コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第十五章―それぞれの思惑―#2
───待っていたぞ、我が神子よ───
───目覚めたのは判っていたが、一向に我の許へ来ないから、焦れていたのだ───
朝食を終えて、皆でサンルームへ向かうと、“神”はサンルームの門の一つに留まったまま、抗議するように羽搏いた。
“我が神子”────って私のことだよね?
「ええと…、それは、申し訳ございません?」
───まあ、それは良い───
───我が神子よ、まずは感謝を伝えたい───
───其方のおかげで、我は解放された───
───其方は、我に新たなる生とこの姿を与えてくれた───
「……私が、その姿を?」
“解放された”というのは判る。確かに、その手伝いはしたから。
だけど────私が姿を与えた?
───そうだ。其方が、我にこの姿とこの性質を与えた───
───其方が願ったのだ、禍を焼き尽くす炎を、炎により生まれ変わる鳥となることを───
その言葉で、はっとする。
確かに────あのとき、そんなイメージを思い浮かべていたかもしれない。“祓の火”が先に思い浮かんで────関連して“不死鳥フェニックス”を思い浮かべた気がする。
思い出して、ざあっと私の血の気が引いた。
え───それじゃ、あのとき私が思い描いた曖昧なイメージのせいで、その容貌になってしまったってこと…!?
「も、申し訳ございません…!」
───謝ることはない、我が神子よ───
───我は、この姿を気に入っておる───
───我は其方に、感謝しておるのだ───
「それなら…、良かったです」
“神”の声が、あの“深淵”で聴いた感情を削いだような声音とは違い、嬉しそうに感じられて────私も嬉しくなって微笑む。
「ええと、それで…、────あの、あなたのことは何とお呼びすれば…?」
話を続けようとして、まだお名前を知らないことに気づき、問う。
───うむ。好きに呼ぶが良い───
───其方が良いと思う名をつけてくれ───
これはあれかな?“真の名”は、おいそれとは教えられない────とか、そういうことかな。
呼び名がないと不便だし、お言葉に甘えてつけさせてもらおう。
どんなのがいいだろう────そう考えて、思い浮かんだのは、あの白い炎だった。
「それでは────“白炎”というのはどうでしょう?私の前世の故郷の言葉で、『白い炎』という意味なのですが…」
───ビャクエン…、白炎…───
───ふむ、気に入った───
───今この時より、我が名は“白炎”と相成った───
“神”がそう宣言した直後────その御身から銀白の光が迸った。
「!?」
え───『我が名』って、ただの渾名じゃないの…!?
何も考えずに物凄く安直に名をつけてしまった私は、“神”の言葉に焦る。
───これにて、我の転生は完成し、我が存在は安定した───
煌く銀白の光りを纏いながら、“神”は、感極まったように、その大きな翼を忙しなく羽搏かせた。
どうしよう…、これは────もう一度きちんと考え直させてなんて、とてもじゃないが言い出せる雰囲気じゃない…。
こうして────私の勘違いにより、新たに生まれ変わった“神”の名は、安直に“白炎”となったのだった…。
◇◇◇
「あの…、神───白炎様?それで───その…、私を“我が神子”と呼ぶのは、どういう意味なのですか…?」
私は、さっきからずっと気になっていたことを訊く。
───うん?そのままの意味だが?───
───其方は、我の神子だろう?───
「いや、だから、それがどういう意味かと訊いているんだ」
レド様がいらっとした声音で、口を挟む。
───何だ、ガルファルリエムの子よ───
───ふっ、我と我が神子の絆に嫉妬しておるのか───
───まあ、よい。教えてやろう───
───我が神子が、我に姿と性質を与えてくれたあのとき、我らの魂魄には、深く強い“繋がり”ができたのだ───
───おまえと我が神子が交わした“魂魄の契り”とは違う、神聖な“繋がり”が、な───
あれ、おかしいな…。
神々しい光を纏った荘厳な鳥が────前世で近所に住んでいた生意気と言って差し支えない“男子小学生”を彷彿とさせる、こう───人を小バカにした表情をしているような錯覚が見えるんですけど…。
ああ…、レド様が、あの“男子小学生”に相対した“お兄ちゃん”のような形相になっている。
「ええと、白炎様────その“繋がり”というのは?」
レド様が爆発してしまう前に、私は慌てて口を挟んだ。
───我が神子よ、其方も感じているはずだ───
───我と其方の魂魄に、繋がりができたことを───
白炎様に言われて、気づく。確かに────レド様とは別に、私は、この白き神と繋がっている。
契約の儀を経て、レド様とは繋がっているように感じてはいた。だけど、白炎様と繋がったことにより、レド様との繋がりも確信に変わる。
私の魂魄は、確かに、白炎様と────レド様と繋がっている。
そして、その繋がりを意識した瞬間だった────
【神の恩寵】を認識───発動条件クリア───【契約魔術】を発動します───
【神禽】白炎───【神子】リゼラ=アン・ファルリエム───契約完了
【神の恩寵】───【寵愛クラス】と断定
固有能力【浄化】───授かりました
魂魄の【位階】───昇格を確認
固有魔力量・共有魔力量の増大を認識───EXクラスと断定
【管理亜精霊】に【接続】───成功
使用可能神聖術を選出───完了
上級神聖術【快癒】───会得しました
最上級神聖術【起死回生】───会得しました
【案内】の声が止む。ここにいる全員に聞こえていたようで、唖然とした空気が漂う。
“神聖術”って────“聖女”だけが行使することができるという奇跡の御業だよね…。【聖剣】と同じく、伝説上の────今や、古代人の妄想の産物と見なされているアレよね?
───何だ、今のは…?───
───我と我が神子を繋ぐ“これ”は何だ…?───
誰も何も言葉を発しない中、白炎様が驚いたように呟く。
白炎様は────古代魔術帝国の魔術をご存知ない…?
それとも、記憶が消えてしまっているのだろうか?
「白炎様は、古代魔術帝国の魔術のことをご存知ではないのですか?」
───コダイマジュツテイコク…?───
───その“魔術”というのは何だ?──
───魔法とは違うようだが───
魔法は知っているのに、魔術はご存知でない…?
魔術がいつ発明されたのは定かではないが、古代魔術帝国勃興以前の───それこそ神代の昔、神々がまだ地上にいて楽園を築いていた頃から、魔術は存在していた────と伝説には残っている。
「白炎様は、その───いつから…、あのような状態でいらしたのですか…?」
───あれは…、いつなのだろうな…───
───どれくらいの年月を経たのかは…、自分でも判らぬ───
───だが…、我が死したときには、“魔術”というものは存在しなかった、としか…───
「そうでしたか…。辛い記憶を思い出させてしまったのでしたら────申し訳ございません」
何だか、白炎様の声が沈んでいるように聞こえて────私は不躾だったと申し訳なく思う。
白炎様が門を飛び立ち、私の許へと舞い下りる。私が咄嗟に腕を差し出すと、ふわりと留まった。魔玄のジャケットだからか掴まれても痛みはなく、大きさの割には重さも感じない。
白炎様がその身を近づけ、私の頬に擦りつける。その柔らかく滑らかな感触に、私は表情を緩めた。
───謝らずともよい───
───これからは、其方が傍にいてくれるだろう?───
私が返答をしようとしたそのとき────後ろから、大きな手が白炎様の頭を鷲掴みにして、持ち上げた。
振り向くと────“仁王”と見紛う形相のレド様が、白炎様を片手で掴み上げて佇んでいた。
これは、相当お怒りでいらっしゃる…。
「リゼの優しさにつけ込もうとは────いい度胸だな…、神よ」
レド様の声音は、まさに地を這う冷気のようだ。白炎様は羽根を羽搏かせて暴れるが、レド様の手は緩まない。
「ルガレド様、その“神”は寂しくていらっしゃるようですから、番でも宛がっては?コカトリスなんかどうでしょう?」
「それでしたら、オレが狩ってきますよ。そいつにお似合いの───獰猛で活きのいい奴を生け捕ってきます」
何故かレド様に同調しているジグとレナスが、同じく地を這うような低い声で提案する。
「それはいいな────神よ、それなら寂しくないだろう?“深淵”で共に暮らすといい」
そう言って笑う三人の笑顔は、とても似通っていた。この三人、最近、本当に仲がいいよね…。
「白炎様…、申し訳ございません。私は───レド様と添い遂げることを心に決めているのです。ですから、白炎様のお傍に侍ることは適いません。
ですが───私は、白炎様の神子なのですよね?離れていても繋がっておりますし、もし、また────“禍”に侵されるようなことがあっても、必ず助けに参ります。もう二度と────“深淵”で独り耐えなければならないような事態にはさせません。だから…、どうか、ご安心ください」
レド様に掴まれたままの白炎様に目を合わせて、私は言葉を────紡ぐ。
白炎様は、暴れるのを止めて、器用に溜息を吐いた。レド様が力を緩めたのか、白炎様は拘束から逃れ、再び私の腕に留まる。
───相分かった───
───だが、時折でいい、我にも会いに来てくれぬか───
───ただ繋がっているだけでは、寂しいのだ───
「ええ、お約束します」
表情はないはずなのに、白炎様の様子が孤児院で待っていてくれる子供たちを彷彿とさせて、私は笑みを零して頷いた。
時間を見つけて、必ず会いに行こうと決める。
「ちゃんと会いに行きますから、待っていてください」
白炎様は、私の言葉が嬉しかったのか、さっきのように私に頬ずりをする。今度はレド様も止めなかった。
◇◇◇
「しかし…、リゼには本当に驚かされる」
白炎様との話がついたので、厨房へと場所を移し、皆でお茶を飲む。
レド様は今日はロルスの授業を受ける予定だが、ロウェルダ公爵邸に向かうには時間が早過ぎる。
いつもなら皆で鍛練をするところだけど、先程、私が新たに会得してしまったアレについて、急遽、話し合いをすることになった。
「神を転生させたと思ったら、“神聖術”を授かるとは────」
「確かに、会得してしまったようですね…。【快癒】と【起死回生】の二種類ですが、効能の程度が違うだけで────どちらも、ケガだけでなく病気まで治せるみたいです。【起死回生】に至っては、死んでさえいなければ、瀕死の状態でも回復させることが可能らしいです…」
これは────本当に凄すぎる。
自己回復を促進させるような魔術はあるが、瞬時にケガや病気を治すようなものは、古代魔術帝国の魔術にさえ見当たらなかった。
傷薬や回復薬も、現在普及しているものは前世であった“漢方薬”に近く、古代魔術帝国のものは、ラノベやゲームに出てくるような────瞬時にケガを治せる“ポーション”もあるにはあるが、手足が欠損したとか内臓に損傷を負ったとか、そういった重傷の場合には効かないようだ。
まあ、それでも役には立つだろうから、支援システムの支給品のポーションを皆に持たせてはいるけど。
これも、聖剣同様───おいそれとは行使できないけれど、何かあったとき、レド様を───皆を救える確率が大幅に上がる。会得できたことは、素直に嬉しい。
新たな固有能力【浄化】は、舞わなくても“浄化”ができるようだ。あ、【祓の舞】が【技能】に追加されてる。まあ、あんなに舞ったしね…。
「そういえば────リゼラ様の魔力量が増大されたとのことでしたが…」
ラムルに言われて、そんなようなことを【案内】が言っていたと思い出して────【現況確認】の【固有魔力量】と【使用可能共有魔力量】の欄に眼を向ける。
「ええ、確かに、増えているようですね」
それぞれ“SS”、“SSS”だったのが───どちらも“EX”に変わっている。正直、どれくらい増えたのかは、よく判らないけど。
まあ───でも、自分の魔力量がかなり増えたことは、意識してみれば実感がある。
───それなら、ガルファルリエムの小僧のも増えているはずだぞ───
───小僧も“魂魄の位階”が上がっただろうからな───
───我と我が神子のおこぼれで、な───
「……さっきから気になっていたが────何故、おまえがここにいる、神。しかも、図々しくリゼの頭に陣取って────リゼの負担になるだろう。さっさとリゼから離れて、深淵に帰れ」
そうなのだ。白炎様は、私の両肩に足を掛け、私の頭に自分の頭を載せて、後ろから張りついていた。
───ふん、小僧なんぞに命令される謂れはないわ───
───我が神子は、この後、我が寺院に赴くらしいからな───
───そのとき、共に行くことにしたのだ───
「ふっ。俺が小僧なら、おまえは赤子だろう。必要なのは番ではなく、母親だったか。望むなら、コカトリスを連れて来てやるぞ?」
何だか…、レド様が子供のようになっているのは気のせい?
新鮮だし、可愛いは可愛いけど────これでは、まるで“男子小学生”同士の口喧嘩のようだ…。
お願いだから、隣と頭上で喧嘩をするのは止めてください、お二人とも…。
ジグとレナスが、今回はレド様に同調することなく、ただお茶を飲んでいるのが救いだ。
「リゼラ様、そのお二人のことは放っておいてよろしいかと存じます」
「ええ、そうですとも。まったく、坊ちゃまも大人げない。それよりも、リゼラ様、お茶のおかわりなどいかがですか?」
私はラムルに頷き、カデアに愛用のマグカップを差し出した。
「おかわりをお願いします、カデア」
「あ、それなら、わたしが淹れます!」
アーシャが立ち上がる。
「アーシャ、リゼラ様に飲んでいただくには、まだ練習が必要です。貴女がリゼラ様のために淹れて差し上げたい気持ちは解りますが────リゼラ様には美味しいお茶を飲んでもらいたいでしょう?今日のところは私が淹れますから、我慢なさい」
「……はい」
カデアに諭されて、アーシャが悄然とした様子で座り直す。アーシャには悪いけど、しょんぼりしているアーシャが可愛くて、私は口元を緩めた。
向かい側────カデアの隣に座るアーシャに、声をかける。
「アーシャ───貴女が淹れてくれたお茶を飲めるのを、楽しみにしてるから。今日は、カデアが淹れてくれたお茶を一緒に飲もう。ね?」
「…、うん!」
アーシャは、やっぱり笑顔の方がずっと可愛い。
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