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俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
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第3部
サマンオサ
  真実の鏡


「おお……、まさか本当に手に入れてくれるとは!」
 ナギが持つラーの鏡に映し出された自身の顔を見て感嘆の声を上げたのは、年の頃は五十代ほどの金髪の男性だった。
 だがその髪と髭は無造作に伸びたまま。頬は痩せこけ、手や足はほとんど骨と皮だけで、立っていることもできないのか、牢屋に備え付けられた簡易ベッドに身を預けている。
 この人こそが、この国の本物の王様だという。シーラたちの話だと、見た目は偽物と瓜二つらしい。違うのは、本人の方が相当衰弱しているということくらいだという。
「殿下の仰るとおり、俺の仲間がこの鏡を探してきてくれました。本当にこれで間違いありませんか?」
 ユウリは私から預かったラーの鏡を王様に手渡した。王様はベッドに横になったまま鏡を手に取ると、まじまじと眺めた。
「うむ。間違いない。鏡の縁にサマンオサ王家の紋章がかたどられているのがその証だ。無事に鏡を届けてくれたこと、礼を言う」
「え、いや、あの、ホント、見つかって良かったです!」
 まさか王様からお礼の言葉を頂けるとは思わず、挙動不審としか思えない返事をしてしまい、ユウリに睨みつけられた。
「あの、今玉座に座っているのは、本当に魔物なんですか?」
 普通ならまず王様に軽々しく口を聞くなんて恐れ多いことなのだが、この状況下で聞かずにはいられなかったのか、ルークが尋ねる。その問いに、天井を見上げたまま、王様は小さく頷いた。
「……実際にその姿を見たわけではないが、奴は最初……旅の吟遊詩人を名乗っていた。城の者と打ち解けるやいなや……奴は不思議な杖を使い、私以外の人間を魔物の姿に変えたのだ。その後私だけが牢に入れられ……私に成り代わって国を乗っ取ってしまった」
 つまり、人間を魔物に変えられる力を持っているから、その吟遊詩人自身も魔物だと判断したのだろう。
「もし本当に奴が魔物かを判断するため、そなたたちにラーの鏡を取りに行かせるよう命じた。……ラーの鏡は偽りやまやかしなど効かない。鏡を奴の前に照らし出せば、必ずや正体を現すだろう……。奴はそれを恐れ、鏡を隠したのだからな」
 そこまで話すと、何かを思い出したのか、王様の目から一雫、涙が零れた。
「……私はこの15年、身も心も打ちのめされ、屈辱にまみれた毎日を過ごしてきた。……頼む、どうか奴を倒してくれ……。これ以上我が国の民が魔物に蹂躙される様を見たくないんだ」
 冷たい鉄格子の部屋に、王様の悲痛な声が響く。15年もの間、ここに閉じ込められていたのだ。王様が受けた仕打ちは想像を絶するほど苦痛だったはずだ。壁につけられた無数の傷は、おそらく王様自身がつけたものだろう。中には規則的に傷つけられた壁もあり、おそらくだがここに入れられた日数を数えていたのかもしれない。それを目の当たりにするだけでも、胸が締め付けられた。
 それは他の皆も同様に感じたはずで、一歩前に出たユウリが、畏まった態度で王様の前にひざまずいた。
「安心して下さい。殿下に成り済ました悪しき魔物は、俺たちが必ず倒します」
 その力強い言葉に、王様の目から涙が溢れ出す。
「無関係な君たちに頼んですまない……。どうか頼む……」
 ユウリの言葉に安心したのか、王様はそのまま目を閉じて眠ってしまった。話すだけで体力が消耗するほど、心身ともに衰えていたのだろう。
「……行くぞ」
 王様に背を向け、真っ直ぐに前を見るユウリの目に迷いはなかった。



 誰もいない王宮はしんと静まり返っていて、窓の向こうに冴え冴えと光る月が、明かり一つない王宮内を青白く照らしている。
 その明かりだけを頼りに、私たちは偽物の王様がいる寝室へと向かっていた。
「そう言えば、さっき王様が言ってた『人間を魔物に変える不思議な杖』って、なんか似たようなことを前に聞いたような気がするんだけど」
 王様がいる牢屋を出てから、私はさっきから気になっていたことを口に出した。けれど誰一人ぴんとこない様子。やや間を置いて、ユウリが何かを思い付いたように立ち止まった。
「そう言えば……、スーの里のエドが似たようなことを言ってたな」
「あっ、そうそう! それだよ!」
 エドとは、サマンオサの北の大陸にあるスーの里で出会った、人の言葉を話す白い馬のことだ。
 確か三賢者の一人であり、元は人間だと言っていた。そして、自分が作った『変化の杖』を魔物に奪い取られ、元の姿に戻れなくなったと言っていたが――。
「もしかして、エドの杖を奪った魔物って……」
「ああ。そいつがこの国の王に成り済ましてるのかもしれないな」
 スーの大陸とサマンオサの大陸は別の領土だが陸続きなので、その魔物が行き来してもおかしくない。
「なになに? エドって誰?」
「あー、話すと長くなるからまた今度ね」
 そう言えばシーラたちにはまだエドのことを話してなかったんだった。きっとエドの姿を見たら二人ともびっくりするんじゃないかな?
 大広間を通り抜け、二階へと上がる階段を上り終えると、扉があった。ユウリ曰く、普通のお城なら夜でも見張りの兵士が立っているそうだが、扉の前には誰もいなかった。
 扉を開けるユウリの後を黙ってついていくが、その向こうにある広い廊下もまた、明かりなど一つも点いておらず真っ暗だった。
 左右にいくつか扉があるが、廊下の突き当りにひときわ大きな扉があった。3人によると、ここが玉座の間だという。
 ああ、いざ近くまで来たら急に緊張してきた。
「どうしよう、王様の寝室に忍び込むなんて初めてだから、心の準備が……」
「アホか! オレら全員初めてだっつ―の!」
 私の気持ちを遮るように、横からナギが即座にツッコミを入れる。
「いいねえ、久々のミオちんのボケにナギちんのツッコミ♪ やっぱあたしたちのパーティーはこうでないと☆」
「俺たちは旅芸人じゃないはずなんだがな」
 楽しそうに話すシーラに対し、釘を刺すように言い放つユウリ。けれどなんだかんだで息のあったやり取りに感じるのは気のせいではないだろう。
「なんて言うか、いい雰囲気だね。君たちのパーティーは」
 ポツリと呟くルークの言葉に、私もつい嬉しくなってしまう。
「何言ってんの、今はるーくん2号もあたしたちの仲間じゃない☆」
 シーラもルークのことを仲間だと……、ん?? 『るーくん2号』?
「あの、『るーくん2号』って僕のこと?」
「あ、ごめん。ミオちんの弟くんが『るーくん』だから、似たようなあだ名になっちゃった☆」
「できれば違うあだ名にして欲しいんだけど……」
 当事者からみればそう思うのも無理はない。脱力したルークはシーラにそう懇願した。
「無駄話はそこまでにしろ。もうすぐ目的地だ」
 歩いているうちに、いつの間にか玉座の間の前までたどり着いていた。近くに人の気配は全く無い。先頭のユウリが玉座の間の扉をゆっくりと開ける。
 警戒しながら中に入るが、広々とした玉座の間はやはり誰もいなかった。城の敷地内に入ったときといい、こんなに警備が手薄でいいのだろうか。
 とはいえここで立ち止まるわけにも行かないので、辺りを警戒しつつ先へと進む。ユウリたちが聞いた王様の話では、この部屋の奥が王の寝室らしい。明かりすらない暗闇の中を、5人は静かに通り過ぎていく。
 流石に寝室には鍵がかかっているだろうと思い、ユウリは最後の鍵を取り出し寝室の扉の前に立った。ところが鍵は開いており、難なく部屋に入ることができた。
(どういうことだ……?)
 きっとこの場にいる全員が思ったことだろう。さらに警戒を強めながら、部屋を見回す。
 ここだけは左右の壁に燭台があり、火が灯してあった。なので薄暗がりであるが、どこに何があるかひと目見てわかった。
 さすが王族の寝室なだけあって、庶民の家一軒がまるまる入るほどの広さがあった。天井もとても高く、部屋の二階分は優にある。家具や調度品はとても一般人にはお目にかかれないようなものばかりで、床のカーペットもふかふかだ。奥には天蓋付きのベッドがあり、紗のカーテンで覆われていた。
 カーテンの向こう側はこんもりと膨らんでおり、おそらく偽物の王が寝ているのだと判断できる。私たちはあらかじめかけておいたナギの特技である『忍び足』で足音を消しながら、ベッドに近づいていった。
「行くぞ」
 カーテンのそばまで来て立ち止まると、小声でユウリが合図をした。そして次の瞬間、ユウリは勢いよくカーテンを開けた。
「!?」
 しかし、ベッドの中はもぬけの殻だった。
「いない!?」
「待って、あそこ!!」
 私が天蓋を下から見上げて指差す。天井には、一匹の大きな蛾の魔物が張り付いていた。
 気持ち悪っ!!
 虫は苦手ではないほうだが、いきなり視界に人の顔の大きさほどの蛾が飛び込んできたら驚くだろう。
「いやあああああっ!!」
 魔物を直視した途端、シーラの絶叫が部屋中に響き渡った。草原や森の中で遭遇するよりも、こういう場所で見かけるのが一番怖いのはなぜだろう。
 バサバサッ!!
 シーラの声に反応したのか、蛾の魔物はこの場から逃げるように飛び立った。羽を広げて3倍以上になった大きさの蛾に、シーラは再び悲鳴を上げる。
 ベッドの天蓋から飛び出した瞬間、ユウリはナギの方を向いて叫んだ。
「ナギ!!」
「わかってるよ!! これでもくらえ!!」
 ナギは持っていたラーの鏡を飛び回る蛾に向けた。
『そ、それは……!! ぐわああああぁぁぁぁ!!』
 聞き慣れない叫び声と共に一匹の蛾の姿がみるみる変貌していく。蜃気楼のように揺らめいたかと思うと、蛾は目の前にあるベッドよりも一回り大きい生き物に変化した。
「……それがお前の本当の姿か」
 ユウリは口元をひきつらせながらそう言い放つ。いつも余裕の表情で戦闘に挑む彼が、初めて見せる姿だった。
『……油断させて背後から始末しようと思ったのだが、油断したのはこちらの方だったか』
 床に着地した『そいつ』は、一見でっぷりと肥え太っていた人間のようなシルエットだった。しかし尖った耳と緑色の皮膚、さらにその大きな口から剥き出される鋭い牙は、到底人間とは思えない出で立ちだ。広々とした寝室が窮屈に感じるほどに大きな体躯は、それだけで相当の威圧感を放っていた。
 魔物は血走った目をギョロギョロと動かしながら、すぐそばにあった豪華な洋服ダンスを素手で叩き割ると、崩れた破片から大きな棍棒を手にした。
『わしの名はボストロール。まさかラーの鏡を見つけ出す輩がいるとはな。わしの本当の姿を暴いたのは貴様らが初めてだ』
 いくつもの声が重なってぐちゃぐちゃに絡まって引き伸ばしたような、不快感を覚える声で魔物は名乗った。耳まで裂けるほどの大きな口でにやりと笑いながら、魔物は話を続ける。
『今までにも何度か貴様らのような輩がわしの命を狙ってやってきた。だが、誰一人わしに傷を負わせることは叶わなかった。なぜかわかるか?』
「ふん。そんなの、お前より弱いやつしかいなかったんだろ」
 軽口を叩くように、ユウリが答える。
『その通り。なぜならわしは魔王軍の中でも四天王の一人と数えられた者!! 人間ごときが敵う相手ではないのだ!!』
 魔王軍!? 四天王!? それってサイモンさんたちが返り討ちに遭ったっていう……。
『死ねえええええぇぇぇぇ!!』
 思考を中断され、ボストロールが棍棒を振り回しながら叫ぶ。その動きは鈍足そうな体型とは裏腹に俊敏だった。向かった先は——シーラだ!!
「ちっ!!」
 だが、一足先にナギがシーラをかばい、チェーンクロスで応戦する。がぎんっ、と鎖が棍棒に絡まり、ボストロールの動きを封じる。
「スクルト!!」
 続いてシーラの防御呪文。味方単体にしか効果のないスカラと違い、周囲にいる味方全員の防御力を上げるのがスクルトだ。発動した瞬間、身体全体に薄い衣のような膜が張られたような感覚を覚えた。
 これなら多少前線に出ても安心だ。ナギがボストロールの動きを封じている間に、私はすぐさまボストロールの死角に入り込んだ。
「はっ!!」
 だがそれよりも早く近づいたのはユウリだ。彼の稲妻の剣がきらめくと同時に、ボストロールの腹に一筋の傷が生まれる。
「ちっ、浅かったか」
 舌打ちを鳴らすユウリ。一方腹に傷をつけられたボストロールは、その傷を凝視した途端緑色の顔を真っ赤にさせて憤怒した。
『きっ、貴様らああああぁぁぁぁ!!!!』
 今まで言葉を話す魔物に何度も出会ったが、これほど素直に感情を爆発させる相手は初めてだった。
 怒りを露わにしたボストロールは、持っていた棍棒ごと思い切り放り投げた。絡み付いたままの鎖は勢いよく振られ、チェーンクロスごとナギが吹っ飛ぶ。
「うわあああっっ!!」
 チェーンクロスからぱっと手を離し、空中で体勢を整えるナギ。持ち前の身軽さでなんとか着地する。
 その間、私がただ黙って眺めているわけもなく、ナギが明後日の方向へ飛ばされたときには、私は魔物の懐まで近づいていた。
「せいっ!!」
 私の放った正拳突きが、見事にボストロールの鳩尾にヒットした。しかし思いの外ダメージは少ない。それもそのはず、今私が放ったのは利き手ではない方だったからだ。
 それでも多少魔物のバランスを崩すことには成功したらしく、数歩たたらを踏んだ。
『くそ……、たかが虫けらがちょろちょろと……』
 忌々しげに私たちを睨みつけるボストロール。苛立った気持ちを解放させるかのように、ドン、といつの間にか拾い上げていた棍棒をその場に叩きつける。その衝撃で、床が一瞬ぐらついた。
——この調子なら、行ける!!
 バハラタでレベルを上げた甲斐があった。レベル差のあったシーラもダントツに上がったお陰でたくさんの呪文を使いこなせるようになったし、何より自らの自信に繋がった。そう感じたのは私だけでないようで、他の三人もどこか余裕めいた表情を浮かべていた。
 だが——。
『ルカナン!!』
『!?』
 唱えたのは、ボストロールの方だった。見た目は明らかに攻撃特化型の魔物だからか、呪文は使えないという先入観を抱いてしまった。その思い込みが一瞬の判断の遅れを招いた。
 シーラが掛けてくれたスクルトの効果が切れる。と同時に、目の前にいたボストロールがいなくなっていた。
——しまった!!
「ルーク!!」
 未だ戦闘に参加していないルークに、ボストロールが向かっていく。ルークもまさか自分のところに向かってくるとは思わず、一瞬顔をしかめる。
 ルカナンで対象者全員の防御力を下げられたので、ルークも例外ではない。もしあの力強い一撃をくらったら、いかに鍛えていたルークでも、ただではすまない。私は急いでルークのもとへと向かおうと踵を返した。
『死ねえ!!』
 ボストロールが思い切り棍棒を振りかぶり、ルーク目掛けて襲いかかった。
 ドガァァッッ!!
「ルークっ!!」
 ボストロールの棍棒が、ルークの身体を直撃した、かのように見えた。だが棍棒が当たったのは、足元の床だった。
「こっちにさえ来てくれれば、いくらでも対処できる」
 寸前で攻撃をかわしたルークは、身体を思い切り捻ると、いつの間にかパワーナックルを装備していた右手で隙だらけのボストロールの脇腹を殴りつけた。
『へぐぅっ!?』
 その一撃は、さっきの私の一撃とは比べ物にならないくらいの威力だった。身体をくの字に曲げながらも、なんとか踏みとどまる。
「るーたん、やるぅっ♪」
 近くにいるシーラが目を輝かせながら口笛を吹いた。ていうかいつのまにあだ名が変わったの!?
 一方の私は、ルークの冷静な対処にほっと胸を撫で下ろした。大丈夫だ、やっぱりルークは私が思ってるより、ずっと強い。
「へっ、新入りに先越されちまったな、ユウリ!!」
 ナギがユウリに向かって皮肉混じりに言うが、言われたユウリは無反応。
「ふん。一人間抜けなやられ方してるバカな奴よりはマシだな」
 そう言いながらユウリは右手に力を込め、ボストロールに向かって手を突き出した。
「ベギラマ!!」
 ボストロールの背後に向かって、ユウリが再びベギラマを放つ。だが、それに気づいたボストロールは、迫る炎を棍棒で叩き返した。
「……ちっ」
 なんとなくユウリも、ルークの活躍を見て焦っているような気がする。二人とも意地っ張りだから、油断して戦闘に影響を及ぼさないでほしい。
「二人とも、落ち着いて!!」
 私の一声に、ユウリとナギが振り返る。その険しい顔つきに、わたしはたじろいだ。
『お前に言われたくない!!』
 ……なんでこういうときは二人の息がピッタリ合うんだろう。私は突如生まれたイライラを無理矢理心の奥にしまいこんだ。
「だったらこれはどうかな? バギ!!」
 本日二度目に放ったシーラのバギが、今度はボストロールに向かって放たれる。真空の刃が魔物の身体に傷をいくつも作るが、どれも浅く大したダメージには至ってない。
『こんなもの、くだらん』
 すると、ボストロールの身体が突然光り始めた。その瞬間、バギによってつけられた傷がみるみるうちに塞がっていく。回復呪文を唱えた様子もない。あの魔物特有の回復手段があるのだろうか。
「なんだよ、あいつ回復まですんのかよ!!」
「長期戦は不利だな。一気にカタをつけるぞ」
 ユウリは剣を構え直すと、再びボストロールに向かってダッシュした。すっかり回復したボストロールは、ユウリの存在に気がつくと、振り向き様に棍棒を横に薙いだ。
 だがその攻撃は予見していたのか、ユウリは大きくジャンプし、そのまま剣を振り上げた。
『ふん、この程度の攻撃……』
「シーラ!!」
 ユウリの声に、まるで事前に打ち合わせでもしたかのようにシーラが反応し、賢者の杖を彼の方に向ける。
「バイキルト!!」
 突如、ユウリが手にしている剣の刀身が赤く光り輝く。異変を感じたボストロールの表情が歪む前に、赤い刀身は魔物の身体を両断した。
『ギャアアアアアアアアッッッッ!!』
 耳をつんざく魔物の悲鳴が、王の寝室に響き渡る。
「やったか!?」
 ユウリのあとを追うナギが、期待に満ちた声で呟く。ユウリの一撃によって真っ二つになったボストロールの身体が、どさりと床に倒れ伏した。
「た、倒した……」
 シーラが放った『バイキルト』と言う呪文、それは対象者の攻撃力を倍加させる効果をもつ。攻撃力が二倍となったユウリの一撃が、魔王軍の四天王でもあるボストロールの身体を一刀両断させたのだ。
「やったあ!! さっすがユウリちゃん!!」
 ユウリの活躍に、嬉しさのあまりぴょんぴょんと跳び跳ねるシーラ。傍にいたルークも安堵の表情を浮かべている。
「本当に……、倒したんだ……」
 実感のわかないまま、私はポツリと呟いた。ヤマタノオロチとの戦闘では、苦戦を強いられつつもなんとか勝てた。だが、今回の戦闘では誰も傷つかず、余裕で勝利することができた。バハラタでのレベルアップが功を奏したのだろう。そこで初めて私は、勝利の余韻に酔いしれた。
 その時だった。暗闇の中、微かに羽根が羽ばたくような音が耳を掠めた。風の音かと思いつつも、別段気にせずにいたのだが――。
「……いや、まだだ!」
 ボストロールの骸の傍に立ち尽くしたままのユウリが、ポツリと呟いた。
「え?」
「あいつはまだ生きてる!! どこかに気配が……」
 ザシュッ!!
「あ……」
 シーラの乾いた声が耳に届く。カラン、と彼女の手から、賢者の杖が床に落ちた。
 彼女と向かい合せに立っているのは、先ほど倒したと思われるボストロールの姿。そしてそいつとシーラの間に立っているのは、ルークだった。
「——っ!!」
 その光景を見た途端、私は絶句した。彼の足元には夥しい血が広がっている。彼の身体は、魔物の手によって斬り裂かれていたのだ。


 
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