悪い意味での『ギャンブラー』へ一直線だからな。注意しろよ」
ヴィータも笑って、はやての言葉にそう付け足しました。
結局、この回、ミカゲは親満をアガって1万2千点の加算となり、先程のクソ手を含めると、得点はすでに3万点を超えました。
やがて、はやての参戦から30分あまりで西場が終わると、はやては『これでもう自分の役目は終わった』とばかりに席を立ち、リインの待つ自室へと戻って行きます。
ミカゲはしばらく心細そうにしていましたが、その後も流れに乗って(?)北場でも快進撃を続け、この一荘戦では、昨日から通算七回目にして初めての一位となったのでした。
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