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英雄伝説~西風の絶剣~

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第98話 過去の出会い

side:リィン


 ロレントを出た俺達は飛行船でボースに向かっていた。今までいろいろな事件が発生したが果たして結社はボースでも実験を行うのだろうか?


 俺達が警戒してるのは向こうも予想してるし流石に目立つ行動はしてこないか?


 ……いや俺達を巻き込んでいるのも実験の一環なのかもしれない、だとしたら普通に実験を実行する可能性も高いな。


 とにかく用心だけはしておかないといけない、地面からマグマが出たり巨大な雷が落ちてきてもいいように心構えはしっかりしておこう。


 そうしている間にボースに着いた俺達はさっそくギルドに向かい情報を得ることにした。


 ルグランさんの話によれば最近ボース地方で魔獣の被害が増加していて人手が足りていなかったと話してもらった。


 俺達はそれが結社の仕業かと疑ったが、ボース地方はリベールでも大きな土地で山脈や洞窟など入り組んだ地形をしている。


 その為生存競争に負けて逃げてきた魔獣などが街道に現れるのが多いので結社の仕業かと言われたら断定できないみたいだ。


 だが無関係であるとも言えないので俺達は調査をすると共に魔獣退治を行うことにした。


 特に危険そうな魔獣を3体教えてもらったのでまずは手分けしてそいつらを叩くように動くことになった。


「それではお願いしますね、アガットさん、ティータ、エマ」
「……ふん、足を引っ張るなよ」
「えへへ、頑張ります!」
「私もリィンさんのお力になれるように精一杯頑張りますね」


 俺達は目的地であるクローネ峠を目指していた、だが俺はアガットさんの様子が少しおかしい事に気が付く。


「……」


 昨日から口数が少なくあまり他人と話そうとしなくなっていたんだ。元々お喋りな性格ではないがそれに輪をかけて今日は非常に無口だ。


「あのあの、ボース地方にはアガットさんの故郷があるんですよね?私一回で良いからそこに行ってみたいな~なんて……」
「悪いが今度にしてくれ」
「は、はい……」


 いつもなら小言を言った後にティータの要望を受け入れるように発言をするのだが今日は取りつく島が無かった。


 しかもさっきは空気を読まずにウザ絡みをしてきたオリビエさんに鋭い眼光を向けて拒絶した。これにはオリビエさんも空気を読んで直に謝罪して離れる。


 しかも何故かエマやラウラにも当たりが強くなっていた、フィーがそれを咎めると「うるせぇ」とそれ以上は何も言わなかった。


 更に戦いにも変化が出ていた。大剣での豪快な戦闘が目立つアガットさんだが今日はとても雑な戦い方をしている。


 傷つくのも構わず魔獣に接近して大剣をまるで憂さ晴らしのように振るい戦っていた。普段の彼は豪快でいながら冷静な立ち回りで場を圧倒する見事な戦いを見せるが今日はそれが無かった。


 間違いなく調子が悪い、何か自分を抑え込んでいるみたいだ。


「アガットさん、どうしたのでしょうか?」
「何か思い悩むことがあるのかもな。とにかく今は様子を見よう」
「そうですね」


 エマが小声でそう聞いてきたので俺は様子を見ようと答えた。


 気にはなるが聞いたところで教えてはくれないだろうし触れてはいけないモノなのかもしれないからな。


 そして道中の魔獣を退けながら目的地であるクローネ峠にたどり着いた。


「話では峠の山道に陣取ってると話を聞いています、このままでは通行人に迷惑がかかるので早急に対応しましょう。エマ、一応魔法で警戒しておいてくれ」
「分かりました」
「アガットさんもそれでいいですか?」
「……ああ」


 俺はエマに頼んで魔法で周囲を警戒してもらうことにした、結社が出てくる可能性もあるからだ。


 そうして警戒しながら峠を進んでいくとこの辺では見られない狼タイプの大型の魔獣が2体いた。だが……


「……何か様子が変だな?」
「何かに怯えていますね」


 俺はそう呟きエマも頷く。魔獣たちは酷く辺りを警戒していた、まるで命を奪われかけた後に必死で逃げだした人間のようにビクビクとしているんだ。


「とにかくもう少し様子を見て……」
「まどろっこしい、俺がカタを付ける」
「アガットさん!?」


 アガットさんは勝手に一人で魔獣たちに向かってしまい戦闘を始めてしまった。


「エマ、ティータ、二人はここにいて。魔獣の様子がおかしいから近づくのは危険だ、アーツなどで援護をしてほしい」
「分かりました、どうか気を付けてくださいね」


 俺はアガットさんに加勢して戦闘を開始した。エマやティータの補助魔法などで体を強化して戦いを有利に進めていき、最後には危なげなく勝つことが出来た。


 だが俺はアガットさんに詰め寄り文句を言う、さっきの行動はあまりにも勝手だ。


「アガットさん、さっきの行動はどういうつもりですか?単独行動が危険だという事は遊撃士である貴方が良く分かってますよね?」
「……」
「そもそも今日ちょっとおかしいですよ、貴方。何をそんなに隠そうとしているんですか?」
「お前には関係ねぇだろうが」
「俺達が信用できないならティータやエステルなどに相談すればいいじゃないですか、一人で抱え込むなって言ってるんですよ」
「うるせぇな、てめェには関係ねぇ事だろうが。猟兵が偉そうな事を言ってんじゃねえよ」


 アガットさんの口から猟兵という言葉が漏れた際、強い殺気と共に一瞬だけ彼を黒い靄が包んだように見えた。


(この殺気は……!?)


 その殺気が決して遊びで出した者でないと感じた俺は即座に太刀を構える、アガットさんも大剣を構えて一触即発の空気になった。


「リィンさん!アガットさん!止めてください!」
(今一瞬アガットさんに何かが見えたような……?)


 ティータは悲痛な表情でそう叫びエマは真剣な表情でアガットさんを見ていた。


「いけないな。女の子たちを怖がらせちゃ駄目でしょ?」


 すると何処からか子供のような声が聞こえてきて俺達をその声が聞こえた方に振り替える、するとそこには赤いスーツを着て顔にタトゥーのような模様が入った子供くらいの体格の人物だった。


「お前は……あの時の!」
「初めまして……いや君はお久しぶりかな?リィン・クラウゼル」
「まさかとは思っていたが結社の一員だったのか。お前に会いたかったぞ、赤の道化師!」


 俺はその人物に見覚えがあった、俺とフィーがヘイムダルで遭遇してリベールに飛ばした張本人だったからだ。


「あはは、そういえばまだ正式に名乗っていなかったね。僕としたことが失礼したよ」


 赤の道化師は飄々とした態度でお辞儀をした。


「執行者№0『道化師』カンパネルラ……それが僕の名前さ」
「カンパネルラ、俺とフィーを何故リベールに連れてきた。俺達の記憶を奪ったのはお前なのか?」
「君達を連れて来いって言ったのは今回の作戦の責任者である蛇の使徒さ、記憶も彼が奪ったんだよ」
「蛇の使徒……お前もそいつの命令で動いてるって訳か」
「僕の場合はちょっと違うかなぁ。まあそんなことは置いといて……」


 カンパネルラが指を鳴らすと俺以外の3人の足元に魔法陣が現れてエマたちを何処かに移動させてしまった。


「皆!?」
「さあ、最後の試練だ。君の可能性を存分に見せて欲しい」


 俺が驚いている間にカンパネルラは黒い箱のような物を取り出した。それが怪しい光を放つと俺の意識を奪っていく。


「ぐっ……!?」


 そして俺は闇の中に意識を沈めていった……


―――――――――

――――――

―――


「……うう、またこのパターンか」


 俺は痛む頭を摩りながら目を覚ました。


「特異点に連れてこられたのか、今度はこんな大きな山を登れっていうのか?」


 俺の眼前には巨大な山が鎮座していた。前に大きな塔を登らされたのに今度は山かとため息を吐いた。


「なるほど、ここが特異点って奴ね」
「えっ、誰だ?」


 何処からか声が聞こえたので辺りを見渡すと足元に何かの影が見えた。


「私よ、そんな間抜け面でキョロキョロしてるんじゃないわよ」
「セリーヌ!?」


 そこにいたのはセリーヌだった、どうしてここにいるんだ?


「なんでここにいるって顔をしてるわね。隠れて様子を見ていたのよ、それで隙を見てアンタと一緒にここに飛ばされたって訳」
「どうしてそんなことを?」
「私だって好きでそんなことしたわけじゃないわよ、エマがどうしてもってうるさかったから……ほら、来るわよ。構えなさい」
「何が来るって……!?」


 セリーヌの言葉に俺は首を傾げるが俺の頭上の空間が大きくゆがみそこからエマが現れた。


「エマッ!?おわぁっ!?」
「きゃあっ!?」


 俺はエマを受け止めようとしたがいきなりだったので身体のバランスを崩してしまい倒れてしまった。幸い俺がエマのクッションになれたから彼女が地面に叩きつけられることは無かったが……


「ううっ……座標を少し間違えてしまいました」
「エ、エマ……どいてほしい……!」
「きゃあっ!リィンさん!?」


 俺はエマの大きな胸に上から顔を押さえつけられて呼吸が出来なくなっていた。凄く幸せだけど滅茶苦茶苦しい……!


 直に状況を察したエマが顔から離れてくれたので事なきを得た。女性の大きな胸で窒息死なんて情けなくて絶対に人に言えない死因だな、嬉しかったけど……


「ごめんなさい、リィンさん。痛くなかったですか?」
「いや寧ろ幸せな気分に……いやそんな事よりエマはどうやってここに?」
「あらかじめリィンさんに魔法でマーキングしていたんです、またこういう手を仕掛けてくると思っていましたので」
「なるほどな」


 どうやらエマはこういう事が起きてもいいように先手を打っておいたみたいだ。


「それなら俺に教えてくれても良かったんじゃないのか?」
「えっと……すみません。魔法でマーキングしたら居場所も筒抜けになるから嫌がられると思ったので言えなくて……」
「ああ、そういうことか。俺はエマを信頼してるから君なら気にしないよ」
「……そういうところですよ?もう襲っちゃいましょうか」


 俺はエマに君なら気にしなよと言うとエマは顔を赤くして最後の方は聞き取れないほどの小声で何かを呟いていた。


 おかしいな、聴力も鍛えているんだけど女の子がボソッと呟くと聞こえなくなる時があるんだよな。


「エマ、最後の方が聞こえなかったんだけど……」
「いえ、気にしないでください。それよりもここは……」
「ああ、特異点って奴だろうな」


 俺は最早慣れた感じでそう呟く。


「今度は大きな山ですか……敵は何をしたいのでしょう?」
「さぁな、あいつらの考えなんて何も読めないが……とにかく登るしかないか」


 いつまでもこんな所にはいられないしさっさと元凶を見つけ出して脱出しよう。


「そういえばアガットさんやティータは?ここにいるのか?」
「いえお二人の気配は感じません。恐らく本来はリィンさんだけを引き込む予定だったんじゃないでしょうか?」
「そうか、とりあえずティータが危険な目に合う事はなさそうで安心した。


 俺は先程まで一緒にいた二人もこちらに来ているのかとエマに聞くと彼女は首を横に振る。アガットさんはともかくティータ一人は危険だから安心したよ。


 まあアガットさんも様子がおかしいから心配ではあるんだけど。


「よし、なら二人でここを脱出しよう。皆も心配してるはずだ」
「はい、援護は任せてください!」
「ちょっと!私を忘れてるんじゃないわよ」
「ごめんごめん」


 キシャァーッと怒るセリーヌをなだめながら俺達は目の前の山を登り始めるのだった。


―――――――――

――――――

―――


「はぁっ!」


 転がってきたハリネズミのような魔獣を真っ二つにする俺、現在俺達は山の中の洞窟で大量の魔獣に襲われていた。


「アステルフレア!」


 エマの放った蒼い炎が魔獣たちを焼き尽くす。だが……


「ブオォォォォッ!!」


 硬い装甲を持つ大型の魔獣がハンマーのような硬い尻尾を叩きつけてきた。


「くそっ、こいつ硬すぎる!」


 その魔獣は異様に硬い、俺の斬撃でもわずかにしかダメージを与えられないんだ。


「エマ、コイツは無視しよう!幸い機動力はなさそうだ!」
「はい!」


 俺とエマはその魔獣を無視して岩の足場を飛んで移動していく、別に倒さなければいけないわけじゃなさそうだし体力を温存するために無視した方が良いだろう。


「キシャアアア!」


 そこに大きな蠍のような魔獣が現れて毒液を吹きかけてきた。


「緋空斬!」


 俺は毒液を飛ぶ斬撃で吹き飛ばしそのまま尻尾も切り落とした。


「フレアアロー!」


 そしてエマの放った炎の矢が的確に蠍の頭を貫いた。


「ナイスだ、エマ!」
「ありがとうございます!」


 エマもかなり強くなったよな、出会った時も中々鍛え上げられていたけど今なら猟兵としてもやって行けそうだ。


 そして俺達は外に繋がる穴を見つけていったん外に出る。


「凄い景色だな……」
「はい、この山以外は真っ白な地面と空が広がっていてなんだか不気味ですね……」


 外の景色はこの山一面を除いてすべて真っ白な世界になっていた。まるで画用紙の中に描かれた地形の中を進んでいる気分だ。


「エマ、足元はかなり不安定だ。落ちないように気を付けて」
「分かりました」


 ここからは外を進んでいくしかないが足元は不安定で足を滑らせれば暗い谷底に真っ逆さまだ。


 俺達は魔獣を蹴散らしながら上を目指して登って行く。


「きゃあっ!」
「はっ!」


 すると歩いていた足場が崩れて俺達は宙に放り出された。俺は慌てずにエマとセリーヌを抱き上げてワイヤーを伸ばして岩に引っ掛ける。


「あ、ありがとうございます……」
「助かったわ……」


 二人は安堵の息を吐きながら俺にお礼を言ってきた、だが安心するのはまだ早い。


「キョオオオッ!」


 そこに中型の鋭い嘴を持った魔獣が複数襲い掛かってきた。ワイヤーでぶら下がってる俺達は格好の獲物だろう。


「リィンさん、鬼の力を使ってください!私が魔法で脚力を底上げします!」
「分かった!二人ともしっかり捕まっていろよ!」
「はい!」


 俺はエマの脚力を魔法で強化してもらい鬼の力を使う。そして襲ってきた魔獣の攻撃を側の岩壁を蹴り上げてジャンプする。


 そしてそのままワイヤーをしまって魔獣を踏みつけた。


「ゲギョッ!?」
「うおおおっ!」


 そのまま鳥の魔獣たちを足場にして俺達は地面に着地する。


「ふう、危なかった!」
「ちょっと!上見なさいよ!」


 セリーヌが何か慌てた様子で叫ぶのでそちらを見てみる、すると大きな石が何個も転がってきているのが見えた。


「早く逃げなさい!押しつぶされるわよ!」
「いや、逆に利用してやる!」
「えっ……ちょっと!」


 セリーヌは逃げろと言うが俺は逆に大岩に向かってダッシュした。


「はっ!」


 そして押しつぶされる前に大岩に飛び乗ってそのまま宙に向かってジャンプする。


「よっ!はっ!っと!」
「う、嘘でしょ……!?」


 そして転がってくる大岩を曲芸の様に乗り継いで上に上がっていく。セリーヌはそんな光景を見て顔を引きつらせていた。


「これでラスト!」


 最後の大岩を飛び越えて俺は地面に着地した。


「あんた、無茶苦茶よ……」
「これくらいで死んでいたら俺はもう何回死んだか分からないぞ」
「リィンさん、素敵です……!」


 エマが披露した様子でそう言うが俺はこのくらいで突かれていたら死ぬぞと答える。そんな俺に何故かエマは顔を赤くして潤んだ目で素敵だと言った。


「でも流石に疲れたな、少し休憩するか」
「そうですね、この辺は魔獣はいないようですし」


 俺はさすがに疲れたのでいったん休憩しようと話す。エマの言う通りこの辺には魔獣がいないようだし丁度いい。


「リィンさん、これをどうぞ。故郷の森で取れたハーブを使って淹れた紅茶です。疲れが取れますよ」
「ありがとう、エマ」


 エマが魔法瓶を取り出して紅茶を淹れてくれた。一口飲んでみると爽やかな風味が舌に広がり疲労が溶けて行くのを感じる。


「ふぅ……美味しいよ、エマ。本当に疲れが抜けていく気分だ」
「気に入ってくださったなら嬉しいです。この紅茶はお母さんがよく私に淹れてくれたものですから」
「そうか、イソラさんが……」


 俺はかつて出会ったイソラさんの事を思い出した。


「あのリィンさん、もしよろしかったらお母さんと出会った時の事を教えてくれませんか?」
「えっ、どういう事?イソラさんから話を聞いていなかったのか?」
「勿論聞いていますよ、でもリィンさんの口からも話を聞いてみたかったんです。もし嫌なら無理して話していただかなくても大丈夫ですよ」
「あはは、そんな別に大丈夫だよ。それに望んだ形ではないとはいえレンと再会できたから改めて決意を固めるためにあの時の事を想いかえすのも良いと思ったし」


 俺はエマにかつてD∴G教団に捕らえられていた事を話し始めた。


―――――――――

――――――

―――


side:リィン(子供)


 僕がD∴G教団の奴隷になって何か月が過ぎたんだろうか?このまま帰れないんじゃないかと絶望しそうになったが僕はレンと出会いなんとか生きていけていた。


「リィン、もっと強く抱きしめて頂戴」
「えっと、これくらい?」
「んっ……凄く良いわ♡」


 僕は牢屋の中でレンを膝の上に乗せて抱きしめあっていた、彼女は僕に懐いてくれてこうやってスキンシップを求めて来るようになったんだ。


「頭も撫でて、ほら早く」
「こうかい?」
「ふふっ」


 レンのさらさらした綺麗な髪を撫でると彼女は嬉しそうに笑みを浮かべる。


「なら次はキスをしましょう。舌を絡めあう濃密で甘いキスをね」
「それは駄目」
「むぅ……」


 そして今度はキスもしようとしてきたので指で唇を抑えてガードする。それに対してレンは不服そうな顔をする。


「もうっ!どうしてキスは駄目なの!」
「そういうことは好きな人としなさい」
「それが貴方なのに……」


 レンはそう言うが僕を父親代わりにしてるだけだろう、確か釣り橋効果って奴だったっけ?


「むっ……レン」
「ええ」


 気配を感じた僕とレンは離れた、そしてその後に教団の奴らが姿を見せる。


「やあ君達、気分はどうかな?」
「最悪に決まっているでしょう、あんたの顔を見て更に気分が悪くなったから」
「ははっ、相変わらず元気が良いねぇ」


 そこに『先生』と呼ばれる男が出てきた、僕達をこんな地獄に押し込んだ張本人だ。


「それで今日は何をするんだ?耐久テストか?それとも犯罪者と殺し合えばいいのか?」
「残念だけど今日はお出かけだよ。さあ準備して」


 有無も言わさずといった感じで即座に目隠しされて手錠をかけられた、そして背中に銃を突きつけられて何処かに連れて行かされる。


(何処に向かうかは分からないがチャンスかもしれない、何か情報を得られるかも)


 この施設の外に出るのは初めてだ、かなり難しいが逃げるチャンスが来るかもしれない。僕は揺れる飛行船の中でそう考えるのだった。


 そして僕達が目隠しを外されて最初に見た光景は多くの人間が集まるオークション会場のような場所だった。全員がフードを被って顔が見えないようにしている。


 そして僕達をそいつらに見せながら先生と呼ばれた男が何かの説明をし始めた。恐らくこの男が僕達を実験体にして研究を進めている薬の話だろう。


「嫌ね、ジロジロと見てきて……」
「そうだな……」


 手錠されて逃げられない僕とレンは小声でそう話す。


(んっ?)


 その時だった、僕達を見ていた男の中に異様な雰囲気を放つ人物がいた。その男は無表情だったが目の奥に言いようのない狂気を感じて思わず身震いしてしまう。


「ッ!?」


 僕は後ずさり最大限の警戒をする、だが男はフッと笑うと人ごみの中に消えていった。


「はぁはぁ……!」
「リィン、どうしたの?」
「ヤバイ雰囲気をした奴と目が合った」
「えっ、何処にいるの?」
「もういないよ……初めてだ、目を見ただけでぞっとしたのは」


 レンが心配して僕に声をかけてきた。先ほどの男の目を思い出すとまた心臓の鼓動が早くなってしまう。


 その後先生の話が終わるまで僕は警戒心を解くことが出来なかった。


―――――――――

――――――

―――


「長い話も終わったけど退屈ね」
「そうだな……」


 話し合いが終わると僕達は牢屋に入れられてしまった。俺だけ手錠をかけられているし見張りはいるから逃げられないな……


「結局あの男はあの後姿を見せなかったな」
「そんなに危険な雰囲気を感じたの?私には分からなかったわ」
「多分僕だけにそういった恐怖を見せつけてきたんだと思う」


 レンはあの男の異質な気配を感じ取ることはできなかったみたいだ、そうなるとあの男はあの狂気を自由にコントロールして僕だけに打ち込んできたって事になるのか?


「リィン、だいじょうぶ?」
「レン?」


 するとレンが僕の頭を優しくギュッと抱きしめた。温かい温もりと柔らかな感触が僕の五感を包み込んでいく。


「先生にも噛みつく貴方がそんなに怯えるなんて……教団には得体の知れない存在がまだいたのね」
「レン、これはちょっと恥ずかしいよ」
「二人っきりだからいいじゃない。ほら、もっと甘えていいのよ♡」


 レンが更に強く抱きしめてきた。一応そこに見張りもいるんだけどな……


「おい!てめぇら見せつけてんじゃねえよ!」


 すると見張りをしていた下っ端の男が鉄格子を蹴り飛ばして怒りだした。


「あら、恋人同士の甘いひと時に水を刺すなんて無粋な男ね」
「うるせぇ!モルモットがイチャつきやがって!こちとら最近ご無沙汰なんだよ!」
「恋人じゃないぞ……」


 僕はボソッとそう言うがレンは無視して男を挑発していく。


「リィン、そんな奴放っておいてキスしましょう。ほら、舌を出して♡」
「いや、しないから……」
「やめろって言ってんだろうが!あの方にちょっと気に入られているだけのモルモットが舐めやがって!」


 レンが僕にキスしようとすると、男は何を思ったのか牢屋の扉を開けて中に入ってきた。


「おいおい、用心が無さすぎるだろう……」
「少しくらい俺が遊んだって別にいいよな?生きてさえいりゃ問題はねぇはずだ……キヒヒ、俺はお前みたいな生意気な小娘を〇してやるのが趣味なんだよ!」
「悪趣味ね」


 僕は男の用心の無さに呆れていると男はズボンを脱ごうとしてレンは溜息を吐いた。


「おい」
「あん?……ぶっ!?」


 男の意識はレンに向いていたので簡単に背後を取れた、そして僕は勢いよくジャンプして男の横っ面にドロップキックを叩き込んでやる。


「ぶへぇっ!?」


 憩い良く吹き飛んで壁に頭をぶつける男、幸い死んではいないようで気を失っていた。


「馬鹿な奴だな、おかげで助かったけど」
「うふふ、私の迫真の演技に騙されたみたいね」
「演技には見えなかったけど……」


 僕は結構力を込めて顔を寄せようとしていたレンを思い出して苦笑いをする、そして男が持っていた鍵で手錠を外した。


「さて、今の内に何か情報でも得られないか確かめてくるよ」
「私はここに残るわ。流石に二人がいなくなったら誤魔化せなくなるしね」
「ああ、こっちは頼んだよ。レン」


 僕はレンにこの場を任せて部屋をこっそりと出た。


 えっ、2人で逃げた方が良いんじゃないかって?いや、それは悪手だ。この施設の地形を僕は全く知らないんだ、ここまで目隠しをされていたので道中すらも分からない。そんなところを闇雲に逃げても逃げられる可能性は低い。


 なら短時間で情報を探った方がまだ良い、僕は時間の許す限り脱出に役立つアイテムや情報を探したがなかなか成果が出なかった。


(流石に見張りも多いな、幹部の連中は今集まっているみたいだからそこは安心だな……)


 見張りは多いが幹部の奴らは今集まって食事会のようなものを開いているらしい、先生もそこにいるだろうし鉢合わせる可能性は低いだろう。


 しかしそれでも時間はない、そろそろ戻らないと不味いか……


「うん?これは地下か?」


 すると僕は地下に続く階段を見つけた。


「ここを探って戻るか」


 僕は猟兵の直感で何かあると思い地下に降りた。結構な数の階段を降りていくといくつかの扉が有りその一つが半開きになっているのを見つける。


「争う音……?」


 するとそこから何やら激しい戦闘の音が聞こえた、僕はこっそりと扉の隙間から中を除く。すると綺麗な女性と黒いフードを被った男が争っているのが見えた。


「はぁっ!」


 女性が空間から光の剣をいくつも生み出して男に放つ、男はそれを黒い結界で防ぐと黒い炎を生み出して女性に放つ。


(なんだ、あれは?アーツじゃないよな……?)


 アーツではない謎の魔法を使う二人、ハイレベルな戦いだったが次第に女性の方が劣勢になっていった。


「はぁはぁ……」
「私を見つけ出したことは褒めてやろう。だが所詮は人間の悪あがきでしかない、何をしてもあの方が勝利する未来は覆らない」
「私は……娘が生きる未来を守るためなら命も捨てる覚悟よ!」
「はははっ、まさに今ここで無駄死にするだけだな!」


 男の放った黒い剣が女性の結界を打ち破り地面に転がる女性、このままじゃまずいぞ……


「さあ、これでトドメだ!」


 男は大きな黒い剣を生み出して女性に放った。


「させるか!」


 僕は二人の間に割り込んで大きな剣を受け止めた。この女性は敵じゃない、そう判断した僕は彼女に加勢することにしたんだ。


「なにっ!?」
「えっ……」
「ぐうっ……流石に無茶だったか!?」


 二人は突然現れた僕に驚く、俺は剣を止めようとするが質量があって次第に押されていく。


「うおおぉぉぉおおぉぉぉっ!!」


 でもその時僕の体から黒い氣が溢れて髪が白に染まっていく、そしてそのまま剣を振り回して男に投げ返す。


「その力は……!?」


 男は驚きながらも僕が投げ返した剣をかわした、だがそこまで戦いに慣れている訳ではないようで一瞬体勢が崩れる。


「はぁっ!」
「ぐおっ!?」


 正拳突きを男の胸に打ち込んだ、男は大きく後ずさる。


「今です!」
「っ!はあっ!!」
「がはぁっ!!」


 僕の言葉に女性が光の剣を放ち男の胸に突き刺した。


「運命が変わった……?」
「ぐっ……まさかあの時の子供が私の邪魔をするとはな。だが何も変わりはしない、この体が死んでもまた新たな体に宿り復活するだけだ」
「それは分かってるわ。でも0より僅かに勝てる可能性は上がるわ」
「無駄だ!あのお方が神になる、それは決まった未来なのだ!お前達に未来などない!はははははっ!ははははははっ……はっ……」


 男は最後に大きな笑い声を上げると地面に倒れふせた。でも何か気になる事を言っていたような……あの時の子供?あの男は僕の事を知っていたのか?


 駆け寄って男の生死を確認する……駄目か、心臓が止まって脈が無い。死んでいるな。


「なにか情報を得られるかと思ったんだけど……まあ仕方ないか」


 僕は落胆しながら女性の方に向かった。


「貴方は遊撃士なんですか?もしかして僕達を助けに?」
「えっと……どうしてこんな所に子供が?」


 イマイチ話が合わないな、とにかく話をしてみよう。僕はそう思い女性と情報を交換した。


 女性の名前はイソラというらしく、彼女は教団に所属していたある男を殺す為にここに来たらしいんだ。


「……なるほど、貴方はこの男が目的でD∴G教団に潜り込んだということですか」
「そうね、まさかあの噂の人さらいをする教団だとは思っていなかったけど……話を聞く限り貴方達は攫われた子供なのね。こんな幼い子供達を実験道具にするなんて許せないわ」


 イソラさんは怒りを露わにして身を震わせた。


「貴方も一緒に逃げましょう、私の転移魔法ならここから逃げられるわ」
「それなら僕の仲間も連れて行ってくれませんか?別の場所にいるんです」
「ならその子も連れて……ッ!?危ない!」


 するとイソラさんが僕と突き飛ばした、その瞬間彼女に黒い靄のような物が覆いかぶさった。それが飛んできたところを見ると先程死んだはずの男がこちらに手をかざしているのが見えた。


「馬鹿な!確実に死んでいたはずなのに!?」
「ククッ……」


 男は最後に憎たらしく笑みを浮かべるとガクッと力尽きたように倒れてなんと死体が消えてしまったんだ。


「ぐぅ……」
「イソラさん!大丈夫ですか!?」


 僕はイソラさんに駆け寄って肩に手を添える、彼女は苦しそうに胸を抑えていた。


「これは呪いね……しかも強力な……ごめんなさい、リィン君……貴方のお友達のところに行く時間は無くなってしまったわ」
「そんな……」
「貴方だけでも……一緒に……」
「……それは出来ません。レンを置いていく事は出来ない」


 僕はイソラさんの提案を断った。フィーや皆に会いたい、でもレンを置いてはいけないんだ。


「イソラさん、お願いです、外に出たら遊撃士や警察などにこの事を話してください。きっと助けが来るはずですから」
「分かったわ……必ず伝えるから……」


 イソラさんは最後の力を振り絞って魔法陣を生み出してそのまま消えていった。僕はその後なんとか見つからずに牢屋に戻りレンにこの事を話した。


「……そんなことがあったのね。もう貴方ってば本当にお人よしなんだから、妹さんが待ってるのに逃げなくてよかったの?」
「君を見捨てて逃げても意味ないから」
「……馬鹿、好きよ♡」


 何故かレンが引っ付いて離れなくなってしまった。因みに見張りの男は気絶している所を他の団員に見つかり、レンを〇そうとしたことが判明して始末された。


 同情はしないよ、自業自得だ。


 それから僕達はまた目隠しをされて元々いた施設に戻された。僕は助けが来るのをずっと待っていたけど結局自力で脱出するまで助けは来なかったんだ……


―――――――――

――――――

―――


side:リィン


「……とまあこんな感じかな」
「なるほど……改めてリィンさんには感謝しないといけませんね。もしかしたらその時にお母さんが死んでしまっていたかもしれなかったんですから」


 エマはそう言うと俺に寄り添ってきた。肩と肩が触れ合う距離まで近づくと彼女は俺の手をギュッと握ってくる。


「私の大切な家族を救ってくださって本当にありがとうございます、このご恩は一生忘れません。これからは私が出来る事をすべて出し切ってリィンさんの力になりますから」
「いや、そこまでしてもらわなくてもいいよ。そんなつもりで助けたわけじゃないし」
「いえ、私からすれば足りないくらいです。貴方が望むことはなんでもしてあげたいんです、そうなんだって……」


 エマは大きな胸を強調させてズイっと顔を寄せてきた。ラベンダーのような良い匂いがする。


「エマは綺麗で美人なんだからあんまりそういう事言ったら男を勘違いさせちゃうよ?」
「もう、つれない人ですね」


 エマはプクッと頬を膨らませると俺から離れた。


 ふ~、危ない所だった。少しクラッと仕掛けたからな、俺にはフィーやラウラがいるのにもっと気を付けないと……


「それにしても不思議ですね」
「なにがだ?」
「レンちゃんの事ですよ。話を聞く限りレンちゃんはリィンさんの事を好いているようにしか見えなかったのですが……」
「これはあくまで俺の主観の話だからな。もしかしたら知らないところでレンを怒らせていたのかもしれない」
「うーん、そう言う話ではないと思いますが……」


 エマはそう言って苦笑いを浮かべた。どういうことなんだ?


「まあとにかくレンが俺を本気で恨んでいるならその怒りを受け止める、仮に洗脳でもされているなら絶対に助け出す。俺がやることは変わらないと」
「私もお手伝いさせてください、リィンさんとレンちゃんが仲直りが出来るように力になりたいんです」
「ああ、エマの力も貸してくれ」


 俺は改めてレンと向き合う覚悟を決めた。


「さあ、その為にもこんなところはさっさと出ないとな」
「はい、進みましょう」


 俺は立ちあがりエマに手を差し伸べる、そして俺達は再び山を登り始めた。
 
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