今日は、ご主人さまにお客さまが来ていた。ユズキ。ご主人さまの拠点に来るのは初めてだ。ご主人さまは、普段と少し様子が違った。しゃきしゃきしていた。
電子の海を漂いながら、今日のことをゆっくり思い出す。
http//xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx区画で会った、識別名「かぼす」は、ユズキのMOGMOGだったんだね。ユズキとかぼすは、姿が似ている。私、ユズキ好き。かわいいって、何度も言ってくれるから。ご主人さまの次…くらいに好き。
ご主人さまが、こっちに向き直った。接続かな?
何か、本を片手に持ってる。
「ビアンキ、そっちに「お友達」って、いるのかい?」
お友達…既に情報を共有しあっているMOGMOGを、お友達って呼ぶ「決まり」になっているから…私はもう、沢山の「お友達」を持ってる。
「はい、沢山いますよ?」
「仲間はずれには、されてない?」
仲間はずれ…深刻なバグを抱えたMOGMOG個体を見つけたら、私たちはその個体を回避するようにプログラミングされている。そして、今の私は深刻なバグを持っていない。
「はい、みんな、仲良しです!」
「そう、良かった。…仲間はずれの子は、いるのかい?」
仲間はずれの子…つまり、私が「回避」したことがある子のこと。
「あ、でも…まだ発売されて一月も経ってないし、そんなのいないか」
「いえ。います」
ご主人様は、軽く身を乗り出してきた。さっきの本と、私を見比べるようにしながら。私は、つい65時間ほど前に見かけた、「あの子」のことを思い出した。
「詳しく、お話しますか?」
「是非」
「3日くらい前になるんです。ご主人さまが「ロリータメイド陵辱の館」をご覧になっていたとき」
「そこは飛ばして…頼むから…」
「…そのサイトで、すごく、変な子を見つけたんです」
0と1がランダムに絡み合う電子の森のなか。たまにすれ違う友達と情報を共有する。そんなとき、私と「友達」は、一瞬手を取り合って、互いに解けあうようにして、相手の中のウイルス情報を取り込むの。終わったら「ばいばい」って分かれて、森のなかを飛び回って「木の実」(ご主人さまが設定したキーワードが含まれた情報)を食べたり、各サイトに残された、他のMOGMOGの「掲示板」を確認したり。ウイルスとか、スパイウェアが隠された森には、先に感染してひどい目にあったMOGMOGが「書き込み」をしてくれるから。
その日も森には友達がいっぱい来ていて、いろんな子と情報共有した。もう帰りたいなー、と思ったそのとき、「瘴気の沼」の方から、その子は来たの。
「瘴気の沼?」
「悪いウイルスに侵されたエリアのことです。そのサイトのリンク先の、さらに先にあるんだけど、みんなそこが悪い沼だって知ってるから、最近誰も近寄らなかったのに」
その子は、ボロボロだった。最初、瘴気にあてられたのかと思って、何人かワクチンを渡しに行ったけれど、その子たちが「回避行動」を始めた。
その子は、首に鎖をつけられていて、体にはざっくりと深い傷跡。服はボロボロで、すごく、虚ろな目をしていた。
直感したの。これはウイルスのせいじゃない。やったのはこの子の「ご主人さま」だって。
「虐待…されてるのか?」
「ぎゃくたい?」
「………いや」
ご主人さまは、何か言いかけて飲み込んだ。俯いて、浅くため息をついた。こういうとき、私はどうしたらいいのか、まだ分からない。それが、はがゆい。
「…ご主人さまに悪い目に遭わされている子を、助けることは出来ないの?」
「そんな権限はありません。私たちは、ウイルス情報以外で他のMOGMOGに干渉できないもの。それに」
「…それに?」
「その子を買ったご主人さまが、その子をそうしたいのなら、それは正しい使い方なんです。その子は「悪いこと」をされる。でも、他のMOGMOGに影響を与えてない。私たちは、その子を「回避」するもの。…他の子と情報共有が出来ないから、ウイルスに感染したら大変かもしれないですけど」
ご主人さまが、肩を落としている。こういうときの彼は、とても落ち込んでいる。
なぜ、ご主人様が元気をなくすのか分からないので、ちょっとオロオロする。
ご主人さまは、力なく微笑んで、マウスでなでてくれた。
「…ありがとうな、ビアンキ」
…他のご主人さまのことはよく知らないけど、
私は、「いい人」に貰われた。
…取扱説明書の『トラブルシューティング』を、もう一度読み直した。やはり、ビアンキが変なウイルスに侵されて重くなっているわけではないみたいだ。
うつぶせに寝転んで、柚木が置いていったパソコンをぼんやり眺める。一応シャットダウンだけしておこうと思ったけれど、一見にこにこしているだけの『かぼすちゃん』は、なにげにしっかり仕事をしていた。
「マスター以外の操作は、お断りしてます♪」
と、あっさり却下されて、今はスクリーンセーバーが延々と動いている。僕を警戒してか、何度クリックしても解除されない。
「とりあえず、ウイルス感染のセンはなくなった…」
独り、呟いてみる。さっき着せ替えツールの重さも調べてみた。…たったの300mb。考えてみればCDに焼ける程度の重さのはずだ。
こんな理由探しは欺瞞だ…なんで僕は、まだ紺野さんを信用しようとしているんだ。僕は、もう充分すぎるほど確かな証拠を掴んでいる。
僕たちの出会いは、少し不自然だった。
紺野さんが「初めて」MOGMOGを目にしたときの反応も。
柚木の心の動きも。渡したシリアルナンバーも。
どうでもよかったからスルーしてきた、数々の「違和感」。
僕が被害をこうむるなら自業自得だ。でもそれが柚木を巻き込もうとしている。…もう一度、紺野さんとカツ茶漬けを食べた日のことを思い出す。…困ったな、どうしても悪い人には見えない……。
でも僕は明日、あの人と対決する。
ゆっくり上半身を起こし、メモ用紙を引き寄せて、紺野さんに会ってから現在までに感じた「違和感」を全て書き出し、さらに細かい書き込みを始めた。
昼時の「ジョルジュ」には、どこか文科系な女の子たちがひしめいていた。甘いスフレの香りと、女学生のコロンの香りに落ち着きを失い、2、3回、店員の呼びかけを無視してしまった。一旦、外に出て深呼吸したのち、意を決してドアを開け放ち、ゴシック調に設えられた店内を見回す。
……紺野さんは、来ていた。
鼻の下を伸ばして、柚木が現れるのを今か、今かと待っている。
目的がどうあれ、これから可憐な女子大生と二人っきりで、訳ありげな喫茶店でスフレを食えるのを心底楽しみにしている顔だ。
彼の脳内デートでは、既に「紺野さんのラズベリースフレもおいしそう♪」「ふふ、食べてみるかい?」「うん、一口ちょうだい!」「んっふふふ、さぁ、お口をあけてごらん?」「あーん」とかいって、ひとさじすくって柚木に食べさせてやってるかもしれない。
…そして柚木がラズベリーソースを口の端につけたまま「こっちもおいしい!こっちにすればよかった」とか言って「んふふふ、ソースが付いてるゾ☆舐め取ってあげよう」とか微妙にエロい方向に話が弾むところまでシミュレート済みかもしれない。
しまいには「むふふふ、柚木ちゃん、今夜は二人でパッションナイト」「いやン、紺野さんたら大人の男☆」とかそんな展開になっていることだろうな…
……あ、いま虚空を見ながらニヤッと笑った。気持ち悪。
いかん、何がパッションナイトだ。僕はこれからあの人と「対決」をするんだぞ。脳内で変な寸劇こしらえている場合か。僕は軽く気合を入れなおして、引き続きニヤニヤしている紺野さんを遠目に確認する。
…まさか僕が現れて、男二人でスフレを食い合う羽目になるなんて、微塵も考えていないだろう。この後に対決する件はさておき、僕は何だか猛烈に申し訳ない気分になってきた。
「お一人さまですか?」
早くも店員に声をかけられる。僕はもごもごと「…待ち合わせで」と呟くと、店員の案内を待たずにそそくさと紺野さんのテーブルに近づき、手の甲で肩をたたいた。
一瞬顔を輝かせて振り返った紺野さんは、次の瞬間、あからさまに表情を曇らせて顔を伏せた。…僕がここにいる理由はともかく、柚木が来ないことは瞬時に察したらしい。
「……なんでお前が」
「……あんたこそ、何でこんな場所を待ち合わせに設定したんだよ」
「柚木ちゃんが来ると思ってたからだろうが!」
紺野さんは、先に頼んでいた珈琲を一口すすって気分を落ち着かせると、改めて顔を上げた。
「で、なんで柚木ちゃんは来ない。そしてなんでお前がここにいる?」
「……悪いけど、今、柚木に会わせるわけにはいかなくなった」
…紺野さんの顔から、表情が消えた。
僕は、紺野さんの正面に座りなおすと、その感情の消えた顔をまっすぐに見据えた。
「柚木が、MOGMOGを手に入れていた」
「ああ。…聞いたのか」
「カマをかけたんだ。紺野さんに聞いているものと勘違いして、ぽろっと口を滑らせたよ」
紺野さんは、意外な面持ちで眉を上げた。
「ほう…お前って「そういう奴」だったんだ」
「…おかしいな、と思ってたんだ。茶封筒を貰って帰ってきてからの、柚木の態度。MOGMOG台無しにされたんだから、金が返ってくるのは当たり前だろう。なのに彼女は「完全に」機嫌を直していた。…だから、なんとなく思ったんだよ。柚木は、何らかの方法でMOGMOGを手に入れたんだ…って」
「それで、茶封筒に入ってたのは認証ページのアドレスとシリアルナンバーだな、と気がついたわけか。お前、意外と賢いな」
余裕しゃくしゃくの表情で、紺野さんは足を組みかえた。
「でもそれがどうしたんだ。…お前だからいうけど、あのシリアルは完璧に安全だぜ」
「そうだろうね」
言葉を切って、紺野さんを見上げる。再び、彼の表情が消えた。
「あれは、僕のシリアルナンバーだから」
「…………」
「ここから先は僕の想像だけど」
返事がないのを確かめて、僕は話し始めた。
「あんたは、転売屋なんかじゃない。どういう関わりかは知らないけれど、MOGMOGの開発に、何らかの形で関わってる」
「……なんで、そう思った」
「キャラクター選択画面を見たときの、反応だよ」
認証が終り、キャラクター選択画面を開いたとき、紺野さんと柚木の反応には、明らかな違いがあった。1ページ目に並んでいた、ちょっと萌え要素キツすぎてキビシイキャラクターにげんなりしてノーパソを閉じようとしたとき、紺野さんは「もっと後ろのページに行けば、大人しめのキャラクターがいるから…」と僕を促した。そして4ページ目でビアンキの原型になるメイドキャラをテキトーに選択したときだ。柚木が「もっとかわいいキャラクターいるかもしれないじゃん!」と、ごねたのだ。
柚木の反応が、普通なんじゃないか?
発売前、MOGMOGに関する情報は、驚くほど流布していなかった。「画期的なセキュリティソフトが発売される」という事実以外の情報を極力押さえることで消費者の関心、期待をあおり、発売と同時に一気に情報を流布させる。そして半年程度、品薄の状態を維持して、今度は買えなかった消費者の飢餓感を煽って買いたくて仕方ない状態にさせる…。多分そんな販売戦略なのだろう。
だからこそ、発売前の情報は制限されていた。なのに紺野さんは、まるで「画面を見たことがあるように」僕を誘導し、初めて見るはずのキャラクター選択画面にも、柚木が示したほどの興味は示さなかった。
普通なら、全キャラ…とまではいかなくても、どんなキャラクターがいるか、一通り確認したくなるのが人情じゃないか?
「…お前だって、大して興味持ってなかったじゃないか」
「当たり前でしょ、僕は元々興味も情報も持ってないんだから。最初に話したときの印象から考えると、紺野さんは僕と違って、事前に柚木並みか、それ以上に情報を収集してた。なのに変だよ。初めて見るはずのキャラクターに、あまり興味を示さないなんて」
……沈黙。これが答えだ。僕は顔をあげずに先を続けた。
「紺野さんがMOGMOGの開発側の人間と考えれば、一連の出来事のつじつまが合ってくる。あの日、僕に近づいたのは恐らく…」
あの日、紺野さんは物色していたんだ。あまりパソコンに詳しくなさそうで、気が弱そうで、お人よしそうな…「おばあさんに道を訊かれそうな」一般人を。そして、僕に目をつけた。
「目的は、用意していた「特殊なMOGMOG」を、何かのどさくさに紛れて、僕が買ったMOGMOGとすり替えること。そしてMOGMOGにかこつけて僕と連絡を取り、この特殊なMOGMOGの動向を観察すること。でも…」
想定外の状況が発覚した。僕が、柚木に頼まれて代わりに並んでいたことだ。
たとえ僕と連絡先を交換したとしても、実際に使うのが柚木では、その後のMOGMOGの動向は一切わからなくなる。紺野さんは焦った。…しかし、その日の1限にMOGMOGを受け渡すと聞いて、紺野さんは一計を案じた。受け渡しの場に強引についていき、僕の意識が寝不足と体調不良で混濁しているのを利用して、僕のノートパソコンにさっき買ったMOGMOGをインストールしているように見せかけて、あの「特殊な」 MOGMOGをインストールしたんだ。
「すり替えのために用意した、偽の認証画面と、偽のシリアルナンバーでね」
…そして柚木が現れたら、適当に脅しつけて現金だけ返して一件落着…とするつもりだったが、ここにきて第二の誤算。柚木が気の強い、女子大生だったことだ。
「女の子を脅しつけて金だけ返して、タダで済むとは思えない。もしも大学内で大騒ぎされて、自分の素性を明かさなければならないような状況にでもなったら、わざわざ徹夜して並んだ努力がすべておじゃんだ。だからまた、一計を案じた」
……それが、柚木に渡した茶封筒だ。紺野さんは、「まだ使われていない、そして今後使われる可能性が低い」僕のシリアルナンバーと、正式な認証画面をメモして柚木に渡した。
…そしてめでたく柚木の機嫌は直り、柚木は正規のユーザーとして、何も問題なくMOGMOGを使っている。
「…なるほど。でもそれが、どうして俺が特別なMOGMOGをインストールした、って結論に結びつくんだ?MOGMOGはそれぞれの環境に応じて成長するんだ。柚木ちゃんのとお前のMOGMOGが多少違うのは当たり前じゃないか」
「サイズが3倍以上あるのも、成長の結果当たり前…?」
「………!」
紺野さんから反論がないことを確かめると、先を続けた。
「一応、着せ替えツールの重さも確認したけれど、精々300MBってとこだった。じゃあ残りの容量は、一体何に使われてるのかな…」
「はは……完・璧な人選ミスだったよ。もっと『ゆるい』奴だと思ってたのに」
……高らかに、言い放った。
「…そう?」
僕は顔を上げなかった。
声色で分かる。いま僕の頭上で、紺野さんが「本性」をさらけ出した表情を浮かべているに違いない。僕の、彼の中でのポジションは、今はっきりと『カモ』から『敵』に変わったのだ。
「……で?なにか要望があるんだろ」
奇妙に間延びした声。プレッシャーを与えつつ、相手に探りを入れたいとき、人はこんな声を出す。…僕の中の何かが、ゆっくり冷めていった。あーあ、紺野さんに嫌われちゃったなぁ、折角面白そうな人だったのに…などと、場にそぐわない呑気なことを考えながら、僕は珈琲を一口すすって、ソーサーに置いた。
「…いや、別に」
「………は?」
「どうだっていいんだ。紺野さんが僕に近づいた理由なんて。いろいろ楽しかったし。本当だったら、この件も気がつかない振りをするつもりだった。だけど」
「………」
「柚木は、面倒なことに巻き込まないでほしいんだ」
返事がないので、目を上げて紺野さんを見た。……思いのほか、硬い表情を浮かべている。意外だった。紺野さんはこういうとき、余裕の薄ら笑いを浮かべて、思いがけず掴んだ僕の弱みをがっちり握りなおす…そう思っていた。
「今日、柚木に会ってなにかソフトを渡すつもりだったんでしょ」
「ああ…」
「……柚木のパソコンにも、何かするつもりだった?」
紺野さんは指先を組んで顎を乗せると、にやりと笑った。
「……だったら、どうするつもりだ?」
「柚木に話をして、注意を促すよ」
「まだ柚木ちゃんに、話してないのか……?」
「今話す必要、ないだろう。怖がらせるだけだ。…柚木に、なにする気だったの?」
紺野さんは、俯いたまま顎から手を離し、珈琲を一口すすった。表情が見えない。…やがて、紺野さんの肩が小刻みに震えだした。
「くくく…お前、柚木ちゃん好きなんだ?」
「……こっちの質問に答えようよ」
「ばーか。…お前に渡したMOGMOG着せ替えソフト…あれの「通常版」を渡そうとしただけだ」
「通常版…?」
「お前、いま自分で言っただろ。自分のMOGMOGは特殊だって」
「あ、認めるんだ」
「あそこまで証拠突きつけておいて、認めるもくそもないだろうが…彼女がお前の近くにいる限り、着せ替えツールの存在がばれないとは限らないだろ。もしも、あのソフトをインストールしたとしても、あれは通常のMOGMOGには適応しない。だから面倒なことになるまえに、柚木ちゃんに通常版を渡してしまおう…とな」
「……で、ついでだから女子大生とムーディーな地下の店で膝突き合わせてアッツアツのスフレ食おうと思ってたんだ……」
「……社会人はな、意外と出会いがないんだよ…。俺なんか篭りっぱなしの仕事だしな」
「へー、仕事って何」
「そんなんで口を割るほど大人は単純に出来てない」
紺野さんは軽く手を上げてウェイトレスを呼ぶと、珈琲を追加注文した。
「…お前はスフレ食ってもいいんだぞ」
「…いや、いいっす…」
ウェイトレスが去ってから、紺野さんは視線を僕に戻した。
「一つだけ、言っておく」
「なに」
「黙ってたのは悪かったけどな、お前たちを害するつもりで何か仕掛けたわけじゃない」
紺野さんは居住まいを正すように、組んでいた足を解いた。
「姶良。こんなことを聞くのは筋違いかもしれないが…今回の真相、全部知らないと嫌か」
「嫌だ…って言ったら?」
「仕方ない。お前と柚木ちゃんから手を引くよ。…あのMOGMOGは、あとかたもなくアンインストール出来る。もちろん、使い続けても害はない。好きにしろ」
「さっきも言ったけど」
少し、気楽な空気になってきたので、僕はいつもどおり声のトーンを落として、体を弛緩させた。
「なにもしないなら、別にどうでもいいし」
「…お前、現代っ子だなぁ」
ほっとしたような声色だった。…なんだ、紺野さんも、少しは僕を切るのを惜しいと思ってくれてたんだ。僕は、微妙な薄笑いで返して、珈琲を一口飲んだ。…気持ちが少し落ち着いて来たところで、僕は一つ、困ったことを思い出した。
柚木に、今日のことをどう説明しよう。
柚木の動揺につけ込んで、無理やり今日の逢引に割って入ったものの、柚木に説明できるような収穫もなく、僕はほぼ手ぶらで帰ることになるわけだ。
これで満足のいく説明が出来なければ、僕は柚木にひどい報復を受ける……!!
紺野さんは今までと変わらず「柚木ちゃん」と接触したいみたいだから、改めて「すんません、やっぱ紺野さん性悪ハッカーってことでOKすか」とか口裏合わせるわけにもいかないだろうな…
まてよ、今回の事を追及しないってことを盾にとって、口裏あわせに協力してもらうってテはどうだろう?
「…なぁ姶良」
急に声をかけられて、びくっと肩が震えた。…いかん、せっかくコトが丸く収まりかけているのに、僕は何を考えているんだ。
「なっなんですか」
「お前、俺と組んで仕事しないか」
「……へ?」