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コントラクト・ガーディアン─Over the World─

作者:tea4
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第一部 皇都編
  第五章―夜会とお披露目―#4


「この【認識妨害(ジャミング)】という魔術、使えますね。レド様」
「ああ。あの二人、面白いくらいに、俺たちを認識していないな」

 ここは、大ホールに続く皇族専用の控えの間だ。

 かなり早めに来た甲斐があって、私たちが到着したときは、まだ誰もいなかった。

 レド様はいつもギリギリに到着するようにしていたらしいので、侍従たちは訝し気に眉を(ひそ)めていたけど。

 誰も来ていないうちに控えの間に入ったのは、理由がある。

 この【認識妨害(ジャミング)】という魔術を試してみたかったからなのだ。侍従が出て行ったのを見計らって、発動させたのだが────

「僕たちが一番乗りか。───おい、そこの。お茶を淹れてこい」
「わたくしの分もちゃんと淹れてくるのよ」

 まず、やって来たのは、ジェスレム皇子とイルノラド公女だった。

 【認識妨害(ジャミング)】は、その名の通り、周囲の認識を妨害できる魔術だ。対象を指定でき、今は『王侯貴族』にしてある。

 侍従たちには私たちの存在は認識されているので、ジェスレム皇子の『一番乗り』という言葉に首を傾げていた。

 余計なことを言わないかと少し焦ったけれど、ジェスレム皇子が横柄にお茶を淹れてくるよう命じたので助かった。


 それにしても、この二人、相変わらず派手だな。

 シェリア曰く、皇妃一派やそれに(くみ)する貴族は漏れなく、派手にすることこそが特権階級の証だと思っているらしい。

 イルノラド公女は、またしてもフリルが至る所に付けられた眼に痛い金ピカのドレスを着て、金剛石(ダイヤモンド)をふんだんにあしらったネックレスに、あの拳大の緑柱石(エメラルド)の装身具を着けている。

 そして、同じく契約の儀のときに身に着けていた───あの金剛石(ダイヤモンド)のティアラとピアス。

「イルノラド公女は、あれは、ジェスレムの色を身に纏っているのか?」
「ああ…、そういうことですか。何であんな金ピカのドレスをと不思議だったんですが、ジェスレム皇子のお色なんですね」
「金ピカ…。確かにあれは金ピカとしか言いようがないな…。それにしても、あのドレス、トレーンが長すぎないか?後ろに並ぶ者はかなり距離を取らなければいけないのではないかと思うが…」
「確かに。それに、あれは完全にダンスを踊る気はないですね。ということは、何だかんだ理由をつけて私たちだけを踊らせて、見世物にする算段でしょうか」
「おそらく、そうだろうな。…あの皇妃の考えそうなことだ」

 夜会で最初に踊るのは、皇族───その日の主役となる者と決まっている。

 今日の夜会のコンセプトだと、レド様と私、そしてジェスレム皇子とイルノラド公女のはずだ。

「ジェスレム皇子の服装は、イルノラド公女の色ではないんですね。まあ、でも金色のジャケットだから、お揃いということなんでしょうか」

 イルノラド公女のドレスとは違う生地を使っているようで、あそこまで金ピカではないけど。

「……どうだろう。あれは、ただ自分の色を身に纏っているだけのような気もするが」

 などと、レド様と話していると────ジェミナ皇妃が現れた。


 このレーウェンエルダ皇国の現皇妃────ジェミナ=アス・ル・レーウェンエルダ。

 契約の儀のとき初めて目にしたが、遠目だったので、あのときは雰囲気しか判らなかった。

 今日、間近で見てみて、思ったよりも普通の女性だなというのが第一印象だ。艶やかだがくすんだ色合いの紺色の髪にジェスレム皇子と同じ濃緑色の眼をしている。

 派手な化粧とドレスで着飾っている分、それが出来ない庶民や下級貴族などよりは綺麗に見えるというだけで、顔の造作はよく見るとそれほど整っておらず、所作もあまり美しいとは思えない。

 この人が…、レド様の人生を狂わせ、この国を乱しているのか────


「あら、来ているのは、おまえたちだけ?」
「ええ。僕たちの他はまだのようです」
「あの野獣の子と出来損ないの娘も、まだ来ていないの?」

 野獣の子?────まさか、レド様のこと?

「ええ、来ていませんよ。昨日知らせが行ったらしいですから、今頃は支度に四苦八苦しているのでは?」
「うふふふ、大変でしょうね。何も持たされずにイルノラド公爵家を追い出されたのでしょう、その出来損ないの娘は」
「はい、皇妃様。着の身着のまま、邸を出て行ったと使用人が申しておりましたわ。今まで何も貢献せずに、公爵家の財産を散財してきたんですもの。当然の報いですわ」

 ……この女は何を言っているのだろう。私が────散財した?

「あの野獣の子では、ドレスなど用意できないでしょうからね。どうするつもりなのかしらね?」
「古着でも引っ張り出してくるのではないですか?きっと、二人で皇宮主催の夜会にあるまじき格好で出席するのでしょう。恥ずかしい限りですよ。アハハハハ」
「その出来損ないの娘は、マナーも教養も習ったことがないのですって?」
「ええ、そうなんですの。何もやりたくないと駄々をこねて、部屋から出ても来ませんでしたのよ。わたくしも何度も注意したのですが、悪態をつくばかりで────本当に、どうしようもない子で…。お母様も心を痛めているのに、何度言っても解ってくれなくて」

 どうして、この女は────平気でこんな嘘をつけるのだろう。悪びれもなく、嘲笑いながら─────

「まあ、貴女も大変だったわね。その出来損ないの子は、今日はダンスを踊ることになっているのに、大丈夫なのかしら?」
「今頃、慌てて練習しているのかもしれませんよ」
「うふふふ。あの野獣の子も粗野でダンスはあまり得意ではなさそうだもの。二人してみっともない姿を晒さなければ良いのだけれど」

 三人は、本当に楽しくて仕方がないという風に笑っている。歪んだその笑顔は醜くて、吐き気がする。

 私が両手を握り締めていると、レド様が私の右手を自分の左手で包んでくれた。

 レド様の少し冷たいその手は何だか温かくて────澱んでしまった心が浄化されるような気がして、涙が出そうになった。


 しばらくして、レド様の異母弟である第三皇子ゼアルム=ラス・オ・レーウェンエルダが、自身の親衛騎士、ゲルリオル伯爵令嬢を伴って現れた。

 ゲルリオル伯爵家はゼアルム皇子殿下の母君の生家で、親衛騎士である令嬢は従姉に当たる。

 ゼアルム皇子殿下は、レド様よりも少し濃い紫色の双眸だけは目立つものの、顔立ちは特に醜くも整ってもいない───癖のある茶髪をした普通の青年だ。年齢は、今年で二十歳になる。

 動きや体つきを見ると、おそらく武芸はあまりされない。

 柔和な雰囲気を醸してはいるが────私には、何処か油断できない人物に映った。



 その後、皇王陛下が現れ、皇王陛下のことを観察する間もなく、侍従によって大ホールに移動するよう告げられた。

 私とレド様は、最後列に並ぶと、こっそり【認識妨害(ジャミング)】を解除した。

 結果的に今回の実験は成功だったと言える。嫌な思いはしたが、直接罵声を浴びせられたり、言葉を交わすよりはましだ。

 レド様のエスコートは私を労わるように、優しかった。

 あれしきのことで────あんな()(ごと)で取り乱してしまうなんて、本当に情けない…。

 レド様を護るためにも、もっとしっかりしなくては。本番はこれからなのだから─────


◇◇◇


「本日はご足労いただき、誠にありがとうございます。これより、皇王陛下の名の下に夜会を開催いたします。今宵は新成人を祝うためのものとなっております。新成人の方々は勿論、全ての方が楽しんでいただけますよう───」

 契約の儀でも進行役を務めていたあの侍従が、口上を始めた。

 開催の口上は、皇王陛下がされるのがこれまでの定例だったらしい。

 だけど、ジェミナ皇妃一派の悪行に、皇王陛下は全てを諦めて無気力になり、いつからか侍従がするようになったと聞いている。

「そして────先日、第四皇子ジェスレム殿下と、第二皇子ルガレド殿下がご成人なされました。契約の儀を終えられ、親衛騎士を選ばれましたことをここに報告させていただきます。
まずは、第四皇子ジェスレム殿下の親衛騎士となられた、イルノラド公爵公女ファミラ様────」

 イルノラド公女があの勝ち誇ったような笑みを浮かべて、重そうなトレーンをずるりと引き摺りながら一歩進み出て、ドレスのスカートを摘んでお辞儀をしたのだが、あまり優美には見えなかった。

「続きまして、第二皇子ルガレド殿下の親衛騎士となられた、ファルリエム子爵リゼラ様────」

 ざわ───と、観衆がさざめいた。

 私はそれを無視して、一歩進み出てスカートを摘んで、ゆっくりと身を屈めて(こうべ)を垂れた。

 同じ壇上にいる、皇王陛下と侍従以外の皇族たちが驚いている様子が、伝わってくる。

 特に───イルノラド公女が睨むように私を凝視しているのが感じ取れた。

 【認識妨害(ジャミング)】は解除していたが最後に入場したため、レド様と私がいることに気づいていなかったのと、私がファルリエム子爵を継承していたことを知らなかったせいだろうと思う。

「リゼラ様が先日ファルリエム子爵を継承されましたこと、それから、めでたくも第二皇子ルガレド殿下とファルリエム子爵リゼラ様のご婚約が成立いたしましたことを、ここに併せて報告させていただきます」

「!?」

 続いて告げられた侍従の言葉に、今度は私が驚かされた。

 レド様と私が婚約…!?

 どういうこと?────私は何も聞いていない。イルノラド公爵も公爵の側近も何も言っていなかった。公爵はともかく、あの側近が言い忘れたとは思えない。

 パニックになりかけるが、ここは公の場だ。取り乱してレド様に恥をかかせるわけにはいかない。

 私は周囲に気づかれないよう一息()いて、気持ちを切り替える。追求するのは後だ。


 ジェミナ皇妃がしゃしゃり出てきて、さらに言葉を続けようとした侍従を遮った。

「今宵は、我が皇子ジェスレムとイルノラド公爵ファミラ公女のために、よく集まってくれましたわ。ファーストダンスはジェスレムとファミラ公女が踊る予定でしたが、ファミラ公女が訓練中に足をくじいてしまいましたので、出来なくなってしまいましたの。ですから、代わりにルガレド皇子とその婚約者、元イルノラド公爵家息女のリゼラが踊りますわ。皆、楽しんでくださいませ」

 『元イルノラド公爵家息女』という辺りはいらなくない?

 まあ、でも、やっぱりね。こう持ってくるだろうとは思っていた。

「リゼ、一曲、お相手願えるだろうか」
「はい、喜んで───レド様」

 レド様が差し伸べてくれた手に、私はそっと自分の手を重ねた。レド様に手を引かれ、寄り添って階段を降りる。

「あれが、イルノラド公爵家の次女の────」
「あら、元でしょう。今はもう除籍されて────」

 そんな言葉が耳を掠めたが、音楽が始まって、レド様に抱き寄せられたときには、もう聞こえなくなっていた。

 今はレド様だけを見て、ダンスに意識を集中していればいい─────


※※※


 ホールの端に控える楽団が緩やかに音楽を奏で始め、ルガレドとリゼラが滑るように踊り出す。

 ルガレドもリゼラも、たった2日間練習しただけとは思えない動きだ。(がく)()に乗った滑らかなその動作は優美で、二人の息も合っていて────まるで舞踊(ぶよう)のようで、目で追わずにいられない。

 シェリアは、内心誇らしい気持ちで、その光景を眺めていた。

 リゼラは、本人に自覚がないが、本当に目を惹く。今日は着飾っているので尚更だ。

 派手な装飾こそが特権階級の象徴で美しさだと本気で信じている連中ですら、リゼラの姿に釘付けになっている。

 それに、先程のリゼラの辞儀(カーテシー)やこのダンスを見れば、イルノラド公爵夫人とファミラが流した噂は虚言だと、気づく者は気づくだろう。

(あらあら、人前であんな形相を曝すなんて…)

 上座である壇上を見遣れば、ファミラが顔を醜く歪めて、ルガレドと────というよりリゼラを睨んでいるのが見て取れる。

 ジェミナ皇妃の方は、思惑が外れて、ただ面白くなさそうな表情だ。

 そして、ジェスレム皇子はといえば────リゼラに見惚れているようだった。リゼラのことを食い入るように見つめている。

(これは…、少しまずいかもしれないわね)

 単純なジェスレムは、女性は派手に着飾っているのが美しいと思っている。

 契約の儀のときはドレスではなかったからその目には映らなかったようだが、今日のリゼラは派手ではないものの、誰が見ても美しく装っている。

 だが、たとえジェスレムがリゼラを欲したとしても、ジェミナ皇妃は許しはしないはずだ。

 皇妃は、ジェスレムの望むままにさせているのではなく、ただ自分の権力の象徴として、許容範囲で好きにさせているだけなのだ。

 先程の、ルガレドとリゼラの婚約発表────あれは、おそらく皇妃の思い付きに違いない。

 シェリアに相談がなかったことから、リゼラは何も知らされていなかったのだろう。イルノラド公爵側も知らなかった可能性が高い。

 ルガレドを貶めるために、皇妃が独断で決めたことなのではないかと思う。あの皇妃がそれを覆してまで、ジェスレムの我が儘を通すとは思えない。


 シェリアが考え事をしているうちに、曲が終わり、ルガレドとリゼラもダンスを終えた。

 瞬間、拍手が起こったが、すぐにジェミナ皇妃の存在を思い出したのだろう。拍手は、ぱらぱらと、分解するように消えていった。

 壇上に戻ったルガレドとリゼラに、進行役の侍従が近づく。侍従がルガレドに何か告げると、ルガレドとリゼラは軽く会釈をして、退場していった。

(ダンスで恥をかかせるつもりが失敗して、今は殿下とリゼのことが邪魔になったので、退場させたというわけね…)

 あの皇妃は、相変わらず稚拙な行動をする。


「さて、もう夜会には用はないな」

 父であるシュロムが呟く。

 皇族が入場する前に、重要な挨拶回りなどは済ませてあった。

「それでは、帰りましょうか」

 おっとりとした口調で母であるミレアに言われ、シェリアは頷く。

 シェリアとしても、一番の目的は果たして、もうこの夜会に用はない。

 三人で大ホールを抜け出し、エントランスに続く廊下を歩いていると、カエラとロヴァルがどこからともなく現れて合流する。


 エントランスには、すでにロウェルダ公爵家の馬車が待機していた。馴染みの御者が馬車の扉を大きく開き、中を一瞥して不審者などがいないことを確認すると─────シュロムは、ミレアとシェリアに視線を向けた。

「ミレアとシェリアは先に邸に帰っていなさい」
「お父様?」
「私は、ちょっとやることが出来てしまったのでね。───カエラ、二人を頼んだよ」
 
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