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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第110話 第一〇二四哨戒隊 その1

 
前書き
ご無沙汰しております。

ダメです。今回は本当にダメでした。次の話も繋げようと思ったら、書いてて実につまらなくなってしまったので、前半だけUPします。

次の文章が出来たら、繋げて再UPしたいです。 

 
 宇宙暦七九一年 九月より ハイネセンポリス

 八月が人事異動の季節であることは間違いなく、軍に限らず役所の方でも各所で異動が発表されるのだが、俺の人事が公表されると、ありとあらゆるところから『統合作戦本部人事課』に抗議が行ったらしい。

 特に財務委員会と人的資源委員会からの抗議は相当なものだったらしく、統合作戦本部人事部長からトリューニヒト自身に『援軍の要請』が行われたと、ピカピカの中佐の階級章を付けたカルロス=ベイがにこやかな笑顔を浮かべて引継ぎの時に教えてくれた。

 一方で同じタイミングでエベンスも中佐に昇進し、統合作戦本部法務部への異動となった。士官学校時は法務研究科だったらしいので、そのキャリアに相応しい部署に行ったということになるだろう。だがこれで一年前に作られた戦略企画室参事補佐ボロディン分室のメンバーは見事に散り散りになった。

 そして俺は巨大な統合作戦本部ビルの地下二三階にある、四〇人程度が入れる程度の小会議室の端っこで一人、一〇分前に貰った書類を前にお茶している。

「第一〇二四哨戒隊、ね」

 小なりとも独立部隊指揮官。ジャケットの胸につけるは、軍旗をあしらった指揮官徽章。黄丹色のミニスカーフは将官になってから付けることになっているので、今は付いていない。
 嬉しくないと言えば嘘になる。部隊指揮官としては一番下であっても、攻撃指示を部下に直接下せるのだ。前世で子供の頃にテレビ画面を見ながら、「撃て(ファイヤー)!」と言っていた夢が、小なりとはいえ現実となった。

 だが同時にその対価として、不都合な現実と足元に絡みつく暗雲がこれからの俺を待ち受けている。

 そもそも『哨戒隊』とは、辺境星域管区と呼ばれるイゼルローン回廊出口からフェザーン回廊出口に渡る、総数五〇〇にも及ぶ恒星系を統合した軍管区内において、防衛・哨戒・海賊討伐・船団護衛・掃宙などあらゆる任務に、独立した行動が可能な一番小さい戦闘集団という位置づけになる。ちなみに制式艦隊や機動集団に付随する哨戒隊は、編制規模では同じだが任務は艦隊の哨戒任務が中心で、ここまで任務は多様ではない。

 配属戦力は大きくないが、バランスは良い。戦艦一分隊、巡航艦三分隊、駆逐艦二分隊、支援艦一分隊。一分隊は五隻で成り立つので、定数は三五隻。宇宙空間戦闘の基本となる巡航艦が戦力の半数を占め、より強力な火力と防御力を持つ戦艦を部隊の主軸とし、即応近接防御や分散哨戒が可能な機動力を有する駆逐艦が付随する。支援艦分隊には中・小型の補給艦と工作艦が配備され、長期間にわたる多種の任務に堪えられるようにもなっている。

 だがそれはあくまで規定通りに定数が配備された場合だ。現実は全くもって甘くない。

 まず定数通りに配備されることはない。だいたいが部隊の解散などで生じた未配備の余剰戦力を殆ど自動的に切り貼りして、とりあえず分隊の形に揃えたモノを規定割に合わせて再結合させた編成が大半だ。流石に三隻以下で分隊を組むことはないが、四隻で編成されるのはザラ。実際、第一〇二四哨戒隊の総戦力は三〇隻。巡航艦分隊と駆逐艦分隊の全てが、定数より一隻少ない四隻で編成されている。

 次に艦の質の問題。『未配備の余剰戦力』が編成の基本になるので、ピカピカの新造艦が配備されることはあまりない。長距離哨戒任務もあるので機関まわりのオーバーホールは新編成時において念入りになされているが、艦齢一〇年から二〇年の艦が多い。歴戦の闘士艦と言えば聞こえはいいが、中古艦艇であることに変わりはない。

 そして乗員の質の問題。定数同様に『未配備の余剰戦力』という言葉は、第四四高速機動集団に配備された第八七〇九哨戒隊のように、戦力の過去に『何か不都合』があった場合に多く生じるものだ。制式艦隊や各独立部隊、警備艦隊や星間巡視隊から零れ落ちた乗組員の転属も多く、さらに昇進するに値する功績があってもポストの問題で身の置き場のない中堅幹部と、基礎訓練を終えたばかりの新兵がごちゃまぜで、質が良いとはお世辞にも言えない。

 色々問題だらけでもとにかく一隊として編成するのは、哨戒隊の主任務が定期的なパトロールにおける遭遇によって、侵略を試みる帝国軍を現場で最初に確認し、触接を続けることにあるからだ。広大な辺境領域を調査する為にはとにかく『数』が必要となる。

 侵略してくる帝国軍制式艦隊は容易に万の単位であるから、まともにやり合えば一〇分もかからずに蒸発させられる。だが蒸発させられる僅かな間に、可能な限り多くの情報を後方へと送り出さねばならない。軍内部で哨戒隊を意味する隠語は『カナリア』だ。

 もちろん帝国軍の大規模戦力がひっきりなしに行われることはないし、何の兆候もなしにイゼルローン回廊から出てくることもない。だからいきなり『ジ・エンド』というパターンは少ないのだが、帝国軍も無能ではないので、同じような小戦力を使って常日頃から強行偵察や索敵妨害・偽装工作を仕掛けてくるから、哨戒隊同士の戦いが頻繁に発生する。

 基準となる赴任期間は二年。ハイネセンで部隊が編成され、各辺境星域管区に赴き任務に就くことになる。そして赴任期間満了時にはハイネセンへと帰投するのだが、それまでの平均致死率は二五%を超える。『致死率』でそうだから、死なないまでに体が破壊された者、心を破壊された者の数も含めるとあまり考えたくない話だ。

 さらに俺だけに限って言えば、あの悪霊が間違いなく邪魔をしてくる。奴の自称であるとはいえ、トリューニヒトをして選挙区を任せられると言わしめるような地元がポレヴィト星域であり、第一〇二四哨戒隊の根拠地となるシャンダルーア星域とは離れているが、ハイネセンよりもはるかに近く法の目は荒い。継続する戦闘によるストレス負荷は高く、士気の低い軍隊には麻薬を流し込みやすい。そして中毒者を使って指揮官を襲わせるのは奴らの十八番だ。

 そう考えると常に部隊のクリーニングを行わなければならないというわけだが、任務に時間的な余裕はない。二年の『お勤め』を生き延び前線から戻ってくる哨戒隊もある。その穴を埋める必要があるし、彼らの帰りを待っている人達が大勢いることに変わりはない。

「おう、待たせたな。汚職と美食とゴルフに溺れし不詳の後輩よ」

 そんなことをつらつら考えていると、元々この会議室を予約するよう俺に指示していた張本人が、チャイムも鳴らさず会議室にとぼけた顔をして入ってくる。去年昇進して階級は大佐だから当然先に俺は起立・敬礼すると、尻尾のある悪魔もめんどくさそうに額に右手を当てるだけで応えた。

 だが視線は俺ではなく、俺の座っていた机の上にある紅茶に向かっていたので、回れ右して新しく二杯の紙コップに紅茶を淹れて前に置くと、皮肉と毒舌の練達者は急にらしくなくしんみりとしている。

「珈琲の方がよかったですか?」
「……いや、これでいいさ。マシンで淹れた紅茶でも、紅茶は紅茶だ」

 そう言うと悪魔……キャゼルヌは紙コップの中身半分を一気に喉へと流し込む。口につける前の一瞬、手が止まったのは間違いないが、俺は気づかぬふりで自分のコップに口を付ける。

「さて、とりあえず防人になったお前さんを、こんなところに呼び出した訳はいろいろあるが、まぁその前にだ」
 ンんと、らしくなく咳払いすると座っている俺の額を指差してキャゼルヌは続ける。
「たまにはシトレ提督のところにも顔を出せ。お前さんの国防委員会での仕事ぶりは、耳が聞こえるお偉方の間ではなかなかの評判でな。お前さんの話を聞きに、シトレ提督のところに『いろいろな人』が来るんだよ」

 これは忠告と言うよりは伝言と言うべきだろう。後方勤務でトリューニヒトの『子飼い』のような動きをしている俺は、元々はシトレの『秘蔵っ子』とも言われていたわけで。シトレに媚びを売りたい奴、自分を売り込みたい奴、それにトリューニヒトとシトレの関係を探りたい奴など、腹に一物抱えている人間が俺をダシにイロイロ探索していると言いたいのだろう。

 そのような状況下であっても、シトレは俺が全面的にトリューニヒトの子飼いになっていないと分かっているので、キャゼルヌを通じて挨拶に来いと言っているのだ。自分から名指しで呼び出せばトリューニヒトとの溝がさらに深くなると分かるだけに、ワンクッションを置きたいのだろう。

「『楢の家』のガーリックソテーもご無沙汰ですから、都合がついたら赴任前には必ず食べに行きますよ」
「あの店の白ワインは『予約制』だからな。事前に店に連絡しておけよ」
 よくわかったと言わんばかりの、キャゼルヌの皮肉が籠った表情に、俺は肩を竦めて応える。
「ちなみにどんな人がシトレ提督のところに来るんです?」
「大抵はおせっかい焼きと功名餓鬼と言ったところらしいが、大物だとロボス提督も来たそうだ」
「ロボス提督が?」

 意外といえば意外だ。次期要職候補の二人で、誰もが知るライバル関係にある。それに二人を比較して器量に乏しいと言われているロボスの方からシトレを訪ねるというのも、だ。

「ああ。応接したマリネスクの奴、お前さんの話題がロボス提督の口から出たことに、レモンを生で齧ったような顔をして零してたぞ。『スーツ(政治家)の下で隠れて動くネズミに何ができる』ってな」
「まぁ……そうでしょうねぇ……」

 因縁、という程ではないが、カプチェランカ星系会戦においてマリネスク准将とは、散々心温まる交流に明け暮れた。マリネスク准将はシトレの部下として、俺は爺様の部下として、それぞれの立場に立って主張しただけだと思っているから、俺としては彼に個人的な恨みは抱いていない。キャゼルヌに悪態を零したのは、筋違いの嫉妬だろう。特段怒る気にもなれない。

「それでロボス提督はなんと仰ってました?」
「『あの薄金髪の孺子の得物は何かな』と意味深な言い方だった、そうだ」
「『薄金髪の孺子』ね……ははっ」

 確かに今の俺はグレゴリー叔父より、やや色素が薄い髪の色をしている。恐らくは両親双方が東スラブ系の金髪で、特に母エレーナが髪も肌も色の薄い人だった。その血を受け継いでいるから確かに『薄金髪』なんだが……面と向かって言われると、色々な意味でムカつく言葉だ。脳味噌の中身は『薄い』では済まない差はあるが、苦笑いしか出てこない。

「で、だ。シトレ提督がそれに何と応えたか? お前さん、分かるか?」
 小悪魔のような笑みを浮かべるキャゼルヌを前に、俺は数秒目を瞑って考えてから応えた。
「『トマホーク(戦斧)ではなく、レイピア(刺突剣)ではないか』、みたいな言葉だったのでは?」

 ロボスが問うたのは、ペン(後方士官)と剣(戦闘士官)という区分けではなく、純粋に用兵術についてだろう。俺が集中砲火と狂信的艦隊機動戦原理主義過激派であることは、二人とも理解しているからあてずっぽうの回答だったが、キャゼルヌの反応は劇的だった。アニメでも見たことのない、気色悪い怪物でも見たような視線を俺に向けてくる。

「……トリューニヒトは盗聴器を各艦隊司令部に紛れ込ませているいうのは本当か?」
「まさか……え? うそ、本当に?」
「正確には『トマホークではなく、ランス(騎乗槍)ではないか』だそうだが……薄気味悪いことこの上ない。今度、俺のオフィスも少し『洗う』必要があるな……」

 クソッと悪態をつくキャゼルヌを見て、改めてトリューニヒトが軍内で評価が二分されていること、そして二派の溝が日々追うごとに深くなっていることを痛感させられる。後方勤務の人間を中心に、トリューニヒトに媚びへつらう人間が増える理由をよく知っているはずのキャゼルヌですらこの有様だ。

 その溝の深さを認識すれば「ロボスがシトレの下を訪れた」と「その場で俺の話が出た」と言う二つの事実は、まったく別の意味を持つ。原作でもシトレとロボスがライバル関係にあることは記述されている。派閥の領袖としてお互いを評価しつつも、やや敬遠していると言った関係だったはずだ。実働部隊側が一丸となって国防委員会と対峙するようなことは考えにくいが、軍内部で急拡大するトリューニヒトの影響力を二人が相当警戒していると考えるべきだろう。

 そしてロボスの口から俺の名前が出たということは……

「潤滑油の仕事っていうのは正直、戦争よりメンドクサイんですがね」

 軍政と軍令と実働の三本柱を、対立させることなく円滑に回すいずれにも組しない仲介者の役割を、俺に託そうとシトレとロボスは考えているのだろう。正直そこまでロボスに期待されているとは思わないが、どちら付かずの面倒な『蝙蝠』の役割を、シトレ派の孺子に押し付けられればよしと位は思っているはずだ。

「そこまでわかってて、なんで機動哨戒隊を志願したんだ? 実戦部隊への異動希望だったら、第五(ビュコック)でも第四七(ボロディン)でも、なんなら第三(ロボス)でもよかったじゃないか」

 第八(シトレ)と言わないのはキャゼルヌの配慮だろう。別に俺自身が哨戒隊を志願した覚えはないのだが、そこはトリューニヒトがプリズムのように話を曲げて統合作戦本部に伝えたのか。トリューニヒトとの話をキャゼルヌにしても良かったが、流石にそれは守秘義務云々を超えた話だ。

「出世したいから、ではダメですか?」
「四分の三の確率に賭けてまで、敬愛するトリューニヒト氏に尻尾を振らなければならない理由が、お前さんにあるのか?」
「尻尾を振るというか、自分の為ですよ」

 出世するというよりも(遠隔操作でトリューニヒトが)動かせる権限を出来る限り早く拡大させたい。犬として国防委員会内で飼っているだけでは、いずれ武勲は薄まり実働側からは見向きされなくなる。絢爛たるダゴン星域会戦以降、同盟軍そして同盟国内に深く根を張る『武勲第一主義』は、たとえトリューニヒトであっても無視できない。

 キャゼルヌのように誰にでもわかるような有能さを見せない限り、後方勤務が主体で武勲を上げない軍人はピラート中佐のように軽視される。そう言った不遇を纏めて取り込むトリューニヒトの手腕を、キャゼルヌは理解している。

 そこでトリューニヒトは「実戦でもそこそこ実績を残せるであろう」便利な俺を出世させて、軍の中核に送り込んで『植民地総督』にしようとしている。実戦部隊の指揮能力をそこそこ有し、後方勤務もそこそここなせる、スペシャリストではなくユーリティーな軍人として。

「まぁ、いいさ。誰にも話せないことなど、世の中には幾らでもある」

 想像はしただろうが理解したかは分からない顔でキャゼルヌはそう応える。本来シトレ派にあって、後方勤務の現状をよく知るキャゼルヌがその役割を担ってもいいはずだが、やはり突出した能力と筋の一本通った信念と反骨精神旺盛で毒舌家という面で、軍上層部だけでなくトリューニヒトら政治家の側からも敬遠されているのだろう。自己主張しても排除されない突出した有能さというのは羨ましいが、そんな才能のない俺には到底マネできない。

「仰る通りです。シャルロットちゃん、可愛いですもんね」
「お前、今後ウチ出禁な。酒を持ってきても二度とウチの敷居を跨がせないからな。覚悟しとけよ」

 話題の転換の必要性から軽口を言ったつもりだったがどうやら琴線に触れたみたいで、右眉を上げて指差すキャゼルヌに俺は肩を竦めるしかない。

 結局、キャゼルヌが結婚してから官舎に夜襲を仕掛ける機会がなかったため、昨年シャルロット=フィリス嬢は見事に誕生した。ウィッティから連絡を受けてオムツ一〇ダースを郵送で、ブランドメーカーのベビーパウダーとコットンウェア&タオルのセットをイロナとラリサに託して、それぞれキャゼルヌ家に送り込んだ。
 そして二人がキャゼルヌ宅で見たのは、普段のキャゼルヌからは想像できない親バカぶりだったそうで……イロナは少なからず衝撃を受けたと留守電に報告が返ってきた。

「なにお前さんも結婚して、親になって見ればすぐにわかるさ」

 空になった紙コップの把手に指を入れて廻しているキャゼルヌの顔は、只の親の顔ではない。

「真面目な話、来月には前線にいるお前さんに言うのもなんだがな。お前さんは早いうちに結婚すべきと思う。正直言って、お前さんの勤務実態や滅私奉公ぶりを噂で耳にするに、自分の命の価値も分からず、自己保身も考えず、ただただ生き急いでるとしか思えん」
「もちろん結婚は考えたことはありますよ。出来なかっただけで」
「赤毛のフェザーン女だろう。いつまで初恋を引き摺っているつもりだ」
「引き摺ってちゃ悪いですか?」

 俺の目が細くなったのを見たのか、それ以上に声から僅かに漏れた殺気を感じたのか、それとも俺の右手にいた紙コップが断末魔を上げたのを耳にしたからなのか、キャゼルヌはしまったといった表情を一瞬浮かべたが、数秒目を逸らしただけで元に戻る。

「戦争が終わらない限り、お前さんの希望は叶わない。それは流石に分かっているんだろう」
「理解はしてますよ。納得してないだけですから」
 今でも文通してますよ、などと言ったらキャゼルヌは笑うだろうか。それとも呆れるだろうか。だがこれもまた『話せないこと』だ。
「そういう変なところで馬鹿なのは一体誰に似たんだろうな……まぁいい。俺の言ったことを嫌がらず、少しはその薄金髪の頭の片隅に入れておいてくれ。それと、これはお望みの品だ」

 そう言ってキャゼルヌはテーブルの上に置いた薄い本革のサイドバックを開けると、中から一枚の履歴書を取り出して俺に差し出した。

「唯一人の司令部要員に、優秀な若手士官という贅沢なご希望を伺ったからな。それなりの人間を見繕ってみた」
 自信満々と言った表情で差し出される履歴書に俺は目を通し……名前と写真だけ見てすぐに押し返した。
「チェンジで」
「……は?」
「チェンジで」
 今一度キャゼルヌの顔に向け履歴書を押し返すと、落ち着けと言わんばかりに右掌を俺に向けてくる。
「彼女の何が不満だ。専科学校卒で実戦経験があり、輸送艦の航海長も務めている。航法士官としての能力に優れ、なによりお前さんと面識がある。知人のいない辺境勤務におけるお前さんの副官としてうってつけだろうが」

 キャゼルヌが言うのも尤もだ。問題だらけな職場であっても、僅かであれ面識がある人間が居れば安心感が違う。その上で実務能力があれば言う事なし。履歴書を見るまでもなく俺は彼女の『能力』についてはあまり問題にしていない。むしろ信用できる。だからこそ……

「どういう面識か、彼女本人に直接聞いた上でそう言っているんですか?」
「面識の内容まではプライベートに関わるから聞いていない。だがカーチェント准将の推薦状を持っていて、准将にも直接再確認しているし、本人も勤務を希望している」
「私が上官になることは、ちゃんと伝えてあるんですか?」
「当然だろう。たいそう喜んでいたよ。まさかあれが演技だっていうのか……」

 俺から押し返された履歴書を手に持ちながら、キャゼルヌは唖然とした表情を浮かべている。どういった面接状況だったかは分からない。だが現実として俺が彼女に対して好意的になる理由も、彼女が俺に対して好意的になる理由も、存在はしないように思える。

 撓んだ履歴書から覗く、イブリン=ドールトン『中尉』の同い年とは思えぬ若さのある端正な顔を見ながら、カーチェントの奴がまた何か余計なことを企んでいるのではないかと、俺は考えざるを得なかった。
 
 

 
後書き
2024.10.23 更新

全然書けなくなりました……
2024.11.06 5000の恒星系→500の恒星系 
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