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東方守勢録

作者:ユーミー
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第二話

「認める……か……」
「ええ」
 女性の問いかけに反応するかのように、俊司はほぼ無意識のままそう呟いていた。
 『八雲 紫』と言うのはあるゲームに登場してくるキャラクターのことだ。そのゲームは一般的に弾幕型シューティングに分類されていて、人気も高く熱狂的なファンも多い。ゲームが好きな俊司もそのゲームをプレイしたこともあるし、好きなゲームの一つでもある。
 目の前の女性はその『八雲 紫』本人だと言い張るのだ。コスプレとかなら話は分かるが、そんな人でも本人だと言い張ることはない。変な人間だと思われてしまうからだ。
「認めるも何も、現実に『八雲 紫』が存在してるわけがないだろ」
 常識の範囲で彼は返事を返す。普通の人ならゲームの中の人間が実在しないと考えてそう答えるだろう。しかしながら女性はなぜか呆れたように溜息をつくと、日傘を閉じながら話を続けた。
「そう……なら言い方を変えるわ。もし、『八雲 紫』が存在していたら、あなたはどうしたら私を『八雲 紫』として認めてくれるのかしら?」
 決して強気の姿勢を崩さない女性は、今度は扇子を取り出して静かに扇ぎながらすまし顔でそう言った。
 正直なところ相手が正気だとは思えない。どこにでもいるようなただの人間が、ゲームに出てくるような特殊能力を使えるはずがないのだ。しかし目の前の女性は、なぜかそれをやってのけようと言わんばかりにこちらを見ている。
 やれる訳のない事をやれと言えば相手も諦めるだろう。そう考えた俊司は自分の知ってる『八雲 紫』の情報から返答を探り始めた。
(紫といえばやっぱりスキマか……でもそれだけだったら……できるかどうかは別としてマジックや催眠術をかけられたら思い込みでそうなるかもしれない……)
 『八雲 紫』の能力と言えば境界を操る程度の能力。それを使えば物と物の境界をなくしたり作ったりすることができる。その能力を応用して作り出すスキマは、遠くへ移動する手段や外を見る方法などとして使われることも多い。そんな能力が人間に出来るはずがないだろう。
 しかし、スキマだけを作り出すとしても何か不安が残っていた。もしマジックや科学的に証明できるものでそれに似た何かを作り出されたら、実物をしらないこちらにとっては不利になってしまう。俊司の知っている範囲ではそんなことはないはずだが、念には念を入れたいところだ。
「とにかく、『八雲 紫』ができる範囲でお願いね」
「……わかった」
 考え抜いた揚句、彼は絶対に無理だろうと思った条件を一つ加えて返事を返そうとしていた。
 だがこのとき、少年はすでに日常の世界から非日常の世界にいることに気づいていなかったのである。少年の知っていた常識は、すでに塗り替えられていたことにも。

 非日常の歯車は少しずつ音をたてて回り始め、彼の進むべき未来を変え始めていた。

「あんたが『八雲 紫』なら、俺をスキマを使って幻想郷に連れて行け」
 幻想郷と言うのはゲームの舞台となっている世界の事である。『八雲 紫』が実在しているならばその世界も存在しているはずだ。しかしながら実際に存在しているはずもないし、連れていくことも出来ないだろう。俊司は完全にこちらの勝ちだと確信していた。
 しかし、この後すぐに彼の考えは甘かったことを思い知らされる。
「……ぷっ……フフッ」
 何がおかしいのか、女性は急にクスクスと笑い始めた。返答におかしなところなんて何もない。まるで彼女の笑いはこの返答を見越していたかのようだった。
 予想の斜め上をいく反応に、俊司は体中から冷や汗が出る感覚を感じていた。なにかよからぬことが起きそうだと、本能的に自分に訴えているのだろうか。
「な……なにがおかしいんだ?『八雲 紫』なんて現実世界にいるわけないし、スキマも使えない。ましてや幻想郷なんて――」
「あるわけない。それが日常をすごしてきた人の考え方ね」
 女性は急に声のトーンを変えると、扇子を閉じて静かに少年に近づいていく。そこにはさっきまで浮かべていた笑みもなく、ただならぬ雰囲気を漂わせていた。
 不吉な予感が的中したみたいだった。少しづつ後ずさりをして女性から距離をとり始めるが、背後はさっき見ていた路地の壁。ついには逃げ場を失ってしまい、女性は俊司の目の前まで来ていた。
「じゃあ証明してあげる。ちょうど私もそれが目的だったから」
「……は?」
 何を言ってるのか俊司には一瞬わからなかった。だがよくよく考えれば簡単なことだ。さっき自分が言っていた事を彼女は証明すると言ってるだけなのだから。
「何を言って……!?」
 反論しようとした俊司の足元から冷たい空気が流れ込む。それと同時に、地面の感覚というものが一瞬で消え去った。重力に引かれ、俊司の体はどんどんと吸い込まれていく。
 そう、彼の足元には不可能だと思われていたスキマがきちんと出来あがっていたのだ。
「え……うそっ……なんでスキマがあああああぁぁぁぁぁぁ……」
 落ちながら必死に手をのばす。しかしスキマの中は意外と深く、見る見る外の世界から離されていった。そのまま何も考えられなくなり、わけもわからないままなぜか薄れていく意識。ついには目の前が真っ黒になり、完全に意識を手放してしまった。
「ふう……予定通り……じゃないけど何とか一名様ご案内……といったところね」
 女性はスキマを覗き込みながらそう呟く。どんどんと落ちていく彼は、さっきとは違うなにか頼りない男にしか見えなかった。
「本当に大丈夫かしら……でも、私たちに残された希望は……彼だけね」
 そう呟くと自身もそのスキマへと飛び込んでいった。


(少年……聞こえるか?)
 暗闇の中で微かに声が聞こえた。声質からして四十代後半くらいの男の声だろうか。
(もうすぐ新たな日常が始まる。少年が思ってもいない日常だ)
 意識を手放したはずだったが、俊司はなぜか「思ってもいない日常?」と心の中で返事を返していた。男は「そうだ」と返事を返し、また話を続ける。
(少年はそれを受け入れる必要がある。それと同時に多くの苦痛が少年を襲うだろう)
 男が何を言ってるかなんて今の俊司にはわからなかった。受け入れるだの苦痛に襲われるなど、そんなこと考えてもわからない。
(だが迷わず進め少年よ……時が来たらまた会おう……)
 その言葉以降男は何もしゃべらなくなった。何を返しても返事が来ることはない。
 それから数秒後、俊司の視界には少しずつ光が戻ってきていた。


 かすかな光が目覚めたばかりの俊司の狭い視界に入り込んでくる。聞こえてくるのはそよ風と木々が鳴らす落ち着いた合唱ばかりだ。そこにはさっきまでいた住宅に挟まれた路地なんかではなく、あたり一面の森林が彼を出迎えていた。
「ここ……は……」
「あら、お目覚めかしら?」
 聞き覚えのある声が聞こえ、俊司はそれに反応するかのように飛び起きる。彼の目の前にはさっきまで路地にいた女性が、切り株の上で座りながら扇子を仰いでいた。
「あんた……なにしたんだ……」
「なにって……証明したのよ?」
 キョトンとした様子でそう答える女性。そう言われて俊司はさっきまで彼女とやっていたやり取りを振り返ってみる。あの何の変哲もない路地で、自分は彼女に何をしろと言った?
 深く考えなくてもすぐに答えは現れた。
「証明……!?じゃあここは……」
「幻想郷よ」
『スキマを使って幻想郷へ連れて行け』それが俊司が言い渡した『八雲 紫』と認める条件。彼女はそれを成し遂げたと言うのだ。
 本当に成し遂げると思っていなかった俊司は、言葉を失いただただ呆然としていた。普通の人間がこんなことをするのだろうか。それにさっき感じた地面がなくなる感覚と、何とも言い難い不気味な世界に落とされた記憶はなんなのか。信じようにも信じられなかった。
「さてと、これで条件はクリアしたわよ?私を『八雲 紫』と認めてもらえるかしら?」
「……わかっ……た」
 これだけ思考を失ってもわかることは一つ。彼女が『八雲 紫』本人であるということだけだ。というよりかは無理やりそう思わないと、今自身におこっていることに説明がつけられない。俊司は不本意ながらも、彼女の言い分を認めることにした。
「ありがとう。じゃあ、本題に移るわよ?」
「本題?……俺をここに連れてきた理由……か?」
 本来なら幻想郷に入るには自身が幻想にならないといけない。幻想郷は仮にも忘れ去られたものが流れつくような場所だ。俊司にとっては無縁としか言いようがない。
 彼女が『八雲 紫』だといえど、決して理由もなしに幻想郷へ外来人を連れてこようなんてしないだろう。俊司もゲームを通じてだがそのことについては知っていたが、そうなるとなぜ俊司をここに連れてきたのかと言う疑問が残る。
「ええ。じゃあ単刀直入に言うわね?」
 紫は表情を一変させ真剣な顔でしゃべり始めた。彼女からでている雰囲気は、明らかにいいことを言おうとしている物ではない。何か嫌な予感が俊司の脳内を駆け巡っていた。

「私たちを……幻想郷を……助けてほしいのよ」

「……はあ!?」
 思わず大きな声をあげてしまう俊司。逆に紫はなぜといわんばかりにきょとんとした表情をしていた。
 幻想郷トップクラスの実力を持っているはずの『八雲 紫』が、なんの力も持っていない外来人に助けを求めてきたのだ。俊司が度肝を抜かれて驚くのも無理はない。
「まってよ!俺は外来人なんだぞ?特別な能力なんてあるわけないし…」
 俊司は自分なりの正論を彼女にぶつける。彼の取り柄と言えば文武両道ぐらいだ。そんな人間ならば、他の高校にもカリスマ的存在を出しながら一人は存在していてもおかしくはない。
「そうね。でも、これから手に入れるかもしれないじゃない?」
 しかし彼女は何か確信があるようだった。幻想郷で長年生きている彼女であれば、外来人でも能力を持つ人間がわかるとでも言うのだろうか。
「それは……なにか確信があるのか?」
 おそるおそる聞き返してみる。紫は一度鼻で笑った後、なぜか笑みを浮かべたまま素直に答えてくれた。
「私の勘よ」
 まさかの発言に俊司は言葉を失ってしまった。
 別に能力が開花するわけでもなく、身体的能力も伸びるとかの話でもなく、彼女はただ自分の勘で彼を連れてきたのだ。俊司は心の中で生まれていた期待が、音をたてて壊れていくような気がしていた。
 そんな俊司をさておき、紫は話を続ける。
「まあ……あなたのことは別として、助けてほしいのは事実よ」
「でも……おれに幻想郷の人間と戦う能力があるとは思えないけどな……」
「どうかしらね?外の世界ではなかなか優秀な子だって言われてたんじゃないの?」
 確かに文武両道を維持するのは並大抵ではできない。それ相応の実力と努力が必要だし、それを続けていくだけの集中力や知識も必要だ。
 しかし彼にとってそれは重要なことではなかった。
「それはそうなんだけど……あんなの努力すれば誰でもできるよ」
 ようするに誰でも変わることができれば、文武両道なんて簡単にできると俊司は言いたいのだ。それは彼だからこそ……本当の自分を知ってるからこそ言えることだった。
「努力だけじゃ何もできないわ……運や才能も多少は必要。あと心構えとね……だから私たちは……」
 そう言った紫は少し俯き、悔しそうな表情を浮かべていた。
 彼女は幻想郷を助けてほしいと言っていたはずだ。よく考えれば彼女以外にも強力な妖怪なんてこの世界には山ほど存在している。それに異変解決等を行っている巫女や魔法使いなど、人間でもそれ相応の実力を持ったものがいるはずだ。そう簡単にこの世界が危機に陥ることはない。
 なにかあったのは間違いないと俊司は感じていたが、なにも声をかけることができず戸惑うしかなかった。
「とにかく!……あなたの協力が必要なの……お願い……」
 紫の表情は真剣そのものだった。幻想郷を……いや、ここに住む人たちを助けたい。そういう思いが込められていた。
俊司はあまり厄介ごとには首を突っ込みたくない性格だ。子供のころからこういった厄介事には、かかわる前に一度躊躇してしまう。今回もいろいろと厄介なのは目に見えていた。
 しかしそれ以上に彼の正義感は強かった。そんな彼が目の前で助けを求められているのに、その人を見捨てることなどできるわけがない。答えはすでに決まっていた。
「わかり……ました……」
「そう……ありがと」
 一度安堵のため息を漏らした紫だったが、どこか寂しそうな表情で笑顔を返していた。
 正直心の整理が収まっているわけではないが、言ってしまった以上はやり切るべきだろう。俊司は自分にそう言い聞かせ、無理やり脳内を整理させた。
「じゃあ、あなたにこれを」
 そう言って紫はスキマを開くと、中から外来人が使っている武器と、幻想郷の住人が使うような五枚の白紙のカードを俊司に手渡した。
 手渡された武器は軍人が使っているハンドガンそのものだった。実際に外の世界にも存在していて幻想入りしたわけでもない。サバゲーをしたことがある俊司には、この銃が『M9』というすごくメジャーなハンドガンに似ていることもわかった。もしこれが本物ならば、なおさら幻想入りしているわけでもない。なぜ彼女がそんな物を持っているのだろうか。
「これってハンドガン……ですよね?」
 恐る恐る聞き返してみる。外の世界の事を知ってる紫なら、ハンドガンと言っただけでなにかわかるだろう。
「ええ。偶然拾い上げたものを河童が改造したものよ。あの子の……置き土産みたいなものよ」
「置き……土産?」
 紫はそれ以降視線をそらして何もしゃべろうとはしなかった。
 河童というのは『河城 にとり』のことだと俊司は判断していた。言動からして彼女に何かあったというのは間違いなさそうだ。
 これ以上聞くのもさすがにつらい。俊司は「すいません」と言い話の流れを切ろうとする。紫もさすがに申し訳ないと思ったのか、「ごめんなさいね」と言って無理やり笑顔を作り出していた。
「じゃあもう一つ。そのカードはスペルカードの基よ。今はそれしかないから大事に使って頂戴」
 スペルカードと言うのはこの世界の住人が使う特殊なカードの事だ。中に思い思いの能力を込めて、発動と同時にその効果を得たり攻撃したりすることができる。よくこれを使用した戦いもされているくらいで、強い人物は何十枚ともっているらしい。
 俊司は軽く返事を返し、もらったものを取り出しやすい位置のポケットに入れた。
「じゃあいまからあの場所に……!?」
 移動しようとスキマを作ろうとした紫は、背後から何者かからの視線を感じ取った。感覚からして仲間のものではない。そう感じた紫は警戒しながら辺りをゆっくりと見渡し、視線を送る人物を探し始めた。
「どうしたんですか……?」
 何が起こっているのかわからず不思議そうにする俊司をしり目に、紫は無言のまま警戒を続ける。
「誰!……はやく出てきなさい」
 試しにそう言ってみると、いきなり前方にあった茂みが音をたてはじめた。さすがにこれに気付いた俊司も、音のなる方向を凝視している。
「……さすが、幻想郷の住民では1・2を争う実力者ですね?ばれてないと思っていたんですが……」
 相手は姿を現す前にそう言うと、ゆっくりと茂みの中から姿を現す。そこにいたのは、外の世界にある軍服をきた一人の男性だった。 
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