コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第二章―ルガレドの邸―#4
サンルームから、ダイニングルームに入る。
ダイニングルームは、旧ファルリエム辺境伯邸のダイニングルームを模して造られたらしく、応接室に様子が似ていた。
入って左側面が上座に当たるようで、マントルピース風の飾り棚が壁に造り付けられており、その上部に、繊細な意匠が彫り込まれた額に入れられた大きな肖像画が飾られている。
その壁の左端にある、飾り棚と同じ素材で造られた簡素で小さな扉は、隣の厨房に繋がっているそうだ。
そして、やはり飾り棚と同じ素材の腰壁が───四面の壁、すべてに施されている。
ダイニングテーブルは小さめで、ロウェルダ公爵邸の3分の1程度。といっても、それでも10人は座れるくらいの大きさはあるのだけれど。
それよりも────私は気になることがあった。
それは、上座に飾られている肖像画だ。
そこには、故ファルリエム辺境伯と幼いレド様、それから、銀髪銀眼の美しい女性が描かれている。
銀髪銀眼の女性────おそらく、レド様のお母様である、セアラ側妃。
私は、この人に逢ったことがある気がしてならなかった。
でも───そんなことはありえない。セアラ側妃はレド様が7歳の時に亡くなっている。つまり、私が生まれる前にすでに亡くなっているのだ。逢ったはずがない。
この肖像画を見る限り、辺境伯ともレド様とも似通ったところがある。それで、既視感を覚えているだけなのかもしれない。
腑に落ちないけれど、そう考えるのが一番合理的だ。
一旦、エントランスホールに戻る。
ダイニングルームから出て右側───応接間の隣にある、レストルームを覗く。レストルームは、前世と仕様が似ている。
まず手前に手洗いがある。白磁器のような素材の円い手洗いボールは壁付けされている。配管はない。これも魔道具なのだろう。
手洗いボールの上には装飾の凝った真鍮の蛇口。
その向かい側の壁に、凝った装飾を施された額縁の全身鏡が備え付けられている。
手洗いの隣にはやはり凝った装飾が彫られたカウンターがある。そこには触り心地の良さそうなタオルが積まれている。
カウンターの下部分に籠が置いてあって、使用済みのタオルをそこに入れるようになっているようだ。
そして、突き当りの壁に造り付けられた3人ほど座れそうな豪華なベンチ。座面と低い背面は撥水処理をされた革張り。座面の真ん中に楕円形の窪みが開けてある。つまり、これが便器なのだ。
便器背面の上部の壁にフックがつけられていて、これは何に使うかというと、ご婦人がドレスやワンピースのスカートを引っかけるのである。
この世界のドレスのスカートの骨組みは、大きさが異なる固い素材で出来た“フラフープ”のようなものを、順々に鞣革で吊っている状態なので、捲り上げることが可能なのだ。
ここもハイテク仕様になっていそうだが、レド様の前で検証するとか出来ないし、覗くだけにしておく。
さて───1階で残すは、厨房と洗濯室、使用人部屋があるエリアである。
応接間の向かいにある扉を開くと、廊下に繋がっていた。
左側の奥に厨房、右側に使用人用の部屋が二部屋、使用人用のトイレ、掃除道具などをしまっておく物置部屋、洗濯室という間取りとのこと。
まずは使用人の部屋だ。ここは、セアラ側妃がレド様を身籠って邸を持つことになったときに仕えることになった使用人たちのために造られたのだそうだ。
執事と侍女は夫婦だったので大きめな部屋を一つ、若いメイドのために小さめの部屋を一つ。
夫婦のための部屋は、前世の老舗ホテルのツインルームのような仕様だ。
入って左側の壁に背の低いキャビネット、二人分の大きなクローゼット、二人並んで座れるカウンターデスクの順で、造り付けられている。
クローゼットの両開きの扉にはそれぞれ楕円形の鏡が縦につけられていて、カウンターデスクにはお揃いのチェアが2脚置いてある。
右側奥から、サイドテーブル、セミダブルのベッド、またサイドテーブルがあって、またセミダブルのベッド、ミニドレッサーという順で並べられている。ミニドレッサーにはお揃いのスツールもある。
扉の向かいの壁に、窓型ライトが設えられていて、それぞれのサイドテーブルには、魔道具らしい大きなランタンが置いてある。
それから───次の一人部屋。こちらも、ホテルのシングルルームのような仕様だった。
入って左側にクローゼット、ガラス戸付きのキャビネット、ドレッサー、カウンターデスクが造り付けられていて、やはりカウンターデスクにはお揃いの椅子がある。椅子はドレッサーと兼用のようだ。
右側には縦にセミダブルサイズのベッドが置かれていて、ベッドの横にベッド幅に合わせた背の低いキャビネットが、ベッドと一体みたいに置かれている。
キャビネットの前は空間を開けて、キャビネットの脇の壁に全身鏡、向かい側の壁───つまり扉の右側面の壁に、オットマンみたいな小さなベンチが置いてある。
そして、もう一部屋と同様、扉の向かいの壁に窓型ライトが設えられ、ベッドのヘッドボードに大き目のランタンが置かれている。
どちらの部屋も、使用人のことを考えて造られていた。
イルノラド公爵家なんて、寝心地悪いシングルベッドと大きな蓋つきの箱が置いてあるだけの小さな部屋だったよ…。
その隣にあった使用人用のトイレは、簡素な手洗いと普通のダイニングチェアみたいな便器が設置されているだけで、さらにその隣の物置部屋は箒やモップ、バケツなど掃除道具やストック類が所狭しと────でも、整然と置かれているだけなので、順番にさらっと覗くだけにする。
次は────この並びでは最後の部屋、洗濯室だ。
◇◇◇
「レド様、私は今見た一人部屋を使わせてもらえるのですか?」
洗濯室の入り口に向かいながら、私は一人用の使用人部屋を使うことになるのかな───と、ふと思ってレド様に訊ねると、レド様は物凄く驚いた表情をして立ち止まった。
「いや、そんなわけないだろう。ちゃんと、2階の部屋を使ってもらう」
「え、そうなんですか?」
でも、今の私は身分としては平民だし────親衛騎士って使用人みたいなものじゃないのかな。
それに、使用人用の部屋っていっても、前世の私の部屋より広いし、あの部屋で十分なんだけど…。
それとも、2階に親衛騎士用の部屋があるのだろうか。
「リゼ────俺は…、お前を大切にしたいと思っている。粗雑に扱うつもりはない」
レド様は私の方に向き合い、ちょっと怒っているようにも聞こえる硬い声で────怖いくらいに真剣な眼差しでそう言った。
気を悪くさせてしまったのかも───と内心焦りながらも、私を大切にしたいというレド様の言葉とその表情に、胸と頬が熱くならずにいられなかった。
「…洗濯室を案内する」
ちょっと気まずい雰囲気のまま、洗濯室の中へと入る。
入って左側に大きなキャビネットが置かれている。ここには、シーツやタオル類などがしまわれているそう。
その隣には向かいの壁まで続くカウンターが設えられている。カウンターの隅にはアイロンが置かれていた。
カウンター上の空間は天井まで全面、格子のついた窓型ライトになっている。一番上段の部分が少し開くようになっていて、そこから洗濯物を乾かすための温風が出るそうだ。
そして、右側には、前世の学校にあった手洗い場のような、長いスロップシンクが造り付けられていた。
その隣、つまり右側の奥には広めのシャワーブースのような洗い場。と思ったら、ここは使用人の浴場も兼ねているとのこと。スロップシンクで洗いきれないものを、この洗い場で洗うらしい。
扉から向かい側の真ん中に、洗濯物を絞るためのローラーが置かれていて、そこで絞ったものを、部屋の中央の天井に吊り下げられた棒に干すようだ。
乾いたら、左側のカウンターでアイロンをかけるのだろう。シーツなら、そのままカウンターの隣のキャビネットにしまえる。
「すごい…、流れがきちんと考えられた造りですね」
私は気まずさも忘れて、ただ感心してしまった。
「だけど、ここにも古代魔術帝国の技術が施されていそうですよね。あの洗い場の所に洗濯物を持っていったら魔術で洗浄されるとか、ここに濡れたものを干したら魔術で即乾くとか…」
「ありえそうだな」
レド様が苦笑しながら同意する。
1階最後は、厨房だ。洗濯室の向かい側にある厨房の扉へと入る。
入って右側は、一番奥に扉が設えられており、その扉から壁の端まで天井に届く高さのキャビネットと食器棚が造り付けられている。
入って左側には、まず二人並べるくらいのシンクがあり、作業用スペース、その隣に6つ口あるコンロ、その隣にまた作業用スペースとなっていた。
その横───つまり左側面一番奥に、簡素な扉があり、ダイニングルームに繋がっている。
コンロの下には同じ幅の大きなオーブンが設えられている。
こちら側はアーチ形の下がり天井になっていて、コンロの上部分に換気するための魔道具が施されているとのことだが、古代魔術帝国のハイテク技術に替わっていそうだ。
シンクやコンロ、作業用スペース上の空間には、様々な大きさや形のフライパン、浅型の鍋が、邪魔にならない高さで吊り下げられている。
深型の鍋や吊り下げることが出来ないようなものは、シンクやその隣の作業用スペース下に収められているらしい。
ダイニングルームへと入る扉の横の作業用スペースの下には、食事を運ぶワゴンが収納されている。
コンロで調理して、作業用スペースで盛り付けをして、その下からワゴンを引き出して載せる。そういう流れなのだろう。本当に考えられているよね。
それから、中央に6人は座れそうな大きなテーブルと、椅子とスツールが幾つか置かれている。ここは、作業台兼使用人の食事用のテーブルとのこと。
ダイニングルームの扉の横の壁には、大きい窓型ライトが設えられている。これは、あのサンルームの畑に出る扉を兼用しているらしい。
もちろん照明はそれだけではなく、天井にも設置されている。
そして、ダイニングルームの扉の向かい側、つまり食器棚に並ぶ扉は、パントリーに続いているようだ。
パントリーは、厨房と同じくらいの広さがあった。キャビネットやオープンラックが幾つも並んでいるが、さすがに何もなかった。
ここも何か特別な仕掛けになっていそう。食糧が悪くなりにくいよう、時間の流れが遅くなるとか。
ラノベやマンガみたいに、“鑑定”とか“解析”とか出来たらいいのに───なんて思った瞬間だった─────
【解析魔術式】のインストールを開始します
───完了───セッティング開始───
【管理亜精霊】に【接続】───
【記録庫】に【連結】開始───成功───
【鑑識】の【顕在化】完了
───【解析】が実行可能になりました
例の声が響き、もう何度目かの魔力が烈しく流れる感覚。
「………」
え、今の何?『解析が出来るようになった』とか言った?
「…リゼ、今のは?」
「えーと…、“解析”が出来るようになったらしいです…」
「“解析”?どういうことだ?」
「う~ん、何て言うか、解らないことを教えてもらえるようになった、のではないかと…」
『解析』という言葉の意味を考えたら、違うような気もするけど、この場合、要はそういうことだと思う。
「とにかく、やってみましょう。────【解析】」
【パントリー:拠点1】
最上級の魔導機構が組み込まれているため、食糧・食料・食材の鮮度の回復、一番良い状態での永久保存が可能。申請すれば、拡張が可能。
……あれ?このパントリー、思ったよりも、とんでもない仕様になってる。
“最上級の魔導機構”───って何?……永久保存ってありえるの?
「リゼ?」
「このパントリー…、古代魔術帝国のすごい技術が施されていて、何でも、食材の鮮度が回復する上に、永久保存できるんだそうです…」
「………凄すぎるどころじゃないな…」
【解析】は、今はあまり使わない方が良さそうだ…。
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