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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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八十九 英雄誕生

「そいつも連れて帰るのかってばよ?」
「このペイン天道こそ弥彦の亡骸…私達にとっては大切な人」


長門と弥彦を丁重に、自らの術である紙で念入りに保管する。
ペイン六道のひとり、ペイン天道。
ナルが倒したペイン天道こと弥彦と、長門の身体を紙で包み込む小南に、ナルは訊ねた。

「カブトは…」



【外道・輪廻天生の術】を使った反動で長門が動かなくなるや否や、カブトは雲隠れした。
長門や小南がいる手前、問い詰められなかったが、対話が終わり次第、すぐにでもサスケのことを詰問するつもりだったのに、それを見越してか、行方を晦ましたカブトに、ナルは歯噛みせざるを得ない。
カブトが秘かに裏で長門になにをしたのか気づかなかった小南とナルは、純粋に長門の死を嘆いていた。

「カブトの行方は私も気にかけておく」


正直なところ、小南も薬師カブトのことを詳しく知っているわけではない。
医療忍者として信用してはいたが信頼はしていなかった。

サスケのほうも『暁』の一員として歓迎したが、結局彼は仮面の男―マダラの管理下にある。
故に現在、サスケがどこにいるのか何をしているのか、小南でも把握できないのだ。
八尾であるキラービーとの戦闘で負った傷を癒しているはずだが。

つまりマダラを除けばサスケの居場所を知り得るのは共に大蛇丸の下にいたカブトなのだが、そのカブトも逃がしてしまった。
せっかくのサスケの手がかりを失って暫し気を落としていたナルはやがて、ハッと弾かれたように顔をあげる。

「里の皆が生き返ったならエロ仙人…師匠も…っ」


自来也が死んでいると思いこんでいるナルは、【外道・輪廻天生の術】で長門が里の死者を生き返られてくれたと小南から聞いて、一縷の希望を抱いて身を乗り出す。

勢いよく訊ねたナルの顔を見て、一瞬、小南はきょとん、と眼を瞬かせた。
そして顔を顰めると「おまえはなにを言っている?」と怪訝そうに答える。



「自来也先生は生きているわ」
「……は」


呆けたように立ち竦むナルの表情を見て、小南は得心がいったとばかりに頷く。

「それで貴女、最初、長門に対して並々ならぬ敵意を燃やしていたわけね」


師匠である自来也が殺されたと勘違いしているなら、さもありなん。
むしろよく殺意と憎悪を抑え込めたものだ、と小南は感心した。


「安心なさい。確かに自来也先生と戦ったけれど、彼は逃げおおせたわ」


未だに信じられなくて呆然とするナルへ、小南は噛んで含めるように真実を告げる。
今更、小南が嘘をついても何のリミットもない。

ましてや長門がいなくなった今、敵対する意志を感じられない小南の顔を暫しまじまじと眺めていたナルは、やがて「はは…」と笑みを零した。


「そっか…エロ仙人…生きているのか…」

そっか、とはにかむ彼女の目尻から音もなく溢れる雨に気づかないふりをして、小南は更に衝撃的な真実を淡々と述べる。


「ちなみに自来也先生を助けたのは大蛇丸よ。流石に三忍ふたり相手じゃ流石の長門も手を焼くわ」
「………はっ!?」


なにがどーしてそうなった!?と次から次へと明かされる衝撃の事実に混乱する。
目をぐるぐるにして困惑していたナルは、直後、ぱっと目の前に突き出されたソレによって正気に戻った。



「長門がおまえを信じたなら私もおまえを信じる。弥彦と長門の夢がおまえに託された今、おまえがふたりの夢だ。我ら雨隠れはおまえと共に夢を追いかけることにしよう」

紙でつくった花。闇を照らす希望の花束を、小南は夢と共にナルに託す。


「私にとっては弥彦と長門が全てだった。だから、」

弥彦の夢と長門の夢。双方の夢を譲り受けた目の前の少女へ、小南は希望を見出した。
長門と同じく、平和の架け橋になってくれる存在だと。



「今度こそ、おまえは散ることのない希望の花であってくれ」














ぐらぐらと霞んで見える世界。
絶え間ない息遣いと共に、足がもつれる。

長門と弥彦を連れ帰った小南と別れ、自来也が生きていると知った今、ずっと張り詰めていた気も緊張も全て緩む。
途端、どっと力が抜けた。

体力も気力もチャクラも限界をとうに超えている。
なんとか事務的に足を動かし、木から木へ跳躍していたナルは、次の瞬間、足を踏み外した。

着地点だった木の枝からぐるり、と頭から落下する。
地面に衝突する寸前、ナルは誰かに抱き止められた。


「まったく…里を救った英雄が木から落ちて怪我なんてしちゃダメでしょーよ」

聞き覚えのある声を耳にして、疲れ切っていた身体が一瞬、元気を取り戻す。

「カカシ先生…っ!無事だったんだってばね!」
「…強力な助っ人のおかげでなんとかね」


木ノ葉の里の窮地に何故か現れた新生“暁”を名乗る人柱力達。
そのうちのふたりに危ないところを助けてもらったカカシは、ひとりでペイン六道の本体のもとへ向かったというナルの行方を探っていた。
道中、元祖・猪鹿蝶であるいのいち・シカク・チョウザから得た情報をもとに付近を探っていたところ、ふらふらで帰路についているナルを見つけたわけである。

「よく…頑張ったな」



ひとりで木ノ葉の里を襲撃した敵に立ち向かい。
ひとりで敵の懐に飛び込み。
ひとりで解決した。

ひとりでなんでもやりすぎな気がするが、それでも昔からずっと見てきたナルの成長ぶりは胸に迫るものがある。
たくさんのものを背負い込みすぎる彼女の負担を少しでも減らしたくて、もう動くのも辛そうなナルを背中に乗せる。


彼女をおぶって、共に木ノ葉の里へ歩みを進めたカカシはやがて聞こえてきた歓声に、ナルへ顔をあげるように促した。
カカシの背中から降りたナルが、きょとんと眼を瞬かせる。

ペイン天道の攻撃によってもはや更地と化している木ノ葉の里。
英雄の帰還に湧き上がる歓呼の里に出迎えられて、戸惑うナルの頭を、カカシはぽんっと軽く撫でた。

「みんな…おまえが帰るのを待ってたんだ」





かつては煙たがれる存在だった。
九尾と同一視され敬遠され、孤独に追いやられていた小さな子ども。
嫌われ、馬鹿にされ、存在価値を認めてもらえなかった。

それが今や英雄として心の底から歓迎されている。
その存在の価値に里の誰もが認め、喜び、救われている。


それがどれほどのことか。
どれだけ凄いことか。

間近でずっと見ていたからわかるカカシと、同じくその大変さを理解しているが故に、心の底から嬉し泣きをしているイルカの前で、真っ先にナルに駆け付けた者がいた。



「よかった…!シカマ…」
「この…っ、超馬鹿…ッ」

ナルの頭を軽く叩く。
自分を庇ってペイン天道に立ち向かい酷い重傷を負ったシカマルの無事な姿にほっとする暇もなく、その当の本人に叩かれ、ナルは「痛いってばよ…っ、しかま…」と抗議しようとし。




直後、力の限り、抱き締められた。



「……―――よかった……」

おまえが無事で、生きててくれて…ほんとうによかった。


万感の思いで抱き締めてくるシカマルの背中に、おずおずと手を回したナルは、ようやっと実感した。


生きている。
自分ではなく、大切な人達が誰一人欠けることなく。
生きててくれた、と。



ようやく理解できて、視界が霞む。
ぼろぼろと流れる涙をそのままにしていると、ナルの泣き顔を周りに見られないように、シカマルが自身の肩へぐっと彼女を引き寄せた。

その様子を若干面白くなさそうに遠目で眺めるキバの隣で、チョウジが「いいの?」と訊ねる。

「今回はアイツに譲ってやるよ…おもしろくねーけど。でも次はねェかんな」


実際、ナルの窮地を救ったのはシカマルだ。
だから今回だけは眼を瞑ってやる、と唇を尖らせるキバに聞こえない程度の声で、ネジがぼそりと「ライバルが多いな…」と呟く。



やがて落ち着いたナルが木ノ葉の里の皆に手放しで歓迎され、胴上げされているその様子を、唯一残っていた里の象徴たる火影岩が眩しげに見下ろしていた。














木ノ葉の救世主。
里の英雄。

誰もが彼女を歓迎し、笑顔で喜び、太陽に届かんとばかりに空へ胴上げする。

太陽よりも明るい笑顔を溢れさせる波風ナルを、遠く離れた木陰から眩しげに見つめていた彼は、そっと祝いの言葉を口にした。





「――――おめでとう」


里の英雄の誕生を心の底から祝うその言葉を聞いていたのは、彼の周囲を飛び交う黒白の蝶だけだった。


「おめでとう、ナル…」



里全体が見下ろせる木の枝に腰掛け、木ノ葉の里人に認められた英雄を微笑ましげに見下ろす。
英雄と同じ金の髪がキラキラと、青く澄んだ空の向こうへ溶けるように靡いた。



「……これで心置きなく、」


そうしてナルトは英雄の誕生を祝ったその口で、朗らかに言い放った。


























「――――おまえの敵になれるよ」
 
 

 
後書き

次回いつもより更新がはやいかもです…
で、できたら10月10日に更新できたら良いなぁ~(希望的観測)
 
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