コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第二十三章―逆賊たちの持論―#7
2頭の魔獣が運び出されるのを見届け、助っ人と共に駆け付けたガレスさんに後を頼んでから───レド様と私は、これまでエルドア魔石を内包していた魔獣の出現場所を巡った。
お邸へと帰りついた頃には、もう日が暮れてしまっていた。
遅くなってしまったので、今日は先に夕食を摂ることにした。全員が夕食を終えるのを待って、昨日に引き続き、ダイニングルームで会議を開く。
「そうですか。では────魔力については、リゼラ様の見解が正しかったということですね?」
「はい。セレナさんの魔力とエルドア魔石を分析したところ、エルドア魔石に籠められた魔力はセレナさんに似通ったものであることが判明しました。
おそらく────ディルカリド伯爵のみならず、セレナさんのご兄弟も関わっています」
私が告げると、セレナさんは眼を見開いた。ヴァルトさんとハルドも同じように驚いた表情を浮かべている。
三人とも、ディルカリド伯爵が関わっていることには驚きがないどころか、やりかねないと思っている節があるが────セレナさんの弟たちについては意外なようだ。
「あいつらが、そんなことに加担するとはとても思えないんですがね」
ヴァルトさんが首を傾げる。
「ですが、分析したところ───3人分の魔力が読み取れました。どれも似通っており、一つはセレナさんと親子関係、もう二つはセレナさんと兄弟関係だと判明しています」
「では、やはりバレスとデレドが…?」
セレナさんの弟は、バレスとデレドというのか。
「それと────もう一つ、判明したことがあるんです」
私は、魔獣が現れた地点───あるいは、そのすぐ近くで、【限定転移門】を見つけたことを、皆に打ち明ける。
「それでは…、すべての出現場所に【限定転移門】が?」
ディンド卿の問いに頷くと、今度はラムルが口を開く。
「ですが、道の真ん中に【限定転移門】が設置されていたのなら、転移してしまう者もいたのでは?」
「いいえ。同じ【限定転移門】でも、私が以前、孤児院とお邸のダイニングルームに設置したものとは、別物なんです」
「と、仰いますと?」
「私が用いたものは、相互に行き来できるタイプでしたが───街道に設置してあるものは、“一方通行”のタイプで、“出口専用”なんです。ですから、辿ろうにも…、こちらからは行くことができない」
「では────あまり手掛かりになりそうもないですね」
ディンド卿の言葉に、私は首を横に振る。
「いえ、十分手掛かりになります。あれは────後に造られた似た魔道具などではなく、古代魔術帝国のものでした。しかも今日調べた限り、6ヵ所も設置されていました。あれは、そうそう手に入るものではありません。それを踏まえると、あれは…、ディルカリド伯爵たちが設置したのではなく───元から設置されていたものを利用しているのはないかと、私は考ているのです」
「元から設置されているもの───ですか?」
「ええ。たとえば───古代魔術帝国の遺跡とか」
「なるほど…」
「もし、そうなら…、そこを───ディルカリド伯爵たちが潜伏場所、あるいは作業場所に利用している可能性もあります」
私がそう言及すると、ディンド卿が賛成するように頷いた。
「それは、確かに───可能性がありますね」
「リゼ────もしかして…、遺跡の当てがあるのか?」
レド様が口を挟んで、私に訊ねる。
「当てというか…、もしかしたら────という考えはあります」
「それは───お聴きしてもよろしいですか?」
ディンド卿にそう言われて、私はちょっと躊躇う。何故なら、まだきちんと検証していない漠然とした考えだからだ。
だけど────ここで、皆の意見を聴いてみるのもいいかもしれない。
「まず、所在としては、皇都付近にあるのではないかと思っています。設置された【限定転移門】は一方通行でした。1ヵ所ならともかく、出口だけをまとめてそう何ヵ所も、そんなに遠くに設置しないのではないかと思うのです」
「ですが、もし、あれが脱出用や逃走用だとしたら、なるべく遠くに設置するのではありませんか?」
ディンド卿に指摘され、私は答えるために続ける。
「それは、可能性が低いと思います。設置場所は街道やその近くの開けた場所でした。それに規則性が見られるんです。追っ手を欺くための囮目的なら可能性はありますが、脱出用や逃走用ではないと思うのです」
「ふむ…、それは確かに…」
ディンド卿は、納得したように呟いた。
「もしや、皇都付近にそれらしい遺跡でもあるのですか?」
今度は、ラムルに訊かれる。
「いえ。この付近にそういった遺跡があるのは見たこともないし、聞いたこともありません」
「では…?」
「私は…、この皇都の地下に遺跡があるのではないか────と考えているのです」
レド様を始めとした───テーブルを囲う全員の眼が、驚きに彩られる。
「地下に…?それは────何か根拠が…?」
やはり、こういったとき率先して検証するのは、ディンド卿だ。
「根拠はあります。この皇城に張られた“防壁”らしきものです」
「“防壁”?そんなものがあるのですか?」
「ええ」
以前、ネロが言っていた────“空間を隔てる何か”だ。
「【転移】という魔術がありますよね?あれは、この皇城では利用できません。皇城内で転移することはできますが、外には跳べないんです。古代魔術帝国の魔術を以てしても、皇城に張られた“防壁”を破ることはできません。ですが───その“防壁”が古代魔術帝国の技術だというのなら、納得できます」
原初エルフの固定魔法かとも思ったけど、分析してみたら違った。
あれは────魔術だ。
「分析で視る限り、あの“防壁”は地下から起ち上っているようです。地下に魔術式───あるいは魔導機構があるのではないかと思います」
「何故────そんなものがこのレーウェンエルダ皇国の皇城に…?」
「この皇都は、レーウェンエルダ皇国が造ったものではありません。この城が───街が造られたのは…、エルダニア王国時代バナドル王の治世だそうです。バナドル王の側妃であったディルカリダの推進の下、元々は別の地にあった王都をこの地に遷都したらしいです。ディルカリダ側妃は────エルドア魔石の考案者ではないかと思われる人物でもあります。
私には、この遷都は…、この“防壁”───もしくは、地下にある遺跡を利用するために成されたのではないかという気がしてならないのです」
話が大きくなってしまったせいか、愕然とした空気が漂う。
「ディルカリダ────ディルカリダの遺産…」
そんな中───何処か茫洋とした声音で、セレナさんが言葉を零した。
「セレナさん?何か知っているのですか?」
私が訊くと、セレナさんは我に返って、私に目を向けた。
「以前───父と兄が話しているのを、耳に挟んだんです。“ディルカリダの遺産”と───確かに言っていました。そのとき私は、家名である“ディルカリド”を聞き間違えたのだと思いました。ですが…、あれは聞き間違えではなかったんですね…?」
「おそらく聞き間違いではないと思います。────他には、何か言っていましたか?」
「ええと───門…、“門は───ベイラリオでは潜れない”───そう言っていたと思います」
「“門”…。もしかして────【転移門】のこと…?」
【転移門】は登録された者しか使用できない。
“ディルカリダの遺産”とやらに繋がる【転移門】を使用することを、ディルカリド伯爵家は許可されていた────ということ…?
この“ディルカリダの遺産”というのが、目的である古代魔術帝国の遺跡のことなら───ディルカリド伯爵たちが利用している根拠を強くする情報だ。
「それがリゼラ様の仰っていた遺跡で───その“門”というのが【転移門】なら、遺跡そのものより、それを探せば、遺跡に辿り着けるのでは?」
ディンド卿がそう提案するが、私は首を横に振る。
「いえ…、手掛かりを集めるだけで時間がかかりそうですし────それに【転移門】は使用者に制限がかけられています。セレナさんなら、もしかしたら使用できるかもしれませんが、私たちでは不可能です」
「そうですか…」
ディンド卿は、ちょっとがっかりしたように応えた。
まあ、ディンド卿は、古代魔術帝国の魔術や魔導機構を使い始めたばかりだし───仕様など、まだまだ詳しくない。
私は、ディンド卿を元気づけるべく言葉を繋ぐ。
「でも、発想はとてもいいと思います。実のところ、私もその方法が一番手っ取り早いと思っています。ですが…、辿るのは、【転移門】でなく───【限定転移門】にしようと考えているのです」
「だが、リゼ───あの【限定転移門】は、一方通行だろう?どうやって、辿るつもりだ?」
レド様が口を挟む。
「ええ。ですから────私のオリジナル魔術【往還】を利用するつもりです」
「そうか、あれは設置済みの【転移門】に跳ぶことができるんだったな。だが、対の【限定転移門】を感知できるのか?」
「それについては、まだ思い付きの段階ですが───考えがあります。後でノルンと実行可能かどうか検証してみて、皆さんに話したいと思っています」
私が言うと、レド様が眼を眇めた。
「………その検証、俺も参加する」
「えっ」
「リゼ?」
「いえ───はい…、解りました…」
いや、進んで無理をするつもりはないから、レド様に参加していただくのは構わないのだけど────私で事足りることでも、させてもらえない予感がするのは、気のせい?
◇◇◇
レド様と私の方の報告と検証が一段落し────次の報告に移る。
「エデルを襲ったという三人が逃げ込んだ邸は───想定通り…、ガラマゼラ伯爵邸で間違いありませんでした」
「やはりか……」
「はい。邸の使用人たちは、ゾアブラのことをガラマゼラ伯爵の勘当された叔父だと思っているようです。当主は叔父を気の毒に思い、時折、善意から手を貸していると────そのように認識しているみたいです」
「エデル────念のため訊くが、そのような事実はありえるか?」
「いいえ。ゾアブラは、ドルマ連邦に故郷があります。両親や近しい肉親は亡くなっているようですが、生家がその故郷にあったことは確かです」
「そうか、解った。────しかし…、ラムル。昨日の今日で、そのような情報、よく掴めたな。お前のことだから大丈夫だとは思うが、相手に気取られるような真似はしていないな?」
「それは、大丈夫だと思います。…実は───この情報を得たのは、私ではないのです」
「では、誰が?」
ラムルは、複雑な表情を浮かべ────エデルを見遣った。
今日のエデルは───何処か、ラムルと似通っていた。
私が創った腕時計に落とし込んだ【偽装】で髪と双眸の色を変えているのだけど、ラムルと似たような系統の色を纏っている。まるで───親子みたいに。
私はなるほど───と思う。
レド様の執事であるラムルの子供を私が執事として雇う───どう見ても自然な流れだし、出自も確かなように周囲は錯覚するはずだ。
「エデルです。邸から出てきたメイドが商店街に入ったところで、エデルが声をかけたのですが───あれは…、もはや古代魔術帝国の魔術に匹敵する代物です。ウォイドから聴いてはいましたが───役者の神髄とはこういうことかと悟ったくらいです」
ラムルが遠い眼をして言う。エデルは微笑みを湛えたままだ。
まあ───何があったのか想像に難くない。
エデルはどんな役にでも成りきる。相手に合わせて、警戒心を持たせず情報を引き出すくらいお手の物だろう。
「エデル、ご苦労様でした」
「勿体ないお言葉です、ご主人様」
労わるのは雇い主の私の役目だろうと考え、エデルに声をかける。エデルは微笑みを深くして、優雅に一礼した。
「「「「…………」」」」
あれ?何この奇妙な沈黙…。
「もう一つ、報告がございます」
変な沈黙を破るように、ラムルが申し出る。
「何だ?」
「エデル、掴んできたのはお前だ。自分の口で報告しなさい」
ラムルがエデルに促す。
エデルはラムルの言を受け、一歩踏み出すと────口を開いた。
「ゾアブラの息子が殺された理由が判明しました」
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