コントラクト・ガーディアン─Over the World─
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第一部 皇都編
第二十五章―過去との決別―#1
「え、今日、ラムルのおっさん、来ないの?」
早朝、ラナ姉さんとエデルを伴って孤児院へと跳ぶと───ラムルの不在を知ったラギが唇を尖らせた。
「何だよ、今日はみっちり特訓してもらおうと思ったのに」
「あれ、冒険者の仕事はないの?」
「また仲間の一人がケガしちゃったんだ。今回は酷いケガじゃないから、すぐ復帰できるみたいなんだけど、今日は休むって」
ラギに代わって、ヴィドが答えてくれる。
「そうなの。ごめんね、今日はラムルにはやってもらうことがあるから」
タイミングが悪かったな。
今日は、これから地下遺跡の修復と【転移門】の封鎖をして───ラナ姉さんとエデル以外の総出で、魔獣討伐とディルカリド伯爵たちの捕縛を決行する予定だ。
ラナ姉さんは、来られないカデアの代わりに、子供たちに裁縫の指導をして───エデルは、ジェスレム皇子の参拝について、教会を探ってくれるとのことなので───ラムルたちが来られないことを報せがてら、こうして二人を孤児院に連れて来たのだ。
「それじゃ、今日は採取でも行くか?」
「そうだね、そうしよう」
ラギとヴィドは、二人で採取に行くようだ。
「あ───それなら、二人とも。ついでに、ここにいるエデル───私の執事なんだけど、この人を教会まで案内してくれない?」
教会は平民街の高所得者エリアにあるので、冒険者ギルドに行くなら方向は同じだ。
ラギがちょっと胡散臭そうな顔になって、首を傾げる。
「リゼ姉、こいつ誰?ラムルのおっさんに似てるけど───もしかして、ラムルのおっさんの息子?」
エデルは今日も、髪色や眼の色をラムルと同じ色合いにしている。
それに───どうやら表情や仕種なども真似ているようで、ラムルと本当に親子みたいだ。
実の息子であるジグよりもラムルに似ていて、何だか妙な気分になる。
「まあ、そんなようなものかな」
「別に連れてくのはいいけど。今日はラギと二人で“ヴァムの森”に行くだけだから、鍛練してからになるよ?」
「エデル、それでもかまわないですか?」
ヴィドの言葉を受けて確認すると、執事仕様のエデルがにこやかに頷いた。
「勿論でございます、ご主人様」
「それじゃ、ラギ、ヴィド、お願いね。それから───二人とも、“ヴァムの森”だからといって油断しないようにね」
「わかってる」
「ちゃんと気をつけるよ」
そう応えるラギとヴィドの真剣な表情を見て、二人は大丈夫そうだと安心して────今度はエデルの方に顔を向ける。
「エデル、無茶をしたら駄目ですからね」
「心得ております」
本当かなぁ────と、ちょっと思ったけれど、最近の私は人のことが言えない気がするので、口を噤むことにした。
◇◇◇
お邸のエントランスホールに設置してある【転移門】へと跳ぶ。
そこには、レド様とレナス、ディンド卿、ラムル、そしてノルンが、すでに待ち構えていた。
他の面々は、地下遺跡の【最適化】が終わるまで、鍛練や通常業務をしながら、このお邸で待機することになっている。
ディンド卿とラムルは、【最適化】も立ち会いたいとのことなので、同行することになった。
「レド様、お待たせいたしました」
「随分、遅かったな」
「ええと…、ちょっと、その───白炎様に泣かれてしまいまして」
幼い子供たちと畑の世話をしていた院長先生に挨拶した後、帰る前に白炎様に一目会っておきたいと思ってお呼びしたら────最近、【念話】もどきで会話するだけで、全然会いに行けていなかったので、頭に貼り付いて中々離れていただけなかったのだ。
まあ、業を煮やしたジグが容赦なく剥がしちゃったんだけど。
「あの鳥野郎…。やはり、俺も行くべきだったな」
「ええっと…、とにかく、地下遺跡へと向かいましょうか」
まずは、ディンド卿とラムルも連れて、あの地下の白い空間──ノルンによれば、【管制室】というらしい──へ転移する。
アルデルファルムには、昨日、私が調べ物をしていたときに、レド様が出向いて伝えてくださった。これから森の“結界”が一時的に消失することは承知してくれているので、連絡する必要はない。
「昨日感知した連中───ディルカリド伯爵たちだと思うが、誰も外には出ていないようだな。魔物や魔獣の数も変わっていない」
【千里眼】を発動させたレド様が、ディルカリド伯爵たちがいる方向を視て────呟く。
【転移門】を封鎖するまで、出て行ってしまわないといいけど。
「それでは────リゼ、ノルン、始めてくれ」
「はい、レド様。それじゃ、ノルン、始めようか。まずは───精霊樹の森の“結界”を解除」
「解りました、主リゼラ。“結界”を解除します」
ノルンは頷くと───幼女の姿を解き、私と同年代の少女の姿へと戻る。
ノルンの身体が淡く光を纏い、徐々にその光は強くなっていく。
「“結界”の解除が完了しました」
「ありがとう。それじゃ、次は───【同期】」
“結界の間”のときは、【同期】することなく【最適化】をしたけれど────今回はあのときより魔力が必要となるので、ノルンとの繋がりを辿って魔力を引き出すより、共有して直接魔力を流した方が時間も短縮になる。
ノルンは私の情報を元に身体を構成しているので、存在自体を【同期】できることは、昨晩のうちに確認済みだ。
私とノルンの足元に魔術式が現れ、同時に光を発すると、ノルンだけでなく私の身体も輝き始める。
ノルンと同じくらい光が強くなったとき────ノルンと私の同期が完了したのが解った。
「ノルン、この“地下施設”を【拠点】に登録」
「了解。この地下施設を【拠点】に登録します」
実をいえば、ノルンと同化している状態の今、ノルンを介さなくても登録は可能なんだけど────こういったサポートがノルンの存在意義であることと、進行状況をレド様たちにも認識してもらうために、いつもの手順を踏んでいる。
私とノルンの発する光がより強くなって───迸る。
光は四方に広がり、【管制室】を隈なく覆い尽くした後、壁を抜けて部屋の外へと飛び出していった。
ノルンとすべてを共有しているせいか、思考の隅に地下空間の全体像があって、少しずつ、レド様と私の所有へと変わっていくのが知覚できた。
それは───新しい物品を手に入れたときに、【遠隔管理】できるようになる感覚に似ている。
「登録が完了しました」
しばらくして、登録が完了したことを覚ったと同時に、ノルンが告げた。
さて────ここからが、本番だ。
「ノルン───新しい【拠点】の【最適化】を開始」
「了解。【最適化】を開始します…」
先程よりも大量の魔素が、私───ノルンの中から抜けていくのを感じる。魔素は光となって私たちから抜け出て、先程のように部屋を覆った。
すると、天井や壁、それに床に────まるで雨を受けた水面にできる波紋のように、無数の魔術式が浮かび上がっては消えていった。
ノルンの知識によれば、この部屋全体が制御装置らしい。道理で、天井や壁、床に至るまで月銀が施されているわけだ。
純白の天井や壁、床に浮かぶ光り輝く波紋は、“打ち上げ花火”のような儚くも華やかな美しさがあって────思わず見とれてしまった。
背後で、レド様たちも感嘆の声を上げている。
「これは────すごいな…」
「これが…、古代魔術帝国の技術…」
【最適化】に伴う【最新化】によって、新たな【管理亜精霊】がダウンロードされたが、インストールされた瞬間にノルンが自分の中へと取り込んだ。
「主リゼラ、制御装置の【最新化】が完了しました────制御システムを再起動しますか?」
「ええ、再起動をお願い」
「了解しました。制御システムの再起動を開始します────完了────正常に起動しました」
施設の修復は済んでいないけど────これで、この制御システムは、一部だけでなく完全に起動した。
そして、この地下施設のために設置された【転移門】も、【限定転移門】だけでなく───埋もれているものも含めて、すべて把握できた。
「レド様、ディルカリド伯爵たちは出て行ってしまってはいないですか?」
「────ああ、大丈夫だ。特に変わった様子はない」
「ありがとうございます、レド様。それじゃ───ノルン。【転移門】8基すべての使用権限を、『レド様』と『私』───そして『私たちと主従契約を交わした者』のみに書き換えて」
「了解しました。【転移門】8基すべての使用権限を───『主ルガレド』、並びに『主リゼラ』、『主と主従契約を交わした者』のみに書き換えを開始します────書き換えが完了しました」
「【限定転移門】16基すべてを封鎖」
「了解。【限定転移門】16基すべてを封鎖します────完了しました」
「ご苦労様、ノルン」
よし、これでディルカリド伯爵たちが魔獣を外に放つことはできない。
◇◇◇
この地下施設の【最新化】が終了するまで、ノルンの試算では約5時間。
必要な魔素を、この施設に流し込むためにノルンと私はここを離れることはできないけれど、【最新化】は自動で行われるので、手持ち無沙汰となる。
私が、予め創っておいたソファセットを取り寄せると、レド様が呆れたような表情になった。
「リゼ…、また眠る前に創ったのか?」
「ええ、まあ…。その───待ち時間が長くなることは判っていましたし…」
足さえ床につけていれば大丈夫らしいから、ずっと立っている必要はない。
二人掛けのソファにノルンと並んで座る。ノルンは私と座るのが嬉しいみたいで、笑みを零して私にぴったりとくっついて座る。
レド様は、ノルンの様子に眉を寄せたものの───何も言わず一人掛けのソファに腰かけた。
もう一つの一人掛けのソファには、ディンド卿が座った。
いつものイスを取り寄せようとしたが、ラムルを始めとしたジグとレナスの三人に、断られてしまった。
ラムルは、お茶を淹れてくると言い残してお邸へと跳び───ジグとレナスは、それぞれ私とレド様の背後に控えた。
「レド様とディンド卿は、休んでいてください」
「…リゼは何をする気だ?」
レド様が、ちょっと警戒したように返す。私は苦笑して答えた。
「そんな大層なことをするつもりはないですよ」
ここに座った状態で出来ることなど、高が知れている。
「ちょっと、確かめたいことがありまして」
「確かめたい?───何をだ?」
「地下施設の現在の状況や、【転移門】の配置です」
私は、昨日、レド様に創っていただいたこの地下施設の【立体図】を投影する。現在進行中で、【最新化】によって少しずつ修復されているが、それは反映させない。
そして、その隣に、この施設の【記録庫】に残っていた全体図を投影した。
「まるで塔のように見えるが───これは?」
レド様が、私が投影したこの施設の全体図を見て、困惑気味に訊く。確かに、レド様の言う通り、円柱を成した塔のように見える。
「これは、古代魔術帝国時代のこの施設の全体図です。地下───今、私たちがいる場所ですね。この地下階層に魔術や魔導機構の研究施設と工房があり、地上に当たる1階層から3階層までは、ここに勤める人たちの居住施設だったようです」
「なるほど、それで、所々に【限定転移門】があったんだな。だが────何故“一方通行”なんだ?それなら、相互に行き来できる方がいいと思うが」
「おそらく、関係者以外の侵入を防ぐためではないかと思います。塔自体にもセキュリティーは施してありますが、何らかの方法で侵入される恐れがありますから。入り口となる【転移門】は、塔の奥まったところに設置されて、厳重に管理していたようですね」
私は、レド様に答えながら───全体図ではなく、【立体図】を観察する。
「しかし、何故、ディルカリダ側妃はこの地下遺跡を一部だけしか利用しなかったんでしょうね?」
同じく、【立体図】を観察していたディンド卿が呟く。
「それは───多分…、修復できなかったからではないか、と」
「修復できなかった?」
「はい。この施設は、古代魔術帝国の特殊な建材が使われ───至るところに魔導機構が仕込まれているようですし。知識や多少の技術があっても、私たちのような特殊な手段でもない限り、修復もできなかったはずです。
ですから───大きく崩れ落ちて穴が開いてしまっている個所は、埋め立てるしかなかったのでしょう」
「なるほど…」
「この皇都が築かれている個所は、それほど崩れていないので利用できたのだと思います。一部、穴が開いている箇所がありますが───違う素材で整えてありますね」
あれ───これは階段?
よく見ようとして────そこから少しだけ離れたところに、魔物や魔獣、人間を模した駒のようなものが点在しているのが目に入る。これはディルカリド伯爵たちだ。位置やポーズは、先程、レド様が【千里眼】で視た時点でのものとなる。
不意に───この地上に続く階段の位置に思い当たった。
「リゼ?」
レド様の心配そうな声が耳に入るが、答える前にちゃんと確かめたい。
私は───以前、レド様が作製してくださった皇都の【立体図】を投影して、縮小率を合わせてから、方向を調整しつつ地下施設の【立体図】に重ね合わせる。
「やっぱり…。ここは────この階段の上に続くのは」
忘れもしない────私が“神託”を受けたあの教会だ。
高所得者が住むエリアとはいえ、何故、平民街のしかも奥まったところにあるのだろう、と────他の町の寂れた教会ならともかく、貴族も訪れるドルマ連邦にある本部よりも立派な教会なのに、どうしてもっと大通りに近い場所に建てなかったのだろう、と────通りかかる度に不思議には思っていた。
そうか───この穴を塞ぐため、あるいは利用するために───ここに建てるしかなかったんだ。
ディルカリド伯爵家になら────教会から地下施設へと出入りできることが伝わっていてもおかしくない。
ディルカリド伯爵がどの【転移門】を使用していたかは、まだ調べていないが───現存する8基のうち外部に設置されているのは3基しかない。
そのどれもが、皇城内や貴族街など一般庶民では立ち入りが難しそうな場所にばかり設置されている。
よって、身分を剥奪されて潜伏しているディルカリド伯爵が、【転移門】を利用できるとは思えない。
それなら────教会から出入りしている可能性は高い。
ゾアブラの息子ザグレブは教会の無縁墓地に葬られたと、エデルは言っていた。この皇都に、教会は他にない。
おそらく、ディルカリド伯爵とゾアブラの接点は────ここだ。
そして────ゾアブラが、ガラマゼラ伯爵とディルカリド伯爵を引き合わせた…?
「レド様────何故、ゾアブラがジェスレム皇子に参拝するよう唆したのか、判りました。ここは、教会の真下に当たり────この階段で繋がっているようです」
レド様とディンド卿が、私の言葉に眼を見開く。
「ディルカリド伯爵たちは、ここから魔獣を投入するつもり────ということか…?」
「…おそらくは」
「だが────ここは…、平民街だぞ。ジェスレムたちに、魔獣を討伐できるとは思えない。ジェスレムたちを襲った後────もし…、魔獣が教会の外に出たりしたら────」
教会の周囲は住宅街だ。レド様の言う通り────大変なことになる。
もし、あの場所で魔獣に暴れられてしまったら────きっと犠牲者は一桁では済まない。最悪の想定に血の気が引く。
思わず絶句したレド様と私を安心させようと、ディンド卿が口を開いた。
「ですが、修復が終われば、その階段も塞がるはずですし────何より、この後、魔獣の殲滅とディルカリド伯爵の捕縛をするつもりです。それで、未然に防げるのではありませんか?」
「ええ、そうですよね…」
ディンド卿の言葉は尤もで────私はそう返したものの、胸の内に芽生えた嫌な予感が消えることはなかった。
ページ上へ戻る