邪教、引き継ぎます
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第四章
41.白く輝く地・ロンダルキアへ
「まあそういうことでだ、フォルよ。わしはラダトームとの関係もある。軍事に関しては表立ってお前に協力することはできぬだろうが、これからもよろしく頼む」
「こちらこそ! よろしくお願いします」
「とりあえず、すぐ帰るのもなんだ。お前の用事が終わるまでは同行するぞ」
フォルは恐縮して、竜王のひ孫に大きく頭を下げた。
そして倉庫から悪魔神官の研究資料を回収……する前に、礼拝堂の内部を見回した。
「何か気になることがあるのか」
竜王のひ孫が、フォルの動きを不思議そうに見ている。
「はい。今の妖術師様……亡霊になるということは、相当な強い思いがあったはずです。ここには教団の大切な資料がありますが、それを守るためだけに、とはとても思えないのです」
そのフォルの考察に反応したのは、以前にここで働いていた経験がある祈祷師ケイラスであった。
「それならば、念のためにこの奥も見てみたほうがよさそうだな」
彼が示したのは、礼拝堂の壁にある一つの扉。アークデーモンのダスクでも問題なく入れそうな大きさがあり、重厚な金属でできていた。
「ここも倉庫ですか?」
「いや、この扉だけは違う。奥は湧き水の流れる場所に続いており、そこから飲用や生活用の水を得ていた。そこそこ広いので何かあるかもしれない」
しかし、扉は頑丈な錠がかけられていた。
「施錠が……」
「今の妖術師がかけた可能性があるな」
ケイラスも鍵がどこにあるのかはわからないということで、若アークデーモン・ダスクが扉の前に立った。
「壊すぞ……っ……んだこれ? 妙に頑丈だな」
怪力を誇る種族である彼の力でも、びくともしない。
タクトがその結果にウキウキし始める。
「竜王のお孫さんの出番だ! その巨体ならめちゃくちゃ怪力だよね。こんな扉を壊すのも訳ないでしょ?」
「そうだな。わしの力なら訳はない」
「おー、ワクワク」
「よし、見ておれ。アバカム」
太い声での詠唱からやや遅れて、ガチャリという音がした。鍵が外れたようだ。
「呪文で開けるんかい!」
「フハハハ」
扉の奥は、ケイラスの言うとおりだった。
部屋ではなく、一本の幅の広い道が長く延びていた。
向かって左手は、壁ではなく大きな空洞が続いていた。地面はない。溶岩で満たされていた。
向かって右手は、岩の壁である。
「力は持ったうえで使わない。それが一番バランスがよいのだ」
人型の姿に戻った竜王のひ孫は、道の真ん中を歩きながら、左隣を歩くフォルに言った。
「わしはこの世界で最も力を持つ者の一人じゃ。しかし力をもって好き放題しようとすれば、やがて世界中の戦士がやってきて、わしは曾祖父と同じ運命を辿ることになる。だからわしは力を使わぬ」
竜王のひ孫の話は、まるで講話のようでもあった。
「ただ、それは力が不要ということを意味するものではない。仮にわしが何の力も持たぬならば、竜王の島はとうの昔に滅ぼされ、今は存在していなかったかもしれぬ。力を持たぬ者も侮られ潰される。その意味では、まだこの世界は『力の世界』のままなのだろう。わしの曾祖父のころより世界全体が進歩しているであろうとはいえだ。
ロンダルキアで聞いたが、お前は教団の遺民を生き残らせるために新たな破壊神の召喚を目指しているそうだな? おそらく今のお前には必要なことだ。やればよい。お前の進もうとしている道は間違っていない。誰もが納得する圧倒的な力を手に入れよ。そして使うな。それが今のわしがお前にできる助言だ」
フォルは相槌を打ちながら話を聞き、助言に感謝した。
「“まだ”この世界は『力の世界』のまま……いずれそうではなくなるのですね」
「それは誰にもわからぬ。神や精霊ですら予想できないだろう。だが――」
竜王のひ孫がニヤリと笑った。
「お前は若い。新しい世界を構築してゆく一人になるやもしれぬ。それまでに潰されることがないよう頑張るがよい」
後ろでシェーラとダスクが顔を引き締め、ケイラスが仮面をキラリと光らせる。ミグアは一見無表情のまま。タクトは珍しく子供臭さのない大人の笑みを浮かべていた。
おそらくケイラスを除く全員が想像していた以上に、歩いた。
「あっ、湧き水ですね」
道の終点は、礼拝堂ほどではないが、広く開けたところだった。
天井の空間が斜めに走っているので視認はできないが、上のどこからか光が入ってきているようだった。さほど暗くはない。
洞自体はまだ奥にも続いているようだが、地面はそこで終わっており、先は溶岩ではなく水が満たされていた。どうやら流れもあるようである。
この場所は溶岩の影響を受けていないのか、ひんやりとした空気がフォルたちの頬を撫でる。
「ここが水汲み場だ」
「箱や壺もたくさん置いてありますね」
「保存食の貯蔵にもここを使っていたからな」
ちょうど全員が、積まれているそれらを見ていたときだった。
ガターー。
小さな音とともに、大きな箱の陰から、現れた。
「……!」
背が低い、薄汚れた魔術師のローブを着た人間。
礼拝堂の一件があったため、シェーラやダスクが一瞬緊張を走らせて武器を構えたが、すぐにそれを解いた。
仮面を着けていないその魔術師の顔は、明らかに生者のものであったためだ。
「ぁ……ぁ……」
間違いなくフォルよりも年少であろう、茶髪がボサボサに伸びた子供。
目は驚きで見開かれていた。開いた口はピクピク動き、声をわずかに漏らすだけ。言葉は出てこない。
子供は足を、一歩、二歩と、出してきた。
それはあまりにも弱々しく、膝は震えていた。
「あっ」
フォルが声を出し、走る。子供が倒れることを察したためだった。
間に合った。
フォルは子供の体を両手で抱えた。
「すみま……せん……」
やっと言葉を絞り出したその子供の体は、細く、非力なフォルの腕にも軽く感じた。
「大丈夫です。あなたは、なぜここに? まだ他にどなたかいらっしゃるのですか?」
「ぼく……だけです……お師匠様が……ぼくに、生きろと……最後の力で……」
フォルはその言葉で理解した。
「私と、同じですね」
目から、雫がこぼれ落ちる。
「一緒に、帰りましょう。ロンダルキアへ――」
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