酒塚
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第二章
弟子は自分の部屋に帰ってそこで寝て瑞光もだった。
酒を収めて布団を敷いて眠りはじめた、するとあった。
枕元に十八か十九位の黒く長い髪の毛を持ち見事な着物を着た白い肌に切れ長の目の整った顔を持つ女が出て来て言ってきた。
「妾は酒の精である」
「そうなのですか」
「この沼津、下田の港の方で暮らしている」
「そうなのですか」
「酒塚の方にな」
「酒塚といいますと」
「知らぬか」
「はい」
酒の精に身体を起こしてから正直に答えた。
「そうしたものがあったのですか」
「そう、誰もが忘れておる」
「そうなのですか」
「妾のことはな」
「申し訳ありません」
「謝ることはない、それよりもな」
酒の精は瑞光の謝罪には及ばないと返しさらに話した。
「そなたに頼みがある」
「忘れられていてですか」
「寂しいのでな」
それでというのだ。
「そなたに頼みがある」
「どういったものでしょうか」
「酒塚をこの寺の境内に移してくれるか」
こう言うのだった。
「そして酒に心ある者達に参観させてくれるか」
「そうすればよいのですか」
「そなたに心があればな」
切実な顔と声で話した。
「そうしてくれるか」
「わかりました、拙僧も般若湯は好きです」
酒を寺の言葉で表現して話した。
「それでは」
「宜しく頼む」
酒の精は頭を下げた、そしてここで姿を消してだった。
瑞光が目覚めると朝だった、起きると枕元の畳の上まさに酒の精がいた場所に苔の欠片が落ちていた。それでだった。
その日のうちに弟子に酒の精のことを話した、そのうえで下田の酒塚に行くと。
苔むし荒れていた、瑞光はそれを見て確信した。
「間違いない」
「この酒塚にですね」
「酒の精がおられる」
「枕元にあった畳は」
「この酒塚の苔だ」
「左様ですね」
「あの夢はまことの願いを言われた、ならな」
それならというのだった。
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