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コントラクト・ガーディアン─Over the World─

作者:tea4
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第一部 皇都編
  第十四章―再生と創造―#5


 あの魔術式は転移をさせるものだったらしく────私たちは、塔ではない何処かに飛ばされてしまったようだった。

「皆───巻き込んでしまって、ごめんなさい…。私が不用意に塔に行こうなどと言ったから────」

 ようやく立ち上がるほど回復した私は、皆に向かって頭を下げた。

「いや、リゼが言い出さなくても、おそらく俺が言い出したはずだ。塔の方で音がしたのは判っていたからな。それに、どの道、塔を通らなければ孤児院に行けないのだから、避けることは出来なかっただろう」
「その通りです、リゼラ様」
「そんなに気になさらないでください」
「そうだよ、リゼ姉さん」

 レド様、それにジグとレナス、アーシャがそう言ってくれる。ラムルとカデアも、表情を緩めて首を横に振ってくれた。

「ありがとうございます…、レド様、ジグ、レナス、ラムル、カデア───ありがとう、アーシャ」


 今は、皆を巻き込んでしまったことをクヨクヨしている場合じゃない。この状況を切り抜けないと…。

 周囲を見回す。辺りは深夜のように暗くて────そして、何もない。見える限り本当に何もないのだ。

 平坦な地面が足元にあるのは判るが、暗闇が深くて────この何もない空間が何処まで続いているのかは判らない。

 見上げても天井らしきものは見えないが、外なのかは判らなかった。

 辺りに満ちる────塔の内部なんかよりも、ずっとずっと強い気配に────ざわ…、と(うなじ)の下が(あわ)立つ。

 私はここを知っている。ここは…、この場所は、神域─────いえ、

「“深淵”……」

 私の呟いた言葉に、ジグとレナス────そして、ラムルとカデアが眼を見開いた。

「“深淵”…?リゼ、ここが何処だか知っているのか?」
「ここは────おそらく、神の住まう場所です」
「神の…?名も伝わっていないという古の神の、ということか…?」
「そうだと思います…」

 でも、何故、この場所に私は呼ばれたのだろう?────そう無意識に考えて、気づく。

 そうか、私はこの場所に呼ばれたのか…。

 私を呼んだのは誰なのか────何処にいるのか…、探すまでもなかった。宙を漂う────今にも消え入りそうな、キラキラと煌く光の粒子が、身を寄せるように集まっているところ────あそこだ。

「リゼ?」

 早く───早く辿り着かなきゃ────消えないうちに───あの光の粒子が消えてしまわないうちに─────

「リゼ…!」

 レド様の声がして────皆が私を追ってくるのが判ったけれど、気が急いて、返事をする余裕もない。

 まるで朝霧のように寄り添って漂う光の粒子は、今にも、暗い───昏い闇に圧し潰されそうに見えた。

 そして、それが間違いではないことを、近寄って────知る。

 それはもっと膨大な────それこそこの空間を占めるほどの大きさで、光の粒子の塊はその一部でしかなかった。それは殆どの粒子が光を失っているため、闇に溶け込んで見えたのだ。


───誰だ…?何故、この深淵に訪れた……?───


 突如、頭の中に直接、言葉が届く。【案内(ガイダンス)】に何処か似ている────感情の見えない声音。

「古の神よ、あなたの神域に踏み込んだことを、どうかお許しください」


───そうか…、其方は神子か…───
───何故、今更現れた……?───


「解りません。あなたが私を呼んだのではないのですか?」


───否、我は呼びはせぬ…───
───我は、すでに死した存在。ただの残骸───
───神子を呼べはせぬ…───


 死した存在?────ただの残骸?

「リゼ…!」
「レド様…」

 辿り着いたレド様が、私に並び立つ。他の皆は、私たちの背後に控えるように佇む。


───おまえ…、ガルファルリエムの子か───
───ガルファルリエムと同じように…、その神子と魂魄を交えたのか───


 魂魄を交えた?────レド様と私が…?

「どういう意味だ…?」

 レド様も意味が解らないようで、困惑した声で返す。

 古の神は、レド様の言葉など聞いていないように────いや、実際、聞いていなのだろう。ただ、呟き続ける。


───だから…、呼ばれることなく、この深淵へと至ることができたのか…───
───疾く、帰るがいい…───
───我を静かに眠らせてくれ───


 眠る?

「ですが…、眠れるのですか?そんなに────蝕まれていて」

 昏い闇に魂魄を深く侵され────蝕まれ、とても静かに眠れるとは思えない。


───そうだ。疾うに肉体は滅び、死した存在となっているのに…、****の禍に魂魄を蝕まれているために、我は…、滅することも、転生することも叶わぬ…───


 その声は────感情は感じられないのに…、私には、とても悲しく───寂しく響いた。

 古の神は、もう消滅することも────生まれ変わることも、諦めてしまっている。

 ああ、そうか────そういうことだったんだ…。
 だから────私がここに()()()()

「レド様、皆と一緒に下がっていてくれませんか?」
「リゼ?」

 私は【換装(エクスチェンジ)】で、腰に提げた小太刀を【ツイノミツルギ】に替える。【神剣】を見て、私が何をしようとしているのか察したようで、レド様は黙って頷いた。

「レド様、申し訳ありません。おそらく、レド様の魔力をお借りすることになると思います」

 私の魔力は、まだ回復しきってはいない。きっと、私の残りの魔力───それに共有魔力を使っても足りない。そうすると、レド様の魔力も使わせていただくことになってしまう。

 だけど────それでも、この古の神を放っておくことはできなかった。

「勿論だ。遠慮なく使ってくれ」

 レド様は何故だか、嬉しそうに応える。

「俺のことも、周りのことも気にするな。何かあっても───俺が何とかする。それと、後のことも気にするな。リゼは、ただ自分のやるべきことに注力してくれていい」
「ありがとうございます…、レド様」

 レド様は私の頬に右手を添え、額に軽く口づけると────後ろに控えている皆のところへ歩いて行った。

「リゼ姉さん…?」
「大丈夫だ、アーシャ。一緒に下がっていてくれ」

 そんな会話が後ろで聞こえたが、私は振り向かずに、御神刀の鞘を払う。


───何をするつもりだ…、神子よ───


 私は黙って、古の神の魂魄の中心と思われる場所まで進み────そこでやっと、古の神の問いに答える。

「古の神よ────あなたに、剣舞を捧げましょう」

 私の手の中で静謐に光る────【ツイノミツルギ】を構える。

 古の神の魂魄は、重い“(わざわい)”に蝕まれていて────正直、粘つくようなその“禍”が、顔や身体に纏わりついて苦しかったが────私はそれを撥ねのけるように、瞼を閉じる。

 瞼の裏に浮かぶのは────あの懐かしい神域。夜の闇に漂う桜の花びらと────煌く“神気”。

 そして────大叔父の闇を貫く甲高い横笛の音。

 足を踏み出し、腕を振るう。両の手に握られた小太刀の刃が、私の動きに合わせて、古の神の“禍”に塗れた魂魄を撫でる。

 刃が触れた“禍”は、まるで(ほど)けるように消え────蝕んでいた魂魄を解き放つ。

 解放された魂魄が、聖結晶(アダマンタイト)のようなキラキラと煌く粒子を撒き散らした。

 刃が“禍”に触れると、私の魔力が小太刀へと流れ込むのが判った。“禍”は(むら)があり、濃い箇所は特に魔力が持って行かれる。

 これは────思ったよりも魔力を使うかもしれない。


◇◇◇


───おお…、これは───
───そんな…、浄化されている…?───


 御神刀の刃が私の魔力を糧に、靄のような古の神の魂魄を斬り裂く度に、そこから光の粒子が飛び散る。

 古の神の魂魄が輝きを取り戻していくのに比例して───私の魔力は吸い出され、段々と手足の切れがなくなっていくのが判った。

 けれど───さっきよりも重くなった手足を、歯を食いしばって動かし、私はただ舞い続ける。

 魂魄の煌きが降り注ぐ桜の花びらと重なり、一層、大叔父の笛の音が鮮明に聴こえた。

 記憶の中の音なのに、清冽なような───物悲しいような笛の音色が、永い時を耐えてきた古の神の哀愁を表しているかに感じられて────胸が締め付けられる。

 どうか────どうか…、あなたの魂魄が────その“禍”から解き放たれますように────

 そして────願わくば…、あなたの魂魄が────新たな命へと成りますように────

 そんな願いも空しく────ついに、私の魔力が底をついたのを【案内(ガイダンス)】が告げた。


守護者(ガーディアン)】リゼラ=アン・ファルリエムの固有魔力が尽きました───
共有魔力に切り替えを開始します…


 瞬時に空になったはずの魔力が満たされ────魔力がまた身体を循環し始めて、手足はまた力と切れを取り戻し、私は────舞う。

 繰り返される、耳の奥に鳴り響く笛の音。

 煌く粒子が、流星群のように────舞い続ける私の視界を流れていく。光の粒子が増えてはいるものの、まだまだ魂魄の半分以上が“禍”に蝕まれている。

 この膨大な魂魄を、小太刀などで斬り裂いて浄化するのだ。正直、無謀かもしれなかった。

 それに───ここにきて、吸い出される魔力量がいきなり増えた。これまでより濃い“禍”が広範囲に広がっているのが見て取れて、私は焦る。

 このままでは、レド様の魔力をお借りしたとしても、間に合わないかもしれない。何か手立てがないか────舞いながらも考える。

(アストラル)(・ヴィジョン)】を発動させて、舞に合わせて周囲を()ていると、この深淵よりも昏い────濃い“禍”が蠢いているのが目についた。

 それはまるで、殻を割ろうとしている雛のような────雪を押しのけて立ち上がろうとしている花のような、そんな────動き。

 あれだ────と思う。それは直感だった。私は【ツイノミツルギ】を振るう手を止めずに────でも、そこへ向かって奔る。

 私は、両の御神刀の刃で、“禍”を一気に斬り裂いた。“禍”は濃く、なかなか消えない。魔力が、ぐんぐん御神刀に吸い込まれていく。

 やっと“禍”が解けるように消え、眩い光の粒子が迸った。

 これは、古の神の魂魄の核だと悟る。

 私は咄嗟に、【ツイノミツルギ】を放して────それに手を伸ばした。それを抱き締め、残った魔力を注ぎ込む。

 お願い────諦めてしまわないで────どうか自分でも抗って…!

 私は、自分が【創造】を発動させていることに、気づいていなかった。ただ、ひたすら魔力を注ぐ。

 無意識にイメージしていたのは────“禍”を焼き尽くす炎。

 それから、前世の記憶にあった────自ら炎に飛び込んで生まれ変わるという伝説の鳥。

 腕の中の魂魄の核は、“ブラックホール”のように魔力を呑み込んでいく。

 そして、ついに────私の器以上の量があったはずの共有魔力が尽きた。


共有魔力が尽きました───
(マスター)】ルガレド=セス・オ・レーウェンエルダの固有魔力に切り替えを開始します…


 ああ────レド様の魔力だ。

 自分の中に流れ込んでくる魔力に────レド様に申し訳ないと思う一方で、何だかレド様が傍にいてくれるようで、すごく安心する。

 焦る気持ちが消えて────私は腕の中の存在に、一層魔力を注いでいく。

 どれくらい魔力を注ぎ込んだか────不意に、腕の中の魂魄の核が脈打ったような気がして、私が腕を緩めると、それは、するりと私の腕を抜け出して浮かび上がり────強く眩い光を放った。

 まるで熱を感じさせない────白く美しい炎が、そこかしこに生まれる。

 その白い炎は、周囲の魂魄を蝕む“禍”を────燃やすというより、【ツイノミツルギ】のように、解かしていく。

 “禍”から解放された魂魄が、キラキラと瞬くように煌き────私には喜んでいるように見えた。

 ああ…、もう大丈夫だ────そんな思いが湧き上がる。

 私は立ち上がり、足元に転がる【ツイノミツルギ】を拾い上げて、まだ残る“禍”の方へと歩いて向かう。

 もう私の助力は必要ないかもしれないけど、それでも一助になれば────と、御神刀を手に足を踏み出す。

 私が舞い始めると、白い炎が、ふわふわと私に纏わりついてくる。

 私は、現実にはありえない────その白く清らかな炎と戯れるように、ひたすらに舞う。

 耳の奥で鳴り響く大叔父の笛の音色は、今度は物悲しく聞こえることはなかった。


 いつしか“禍”はすべて祓い終えて────私は、ただただ白い炎と舞っていた。“禍”から解放された魂魄が、白い炎となり────それはうねりながら一つになって、私を取り巻いている。

 大叔父が奏でる曲が、もうすぐ終わる────舞も終わりだ。それを察したのか、白い炎が収束し始め、真っ白な光を迸らせた。


 舞の終わりと共に足を止めた私の腕には────前世でも今世でも見たことのない、光を撥ね返す純白の羽毛を纏い、私の腕ほどの長い尾を持つ────大きく荘厳な鳥が留まっていた。
 
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