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邪教、引き継ぎます

作者:どっぐす
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第五章
  48.すべてを破壊し、すべてを造り出すもの

『緊急事態』
『緊急事態』

『システム 緊急起動』

『救命措置機能 起動』



 - - -



 まるで地響きのような音。
 そして不気味な地震。

 外で戦っていた者たちは、ある者は戦いながら、ある者は手と足を止めて、ある者は倒れたまま、見ることになった。
 石造りの神殿が大きく揺れ、そして崩壊が始まっていく(さま)を――。

「なんと、神殿が……!」

 老アークデーモン・ヒースは衝撃的な光景を目にすると、彼の後ろで戦い続けていた二人を見た。
 その二人は、ロンダルキアの祠の少女・ミグア、そして海底の洞窟ただ一人の生き残り・カリルである。彼女らはヒースと目を合わせると、無言でうなずく。

 三人は、依然として続く揺れに足を取られながら、神殿へと走り始めた。

 走っている間にも崩壊は進み、全壊状態となった神殿。
 そこに、さらなる景色の異変が起きる。

「ん? ふおっ!?」

 長く生きてきた老アークデーモンが、驚きすぎて裏返った声を出してしまった。

「な、なんじゃ……あれは……」

 轟音とともに、崩れた神殿のがれきの下から浮かぶように現れてきた、それ(・・)の姿。
 三人に、いや、今このロンダルキアで戦っているすべての知的生物に、さらなる衝撃を与えた。



 ◇



「な、なんだあれは……!」

 体が動かなくなるまで闘い続けると決意していたバーサーカーの少女・シェーラ。その動きが、まだ余力を残したままピタリとまった。

 それ(・・)は、崩れる前の神殿よりも優に高かった。
 山が現れた。そう感じてしまうような大きさであった。

 直線的な形状の、重厚な黒い体。
 そこから赤く長い、やはり直線的ながらも関節を多数持つ首が八本伸び、それぞれ異なった形状の頭部を持っていた。
 体部からはさらに、黄色く長い、やはり直線的ではあるが多数の関節を持つ尾のようなものが、八本伸びている――?
 彼女の目には、そう見えていた。

「あー。そういうことね。なるほど。『頭が八つ』『尻尾も八つ』と見えないこともないや」

 彼女のすぐそばにいて、だいぶ稼働数が減ってしまったキラーマシンに指示を出し続けていたタクトが、そうつぶやく。
 そして彼女に言った。

「ごめんシェーラちゃん。おれ、ケガしてるわけじゃないんだけど、もうクタクタで走れないんだよね。おれをおぶる体力ってあったりする?」
「当たり前だ。お前と一緒にするな」
「じゃあ頼むよ。たぶんあの中にフォルくんがいる。おれから彼に伝えないといけないことがある」
「わかった」

 けっして軽くはないタクトの体を軽々と背負い、褐色の少女は走り出す。

「お前、あのどデカいやつを知ってるんだな」
「うん。キラーマシン以上によく知ってる」
「じゃあ、当然あれもキラーマシンと同じ世界、お前のいた世界から召喚されたものということか」
「そうだね。おれの想像だけど、最初の召喚の儀のときにも地震が起きてたから、そのときに実は召喚に成功してた可能性があると思う。でも地中に召喚されたんで誰も気づかなくて、今それが動いたってとこじゃないかな……フォルくんの思いが届いてよかった」
「へえ。で、どういう奴なんだ、あれは。説明しろ」

 走りながら、彼女は背中のタクトに問うた。

「あれはキラーマシン2よりも前の時代に登場したものだね。キラーマシン2みたいに犯罪者グループが悪いことをするのに使ってたとかそういうものじゃなくて、かつて世界一の技術大国と言われた国で開発されて使われていた、核融合炉と人工知能を搭載した総合建設マシンだ。
 壊せないものはない出力自在のエネルギー砲、様々なコンクリート構造物に対応可能な超巨大3Dプリンタ、掘り起こせないものはないという極小から超巨大までの各ショベルアーム、溶かせないものはないという巨大バーナー、どんな場所も走破できるという巨大キャタピラー、さらには現場作業員のための労務管理機能、現場監督機能、産業医機能、救急医療機能まで内蔵してたはずだよ。
 小さくはビルの建設から、大きくは山の切り崩しや海の埋め立てといった地形そのものを変えてしまうことや、街自体を初期化して計画都市として作り直してしまうことまでできる、オールマイティーなマシンさ。
 当初は人類の土木技術と建築技術の集大成と称賛されながらも、同時に『核兵器を超える大量殺戮兵器に相当するのではないか』と指摘する声もあって――」

「おいこらちょっと待て。何一つ意味わからないぞ。一言でオレにもわかるようにまとめろ」
「じゃあ、せめて二言にさせて」
「許す」
「“すべてを破壊するもの”、そして、“すべてを造り出すもの”、かな」
「ほう。それはよさそうだな」

 少女が足を速める。
 タクトは振り落とされないように、彼女にしがみつく腕をしっかりと()めた。



 - - -



「どうした、フォルよ。歩き疲れたか?」
「あっ、いえ。何か声が聞こえた気がしまして」
「ふむ? (わし)には何も聞こえなかったが」
「たぶん気のせいです。すみません」

「……やはり体が重そうだな。神殿までのルートは二通りあるのだが、まだ子供のお前に近道のほうはきつかったか。申し訳なかった」
「いえいえ! 私こそロンダルキアに来る前からいろいろなところで足を引っ張ってしまって申し訳ありません。本当はもう何日も前に神殿に着いていないといけなかったのですよね!?」
「それは仕方のないことだ。お前にとって未知の場所ばかりであったのだからな」
「ハゼリオ様がハーゴン様に怒られてしまったりは?」
「あの(かた)はそんなことで怒らぬ。私は不問、そしてお前に対しては貧弱な体でこの秘境にたどり着いたことを褒めてくださるだろう。そういうお方だ」

「素敵なお方なのですね。でも『ロンダルキア台地』というくらいなので、なだらかなところかと思っていたのですが、こんなに変化のあるところとは」
「驚いたか?」
「はい!」
「そこはうれしそうに言うのだな」
「ええ。とても素晴らしいところですので。想像と全然違いましたよ。景色も、空気も」
「実際に見て、歩いてみないとわからないものだからな。それはこの先の人生においても言えることだろう」
「この先の、人生……」



 - - -



「……」

 フォルが目を覚ましたのは、ベッドのような台の上だった。
 仰向けで寝ている状態ではあるが、布団はかけられていない。
 上体を起こすと、ごくごく狭い部屋の中であることがわかった。

 壁も天井も白く、床は緑色。一見、木や石は一切使われていない。すべてが金属? なんだろう? フォルには今まで見たことがないもののように見えた。
 窓はないが、天井の一部が光っており、暗くはない。
 ベッド以外のモノは、壁に向けて置かれている一個の椅子のみ。それ以外は置かれていない。ただし、壁にはさまざまな大きさの正方形や長方形、円形の何かがたくさん埋め込まれており、何やら細い金属の腕に見えるようなものも付いている。
 何から何まで違和感しかなかった。

「あれ、胸の穴が?」

 フォルはそこで気づいた。自分は信者服を脱がされており、上半身が裸、下半身は何やら未知の肌着を着ている姿であることを。
 そして胸は剣で貫かれたはずなのに、なぜか穴がふさがっていた。わずかに傷跡は残っているが、血はまったく出ていない。付着すらしていない。

 鈍い痛みは残っている。どうやら死後の世界というわけではなさそうだと思い、台の上から降りたときだった。

『おーい! フォルくん!』
『フォル! 聞こえるか!』

 二つの声は、壁の中から聞こえてきたようだった。

「あっ、はい! 聞こえます! タクトさんとシェーラさんですね!? ご無事で何よりです!」

 自分の声はあちらに届くのだろうか? その疑問はあったが、「それはこっちのセリフだ」というバーサーカーの少女の小さな突っ込みが聞こえたため、どうやら届いたようであった。

『フォルくん、今どんなところにいるのか教えて』
「ええと、窓のない狭い部屋です。ベッドのような台と椅子があって」
『あー、わかった! じゃあ、とりあえず椅子に座って』
「はい、座りました」
『正面のちょっと右下に緑色の丸があると思うから、それを指で押そうか」
「緑色の丸? ええと、これですかね……えっ!?」

 腰にベルトが装着され、椅子が急上昇した。
 頭がぶつかる。そう思って目をギュッとつぶったが、ぶつからない。その箇所の天井がパカっと開いたのである。

「これは……」

 暗闇の中で少しの時が過ぎ、行きついた先は、一転どこもかしこも窓だらけ。いや、窓だけで構成されているのではないかと思うような、小さな部屋だった。

 椅子のベルトが勝手に外れたため、フォルは立ち上がる。
 狭いのに、あまりにも開放感がありすぎた。前後左右はもちろん、上も、下すらも見える。

 そしてフォルは、窓だらけなのに頬に風をまったく感じないことに気づく。

「これは……ガラス?」

 すべての窓に大きなガラスが張られていたことに気づいた。
 これほどまでの大きさと透明度があり、かつ平面、さらには反射も少ないというガラスを見たことがなかったフォルは驚き、吸い寄せられるように顔を近づけ、そのまま外を見た。

 そこは高く、すべてを俯瞰(ふかん)できた。
 堀も、すっかり傷んだ柵も、炎上して倒れた櫓も見える。
 入り乱れていた教団の者たちとローレシアを盟主とする連合軍の兵士たちも見える。
 皆、すでに動きがとまっていた。
 そして全員がフォルを、フォルが乗っているものを見上げていた。

 ほぼ全角度が見えるため、フォルは自分がいまどんな形状をしたものの中にいるのかもわかった。

「頭が八つ、尻尾が八つ……」

 あまりに大きすぎる点はともかくとして、どうやら悪魔神官ハゼリオの資料に描かれていたものに近いという確信を持った。
 そして自分は、その八つの頭のうち、一番太くて短いものの先端にいるのだということも。

『フォルくん、今もおれの声聞こえるー?』

 その声で我に返る。
 下を見ると、自分が入っている乗り物の片足――短く、扁平で、異様に大きい――の近くに、シェーラに肩を貸してもらっているタクトがいた。

「はい、大丈夫です。聞こえています」
『何が何だかわからないと思うけど、最初が肝心だよ。今、全世界からやってきた兵士がじっと見てる。きみが手にした力がどれくらいのものか、無駄な血を流さない方法で彼らに知らせてあげないといけない。おれを信じて、これから言うことを騙されたと思ってやってみて』
「はい」

 フォルは指示のとおりにした。
 椅子に座り、指示されたボタンを押した。そして右手をスライム状の何かが満たしている円形の穴に突っ込む。

『右手の操作で、尻尾の一つが動くはずだよ』
「あっ、動きました。すごいですね。これ、キラーマシンと一緒で全部金属なんでしょうか」
『いいカンしてるね。そのとおり。大丈夫だと思うけど、ギガンテスのリアカーンくんの頭に当てたりしないよう十分に注意してね」
「気をつけます。こちらはだいぶ高さがあるので、あまり下に動かしすぎないようにすれば大丈夫そうですね」
『あの大きな丘のあたりは何もないし誰もいないはずなので、そこに尻尾の先を向けて』
「はい」

 動かしている尻尾は、鱗を粗くした巨大な蛇のようにも見え、先端は大きな筒状になっていた。
 それを、足元のタクトが示している方向――雪に覆われた丘へと向けていく。長さも変化するようで、フォルのいる場所より前へ出すようなかたちとなった。

『うん。よさそうだね。じゃあ席の正面ちょっと左に、(ふた)に覆われた押しにくい赤丸があると思うから、蓋をずらして押そうか』
「はい。あ、何か知らない声が返ってきました。意味まではわからないです」
『オーケー、って言ってみて』
「オーケー……わっ」

 尻尾の先が強く光った。そしてそこから出る太い光の線が、雪の丘に突き刺さる。
 直後、景色全体が強い光に包まれ、何も見えなくなった。
 その状態のまま、大きな揺れを感じ、さらにはガラス越しにもすさまじい轟音がフォルの耳に入った。

「……!?」

 視界が元に戻ると、フォルは目を疑った。
 丘が一つ、なくなっていた。
 代わりにその場所に広がっているのは、浅く大きな陥凹地だった。

「タクトさん、丘が、一瞬で消えました……」
『うおー、耳が痛い……。うん、これだけでも十分わかるよね。あっち側の兵士さんにも、そしてフォルくんにも』
「そう、ですね」
『きみはそれを使えばなんでもできる。ここに攻めてきている兵士さんたちを一瞬で消すこともできるし、ロトの子孫ももう敵ではなくなった。その気になれば街を丸ごと蒸発させることだってできるし、地図すらも変えてしまうことができる。きみはこの世界で神や精霊以上の存在になることだって可能になったんだ。どうだい? すごい力だよね? ワクワクする?』

 その問いに対しては即答できず、フォルはもう一度、できあがった巨大な陥凹地やその周囲に目をやっていた。
 雪やその下の地面が削れて地中が剥き出しになっており、ほうぼうからは煙が上っていた。まるで大地が火傷をし、皮膚が欠損したかのような景色だった。

『お、何か引っかかってる?』
「はい。すごい力なのでしょうが、とても悲しい力のようにも感じます……」

 そう答えて、フォルは眼下のタクトを見た。目が合うと、タクトが「それでいいんだよ」と親指を立てた。
 そしてそこに、ミグア、カリル、ヒース、リアカーンの四人がやってきた。

 四人とも、フォルを見上げた。ミグアが小さくピースサインを出し、カリルが杖を振り、リアカーンはうれしそうに笑った。
 そしてヒースが、手を振ってから話し出した。

『フォルよ、やったな。わしの声は聞こえるか』
「はい、ヒースさん。聞こえます」
『ん、声が小さいかのお。ここまで頑張ってきたみんなに声をかけて元気にしてもらいたいのじゃが』

 彼の言葉を受けて、あらためて席から戦場を見る。
 教団側の者たちも、連合軍側の者たちも、皆同じ様子だった。
 まだ、消えた丘と光線を発した尻尾を代わる代わる見て、ポカーンとしていたままだった。

『フォルくん。椅子から見て左上にある青い丸を押しながらしゃべると、普通にしゃべるだけでこのあたり一帯に聞こえるような大声を出せるよ』
「あ、そうなんですね? わかりました」

 フォルは青い丸ボタンを押し、一度深呼吸をした。

「えー、聞こえますか? 私です、フォルです。ちょっと何を言ったらよいのかわかりませんが……教団の皆さん、お待たせしました」

 うん、慣れていない感じがいいね――とタクトが笑う。

 直後、教団の同志たちが一斉に歓声をあげながら、フォルのもとへと駆け始めた。



 ◇



「彼、生き返ったのね」

 ムーンブルクの王女・アイリンが、少し離れたそれ(・・)を見ながら言った。
 ローレシア王・ロスは「そうみたいだな」と受け、ギガンテスすらかわいく見えるその巨体と、眼前の戦場を見つめた。

 教団側の者たちが、希望に満ちた走りでフォルのもとに集まっていく。
 逆に連合軍側は、すでに戦意を失っていた。恐れ(おのの)き立ったまま固まっている者、腰が抜けてへたりこんだままの者が多数。中には、逃げ出す者も出始めた。

「カイン、聞いてもいいか」

 前を向いたまま、ロスは横のサマルトリアの王子・カインに問いかける。
 彼はロスの横顔を見て、穏やかな表情で「いいよ」と返した。

「これでも俺がこのまま戦い続けると言ったら、お前はどう思う」
「うん。相変わらず不屈(ふくつ)の精神を持った、かっこいい友達だなって思うよ。僕はついていく」

 ロスは「そうか」と言い、無表情でそのまま目の前の光景を眺めていた。
 それを見て、カインの口角が少しだけ上がる。

「もう一つ、聞きたいんじゃないの?」

 そう言われ、ロスはカインのほうに顔を向けた。

「……撤退する、と言ったら、お前はどう思う」
「そうだね。兵士さんたちのために退く勇気を持った、かっこいい友達だなって思うよ。僕はついていく」

 緑の魔法戦士は、いつもの人懐っこい笑顔で答えた。 
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