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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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八十八 雲隠れ

最初は、優しいおにいさんだと思っていた。
中忍試験でお互い敵同士なのに助けてくれるお人好しの気の良いおにいさん。
恩師であるイルカを思わせる雰囲気に当初、彼女は懐いた。

だからこそ、裏切られた時の破壊力ったらなかった。


優しいおにいさんは敵である大蛇丸の部下で。
それだけでも衝撃的なのに彼は波風ナルから大事な存在をふたりも奪った。


綱手を捜す旅先で仲良くなったアマル、そして――――うちはサスケ。


アマルは自ら大蛇丸のもとへ行ったし、サスケにしてもそうだ。
だがカブトは口がうまく、誰かを唆すのが上手に思えた。


言葉巧みに勧誘したと疑っても仕方のない人物。
波風ナルにとって、薬師カブトはそういう認識だった。
だから―――。






木ノ葉の里を襲撃したペイン六道の本体。
長門を前にして、ナルは一度、殺気を抑え込んだ。
だがそれは、カブトを目の当たりにした途端、ぶり返す。

ぼこぼこ、と九尾のチャクラが殺意と共に溢れ出すのを、歯を食い縛って彼女は耐えた。
顔を俯かせたナルが全身から溢れる殺気を抑え込んでいる最中、その様子を知ってか知らずか、カブトは呑気に長門へお伺いを立てている。


「そんな貴重な話を、僕が聞いてもよろしいんですか?」

穏やかに問いかけるカブトに対し、長門は「構わない」と許可を下す。
そのやり取りを視界の端で認めて、ナルは眉間に皺を寄せた。


長門の過去の話を自分が聞いてもいいのかわざわざ訊ねたことから、ペイン本体とカブトの関係は決して悪いものではない。
つまり仲間なのか。

天地橋で『暁』のサソリの部下のふりをしていたが、結局は大蛇丸の部下だったはず。
それが何故、『暁』のリーダーであるペイン六道の本体と共にいる?


大蛇丸のアジトに潜入した際、再会したサスケに大蛇丸を倒したという俄かには信じがたい話をナルは聞いた。

その際、『暁』へ行くと宣言したサスケと共にカブトは消え去った。
大蛇丸ではなく、やはりサソリの、いや、『暁』の一員だったのか。
それとも……。


疑念が疑念を呼び、益々胡散臭い人物に思えてくる。
嘘で塗り固められているこの男を、ナルはやはり敵であると認識した。


なにしろ中忍試験から因縁のある相手だ。
長門よりも憎悪と殺意を抱くカブトを、今にも殺したくて、身体の震えが止まらない。


今し方、長門の過去を聞かせてもらう流れに持ち込んだのに、ここで暴れたら身も蓋もない。
しかしながら体内を巡る血液の如く、殺意と憎悪が全身を蝕んでゆく。
耐えがたい殺気と衝動を抑え込んでいた彼女は、耳に残る一言を思い出して、ハッと正気を取り戻した。


『おまえを信じている』
九尾化したナルの封印を再度封印してくれた四代目火影の言葉。


そして、此処に辿り着く寸前に、奈良シカクに告げられた一言。
「だから…生きて、帰ってこい――俺は、俺達はおまえを信じている」



そうだ。生きて、帰るんだ。
みんなの待つ、木ノ葉に。

だったら猶更、此処で殺気に身を任せるべきじゃない。
こんなところで自分の欲望のままに暴れるべきではない。


大きく息をする。
深呼吸して、彼女は全身から迸る殺気を、九尾のチャクラと共に抑え込んだ。
頭に血が上って一時は冷静さを欠いたが、すぐにクールダウンする。

怒りこそ依然として抱いてはいるが、もう身体は震えていなかった。




「―――話を聞かせてくれってばよ」


なるべくカブトを視界に入れないよう冷静さを努めながら促す。
拝聴する許可をもらったカブトは長門の背後で、背中に腕を回してひっそりと、闇に紛れて佇んでいた。

父親である四代目火影と、元祖・猪鹿蝶の言葉が、ナルを踏み止まらせる。
仙人モードと九尾の力。どちらも併せ持つナルの強い視線を受け、長門は語り始めた。



自らの傷口を曝け出すにも等しい過去話を。


































「ビーがやられただと…!?」


テーブルに罅が入る。
感情のままに拳で殴った執務室の机は、雷影の力の前になすすべなく叩き割られた。


「信じられん…」とわなわなと拳を震わせる雷影の前で、秘書の女性は内心、割られたテーブルに溜息をつく。
感情が昂って自分達の長が家具を壊すことは多々あるが、これで何度目か。


「弟を攫ったのはあの木ノ葉隠れのうちはの者だと聞いたが…何故、うちはが『暁』におる!?」
「うちはサスケ…もう随分と前に木ノ葉の抜け忍になっていたようです」


八尾の人柱力であるキラービーが『暁』に衝撃されている場面を目撃した忍びからの連絡。
その報告によれば、襲撃した一味のひとりは、うちはの家紋をその身につけていたらしい。
秘書の説明を耳にして、雲隠れの里の長である雷影はわなわなと拳を震わせた。

「木ノ葉の火影は何故さっさと抜け忍を始末しない!?日向の件ではあれだけ強かだった里が!」




かつて、この軍縮の時代になりふりかまわず力を求めて忍術を集めてきた雲隠れは、日向一族のこどもを攫った歴史がある。
その子どもはすぐに奪還されたが、代わりに捕らえた日向の者を拷問しようとした矢先、何らかの呪印によってその者は死んだ。故に、仕方なく国境の川に捨て置いたという過去がある。


更にその前にも九尾の人柱力の力欲しさに、何度か忍びを潜入させたが、その何れも失敗に終わっていることから、雷影は木ノ葉には一目置いていた。

それなのに何故、未だに抜け忍をのうのうと野放しにしているのか。


「今までの情報からある程度の居場所を割り出して、虱潰しに捜させろ!一個大隊を出しても構わん!」

キラービーの行方を探るべく、部下に命じた雷影は続け様に「それから、」と秘書に視線を向けた。


「サムイの小隊を呼べ!うちはサスケを此方で始末する旨の書面を持たせて木ノ葉へ向かわせる!そいつの情報も出させろ!」


ドカリ、と椅子に腰をおろす。
雷影の巨体に合わせた椅子がギシリ、と苦悶の声をあげた。


「更に、忍び五大国五影首脳会談の段取りをつける!『暁』は絶対許さん!」





















「―――俺の話を聞かせてやった」


小南の術の紙で形作られた偽の樹木。
樹洞の暗がりで、長い永い語りが終わる。


「答えを聞かせてもらおうか」

長門の過去を聞いて、ナルは顔を俯かせる。


「戦いとは双方に死と傷と痛みを伴わせるものだ。死に意味を見出そうとしても、あるのは痛みとどこにぶつけていいかわからない憎悪のみ…ゴミのような死と永久に続く憎しみと癒えない痛み…それが戦争だ」



平和ボケした火の国。
木ノ葉隠れに依頼する依頼金が戦争の資金になり、戦争に少なからず加担した事実を知りつつ、偽善の平和を口にする民。
小国の犠牲の上に成り立つ大国の平和。

生きているだけで気づかぬうちに他人を傷つけ、存在し続ける限り憎しみが存在する。
誰かの平和が誰かへの暴力。


双眸を閉ざして顔を伏せる金髪に、長門は長年己が抱き続けた疑問を容赦なくぶつけた。



「この呪われた世界に本当の平和など存在しない」
「なら…オレがその呪いを解いてやる。平和ってのがあるのならオレがそれを掴み取ってやる」



遠い昔。
読んだことのある、いや、己自身が実際に口にしたその台詞に長門の眼が大きく見開かれた。


「オレは諦めねェ!」
「おまえ…それは、」


かつて昔の長門が自分なりに考えて出した答え。
その答えをヒントにして師匠である自来也が書いた本を、ナルは懐からとりだした。


その中の一場面の台詞が、今まさにナルが告げた言葉と一字一句変わらない。
そう、昔の長門の信条そのものだった。



「俺は自来也を…師を信じることができなかった…イヤ、自分自身をも…」


ナルの姿が、若かりし頃の自分と被って見える。昔の長門を思い出させる。
弥彦と小南と共に『暁』を設立した頃のキラキラと希望に溢れていたあの時の自分を。


「お前は…俺とは違った道を歩く未来を予感させてくれる…」




そういえば自来也の書いた本の主人公は“ナルト”だった。
けれど自分が知るナルトと、目の前にいる波風ナルは容姿こそそっくりだが、長門には結びつかなかった。


ナルが本の主人公のようにまっすぐに突き進む太陽ならば、ナルトはひっそりと全てを見通す月の影。
月ですらなく、だが影故に、何事にも縛りつけられず何者をも寄せ付けない。

それが長門の知るナルトだ。



本当は雁字搦めに縛られ過ぎて闇に染まり過ぎているのだがそれすら悟らせないナルトの真実を、長門でさえ現時点で見抜くことができなかった。



「波風ナル…おまえといい、師の本といい…何もかも誰かが仕組んだ事のように思える…全て誰かの掌の上で転がされているような…」


不意に、長門の知るナルトの姿が脳裏に過ぎる。
同じ名を持つ反面、自来也の本の主人公にはなれなかった彼は、いったい何者なのか。


神と名乗った自分と違って、それこそ彼のほうが――――。



「…これこそが、本当の神の御業なのか…」

す、と両の手を合わせ、祈るように組んだ印を見て、小南が弾かれたように振り仰いだ。


「長門…ッ、アナタ…」

引き留めようとするその眼差しを、長門は微笑みで以って拒絶する。


「俺の物語はここまでのようだ…続編はお前自身の生き様を読ませてくれ…」



絶望の果てに明るい未来と希望を見出した不思議な子――波風ナル。
彼女に、『暁』のリーダーとしてではなく、ペイン六道としてではなく、ただの忍びとして、長門は託す。



憎しみの連鎖を断ち切り、世界を平和へと導いてくれる救世主へ。


「―――【外道・輪廻天生の術】」



























「あのキラービー様がヘマこくわけないだろ!どうせ何かの悪い冗談だって」

雷影から命じられた任務。
木ノ葉の里へ赴き、火影に公文書を渡すという重大な役目を承ったオモイとカルイは、火の国への道なりを言い争いながら進んでいた。


「私らの師がそう簡単にやられるわけねーんだよ」
「ビー様が心配じゃないのか!?もしかするともう…」
「だからって勝手な妄想すんじゃねェ、オモイ!てめーの悲観的な考えは聞きたかねーんだよ!」
「そーゆーカルイは、なんでそんなに楽観的なんだ!」

言い争うビーの弟子であるオモイ・カルイの口論を止めるべく、隊長であるサムイは双方の間に割って入る。

「いい加減になさい…忍びならもっとクールになさい!クールに」


サムイの鶴の一声で、ハッとしたオモイが「そ、そうか…何事もクールに考えるのが得策…!」と衝撃を受けたように黙り込む。だがその沈黙はそう長くは続かなかった。


「木ノ葉の里にむちゃくちゃカワイイ娘がいっぱい居て…その娘たちがオレにむちゃくちゃ告白してきたらどうしよう…」

ビーの境遇を悪い方向へ考えるのはやめたようだが、今度は溜息をつきながらも満更でもない顔でそんな妄想をするオモイに、サムイは別の意味で溜息をつく。


一方で呆れ返ったカルイが「だったら付き合ったらよろしんじゃないですかね、手当たり次第に」とおざなりに答えるも、「だけど木ノ葉を去る時に、その娘が離れたくないって言いだしたら…」と言いだすオモイに、益々彼女の眉間の皺が濃くなってゆく。


「まだ木ノ葉に着いてもいないのに何言ってるのよ…」とサムイの呆れた声もスルーして、オモイは「カルイだって」と唇を尖らせた。


「むちゃくちゃイケてる面をしている男が告白してくるかもしれないんだぞ」
「そこイケ面でいいだろ!」

いつものようにツッコミを入れつつも、満更でもない顔でカルイは己の首筋に手を当て、口許を緩ませた。


「ま…しかし言われてみれば、イケ面で強くて紳士的なカッコいい美形忍者が告白してこないともかぎらないわけだが!」

オモイに乗せられて若干その気になったカルイを、オモイ本人が「いや、それはない」と一蹴する。


「絶対ない!」

ハッキリキッパリ断言したオモイに向かって、カルイが拳ほどの石を思いっきり振り被って投げたのは当然の流れだった。



























生死を司る術――【外道・輪廻天生の術】。


輪廻眼を持つ者はペイン六道全ての術を扱うことが可能であり、生と死の存在する世界の外に居るとされている。
ただし時間制限があり、死んでから長時間経ってしまった場合は蘇生できない。
ペイン地獄道が呼び出す閻魔から死者の魂を解放する一方で、術者は大量のチャクラを消費し、最悪死に到る。


体力もチャクラも万全な状態ならまだしも、今の長門の体力とチャクラではどうなるか明白だ。つまりこの術は術者の命を引き換えにする諸刃の剣でもある。


だからこそ死を覚悟して術を発動させた長門は、しかしながらすぐに違和感を覚えた。


(…どういうことだ…?)


木ノ葉の里を襲撃したペイン六道が、何故か居合わせた人柱力達と戦闘になったのは、ペインの眼を通してもちろん知っている。
だが、里を壊滅させる際に発動させた【神羅天征】で人柱力もろとも全てを蹂躙したのだ。


どれだけの犠牲があったのか、更地になった里を見れば一目瞭然である。
それなのに。



(誰一人として死者が出ていないだと…!?)

閻魔から解放する死者の魂がひとつとして、無い。
故に術を発動したとしても長門自身に術の反動が返ってくることもない。



誰も死んでいない。
その事実を言葉として口にしようとした瞬間―――。

























「どうぞそのまま、」


背後で、囁かれた小声。長門にしか聞こえない声量で、長門にしか見えぬ角度で。
波風ナルと小南の視覚には入らない死角で、ギラリと何かが長門の身体に刺し込まれる。

「お眠りください」


注射器の先端が注入される。
なにかわからぬモノが己の身に注射され、ぐるり、と視界がぼやけ始める。
意識が虚ろになる最中、長門は見た。


脊中で腕を組んでいるふうに見せかけ、隠し持っていた注射器の中身を注入する。
さりげなく背後に佇み、闇に紛れて、その実、この瞬間を狙っていた不届き者を。










樹洞の暗がりで妖しく光る眼鏡を押し上げ、カブトはいっそ、優しげに微笑んだ。







「――――僕の主人の為に」
 
 

 
後書き
長門の過去話は原作と同じなので端折りましたすみません。
原作と同じ場面はなるべく端折りますので、その点、ご容赦くださいませ(そうしないといつまでも完結しないんで(汗)


今回特別に二話一気に更新します 
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