コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第二十四章―妄執の崩壊―#6
「ロビン」
声に魔力を混ぜて───駒鳥のような姿を持つ精霊獣を呼ぶ。
やはり、この皇城に張られた【障壁】を越えるのに時間を要するようで───しばらく間を置いて、円らな眼の可愛らしい小鳥が現れた。
手を差し伸べると───私が“ロビン”と名付けた小鳥は、器用に私の指に留まる。
「お呼びですか、姫さま」
「来てくれてありがとう、ロビン。お願いしたいことがあって、呼んだの」
「何でも言ってください!」
ロビンは嬉しそうにそう言って、ちょこんと首を傾げた。可愛い…。
私は、ロビンにおじ様とロヴァルさんを紹介して───二人の傍に付いて、手助けをして欲しい旨を伝える。
「わかりました、お任せください!」
「ふふ、お願いね」
あまりの可愛らしさに、笑いが声となって零れる。
「それじゃ、この小鳥が連絡役をしてくれるんだね?」
「はい。何かあったら、ロビンに伝えてください。こちらからも、何かあった場合はロビンに連絡します」
「解った。────よろしく頼むよ、可愛い小鳥さん」
「はい、こちらこそ!」
ロビンが私の手から飛び立ち、おじ様の肩に留まる。小鳥を肩に乗せるおじ様────あれ、何か凄く似合ってない?
「ところで────例の地下遺跡ですが、修復した後はどうなさるおつもりですか?」
私が出した貝型のマドレーヌを摘まみながら、おじ様がレド様に訊ねる。
「そうだな…。今の時点では何とも言えない。修復して───どういった施設なのか詳細が判明してから考えようと思っている。もし、害にしかならないような施設なら、全面的に封鎖してしまうつもりだ」
「そうですか…。利用するにしろ、封鎖するにしろ───その際は、私にもご一報をいただけますか?」
「解った」
皇都の下にあるのだ。宰相としては、把握しておきたいのだろう。
「まあ、どちらにしろ、そんな地下遺跡があることは────公表は避けたいですね。バナドル王の側妃が関係しているなら、余計に知られるわけにはいかない」
おじ様が、マドレーヌの最後の一欠片を口に入れる前に、呟く。
「どうしてですか?」
まあ、公表するつもりはさらさらないけど。
「そんなことを知られたら、またあの馬鹿どもが騒ぐからね。特にベイラリオ侯爵なんかは、所有権を主張してくると思うよ」
「ベイラリオ侯爵が所有権を?────何故?」
「ベイラリオ侯爵家は、エルダニア王家の血が入っていると謳っているんだよ。エルダニア王家の系譜は現存していないから事の真偽ははっきりとはしないんだけどね────ジェミナ皇妃の紺色の髪が証拠だそうだよ」
「エルダニア王家は紺色の髪色が特徴だったんですか?」
「いや、どの文献にも特にそんな記述は見当たらないよ。ただ…、そのバナドル王の側妃の髪色が青かったらしいんだよね」
おじ様の言葉に、一瞬────時が止まってしまったような気がした。
「まさか────ジェミナ皇妃が、あれだけ傍若無人に振舞っているのは…」
「そう───“エルダニア王国を繁栄させたバナドル王の愛妃”の再来だから────だそうだよ。エルダニア王国時代から続く“老害貴族”どもは、おぞましいことに、そう信じて────あの毒婦を崇め奉っているんだ」
答えるおじ様は、柔和な笑顔を浮かべてはいたものの、眼は凍てついて冷たかった。
「それは────ありえません」
「何がだい?」
「ですから…、ジェミナ皇妃が───ベイラリオ侯爵家が、仮にエルダニア王家の血筋だとしても…、バナドル王の側妃ディルカリダの血を引いていることだけはありえないんです」
私が言葉を重ねると、おじ様が眼を見開いた。
「何故なら────ディルカリダ側妃とバナドル王の間には、子供は生まれなかったんですから」
「それは───それは…、本当かい、リゼ」
「ええ。『エルダニア王国正史』にも、『バナドル記』にも、それは記されています。バナドル王の跡は、ディルカリダ側妃と出逢う前に正妃との間に生まれた王子が継いだことも、はっきりと記されています。そもそも、ディルカリダ側妃との間に子供がいたら、バナドル王はその子供を後継にして、ディルカリダを正妃としたはずです。数多の功績を残し、バナドル王の寵愛を一身に受けながらも、ディルカリダが側妃のままだったのは────子が生まれなかったからなんです」
「では────先代ベイラリオ侯爵の主張は───あの連中が信じていることは────」
「まったくの虚構です。それに───先代ベイラリオ侯爵は、おそらく歴史研究家のビオドが自著『魔術考』で述べた仮説から、ディルカリダ側妃の髪色が青だと思い込んでいたのでしょうが───ディルカリダ側妃の髪色は青ではなく…、亜麻色なんです」
「…そうなのかい?」
「ええ。こちらも文献に記述があります」
私が言い切ると、突然、おじ様が笑い出した。
「はは、ははははは…!」
「おじ様…?」
「やっぱり、リゼは私の幸運の女神だ。ああ…、これで────これで…、やっと、あの毒婦を────この国に巣食うクズどもを…、掃う糸口が見えた────」
おじ様の『私の幸運の女神』という言葉に反応したのだろう、レド様がおじ様に反論しようとして───口を噤んだ。
おじ様が過激な言葉とは裏腹に、希望に満ちた───朗らかな笑みを浮かべていたからだ。
「リゼ───先程挙げた文献は、何処で目にした?現存しているものなんだろう?」
一冊一冊の題名を教えるよりも、シャゼムさんを紹介した方がいいかもしれない────ふと、そう思いつく。
シャゼムさんは気難しそうな険しい表情をしていたが、心根は澄んでいた。事情を話せば、協力してくれそうな気がする。
私はおじ様に、シャゼムさんのことを───彼がすべての文献を所有していることを告げた。
おじ様は一瞬眼を見開いてから、興奮したように呟く。
「シャゼム…?もしかして────シャゼム老か?」
「おじ様、お知り合いなのですか?」
「リゼのいうシャゼムが、私の知るシャゼムと同じ人物ならね。だけど、リゼの話を聴くに───多分、同じ人物で間違いない。シャゼム老は、かつて皇立図書館で館長を務めていた大陸史研究の第一人者だった人物だ」
「そんな人物が────何故?」
レド様が当然の疑問を呈する。
「決まっているでしょう、殿下。先代ベイラリオ侯爵に追い出されたんです。追い出された理由ははっきりしていなかったんだけど────リゼの話を聴いて判ったよ」
先代ベイラリオ侯爵にとって、シャゼムさんは自分の妄想を否定する都合の悪い人物だったに違いない。
「しかし…、あの人らしい。先代ベイラリオ侯爵に睨まれていたにも関わらず、図太く皇都に残っていたとはね。灯台下暗しとは、まさにこのことだよ」
シャゼムさんの場合、図太くというより───本をすべて持って行けないからとか、そういう理由で居座っていそうだ…。
「ところで────リゼ。お願いがあるんだ」
「何ですか?私にできることなら、何でも言ってください」
「ありがとう。それなら─────」
おじ様には、幼い頃から本当にお世話になっている。
特に最近は───ロルスとロイドのこと、ラナ姉さんのこと、アーシャとセレナさんのことなど、お世話になりっぱなしだ。
これらの報酬として、私が作製した地図の複製でいいと言われて渡したけれど───正直、それでは全然足りない。
恩返しをするチャンスだ────と、私は少し意気込む。
そんな私の気持ちを察したのか、おじ様はいつものように目元を緩めて、柔らかく微笑んだ。
「シェリアやカエラのように────私にも…、リゼの“祝福”を授けてくれないか」
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