魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)
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【第一部】新世界ローゼン。アインハルト救出作戦。
【第6章】ベルカ世界より、いよいよ新世界へ。
【第1節】艦内生活、二日目の朝の様子。
前書き
皆様、長らくお待たせしました。
去る4月14日に「第一部・前半」の掲載を終了して以来、早や半年以上の月日が流れ去ってしまいましたが、本日(2024年11月1日)から「第一部・中盤」全15節の掲載を開始します。
まあ、今さら何を言っても「ただの言い訳」にしかならないので、私の個人的な事情とかは省略させていただきますが……今回、続けて掲載できるのは、残念ながら、第一部の「第6章」と「第7章」だけです。
思えば、最初にこの作品の掲載を始めてから、今日でちょうど一年になるのですが……何と言うか、本当に遅筆で申し訳ありません。
「第8章」以降は、誠に不本意ながら、年が明けてからの掲載となります。なるべく、年度内には、何とかしたいと思っています。(汗)
なお、末筆ながら、ひとつ訂正をさせていただきます。
「第一部 第4章 第5節」に出て来る「アンクレス地方」は、二つとも「ラグジャナム地方」の誤植です。「プロローグ 第2章 第11節」にも書いたとおり、自分で考えた独自設定なのに、すっかり勘違いをしておりました。ああ、恥ずかしい。(冷や汗)
正直に言って、『全編が完結するまでには、一体あと何年かかるのか、もう見当もつかない』という状況ではありますが、これからも気長にお付き合いいただければ幸いです。 (2024/ 11/ 01)
そして、一夜が明けて、新暦95年の5月8日、早朝の5時半頃のことです。
ツバサは眠そうに片目だけを開けて時計の時刻を確認すると、『もう2刻ぐらいは、いいかな』と思って、再び目を閉ざしました。
しかし、少しだけ目を覚ましたことを、気配で覚られたのでしょうか。そこへすかさず、カナタから念話が届きました。何やら本気で助けを求めているかのような「いささか切羽詰まった感じ」の口調です。
《ねえ、ツバサ。起きてヨ! どうして、ボク、こっち側で寝てるの? さっきから、何だか「貞操の危機」を感じるんだけど!》
ツバサが軽く身を起こして向かいの二段ベッドの下の段を(暗視の魔法を使って)覗いてみると、暗がりの中でもカナタとしっかり視線が合いました。
カナタは背後からノーラに抱き抱えられており、一体どれだけ寝相が悪ければそうなるのか、二人の体はまとめて一枚のタオルケットに包まれてしまっています。これでは、ろくに身動きが取れないのも無理は無いでしょう。
それでも、ツバサはいかにも面倒くさそうな口調で、冷静にこう返しました。
《大丈夫ですよ、カナタ。ノーラさんはまだ寝ていますし、女性同士なんですから、貞操の危機なんて何処にもありません。》
《いや。でも! 今もパジャマ越しにお腹をワサワサされてるし、首筋の辺りもクンカクンカされてるし。ノーラさん、いかにも幸せそうに何かブツブツ言い続けてるんだけど! これって、ホントに寝てるの?》
ツバサはひとつ大きく息を吐くと、仕方なく室内管理AIに音声で命令し、部屋の照明をつけさせました。
「ノーラさん。起きてください、ノーラさん」
ツバサはそう呼びかけたのですが、ベッドは上の段の方が照明器具に近くて明るいからでしょうか、ゼルフィの方が先に目を覚ましてしまいます。
「ええ? 何? ……まだ5時半じゃん。どうしたの? ツバサ」
「ああ、起こしてしまってすみません。ちょっと、ノーラさんが……」
「んん?」
ゼルフィは眩しげに目を細めながらも、ベッドの外側へ軽く身を乗り出して下の段を覗き込みました。すると、ちょうどそのタイミングで、ノーラがまた本当に幸せそうに、かなり明瞭な口調で寝言を言います。
「ふふ~ん。ダメだよ、バールゥ。(笑)」
ゼルフィは『あちゃ~!』と言わんばかりに溜め息をつくと、今度は少し大きな声を上げました。
「こら! 起きろ、ノーラ! その子は、バールゥじゃないぞ!」
「え~、何言ってるの~? この子は、バールゥだよ~。(スリスリ)」
「ちょっ! ノーラさん。何か、眠ったままで受け答えしてるんだけど!」
カナタの方は、もう半ば悲鳴のような口調です。
ゼルフィはやむなく、人差し指を伸ばして極めて小さな魔力弾をノーラの脇腹の辺りに撃ち込みました。ノーラは思わず『アーッ!』と短い悲鳴を上げて、ようやく目を覚まします。
「ノーラ。起きた?」
「この起こし方はヤメテって、わたし、前にも言ったよね?!」
ノーラもさすがに怒気をはらんだ声を上げましたが、それでも、ゼルフィは涼しい顔でこう応えました。
「そのままだと強姦罪が成立しちゃうから、私はあんたを助けてあげたつもりだったんだけど?」
「はァ~? 何を言って……。あれ? カナタじゃん。君、何故わたしの抱き枕になってるの?」
「それは、ボクの方が訊きたいヨ!」
カナタの叫びに、ツバサはいかにも『やれやれ』といった口調で応えます。
「ああ。やっぱり、カナタは何も覚えてないんですね」
「やっぱり、って何だよ!?(半泣き)」
「事情を知ってるなら、私たちにも解るように教えてくれない?」
ゼルフィからそう頼まれると、ツバサはまだ少し眠そうな声で、真実を語りました。
「夜中の2時過ぎでしたかねえ。何かドンと大きな音がして、私は少しだけ目を覚まし、ふと下を覗いて見ると、案の定、カナタが床の上に落ちていました。それで、『さて、どうしたものか』と思っていたら、ノーラさんが不意に、とても寝言とは思えないほどハッキリとした口調で『こっちだよ~、バールゥ。こっち、おいで~』とか言い始めて……。カナタがその声に誘われて、半ば眠ったまま、ふらふらとそちらのベッドに潜り込んだのを見て、私は『まあ、これなら良いか』と思って、もう一度、寝ました」
「良くないよ! どうして、そこできちんと起こしてくれなかったのサ!?」
「私だって、眠かったんですよ!」
ツバサはやや逆ギレ気味にそう答えます。
「まあ、それなら、強姦罪は成立しないかな。取りあえず、あんたが有罪じゃなくて、私は安心したわ。(笑)」
「ゼルフィ~、あんまり怖いコト、言わないでよ~」
ノーラは対照的に、今にも泣き出しそうな声を上げてしまいました。
【ミッドチルダの法律では、成人した男女が「14歳以下の少年少女」に対して「性的かつ身体的な接触」を意図的に実行した場合、合意の有無や双方の性別には関係なく、強姦罪が成立します。
(相手が14歳以下であれば、単なる痴漢でも強姦と同じ扱いになる場合があります。)
しかも、これは親告罪(被害者が訴えなければ犯罪として成立しない種類の犯罪)ではないので、事実関係が明るみになった時点で、たとえ訴えが無くても自動的に成立し、その加害者は「薬物による人格の矯正」などといった「凄まじい処罰」を受けることになります。
ノーラが思わず「泣き出しそうな声」を上げてしまったのも、加害者がそうした実刑を受けて、人格的には「全くの別人」に変貌してしまった事例を、昨年、実際に目の当たりにしたことがあったからなのです。】
「そう思うなら、早くカナタを開放してあげなさい」
「抱き枕としては、ちょうど良いサイズだったんだけどな~」
ノーラはいかにも名残り惜しげにそう言うと、少し姿勢を変えて体の下から器用にタオルケットを引き抜き、それを引き剥がしてカナタを開放しました。
カナタは半ば転げ落ちるようにして床に降りると、そのまま自分のベッドに跳び込み、そこに座り込んでようやく安堵の息をつきます。
「ごめんね、カナタ。眠ったままでやったことだから、できればノーラのこと、怒らないであげて」
「いや。まあ……ボクの方から上がり込んだって話だから、別に怒る筋合いは無いんだけどサ」
ゼルフィが苦笑まじりに声をかけると、カナタもいささか諦め顔でそう応えました。ノーラもその場で胡坐をかき、両掌をピタリと合わせて頭を下げ、形式どおりに謝罪の言葉を述べます。
そこで、今度はツバサがふとノーラに問いました。
「ところで、ノーラさん。バールゥというのは、誰なんですか?」
「あ~、ごめんね~。昔、家で飼ってた大型犬の名前なのよ~。わたしよりも一つ年上だったから、もう何年も前に寿命で死んじゃったんだけどね~」
「あああ。それは、何と言うか……御愁傷様でした」
「うん。実は、わたしが初等科に上がる前、いろいろと『家庭の事情』があってね~。父さんも母さんも、わたしの面倒まで見ている余裕が無かったから、わたしは3歳の夏から6歳の秋まで、ほとんどバールゥに育ててもらったも同然だったんだ~。そのせいか、今でも時々、夢に見ちゃうんだけどね~」
「そういう夢を見ていたのなら、何か手近なモノを間違えて抱きしめてしまうのも無理はありませんねえ」
《いや。まあ……それは、そうかも知れないけどサ……。》
ツバサの言葉に、カナタも不承不承、先程の状況を許容した(?)ようです。
そんな会話をしているうちに、もうすっかり目が覚めてしまったので、四人は仕方なく、このまま起床することにしました。
さて、カナタとツバサは地球にいた頃から起床後にはまず一杯の白湯を飲むことが習慣になっており、昨日のうちにエドガーにもそう頼んでおいたので、談話室の方には昨夜の白湯がまだ残されているはずです。
双子は手早くパジャマから普段着に着替えると、一足先に談話室に向かいました。
(ゼルフィとノーラは、一応は「年頃の娘」なので、もう少し「身だしなみ」に時間がかかるのです。)
まだだいぶ早い時間だと思っていたのですが、談話室には意外にも先客がいました。マチュレアとフォデッサが、椅子に腰かけたまま中央のテーブルの上にべったりと突っ伏しています。
なお、いつの間にやら、三つのテーブルの周囲にはそれぞれもう一脚ずつ椅子が足されていました。おそらくは、『最初から「余分な椅子」があった方が、テーブル間の移動もより自由にできるようになるだろう』という配慮によるものでしょう。
「おはようございます」
「あー、おはよー。早いねー」
「二人とも、何故そんなに朝から疲れてるの?」
「ろくに眠れてないんスよ~」
フォデッサは腕を枕に突っ伏したまま、顔も上げずに力なくそう答えました。マチュレアも即座に、こんな説明を付け加えます。
「私らも昨夜は23時頃、一応はベッドに入ったんだけどさー。すぐ隣であのお二人が寝てるのかと思うと、何だかゼンゼン寝つけなくてねー。多少は『眠れた』と言うか、『意識が飛んでた』とは思うんだけど、気が付いたら5時前でさー。もう眠れそうになかったから、二人で静かにこっちへ移って来たのよー」
見れば、二人の足元には着替えなどを詰め込んだ「私物で安物の」バッグが一つずつ置かれていました。どうやら本当に静かに部屋を離れて、こちらで着替えたようです。
「今のうちに言っとくけど、私たち、朝ごはんを食べたらもう一回寝るから、その時は部屋を替わってねー」
「解りました。今夜は、私たちがヴィクターさんたちと同室になります」
「マジ、お願いするっスよ」
カナタとツバサは、まだ半ば眠っている二人をそのまま放置して、まずはミニキッチンでそれぞれに、よくうがいをしてから一杯の白湯を飲みました。
そして、双子は地球式の体操でしばらく体を動かしてからトイレに行き、いつもどおりに一日分の便をスラリと出し切ったのでした。
【さすがは、12歳児。胃腸もまだ健康そのものです。】
それほど時間をかけたつもりは無かったのですが、それでも、よく手を洗ってから談話室に戻ってみると、いつの間にか、ゼルフィとノーラも来ていて、何やら四人で盛り上がっていました。
マチュレアとフォデッサも多少は眠気が覚めたようで、カナタの顔を見ると、妙にニヤニヤとした笑顔を向けて来ます。
「え? どうしたの」
「いや~。ちょうど今、ノーラから『カナタきゅんに夜這いをかけられちゃった~』って話を聞いてたトコだったんスよ。(笑)」
「ちょっと待って! アレは、夜這いじゃないヨ!」
「ごめんね~。つい面白おかしく脚色しちゃった~。(笑)」
「それ、脚色じゃないから! 捏造だから!」
「なるほど。ノーラさんの性格がだいぶ解って来ました」
ツバサもやや呆れ顔で、ノーラを軽く睨みつけたのでした。(笑)
それから、6時頃にはエドガーが、少し遅れてヴィクトーリアとコニィが、さらにはザフィーラが談話室にやって来ました。10人でしばらくお茶など飲んでいると、6時半からは他11人の男性陣もバラバラとやって来ます。
そして、7時には予定どおり、機械人形たちがまた昨日の夕食と同じ要領で21人分の朝食を運んで来ました。
他に「するべきこと」も無かったので、朝食後はまたテーブルごとに、おおよそ三つのグループに分かれての雑談となりましたが、一同は「余分な椅子」のおかげで昨日よりももう少し自由にグループ間を移動できるようになっていたのでした。
さて、どうやらゼルフィとノーラは執務官の職務内容にもかなり関心があるようで、ヴィクトーリアに『例えば、最近の仕事って、どんな感じのモノだったんですか?』といった質問をしました。
ヴィクトーリアは、エドガーもコニィも今は別のテーブルへ行ってしまっているので、仕方なく(?)自分の口で6人の女性陸士たちに対して説明を始めます。
「そうね。まず、昨年は10月の半ばから年末まで二か月あまりの間、私たち三人はヴァイゼンとフェディキアの間を何度も繰り返し往復していたわ。この二つの世界をつなぐ航路は一等航路で、距離も50ローデに満たないから、実は個人転送で移動することも可能なんだけど、ヴァイゼンの〈第一大陸〉とフェディキアの〈中央大陸〉は、おおよそ似たような緯度・似たような経度に広がっているから、『いきなり個人転送をしても向こうの世界の陸地の上に無事に到着できる』という範囲が、どちらも相当に広いのよ」
「個人転送って、『転送ポートも何も使わずに自分の魔法だけで隣の世界へ飛べる』ってヤツですよね。やっぱり、ヴィクトーリアさんたちにもできるんですか?」
すると、ヴィクトーリアはひとつ大きく肩をすくめてこう答えました。
「残念だけど、これは意外とレアな魔法資質で、私たちは三人とも個人転送ができないの。だから、『転送ポートも何も無い場所で、犯人がいきなり個人転送で向こうの世界へと飛んで逃げても、私たちの方は即座にはそれを追いかけることができない』という理不尽な状況が続いてしまってね。
最初のうちは、『その犯人が、実は個人転送資質の持ち主だ』という事実自体も解っていなかったし、さらには、『その犯人が、小児の頃からずっと生き別れになっていた一卵性双生児の弟と数年前に再会して以来、二人は共謀して定期的に衣服や鬘を取り替え、互いにすり替わって捜査を混乱させていた』という事実も全く解っていなかったから、ことさらに捜査は難航したのよ」
「それは、また……面倒な話ですねえ」
「まあ、事件の本質は単なる『違法薬物の個人密輸』で、大した案件でもなかったんだけどね。捜査の具体的な過程としては全く散々な事件だったわ」
「でも、それって、最終的にはどうやって解決したんですか~?」
ノーラは思わず心配そうな声を上げました。
「幸いにも、ヴァイゼンでは陸士隊の全面的な協力が得られたから。最後は、その陸士隊にヴァイゼンの側で犯人を『もう個人転送で逃げるしか無い』という状況にまで追い込んでもらって、フェディキアの側では私たち三人がその陸士隊と連絡を取りながら、あらかじめ同じ緯度・同じ軽度の場所に待機していたのよ。それで、その犯人が飛んで来るなり、私たちは間、髪を入れずに、その身柄を拘束したの」
「ああ。そう言えば、フェディキアから個人転送で行ける先は、ヴァイゼンしか無いけれど、ヴァイゼンからだと、他にもミッドやゼナドリィとかへ飛べるんでしたっけ?」
「だから、第三の世界へ高飛びされないように、フェディキアの側で拘束した、ということなんですか~?」
ノーラの「肯定を期待した質問」に、ヴィクトーリアは少し困ったような笑顔を浮かべました。実際には、必ずしも彼女が言ったような「明瞭な意図」を持って、そうした訳ではなかったからです。
「確かに、事前に調べた限りでは、その犯人が休まずに続けて個人転送をしたことは一度も無かったし、彼が『地元のフェディキアと買い付け先のヴァイゼン』以外の世界にまで足を延ばした形跡も特に無かったのだけれど……前例が無いからと言って今後も無いとは限らないからね。そういう配慮も当然に必要だわ。
でも、今回に限って言うと、『フェディキアの陸士隊では別件のせいで人員が不足していて、双子の弟の方の身柄を確保するだけでも手一杯という状況だったから、私たちの方がフェディキアの側で待ち構えてヴァイゼンの側から「人数に物を言わせて」追い立ててもらう以外には、良い方策が無かった』というのが、正直なところね」
「ちなみに、それは、どのような違法薬物だったのですか?」
ツバサのふとした疑問に、ヴィクトーリアはたっぷり3秒あまり悩んでから、少し声を落としてこう答えました。
「これは、まだ第三級の特秘事項に指定されている話なのだけれど、早ければ今月中にも指定は解除されるだろうから、あなたたちには一足先に伝えておくことにするわ」
ヴィクトーリアはそこで一旦、言葉を切り、お茶で少し口を湿らせてから、こう話を続けます。
「要は、『使用者の基礎生命力まで削って、魔力を一時的に、かつ大幅に増大させる』という、死に至る危険な薬物よ。今、〈本局〉では、これを仮に〈シフター〉と呼んでいるわ。私が8年前に初めてその名前を聞いた時には、『まだ試作品の段階なので、利用者は巨大化して暴れると、すぐに死んでしまう』という話だったのだけれど、今ではもう『完成品』と呼んでも構わない水準にまで改良が進んでいるの。
一昨年に、フェイトさんたちがマグゼレナで製造元の犯罪組織を叩いた時には、『これで一段落するのでは?』という楽観論もあったみたいだけれど、どうやら、製造現場は全く別の場所だったようね。ミッドでも、早ければ今月のうちにも、この薬物による事件の報告が普通に上がって来るようになると思うわ」
【その薬物の使用が初めて確認されたのは、新暦87年7月の〈ノグメリス事件〉でのことでした。その事件を担当したのは、広域捜査官のギンガとチンク、および、当時はまだ新人だったメルドゥナ執務官です。
(この件に関しては、「プロローグ 第8章 第6節」を御参照ください。)
なお、ヴィクトーリアは、メルドゥナとも新暦85年の〈ゲドルザン事件〉で一緒に戦ったことがあり、ギンガやチンクとも新暦87年3月の合同訓練(ジャニスの撮影会)で手合わせをしたことがありました。そのため、ヴィクトーリアは当時から(それほど深い仲という訳でも無いのですが)彼女たちとは仕事の上で「それなりの」付き合いがあり、折りに触れて情報交換などもしていたのです。
ちなみに、『四年前にミッドで起きた〈テッサーラ・マカレニア事件〉にも、実はこの薬物が絡んでいた』という事実は、ヴィクトーリア自身はギンガやチンクから聞いて知っていたのですが、DSAAやIMCSにまで「飛び火」しそうな話に関しては、いささか思うところもあり、ここではあえて話題に乗せませんでした。】
そんな話を聞くと、ゼルフィは「新世界からミッドに戻った後のこと」を考えて思わず顔をしかめました。ミッドで最初にその種の事件が起きそうな場所のひとつは、当然ながら、首都クラナガンの近辺だからです。
「それって……かなりヤバい話ですよね?」
「正直なところ、自滅を覚悟したテロで使われてしまうと、普通の陸士隊では、相当な人数を割かない限り、あまり上手くは対処できないでしょうね」
「ちなみに、『早ければ今月のうちにも』というのは、割と確かな話なんですか?」
「ええ。実は、年が明けてから、私たち三人はまた改めて、昨年と全く同じようにヴァイゼンとフェディキアの間を何度も往復せざるを得ない案件を担当したのだけれど、今度はただの密輸や密売に留まらず、私たちがフェディキアの首都ゲマルヴィアの近郊にいた時に、目の前で実際に犯罪者が最新型の〈シフター〉を使って暴れたのよ。
その時は相手も一人だけだったから、私たちも三人だけで何とか対処することができたのだけれど、もしあれほど完成度の高い〈シフター〉を集団で使われていたら、現地でも相当な被害が出ていたでしょうね。
それで、その際にヴァイゼンの側で逮捕した『密売人の元締め』が白状したのだけれど、そうした最新型の〈シフター〉は昨年末のうちに、ミッドを始めとする幾つもの主要な管理世界でそれなりの数が売れてしまっていたのよ。しかも、『そうした最新型の〈シフター〉は、実は年単位で保存が効く薬物ではない』という話だから、遅くとも年内には、ミッドの『どこか人口の多い土地』で使われることになるだろうと思うわ」
マチュレアとフォデッサは眠気のせいもあって、ずっと聞き役に徹していたのですが、これにはさすがに嫌そうな呻き声を上げてしまいました。エルセア地方も、全体としてはかなり人口の多い土地だからです。
すると、ヴィクトーリアは何やら少し申し訳なさそうな口調で、さらにこう言葉を続けました。
「それで……実は、もう一つ『嫌なネタ』があるのだけれど……今、ここで話してしまっても良いかしら?」
「正直に言うと、気持ちとしては、あまり積極的に聞きたい気分では無いんですが……多分、早めに聞いておいた方が得策なんでしょうね。どうぞ、聞かせてください」
ゼルフィが「潔い諦めの口調」で答えると、ヴィクトーリアは小さくうなずいて、もう一つの「嫌なネタ」を語りました。
「私たちは、昨年の事件で〈シフター〉に関するデータをおおよそ把握していたから、今年の事件でも〈シフター〉への対処それ自体は割と上手くできたのだけれど、今回はさらに〈AMF発生装置〉を搭載した半自律型の機械兵器〈ガジェット・ドローン〉まで登場したから、それで当初の想定よりも随分と面倒な事件になってしまったのよ」
そうした半自律型の機械兵器〈ガジェット・ドローン〉の存在が初めて管理局に報告されたのは、実は、もう20年以上も前のことでした。
もう少し正確に言うと、新暦71年、なのはやフェイトやはやてたちが第162無人世界で初めて〈レリック〉を確保した際に遭遇したのが、「公式には」最初の記録です。
【この件に関しては、プロローグの「第1章 第7節」を(さらには、StrikerSのコミックス第1巻などを)御参照ください。】
その機体は、かつてジェイル・スカリエッティが〈ゆりかご〉の格納庫に搭載されていた大昔の(ただし、今なお現役の)人間より少し大きいサイズの「多脚型ドローン」を参考にして新たに設計・製作した「簡易型」であり、外見的には「直立した人間大のカプセル」のような形状をしていました。
後に、管理局ではこの簡易型を「ガジェット・ドローンⅠ型」と命名しましたが、ヴィクトーリアが担当した今回の事件では、その「模造品」が犯罪に利用されたのです。
【ちなみに、新暦67年の1月には、後に管理局で「Ⅳ型」と呼ばれることになる、この「多脚型ドローン」の運用実験で、高町なのは(当時11歳)が標的にされました。
その奇襲攻撃で、なのはが危うく死にかけ、リハビリに半年以上もかかった件に関しては、StrikerSのアニメ版などを御参照ください。】
しかしながら、実のところ、アンチマギリンクフィールド(略して、AMF)に対する対策は、新暦71年当時からほとんど進歩していませんでした。
結局は、「魔力以外の何か(物理的な実体や電撃など)を直接にぶつけること」以上に有効な対処法など、何も無いのです。
【なお、〈本局〉の技術部では、もう何年も前から〈AMFキャンセラー〉の開発も進められているのですが、実用化までには、まだ年単位で時間がかかるようです。】
ノーラとゼルフィは〈AMF発生装置〉と聞いて露骨に顔をしかめました。
「あ~。ホントに来ちゃいましたか~」
「やっぱり、そちらも、近々ミッドに上陸する感じなんですか?」
「そうね。多分、そうなるだろうと思うわ。……ところで、その口ぶりだと、一般の陸士隊にも、すでに多少の情報は届いているのかしら?」
「はい。ミッドでは、まだ表立って事件が起きたりはしていないんですが、近年は、普通の陸士隊でもAMF対策は喫緊の課題とされています」
ゼルフィはいかにも苦々しげにそう答え、ノーラも思わず溜め息まじりにこんな説明を付け加えます。
「実は、わたしたちの部隊でも昨年9月の『テロ対策の講習会』で、AMFが話題に上ったんですよ~。その時に、スバルさんたちから一応は対策も教わったんですけど、『何か固いモノを投げてぶつけろ』とか、そういうレベルの対策で……」
確かに、特別なスキルなど何も持っていない「一般の陸士」にとっては、有効な対策と言っても、それぐらいしか無いのかも知れません。
そこで、ツバサがふと、少しばかり別の話題を差し挟みました。
「ところで、その種の〈ガジェット・ドローン〉は、確か、機動六課の頃にはもう存在していたんですよね?」
一連の〈JS事件〉は、確かに特秘事項だらけの事件ではありましたが、それでも、カナタとツバサは母親たちから「多少のコト」ならば聞き及んでいます。
「そうよ。当時は、まだ『特定の人物にしか扱えない』極めてレアな存在だったのだけれど、三~四年前から急速に一般化し始めたの」
「そうした一般化は、何か特に理由があってのことだったのでしょうか?」
「ドローン本体に関して言えば、どうやら『意図的に不完全な形で、秘密の製法がリークされた』ということらしいわ。『ある種のエネルギー結晶体を動力とする〈完全体のガジェット・ドローン〉に比べると、出力面にやや問題がある』という意味では、一般化したヤツはあくまでも『模造品』でしか無いのだけれど、技術の進歩で〈AMF発生装置〉の方も昔のモノに比べると随分と小型化と軽量化が進んだから、出力不足の模造品ドローンでも、それを搭載したまま楽に飛べるようになったのだそうよ」
「なるほど。発生装置の側の小型化と軽量化ですか……」
「ええ。私が〈本局〉の技術部の方で聞いた話では、『このまま順調に小型化が進行すると、早ければ来年の初めにでも、〈AMF発生装置〉は人間が普通に背負って歩けるほどの大きさと重さになるだろう』という話だったわ」
これには、ゼルフィとノーラも思わず、嫌そうな呻き声を上げました。
本当にそうなったら、AMF発生装置はわざわざ「ドローンに搭載」などするまでもなく、もっとお手軽に犯罪に利用されるようになるだろうと、容易に想像がついてしまったからです。
何秒か気まずい沈黙が続いた後、ヴィクトーリアは『少しぐらい強引になっても構わないから、この辺りで一旦、話をまとめておこうか』と考えて、次のように述べました。
「さて、新世界ローゼンで多用されている〈抑制結界〉は、『AMFほど面倒な代物ではない』という話だけれど……現地では、AMF対策の練習台ぐらいに思って、みんな、頑張りましょうね」
「まあ、身体強化魔法が使えるんなら、何とかなりますよー」
「て言うか、ぶっちゃけ、アタシらには『身体強化』以外に得意な魔法もあんまり無いんスけどね」
マチュレアとフォデッサは、いささか自嘲的な微笑を浮かべながら、そう応えたのでした。
そうして8時過ぎになると、マチュレアとフォデッサは早くも「強烈な睡魔」に襲われました。ヴィクトーリアとコニィの同意の許に、カナタやツバサと部屋を交替した上で今から3時間ほど仮眠を取ることにします。
二人は、談話室の一同に一言その旨を告げてから退室しました。他の手荷物はまた後から入れ替えるとして、二人はそれぞれ私物のバッグを手に、ゼルフィやノーラたちの四人部屋へ向かいます。
そして、二人は衣服もそのままに、昨夜はカナタとツバサが寝ていたベッドの上へと倒れ込んだのでした。
その後も、談話室では残る19人で雑談を続けたのですが、やがて、先程のヴィクトーリアの話につられたのか、誰もが口々に『自分の地元では、最近こんな事件があって』といった話を始め、雑談はいつしか情報交換会のような様相を呈して行きました。
やがて11時を過ぎると、マチュレアとフォデッサも元気に起きて来て、遅ればせながら再び席に着き、またそうした会話に加わります。
そして、12時になると、一同はそのまま談話室で昼食を取り、食後もまた雑談を続けたのですが、14時前には、はやてとリインが昨晩の予告どおり、再び談話室に顔を出し、〈スキドブラドニール〉が間もなくベルカ世界に到着することを皆に伝えたのでした。
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