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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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XV編
  第216話:指輪を担保に

 不完全燃焼な戦いの終わりを迎えて、回収に来たヘリに乗って本部に戻った颯人達を真っ先に迎えたのは四方八方から向けられる銃口であった。ただしその銃口は、装者ではなく颯人1人に全て向けられていた。

「おい、何だこれはッ! どう言うつもりだよッ!」
「奏、待って!?」

 颯人1人を異様に警戒する政府直轄部隊の行動に思わず食って掛かる奏を翼が慌てて宥める。事情はよく分からないが、ともあれ今彼らを迂闊に刺激するべきではないのは良く分かる。翼だって、否、この場の誰もが彼らの行動を理不尽だと思うし納得も出来ないが、彼らが政府の指示を受けて動いている以上下手に噛み付くとそのしっぺ返しが怖い。
 家柄もあってその事を知る翼は、心情はどうであれこの場では奏を宥めると言う選択肢を取らざるを得なかった。

 一方、1人銃口を向けられている颯人はあっけらかんとした顔で両手を肩の高さに上げ大人しくしていた。

「おいおい、随分と派手な歓迎じゃないか? てか、こんな事される様な事、俺何かしたっけ?」

 何時発砲されてもおかしくない状況にもかかわらず、颯人は普段通りに飄々とした様子で自分に銃口を向けている兵士達に問い掛ける。しかし彼らは颯人からの質問には詳しく答えず、ただ黙ってついてくるように告げるだけであった。

「詳しい事は発令所で聞かせてもらう。大人しく付いて来てもらおうか」
「はいはい、と。手は上げたままか? 出来れば疲れるんで降ろさせてほしいんだけど?」
「黙ってついて来い」
「へいへい」

 彼にしては驚くほど大人しく指示に従う様子に、奏達も一瞬呆気に取られてその場に取り残されそうになる。どうやら兵士達は颯人を連れていくのが目的だったらしく、立ち尽くす奏達には目もくれなかった。置いて行かれそうになり、奏は慌てて兵士達に取り囲まれている颯人の後を追いかけた。

「は、颯人ッ!?」

 思わず兵士達をかき分けて颯人に手を伸ばそうとした奏だったが、それより早くに肩越しに振り返った彼が軽くウィンクしながら片手の人差し指を口元に持っていき静かにのジェスチャーをした事でギリギリ騒ぎを広げずに済んだ。

「颯人……何で……」

 納得がいかないと言った様子の奏に向け、颯人は軽く手をヒラヒラと振るだけで答えた。後からついて来た装者達にはその意味が分からなかったが、奏は彼が言わんとしている事を理解した。

 心配いらない……彼はそう言っているのだ。今S.O.N.G.で何が起きているのか分からないし、颯人がこんな扱いを受ける謂れも納得できるものではなかったが、彼がそうまで言うのであれば多少なりとも心は落ち着いた。奏はその場で立ち尽くし、騒ぐ心を落ち着ける為一度大きく深呼吸をした。

「すぅ…………ふぅ…………」
「奏、その……」
「あぁ、翼……大丈夫。大丈夫だよ、もう大丈夫」

 翼は恐らく、あの状況で奏を引き留めた……つまり兵士側の立場に立つ形の動きをした事で奏に対して負い目を感じているのだろう。だが奏はそれを責めず、頻りに大丈夫と言う言葉を繰り返した。それは翼に向けての言葉と言うよりは、自分自身に言い聞かせている様に周りには感じられた。

 取り合えずこのままでは埒が明かないので、一行は大人しく颯人と彼を取り囲む兵士達の後に続いて発令所へと向かった。

 するとそこでは、弦十郎を始めとしたオペレーター達が全員持ち場である席から立たされ、更にあちこちに銃を持つ兵士が警戒している光景が広がっていた。それを見て奏達は愕然となり、クリスは納得できない、マリアは信じられないと言いたげに思わず口を開いた。

「まさか、本当に……」
「本部が制圧されるなんて……」

 現在発令所内を実質的に占めているのはS.O.N.G.のオペレーターではなく、恐らくは日本政府から送られた人員であった。二課時代から続く青い制服ではない、赤い制服に身を包んだ者達がオペレーター席に座って何やらコンソールの操作などをしている。

 どう見ても別勢力による制圧としか言いようのない光景であったが、しかしこの場で政府側の責任者だろうカーキ色のスーツに身を包んだ男はマリア達を見下したような目と声色で返した。

「制圧とは不躾な。言葉を知らんのか?」
「しょうがねえだろ、日本語って他の言語に比べりゃ複雑なんだから。マリアはまだマシだぞ、ガルドなんて未だに諺ごちゃ混ぜに覚えてるくらいだぜ」
「今言う事かそれはッ!」
「黙っていろッ!」

 査察官のマリアを小馬鹿にした発言に対して颯人が茶々を入れる。それに対してガルドが反応し、騒がしくなった状況に査察官が声を荒げた。

 話が脱線しそうになったので、弦十郎が大きめに咳払いをして今現在S.O.N.G.が置かれている状況の説明も兼ねて査察官に話し掛けた。

「護国災害派遣法、第6条……日本政府は、日本国内におけるあらゆる特異災害に対して優先的に介入する事が出来る……だったな?」

 確認の意味を込めて弦十郎が言えば、気を取り直した査察官は厭らしい笑みを浮かべながら1枚の書類を取り出して見せた。

「フフン……そうだ。我々が日本政府の代表としてS.O.N.G.に査察を申し込んでいる。威力による制圧と同じに扱ってもらっては困る。世論がザワッとするから本当に困るッ!」

 正式な書類がある以上、この行動は世間的に認可されて然るべき正当なもの。正義は我にありとは言うが、人間自分が絶対に立場が上と分かっていれば性根がどうであれ強く大きく出られる。それが透けて見える査察官の物言いに、颯人は黙ってはいなかった。

「困らせて欲しくないんだったら、もうちょっと穏便に話を進めてもらいたいところなんだけどねぇ?」

 颯人の発言が癪に障ったのか、査察官は一変して鋭い視線を彼に向ける。しかしこの場に居もしない虎の威を借っている狐の視線など全く気にもならないのか、颯人は口笛を吹きそうな様子で明後日の方を見ていた。

「本当だよ。どう見ても同じじゃんか……」
「あの手合いを刺激しないのッ!」

 その様子を見ていた朔也は小声で颯人に同意し、あおいはこちらに査察官の矛先が向かない様にと不満を抑えきれずにいる同僚を窘めた。
 幸いな事に彼の言葉は査察官の耳には入らず、また査察官の矛先は絶賛颯人の方に向いている状態だったので咎められるような事にはならず話は進んだ。

「国連直轄の特殊部隊が野放図に威力行使できるのは、予めその詳細を開示し、日本政府に認可されている部分が大きいッ!……違うかな?」

 何やら含みを持たせつつ、確認するようなもったいぶった査察官の言い方に、弦十郎が納得いかないと言う気持ちを滲ませながら言い返した。

「違わいでかッ! 故に我々は、前年に正式な手続きの元――」

 人間としては規格外な肉体を持つ弦十郎だが、こんな見た目に反して思考は理性的だし通すべき筋は通す誠実な人間である。国連直轄特殊部隊とは言え、だからと言って好き放題するような事はせず正式な認可はちゃんととってから行動してきた。無論何事にも例外は存在するし、状況によっては人命その他を優先する為敢えて決まりを無視するような事は無いとは言わないが、その場合だって然るべき処分や手続きは踏んできた。

 そんな彼の言葉に対し、査察官は手を上げて遮るとねちっこい目を向けながら告げてきた。

「先程見させてもらった武装、開示資料にて見かけた覚えが無いのだが、さて?」

 この発言には弦十郎も苦虫を噛みつぶした顔にならざるを得ない。何しろアマルガムに関しては殆ど偶然の産物であり、先日存在が発覚して了子とサンジェルマンによりシンフォギアの武装の一つとして説明を受けたばかりなのだ。偶発的に手に入った機能であるが故に詳しいデータなども存在せず、これからテストなどを繰り返してデータを収集し然る後に資料を開示する予定だったのである。

 つまりはタイミングの問題であり、必ずしも査察官が暗に示している情報の隠蔽に当たる訳ではない。それを察してエルフナインが堪らず声を上げた。

「そんなッ! アマルガムを口実にッ!?」
「この口振り……最初から難癖付けるつもりだろッ!」

 あまりにも横暴な査察官の物言いに、この場でシンフォギア関連の技術に関する責任者である了子は意を決して前に出て口を開いた。

「その件に関しては、少々誤解があります」
「何かね?」
「先の機能、アマルガムは先日こちらでも確認された偶発的なもの。故にこちらでも詳細に関しては未だ纏め切れているものではなく、開示するには時期尚早と判断し試験を繰り返した後日本政府に情報を開示する予定でした」
「つまりこちらに情報が渡る前に実戦で使用せざるを得なくなってしまった。だからあれは隠蔽でも何でもないと、そう言う事かね?」
「そうです。ですので我々は、これ以上政府からの査察や干渉を受ける謂れはありません」

 飽く迄冷静に、毅然とした態度で査察官と対峙する了子。その様子を響達がハラハラした顔で見守り、弦十郎も固唾を飲んでいる中、査察官は小さく肩を竦めてみせた。

「なるほど……確かにそれなら筋は通る。S.O.N.G.の技術主任である櫻井 了子氏直々にそうまで言われては、こちらとしてもそれをしつこく疑ってかかる訳にはいかないな」

 意外とあっさり引き下がるかのような対応を見せる査察官に、了子はホッと胸を撫で下ろしつつ違和感を覚えた。ここまで物々しい事をやっておきながら、物分かりが良すぎる。まだ何か裏があるのではないかと思ったのは、彼女1人ではなくS.O.N.G.に所属する者全員であった。

――何だコイツ等? 他に何を……――

 奏が訝し気な顔をしながら査察官を見やり、そしてその視線が颯人に向いた時、彼らの本当の目的に奏は気付いた。

「おい、まさか……!?」
「だがこの男に関しては、話しが別だな」
「颯人君がどうしたと言うんだ?」

 査察官の言葉に兵士達は改めて颯人に銃口を向け、弦十郎は険しい顔になってその理由を問う。対する話題の中心である颯人本人は、今にも鼻歌でも歌い出しそうなほどにリラックスした様子で佇んでいた。

「この男は先程、敵の組織の者を1人捕らえたそうだが……その者は今どこに居るのかね?」
「ッ!」

 この言葉には弦十郎も言葉を詰まらせた。何しろ颯人はあの場から連れ出したミラアルクを、発令所には連れてきていないのだ。モニターを見ているだけだった弦十郎達も、颯人がミラアルクをどこへ連れて行ったのかは知らない。故に答える事は出来ず、そしてその沈黙は査察官にS.O.N.G.を責める口実を与えた。

「彼の者は日本政府にとっても重要な参考人だ。それを匿っていると言うのであれば、護国災害派遣法に則り強硬手段も辞さない。言いたい事は分かるな?」

 つまりは大人しくミラアルクを引き渡せと言っているのだ。これには弦十郎も言い返す事が出来ない。確かにミラアルクは日本政府にとっても、決して無視する事は出来ない重要参考人。それを組織どころか個人で匿っているとなれば、痛くない腹を探られて変な勘繰りをされても仕方がない事である。

 勿論弦十郎は颯人のことを信じているし、アリスとミラアルク達の関係性の事もあって今彼女が何処にいるのかは大体予想がつく。しかし、それをこの男に説明したところで納得する事は無いだろう事は明白であった。

 沈黙で返す弦十郎に、査察官は勝ち誇った様子で話を締めくくろうとした。

「後ろ暗さを抱えてなければ、素直に査察を受け入れてもらいましょうか。特に、この男に関しては念入りに」

 颯人がミラアルクを何処かに匿っている事を口実にS.O.N.G.に対する査察を受け入れさせようとする査察官。弦十郎は鉛を飲み込んだような顔をしつつ、せめてもの抵抗で切れるカードを切ろうとした。

「……颯人君はそこの明星 輝彦と同様飽く迄外部からの協力者に過ぎない。我々に干渉したところで、得られるものなどたかが知れているぞ」

 弦十郎の言葉に、颯人と同じく四方から銃口を向けられながら壁に寄りかかり腕組みをしている輝彦が軽く顔を上げた。事の推移を見守るつもりだろうその視線が、弦十郎には彼が自分達を責めているように見えて申し訳なくなってしまった。

「なるほどなるほど……では、我々としてはこの男を逮捕する以外に無くなってしまうが、それでいいかな?」
「なっ!?」

 まさかここまで強硬手段に出るとは思っていなかったので、弦十郎も今度こそ言葉を失った。何を考えているか分からないこの査察官が率いる査察を素直に受け入れるのはリスクが大きい。だがそれを突っ撥ねれば颯人が逮捕されてしまう。彼1人を犠牲にしてS.O.N.G.への不干渉を貫かせるか、彼を守る為にS.O.N.G.への干渉を受け入れるか。
 前者の場合S.O.N.G.はこれまで通りに動けるだろうし、颯人も奏の事があるから大人しく逮捕を受け入れる可能性が高い。だがその場合颯人がどんな目に遭うか想像もできない。何しろこの査察官の背後に居るのは十中八九、護国の鬼を自称する訃堂だ。あの非情な老人であれば、護国の為と称して颯人の事を拷問や実験台にする事も厭わない。

 逆に後者を選べば、颯人にも一定の自由が約束されるだろうがその代わりS.O.N.G.が多大な干渉を受ける。発令所も政府からの干渉を受け、有事の際も政府の意向が多分に盛り込まれる。

 どちらを選んでも弦十郎としては苦しい決断となる中、査察官の物言いに遂に奏が噛み付いた。

「おいいい加減にしろッ! さっきから聞いてれば好き勝手に言いやがって、テメェ何様のつもりだッ!」
「奏、待って!?」
「待ちなさい奏、駄目よ! 落ち着いてッ!」
「落ち着いてなんて居られるかッ! 颯人は、颯人が……!」

 奏としては颯人がとんでもない目に遭うかもしれない瀬戸際なのだ。黙っていろなど土台無理な話。彼を守る為であれば、奏はこの場で査察官が率いる部隊と一悶着起こす事も辞さない覚悟であった。

 翼とマリアに必死に押さえられている奏を蔑む様に見ながら、査察官は再度弦十郎に問い掛けた。

「さて、どうするかね? この男を我々に差し出すか、それとも査察を受け入れるか?」

 査察官の視線と、颯人の様子、そして暴れる奏の姿に、弦十郎も遂に決断した。

「むうう……いいだろうッ! 査察を受け入れる。だが、条件があるッ!」

 個人の人権と自由を守る為だけに組織全体を犠牲にするのは、組織の長としては失格なのかもしれない。だが弦十郎は個人を切り捨てて前に進めるほど非情ではいられなかったし、ここで全てを受け入れるほど往生際がよくも無かった。せめて出来る限りの譲歩はさせてみせなければ、それこそ颯人や奏達に対して顔向けできない。

「装者と魔法使いの自由、コンバーターユニット等の傾向許可ッ! 今は戦時ゆえ、不測の事態の備えくらいはさせてもらうッ!」

 颯人達が自由でいられるのであれば、やりようは幾らでもある。何より有事の際には常に最前線で命の危険と隣り合わせの中で戦ってくれている装者と魔法使い達が、不必要に行動が制限されるのは弦十郎としても容認出来る事ではなかった。

 この条件に対し、査察官は顎に手を当て思案する。条件としては妥当なように思えた。だがここで素直に頷いてしまえば、相手を自分と同じ土俵に立たせてしまいかねない。飽く迄も自分達の方が立場が上と言う形を作らなければ、いざと言う時に御しきれなくなる可能性がある。
 そう考えた彼は、追加の条件としてアマルガムの使用禁止を提案した。

「折り合いのつけどころか……ただし、あの不明武装については、認可が下りるまで使用を禁止させてもらおう」

 この期に及んで更なる条件の追加、それも折角新たに手に入れた決戦機能の使用禁止。敵の幹部が1人堕ちた上にミラアルクまで捕らえられたと言う状況ではあるが、ワイズマン他ジェネシスの幹部が何をしてくるか分からない今戦力の低下は出来れば避けたい。だが他に差し出せる条件も無い今では、この提案を飲む以外に選択肢は無かった。

 弦十郎は泣いて馬謖を斬る思いで頷こうとした。ところが…………

「くッ、勝手に――」
「ちょい待ち」

 それまで黙っていた颯人が突然口を開いて弦十郎の言葉を遮った。一体何だと全員がそちらを見れば、彼は徐に帽子を脱いでそれを査察官に差し出した。一体何なんだと査察官が差し出された帽子の中を見れば、そこにはインフィニティースタイルに必要なウィザードリングを始め各種ドラゴンスタイルの指輪が入っているではないか。
 その光景に査察官も思わず言葉を失う中、颯人は帽子を揺らしながら条件を口にした。

「コイツを担保にするって事で手を打たねえか? 流石にこの状況で、アマルガムとやらまで封じられるのは納得いかないんでね」
「でも颯人、それは……!」

 ここで颯人が身を削れば、確かに装者全員の戦力低下は免れる。だが代わりに今度は颯人が大幅に戦力低下した状態での戦いを余儀なくされてしまう。インフィニティーは勿論、各種ドラゴンスタイルも無しで幹部や場合によってはワイズマンと戦わなければならなくなるのは、彼が危険に晒される場面が多くなることに繋がってしまう。流石にそれを看過できる奏ではなく、思い留まらせようとするが颯人はそれを手で制した。

 一方査察官としては、場の主導権を颯人に持っていかれた事が面白くなかった。確かに颯人が身を削る形となってはいるが、話を主導しているのが颯人である現状、何か裏があるのではと勘繰らずにはいられない。

「……悪くない提案かもしれないが、我々に君からの提案を飲む義理があると思っているのかね? 君は部外者だろう?」

 査察官としては、先程弦十郎が口にした颯人は協力者=部外者であると言う発言からこじ付けて彼を黙らせようとしたに過ぎない。だがずる賢さと言う点に関して言えば、颯人は査察官の何倍も上を行っていた。

「分かってねぇなぁ。アンタらがお望みの錬金術師は今その部外者が握ってるって事忘れてねえか? もしここで俺が臍曲げて姿眩ませたら、あの子がアンタらの手に渡る事は絶対に無いぜ。何せここを幾ら叩いても出る埃なんてねえんだからな」

 因みにこれはブラフである。颯人はミラアルクを本部潜水艦の集中治療室へと直接連れていき、今はアリスが面倒を見ている。諸々の処置の事も考えて、そこへ連れていくのがベターだと考えたのだ。だから本気で本部の中を探し回れば、査察官はミラアルクを見つける事が出来る。

 それを悟らせる事なく颯人がここにミラアルクが居ないと告げれば、査察官は眉間に皺をよせ喉の奥から唸り声を上げ悩んだ。アマルガムの使用を制限するのは、何よりもS.O.N.G.に必要以上の行動をとらせないと言う牽制の意味が強い。強力な武装を封じれば、S.O.N.G.の活動も極力消極的にさせる事も不可能ではなかった。
 その一方で協力者と言う立場の颯人に対しては、彼らの権限も部分的にしか機能しなくなる。何より本気で颯人に逃げに走られると、彼らもそれを追うのには多大な苦労を要する事が容易に想像できた。ただの個人ではなく神出鬼没な魔法使いを、ただの人間が追うのは限界があるからだ。勿論素直に受け入れる事はせず、奏辺りを人質にすれば或いは颯人を大人しくさせる事も出来たかもしれない。だがその場合叛意を募らせた彼がここぞと言うところで彼らの活動を引っ掻き回したりする可能性がある事を考えると…………

「~~~~、良いだろうッ! それで手を打とうじゃないか。ただしもう一つ条件がある。君にはこの本部の外には出ないでいてもらおうッ!」
「ん~……ま、しゃーねーか。じゃ、交渉成立って事で」

 そう言って颯人は5つの指輪を査察官に手渡し、受け取った査察官は忌々し気に颯人から離れて早速部下に指示を出し始める。同時に颯人の周りから兵士が居なくなったのを見て、奏は颯人に駆け寄った。

「颯人ッ! お前、何であんな……!」

 これから暫くの間、颯人は初期スタイルのみでの戦いを強いられる事になってしまう。それで本当に大丈夫なのかと奏が心配すれば、颯人はあっけらかんとした様子で答えた。

「な~に、気にすんなって。何とかなる何とかなる」
「何とかなるって、そんな軽々しく……」
「大体さ、俺が何の策も無しにあんな条件出すと思う?」

 思わせぶりな事を口にして、颯人はあれこれ部下に指示を出す査察官の姿を見た。その視線に奏は覚えがある。そう、彼が何か悪戯を仕掛けた時に見せる特有の視線だ。

 視線の意味に気付いた奏が凝視していると、颯人は彼女に向け小さくウィンクしてみせた。それを見て奏は、彼が何かを企んでいる事を確信し、そう思うと不思議と不安が薄れていくのを感じるのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第216話でした。

原作ではここでアマルガムが一時的に封じられますが、本作ではそれは免れました。代わりにウィザードがインフィニティーを始めとした強化フォーム全て封印です。特にインフィニティーはそれ自体に制限が無く強すぎるのでね。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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