東方守勢録
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第三話
男は軍服を着ているわりには茶髪で少しいまどきの若者のような風貌をしていた。腰にはハンドガンを入れるホルスターを装備しており、俊司に渡されたハンドガンとほぼ同じハンドガンがセットされている。
「……一体何の用?」
相手の姿を確認したと同時に、紫は警戒心を敵対心に変えて相手を睨みつける。しかし現れた男は怯むどころか不敵な笑みを浮かべると、二人との距離を縮め話を続けた。
「今回は大事な取引で出向いたまでですよ。その前に、私は革命軍第9小隊所属クルト・バーン大尉です。以後お見知りおきを」
と言い軽く一礼をするクルト。いきなり襲ってくるような様子はないが、何か裏があるに違いない。紫は俊司を守るようにしながら前に立つと、そのまま戦闘態勢をとって威嚇を始めた。
「そんなに警戒されては困りますよ。まるで私が悪党みたいじゃないですか」
「それ以外なにかあるかしら?」
クルトは両手を上げ敵対心がないことを伝える。しかし紫は依然と戦闘態勢を解かず彼を凝視し続けた。
数秒間膠着状態が続き変な間が生まれる。さすがに面倒なことになってしまったのか、クルトは軽く溜息をつくとまた不敵な笑みを浮かべた。
「まあいいでしょう。今日はあなたに用があるわけじゃないんで」
「なっ……」
クルトの視線は紫ではなくその背後にいる俊司に向けられていた。それもなぜか獲物を見るような眼で威嚇しているようだ。
戦闘慣れしていない俊司はビクッと反応すると、何かを感じ取ったのかずるずると後ずさりをはじめた。根拠はないが何かよくないことが起きる。彼の脳内には危険信号がそこらじゅうから発信されていた。
(なんだ……変な感じがする……)
「知ってますよ?彼があなた方の切り札だということは……」
切り札と言うのは俊司のことだろう。なぜ自分が切り札と言われているのかもわからず、俊司はただクルトを警戒し続ける。
「くっ!」
これ以上は危険だと判断した紫は、瞬時にスキマを展開し中から大量の弾幕を放出していく。青白い光をまとった弾幕は、高速状態を保ったまま一直線にクルトへむかっていく。その後轟音とともにクルトの周りを徐々に砂埃が包み込んでいった。相手はよけるそぶりを見せていなかったし直撃しているはずだろう。
しかし俊司のことを見破った彼が、なにも用意をせずに現れるわけがなかった。
「……なっ!?」
「いきなり攻撃とは……こっちは争いに来たんではないんですよ?」
砂埃の中から出てきたのは、微動だにせず無傷のままその場で立つクルトの姿だった。よく見れ彼の足もとに青白く光る何かが展開されている。円状のマークに均等に並べられた英文。中央には何か意味ありげな絵のようなものが描かれている。間違いなくファンタジー系ゲームなどでよく登場する魔方陣そのものだった。
「能力持ち……」
幻想郷には能力で魔法を使う人達が存在しているが、クルトの魔方陣もそれに似た能力の一つなのかもしれない。一概にどう言った能力なのかは断言できないが、魔方陣を設置していることから『設置魔法を操る程度の能力』と推測できる。
紫は念のため辺りをじっくりと見渡してみる。幸いどこにも魔方陣のようなマークは見当たらなかった。
「お察しの通り……では、先に攻撃してきたのはそっちですから……遠慮なく」
クルトは右手を前で掲げるとまた青白い光を放つ。その中では彼の手が何かを動かすかのようなそぶりを見せていた。
しかし数秒たっても何も起こらない。さっきのような防御魔法が発生するわけでもなく、弾幕のような攻撃魔法も発生していなかった。
疑問に思った紫は警戒心を少し解いてしまう。そんな彼女を見ながらクルトは不敵な笑みを浮かべていた。
「なにも起こらないじゃな――」
「 紫さん! 左!!」
「えっ……!?」
紫はあわてて俊司の指さす方向に視線を向ける。そこにあらわれていたのはうっすらとした魔方陣のようなものであった。微量の光を放ちながら徐々にその光を大きくしていく。
その後魔方陣は光を思いっきり放出させると、光の中から何本もの青白く光る触手を放出させた。出現した触手は一瞬ピタリと止まったかと思うと、奇妙な動きをさせながら紫達めがけて一直線に向かってくる。
「くっ!」
紫はスキマを三つ展開させると、なかからさっきとは比べ物にならない量の弾幕を放出していく。放出させた弾幕はうまい具合に触手にぶつけ、きれいに相殺させていった。
しかしすぐに収まると思われていた触手攻撃も、何分経っても途切れる気配すら見当たらない。紫にとって弾幕を放出させるくらいなら別に大したことはないが、予想以上の攻撃に集中力がだいぶ持っていかれていた。
「いつまで……続くの……」
思わず口から漏らしてしまう紫。するとクルトはその発言を待ってましたと言わんばかりにしゃべり始めた。
「そうですねぇ……私の魔法が尽きるか、あなたが尽きるか……彼が尽きるか」
「なっ!?」
「うわっ!」
突如二人の背後から無数の触手が発生し、さっきのように奇妙な動きをしながら俊司めがけて飛び始める。
俊司をカバーしようとする紫だったが、スキマを展開させようとした瞬間別方向から彼女に向けて触手が邪魔をし始める。そうこうしている間にも触手は俊司のすぐ目の前まで接近していた。
「ジ・エンドですかね」
勝利を確信するクルト。しかし、外来人の少年はこんな状態になっても諦めようとはしていなかった。
「くそっ! 外来人だからってなめんなっ!」
大方の予想を翻し、俊司はまるで外来人とは思えないステップで触手攻撃から逃れていく。いくら文武両道だとは言えど、こんなに早い対応ができるわけがない。
だがよく見てみると少年は最小限の動きしかしていなかった。大きく行動するときはよけるべき触手をきちんと見極め、それ以外の時は手足や腕などを少し動かしてギリギリ当たらないラインを通していた。
(あぶねぇ……なんかここでやっと普段の練習が生きてきてる気がする……)
普段からいろんなスポーツを行っていたことでこんな時に感謝するなんて彼も思っていなかっただろう。俊司は震える手を無理やり押えながら、必死に飛んでくる触手をよけ続けた。
予想外に近い状況を見て、クルトは何もしゃべろうとはしていなかった。さすがにただの外来人にあそこまでされると、言葉を失ってしまうのは仕方ない。しかし、彼の口元はなぜか少しずつにやけ始めていた。
「さすがはスポーツ万能・成績優秀の高校生だ! 実に予想外過ぎて面白い……」
クルトは高らかに笑いながらそう言った。彼にとっては予想外とかの話より面白い事にすぎないのだろうか。
「ちっ……だからなんだ!」
俊司は触手をよけながら彼の方を見る。しかし彼の顔を見た瞬間、俊司はなぜか危機感を覚えた。
彼は不気味な笑みを浮かべたままこっちを見ている。だがその笑みは面白さによるものではないと、根拠はないがそう感じられた。まるで想定外の状況を想定内だったと言わんばかりに。
「でも君は大丈夫でも、彼女は……どうかな?」
「!?」
俊司は紫の方に視線を向ける。目の前の攻撃にいっぱいいっぱいになった紫は、かろうじて触手の攻撃を防いでいた。しかし、そんな彼女の足元から数本の触手が地面を這うようにして接近していた。
「だめだ!紫さん足元!!」
「えっ……!?」
俊司の忠告とほぼ同時に一本の触手が紫の右手をつかんだ。
「しまっ……きゃあ!?」
触手は紫の体を宙に浮かすとものすごい勢いで放り投げる。そのまま紫の体は木の幹に叩きつけられ、激痛によって動けなくなってしまった。もし生身の人間だったなら骨折は免れなかっただろう。
「いっ……た……」
「攻撃は一回だけでは終わりませんよ?紫さん?」
クルトは楽しそうな顔をしたまま右手を紫に向けると、すべての触手を紫めがけてのばし始める。紫はすぐさま立ち上がると背後にスキマを展開し、触手を避けようと中へ逃げ込もうとしていた。
だがクルトがスキマのことを忘れているわけがなかった。
「ははっ、させるわけがないでしょう?」
「なっ……!?」
どれだけ動いても体が言うことを聞かない。何か違和感を感じ取った紫は、おそるおそる自分の右手へ視線を向ける。
そこには絡みついた触手の姿があった。
「は……離して!」
なんとか振りほどこうとするが、何度やってもびくともしない。紫は能力を使用して無理やり触手を切り落とすが、触手は瞬く間に再生を行い紫の動きを封じていく。
俊司はハンドガンに手をかけて打開策を練ろうとするが、自身も攻撃を避け続けているのでそれどころではない。それにハンドガンごときで何とかできる状態でもなかった。
「う……あ……」
どうしようもない状況を目の前にして思わず声を漏らす紫。触手たちはまるで大きな化け物が相手を丸のみにしようとするかのように大きく展開すると、彼女を一気に飲み込もうとする。
「やめ……きゃあああぁぁ」
叫び声と共に紫の体は触手に飲み込まれていった。
触手は紫を飲み込んだまま地面を這うと、近くにあった木にまとわりついて行く。やがて半球型の状態になったところで落ち着くと、そのままピタリとも動かなくなった。
「そんな……紫さんが……」
俊司は唖然としたまま無意識にそう呟いていた。
幻想郷の実力者であるはずの八雲紫が、いきなり現れた魔道士に封じ込まれてしまったのだ。とこからともなく現れる触手と、自由自在に作り上げ好きなところに設置できる魔方陣。それにかなり高い知恵と臨機応変に対応できる頭脳がもたらしたが、今俊司の目の中に映り込んでいる。
これからこんな敵と戦うことになるのだろうか。そう考えると無意識に手が震え始めていた。そんな彼を見たクルトは、また不敵な笑みを浮かべて俊司に話しかけてきた。
「絶望とはこのことだろうな……さてと、うるさい人は動かなくなったし本題に入るとしようか」
「本題……?」
「ああそうさ。だが、そのまえに」
クルトはその場で指をパチンと鳴らす。すると木にまとわりついていた触手のほとんどが消え去り、なかからぐったりとしたままの紫の姿が見え始めた。やがて最低限紫を縛り付けるのに必要な触手以外はすべて消え去り、あたりにはまた静寂な空間が生まれて言った。
「く……あ……」
「紫さん!」
うっすらと目を開けた紫はよわよわしい視線を俊司に向ける。その目は明らかに逃げろと俊司に訴えかけてきていた。
俊司は紫の意図を理解したものの、体が金縛りにあったかのように言うことを聞かない。今逃げれば彼女はどうなるだろうか。それより逃げたところで自分は助かるのかさえ定かではない。勝ち目のない状況が彼の思考をどんどんと焦がしていった。
「大丈夫大丈夫!彼女は殺したりはしませんよ……まあ、あなたしだいですが」
「はやく……本題を言え」
恐怖に怯えながらも俊司は残った勇気を振り絞り、可能な限りクルトを睨み続ける。だがクルトは怯むどころか軽く笑いながら話を続けた。
「おお、殺気にあふれてますねぇ……では遠慮なく」
そう言うとクルトは腰にぶら下げていたホルスターからハンドガンを抜き取り、俊司の顔面に向けてゆっくりと銃口を向けた。それを見た瞬間、俊司は死の恐怖に心を奪われ何も考えられなくなり、全身から冷や汗がだらだらと垂れ始める。
「なにを……」
「君に二つの選択肢から一つ選んでもらう」
うっすらと笑みを浮かべたクルトは、一本指をたてた後残酷な選択肢を口にした。
「私と一緒に来て革命軍として戦うか、私にはむかいこのまま死ぬか」
「なっ!?」
俊司は脳内のどこかで思考が切れる音が小さく聞こえたきがしていた。
要するに死を選ぶか裏切りを選ぶかということだ。裏切れば彼らと一緒に幻想郷を侵略することになり、助けを求めてきた紫の気持ちを踏みにじることになる。しかしかといって従わないならば、今こちらに向いている銃口から鉛玉が飛び出すのは目に見えていた。
どちらもバッドエンドしか見えていない状況が、俊司の脳内を白色に染めていく。そんな彼に追い打ちをかけるように、クルトは静かにカウントダウンを始めた。
「もちろんじっくり考えてもらってもいいですよ?ただし……彼女がもつまで」
「なっ!」
「はいスタート」
クルトの合図とともに、触手達が紫を巻き込んだまま木を締め付け始める。木の表面がへこみ始める音と彼女の叫び声だけが、静かに響き始めた。
「あ……うああぁぁぁ!!」
紫の叫び声が俊司の思考をさらに遅らせていく。妖怪の紫ならすぐに力尽きることはないだろうが、かといって時間をかけすぎてしまえば彼女が死んでしまう可能性もなくはない。
能力を使えば紫はあの触手から脱出できるはずだが、紫はなぜか能力を使うそぶりをみせない。激痛のせいでそれをする暇がないのか、あるいは彼がなにかしらの策をたてて能力を封じているかだが、どちらにしろやばい状況にかわりはなかった。
「紫さん!……てめぇ」
憎しみに満ちた顔でクルトを睨みつける俊司。そんな表情をされてもクルトは澄まし顔で俊司を見ていた。
(このままじゃ紫さんが……でも、どうしたら……)
俊司の顔には焦りの色と冷や汗が尋常じゃないほど浮出ていた。それを見ながら目の前の人間はとても楽しそうにしている。
「質問してもいいよ?彼女が生きてたらだけど」
救済処置のためかただなめられているのかわかりはしないが、この状況になってそんなことを言い始めるクルト。今の俊司にとって質問を考えてられる思考など、ほとんどないに等しかった。
「くっ……なんで俺があんたみたいな魔法使いについてかないといけないんだ!」
俊司は無意識にそう叫んでいた。それを聞いたクルトはなぜかわからないが、キョトンとした顔で彼を見ている。
俊司の質問には別におかしい点なんて見受けられなかったはずだ。だがかれが反応したのはおかしい点なんかではなく、一つの単語のことだった。
「魔法使い……ぶっ……アハハ!! アハハハッ!!」
数秒間無言の間が続いた後、なぜかクルトは我慢できなくなったかのように笑い始めた。
設置魔法を使う魔法使い。誰が聞いても間違っているようには思えないはずだ。それなのにクルトは腹を抱えて笑い続ける。
「魔法使いねぇ……ぜんぜん違うよ。君と同じさ?」
「えっ……」
何を言っているのかわけがわからなかった。自分と同じだなんて魔法を使っている人が言うようなことではないはずだ。俊司の特徴と言えば、なんの能力も持っていなくどこにでもいるようなただの外来人という点しか見受けられない。それのどこが同じだと言うのだろうか。
だがこの時まだ俊司はここに連れてこられたもう一つの理由を知るよしもなかった。ただの魔法使い相手に外来人を連れてきた時点で負けることなんてわかりきっていると言うのに、それを紫が気付かないわけがない。真の理由と言うのは、俊司が外来人だったことなのだ。
そしてなにもわからない少年に、聞きたくもなかった事実が伝えられるのであった。
「言葉通りだよ……私たち革命軍は全員外来人さ」
ページ上へ戻る