金木犀の許嫁
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第三十九話 めでたい幽霊がその九
「生きてる時からしょっちゅう通ってだ」
「食べてますね」
「それでコーヒーもな」
「好きになればですね」
「飲むものや、飲みたいないならな」
その時はというと、
「飲まんでええ」
「そうですか」
「別に喫茶店にあるのはコーヒーだけやないしな」
「紅茶もありますね」
「他の飲みものかてな。色々あるやろ」
織田自身は今もコーヒー、ホットのそれを飲んでいる。そうしながら夜空に対してさらに言うのだった。
「ミルクでもジュースでもな」
「そうしたものを飲めばいいですね」
「その時自分が飲みたいものをな」
「そうですか」
「無理して飲まんでええ、私は酒が苦手でな」
笑って自分のこのことも話した。
「東京では無理して飲んでたけどな」
「ルパンで、ですね」
「ああ、恰好つけてる写真あるやろ」
夜空に笑ったまま話した。
「あの時はほんまな」
「無理をされてたんですね」
「そやった」
実はというのだ。
「酒は苦手で太宰とか安吾にな」
「合わせてましたか」
「安吾もまずいって言うてたけどな」
坂口安吾、白痴や堕落論で知られる彼もというのだ。
「ウイスキーな」
「そうだったんですか」
「無理して飲んでるってな、太宰もな」
太宰治もというのだ。
「酒はまずいと言いつつな」
「飲んでいましたか」
「そやったわ」
「そうだったんですね」
「私等は無理して飲んでた」
「どうしてでしょうか」
佐京は自分もコーヒーを飲みながら織田に尋ねた。
「まずいと思いつつ無理して飲んでいたのは」
「戦いやったんや」
「戦いですか」
「私等は無頼派って言われて立場のある人等に喧嘩売ってたからな」
「そうだったんですね」
「志賀さんとかな」
「志賀直哉ですか」
志賀と聞いてだ、佐京はすぐにこの小説家だとわかってその名を出した。
「あの人ですか」
「そや、戦争が終わってな」
「既存の人達にですか」
「あの人等は結構お年寄りで私等は若かったし作風もな」
「違っていたんですね」
「私なんか志賀さんに不潔って言われたわ」
明るく笑って言った、何でもない様に。
「世相がな」
「その作品がですか」
「ああ、その内容がな」
「不潔ですか」
「あの人から見たらな、あの人はお侍の家で」
仙台藩の家老の家の出身である、その為生活に困ったことはなかった。資産も地位もあったからである。
ページ上へ戻る