コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第十二章―忠臣の帰還―#5
アーシャは、ピンクゴールドというのだろうか────薄い紅味がかった金髪に青とも緑ともつかぬ色合いの瞳をした綺麗な顔立ちの、まだ12歳の女の子だ。
「それで…、アーシャ、一体、どういうことなの?」
あまり委縮させないよう、なるべく優しく聞こえるように訊ねる。
あの後────セラさんが気を利かせて手配してくれ、私たちは、ギルドの応接室を使わせてもらっていた。勿論、レド様も一緒にいる。ちなみに、姿をくらませたジグとレナスもだ。
「あのね…、院長先生に聞いたの。リゼ姉さん、皇子様の騎士になったのでしょう…?」
孤児院の助成金を申請するにあたって、皇妃一派による迫害があるかもしれないからと、年長の子供たちには事情を話すことに決めたので───院長先生が事情を説明してくれたのだろう。
「だから、だから────わたし…、リゼ姉さんを護りたいの」
「私を護る…?」
「だって、リゼ姉さんは皇子様を護るんでしょう?危険な目に遭うってことでしょう?それなら────リゼ姉さんを護る人が必要でしょう…?」
「アーシャ…」
私は────アーシャの言葉に目を見開く。
アーシャは、ガドマ共和国出身で────どういう事情なのかは知らないが、この国で悪徳商人に奴隷として囚われていたところを私が助け、身寄りがないというので孤児院に連れてきたという経緯がある。
「アーシャ、私を心配してくれるその気持ちは────とても嬉しい…。でも、もし…、私がアーシャを助けたことを恩に感じているのなら────気にしなくていいんだよ。アーシャは、私に恩を返そうとしなくても────自分の好きなように生きていいんだよ」
私は、アーシャの頭を撫でながら────否定的に聞こえないように言葉を選んで、言い聞かせる。
アーシャは私の言葉に、首を横に振った。
「ちがう、ちがうよ…!たしかに、リゼ姉さんが助けてくれたことには、とても感謝してる。でも、ちがうの…!」
アーシャは、私に縋りついて、言葉を続ける。
「わたし、わたし…、いつも思ってたの…。わたしが奴隷にされて売られそうになっていたときも、ヨナが言いがかりをつけられてお金をとられそうになったときも、ビルが悪い冒険者に奴隷みたいにされていたときも、いつだって────リゼ姉さんが助けてくれた。孤児院もあの嫌な貴族から買い取ってくれて…、わたしたちのために冒険者の仕事をしてくれて…。
でも、でも…、そうしたら、誰がリゼ姉さんを護るの?リゼ姉さんが、すごく強いのは知ってるけど…、心配なの。リゼ姉さんは、いつも一人で仕事に行くでしょう?帰って来なかったらどうしようって、いつも思ってたの。遠くでひどい目に遭ってたらどうしようって────いつも、思ってたの…」
この子は────そんな風に思ってくれてたんだ…。
「だから、わたし…、冒険者になったの。強くなって、リゼ姉さんの仕事を手伝おうって────」
「アーシャ…」
「だから、お願い、わたしも連れていって。何でもするから…!」
どうしよう…。
アーシャの気持ちは、すごく嬉しい。
だけど、私の───レド様の立場は不安定だ。まだ12歳のこの子を巻き込むわけにはいかない。
「リゼ、連れて行ってやってもいいのではないか?」
「レド様?」
「リゼは、その子がまだ子供だから心配なのかもしれないが…、その子の決意は固いようだし、子供ながらも自分で決めた道だ。それに───断ったとしても、どうせ冒険者を続けていくのなら、危険なことには変わりがないのではないか?」
「それは────そうですが…」
レド様の言うことにも一理ある。確かに、断ってもこの先冒険者として生きていくなら…、危険なことには変わりない。
だけど…、本当に巻き込んでもいいのだろうか。
私は────私を一生懸命見上げているアーシャを見遣る。アーシャは、懇願するように────潤んだ眼で私を見ていた。
アーシャには、私が剣術を教えた。前世で修めた小太刀二刀流を元にした双剣術だ。
まだ身体が成長し切っていないので、大振りの短剣を使うようにさせている。私が見る限りでは、剣術の才能はあると思う。
すでに盗賊退治や護衛などの経験もしているから、暗殺者のような───人間相手と戦うことなっても躊躇はしないだろう。
私はアーシャを見据え、口を開いた。
「アーシャもさっき言っていた通り、私はこの国の皇子様の騎士なの。そして、その皇子様の婚約者でもある。いずれは結婚して皇子様の妃となることも決定しているの。その私を護るということは────戦うべき敵も多いし、命懸けになる。途中で辞めることも許されない。それでも────それでも、私を護りたい?」
私の言葉に、アーシャは眼を逸らすことなく────その瞳に先程よりも強い決意を湛えて、頷く。
「護りたい。わたしは────リゼ姉さんを護りたい」
アーシャの力強い応えに、私も覚悟を決める。
「解った。…アーシャ、私を護って」
「うん…!」
アーシャが満面の笑みを浮かべて、私に抱き着く。私は感謝を込めて、その小さな身体を抱き締め返した。
「レド様、」
「連れて行こうって先に言ったのは俺だからな。勿論───許可する。それと、その子は俺が雇う」
「え?でも、私の護衛ですし────」
「その子には、護衛も兼ねたリゼ専任の侍女になってもらいたい」
思ってもみなかったレド様の考えに、私は眼を瞬かせた。
レド様は片膝をついて、アーシャに視線を合わせる。
「アーシャと言ったな。俺は、リゼの主で婚約者のルガレド=セス・オ・レーウェンエルダだ。お前には、リゼを護るだけではなく────リゼの世話をして欲しい。絶対にリゼを裏切らないと信じられる者に任せたいんだ。…やってくれるか?」
レド様の言葉に、アーシャは驚いたように眼を見開いたが、すぐにまた強い決意を瞳に載せた。
「やります!わたしは、絶対にリゼ姉さんを裏切ったりしません…!」
「よく言った。それでは、お前に────アーシャに、リゼの護衛と世話を任せる」
レド様がそう宣言したとき────まるで、私たちの決意を感じ取ったかのように、私たちの足元に魔術式が現れる。
【配下】を認識───発動条件クリア───【契約魔術】を発動します…
【主君】ルガレド=セス・オ・レーウェンエルダ/リゼラ=アン・ファルリエム───
【配下】アルーシア───契約完了
【配下】の<主従の証>認知不可───転送───装着───アクセスを開始します…
<主従の証>の起動条件クリア───起動に成功しました
限定能力【念話】の使用が可能になりました───
限定能力【把握】の使用が可能になりました───
【特級支援】を始動します───
【魔力経路】を開通───完了
【配下】の【魔力炉】認知不可───設置します───
転送───設置───完了
【魔力炉】起動───正常───
【主君】の【魔力炉】に【連結】───成功
【配下】の【魔術駆動核】認知不可───設置します───
転送───設置───完了
【魔術駆動核】起動───正常───
【主君】の【魔術駆動核】に【連結】───成功
【配下】の【最適化】を開始します───【潜在記憶】検索───【抽出】───【顕在化】…
───【最適化】が完了しました
「こ、これは…?」
契約が完了し、魔術式も消えて────何事もなかったかのように元に戻ると、アーシャが困惑を露にして呟く。
「これについては、今、説明するから。…その前に────アーシャ、これからよろしくね」
アーシャはまた満面の笑みを浮かべて、頷いてくれた。
◇◇◇
今参加させてもらっている冒険者パーティーを抜ける手続きや、孤児院を引き払う準備があるため、アーシャは後日、改めて迎え入れることになった。
アーシャの侍女としての指導は基本的にはカデアにしてもらうつもりだが、ヘアメイクや化粧など───身嗜みについては、ロウェルダ公爵家で修行させてもらえるよう、レド様が交渉してくれた。
カデアは皇都を離れて長い。その手のことには流行があるので、ロウェルダ公爵家にお願いした方がいいだろうという、カデア本人の言もあってのことだ。
「レド様、アーシャのこと、ありがとうございます」
夕食が終わって、夜仕様のサンルームのソファに座ったところで、私はレド様にアーシャのことを切り出した。
「いや。リゼの侍女を探したいと思っていたところだったから、ちょうど良かった」
「ですが…、やはり、アーシャは、私が───ファルリエム子爵の使用人として雇います」
「もう俺の使用人として雇うことに決まっただろう。諦めろ、リゼ」
何故か、レド様が楽しそうに言う。
「でも、アーシャは私の侍女ですよ?私が雇うべきではないですか?」
「いいや。リゼは俺の婚約者だ。自分の婚約者の侍女を、俺が手配し───雇うのは何らおかしいことではない」
「それ…、婚約者じゃなくて────妃の場合ではないですか?」
この国の王侯貴族で、私たちのように、婚前から一緒に暮らすケースは稀だ。レド様の言うような習慣があるはずがない。
「同じようなものだろう。そう遠くないうちに、リゼは俺の妃に───妻になるのだから」
レド様は私の頬に右手を這わせて、微笑んだ。それが────とても嬉しそうな笑顔で、私が妻となることを心待ちにしてくれているのだと判って、頬に熱が上る。
「だけど───アーシャの件は、本当に良かった。結婚する前に───辺境に行かされる前に、リゼの味方になってくれる者が、一人でも多く欲しかったんだ」
「レド様…」
「アーシャの───リゼを護りたいという決意は本物だ。神眼で見ても、澄んだ輝きを纏っていた。俺ではカバーできないところで、きっとあの子はリゼの支えになってくれる」
レド様が───ジグとレナスと気安いやり取りを交わすのを眼にして、私も同じようなことを考えたことを思い出す。
ああ…、私たちは、お互い同じようなことを思いやっているのだな───と、嬉しくなると同時に、少しおかしくなった。
私は───私の頬に添えられたレド様の右手に自分の左手を重ねて、笑みを零す。
私がレド様を想うように────レド様も私を想ってくれている。
例え、この先がまだまだ前途多難だとしても────こんなに幸せなことはない。
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