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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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XV編
  第212話:揺れ動く心

 突如本部に響き渡った警報、それはアルカノイズの出現を知らせるものであった。

「アルカノイズの反応を検知ッ!」
「先行して、装者3名を現場に向かわせていますッ!」

 ヘリを用いて現場に急行したのは奏に響、そしてマリアの3人。索敵で現場には魔法使いが居ない事を確認済みな為、今回颯人達魔法使い組はもしもと言う時の為の待機だった。何しろ出現場所が今はもう稼働していない筈の廃棄物処理場跡。調べた限りにおいて裏で政府の秘密研究所などがあると言う情報も無い、襲撃する価値のない場所に突如出現したアルカノイズの存在はあまりにも異質に過ぎる。罠や陽動の可能性も高いと言う事で、今回先行組に選ばれたのがこの3人であった。もし仮に敵の魔法使いやファントムが出現したとしても、奏が居れば対抗出来るし颯人達の誰かが向かうまで持ちこたえられる。

 その廃棄物処理場跡では、アルカノイズが施設を無作為に破壊するのをヴァネッサが監督する様に見ていた。今まで自分達が隠れ潜むのに用いてきた、ある意味でホームとも言える場所を自らの手で破壊する事に言いようのない寂しさでも感じているのか、その様子を眺める視線には何処か哀愁のような物が漂う。

 すると不意に上空から風を連続で切り裂く音が聞こえ、そちらを見るとそこには1機のヘリが地上をライトで照らしながら接近してくるのが見えた。

「こちらもお早い到着だこと……」

 ヴァネッサが見上げている前で、ヘリの側面のハッチが開きそこから奏達3人が飛び降りながらギアを装着した。

「Seilien coffin airget-lamh tron」

 地上に降り立ちギアを纏った3人は、ここがほぼ無人の場所であると分かってはいても素早くアルカノイズの殲滅に乗り出した。何故ここで突然アルカノイズが暴れ出したのかは分からない。ここにどんな価値があって、何が行われていたのかを彼女達は知る由もない。
 だがだからと言って暴虐を何もせずに見ていられるほど彼女達は暢気な性格をしていなかった。

「だぁぁぁぁぁぁっ!」

 奏は大矛の様な槍のアームドギアを展開すると、そのリーチと重量を活かした一撃で次々とアルカノイズを倒していた。ここ最近は練度を上げたメイジのお陰で、ケチが付くとまでは言わないが敵を前に手を焼かされる事が多くなった印象が強かった。だがそれでも、やはり自らの意思もなく命じられたままに愚直に動くだけしか出来ないアルカノイズが相手であれば彼女達の強さは健在であった。寧ろ長く戦い続けてきた事でその動きは洗練され、余程アルカノイズを効率的に動かしでもしない限りは彼女達が苦戦する事等あり得ない事であった。

「そこだぁぁぁッ!」
[STARLIGHT∞SLASH]

 離れた所に見える大型のアルカノイズ2体を、奏のSTARLIGHT∞SLASHが纏めて切り裂く。その傍らではマリアが銀の短剣と言う取り回しに優れたアームドギアを用いて素早く敵を殲滅していき、一方で響は――彼女達にとっては以前の病院屋上での邂逅が初となる――ヴァネッサを相手に果敢に接近戦を挑んでいた。

「ハッ! トォッ! タァァッ!」
「くっ!?」

 ヴァネッサは指先から放つマシンガンで弾幕を張り響を近付けない様にしていたが、元々天性の才能があったのか響は戦いの中で開花させた能力を全開にさせ紙一重で弾幕を潜り抜けヴァネッサに肉薄すると、拳を握り締め殴り掛かり蹴り飛ばす。接近戦に関して言えば響の方に分があったのか、ヴァネッサは彼女の攻撃に防御を崩され腹に蹴りを喰らい大きく後退させられる。

 だが攻撃をヒットさせたにも関わらず、響の脳裏に浮かぶのは困惑であった。

――硬いッ!?――

 シンフォギアを纏っての一撃は、言うまでもなく並の人間相手には大きなダメージとなる。それを加味して響は相手に攻撃が当たる直前は僅かに加減し致命傷となる事を避けていた。だがしかし、攻撃が当たった瞬間手足から伝わった感触は、生身の人間を攻撃したにしては明らかに硬すぎる感触であった。特に蹴りがまともに入った筈の腹からは、本来人間の体からは聞こえてはいけない筈の金属音のような物が響いた。

 そこで響は、改めてアリスが言っていた事を思い出す。

――この人達、人間と別の何かを融合させたかもしれないって言ってた。それじゃあ、やっぱりこの人も……!――

 先日調達が説得しようとするもジェネシスの横槍によって失敗に終わったが、その際のミラアルクの反応でやはり彼女達の最終的な目的が普通の人間に戻る事であると言う事は確認済み。であるとすれば、ヴァネッサの行動理由もそれであると確信した響は攻撃を中断してヴァネッサを説得しようと試みた。

「……あなたの目的も、普通の人間に戻る事なんですか?」
「ッ!? 何を……」

 痛い所を突かれたと言う様にたじろぐヴァネッサに、響はゆっくりと近付きながら言葉を選んで話し掛ける。

「お願いです、投降してください。悪いようにはしません。私達には、あなた達を治せる人が居るんですッ!」

 響の説得に対し、ヴァネッサは明らかに動揺した姿を見せた。ミラアルクから事前に話を聞いていても、やはり彼女達にとって人間に戻れると言う情報はとても重要な意味を持つらしい。他のアルカノイズを倒す傍ら、奏は横目でチラリとヴァネッサの様子を伺っていた。傍から見た感じ、感触は悪くない。揺れ動いている様子のヴァネッサは、あと一押しでこちらに靡きそうな感じだった。

 が、しかし…………

『おい、お前……』
「ッ!?!?」

 突然ヴァネッサの脳裏に語り掛けるのは、魔法で念話を飛ばしてきたメデューサだった。どこからかこの場の様子を伺っているのか、その声色には明らかにヴァネッサの裏切りを警戒した何かが感じられた。

『分かっているとは思うが、もしワイズマン様に逆らう様な事があれば……』
『分かってる! 分かってるからッ!』
『ならば良い』

 それっきり、メデューサの声は聞こえなくなった。念話は切ったが、それでもまだ何処かで自分の様子を伺っているだろうメデューサの姿を想像してヴァネッサの顔が鉛を飲み込んだように歪む。
 彼女の表情を見て、奏は風向きが悪くなってきたのを感じマリアと共に響の方へと向かおうとした。

 だがその前にヴァネッサが響に対してアクションを起こした。

「そうね、降参するわ。まともにやっても勝てそうにないしね」

 そう言って着ているジャケットのファスナーを下ろし始めたヴァネッサに、今度は響の方が狼狽えた。服の上からでも分かるスタイルを曝け出そうとする彼女に、そっち方面の免疫がほぼ皆無な響は動揺を隠せなかった。

「……分かり合いましょう?」
「えぇっ!? ちょちょ、そこまで分かり合うつもりは……!?」
「アイツ……!」

 ファスナーを下ろし、胸元を露にしたヴァネッサに響は顔を真っ赤にして手で顔を覆いながら指の隙間からその様子を見る。その所為か、響の目にはヴァネッサの服の下の様子が正しく見えていなかった。

 奏はそんな響をフォローした。彼女はヴァネッサの仕草などから、それが明らかなフェイクであり騙し討ちの為の布石であると気付いたのである。
 その読みは正しく、露わになったヴァネッサの胸元からは2発のミサイルが発射され響へと突き進む。手で顔を覆っていた響は反応が遅れ、気付いた時にはもうミサイルは目の前に迫っていた。

「ッ!?」
「させるかッ!」

 あわやと言うところで、奏が響きの前に立ち塞がりアームドギアを盾にミサイルを防いだ。流石にヘリや戦闘機に搭載されている物に比べると威力は劣るのか、着弾の瞬間僅かに踏ん張った足が後ろに押される程度で済んだ。多分奏が防がなくても、シンフォギアの防御機構で耐えきる事は出来たかもしれない。

「ッ!」
「奏さんッ!?」
「あぁ心配すんな。それより……おいお前ッ!」

 自分の所為で奏に迷惑が掛かったかと不安になる響を宥めつつ、今度は奏がヴァネッサに話し掛けた。油断を見せない奏の姿に、今度は響ほど簡単にはいかない事を察してヴァネッサが表情を険しくする。

「お前ら、何でジェネシスの連中に加担してる? アイツらがどういう連中か分かってんだろ?」
「だったら何? だからあなた達を信用しろって?」

 ヴァネッサは努めて内心を表に出さない様に気を付けながら奏に応対した。今もメデューサが何処からか見ているのなら、ここで下手な態度を見せると今以上に彼女やこの場に居ない2人への扱いが悪くなる。最悪、オーガの餌にされるかもしれないと思ったら、間違っても奏の話に頷く訳にはいかなかった。

 それを知ってか知らずか、奏はヴァネッサ達の現状を推測を交えて踏み込んできた。

「別に無理して信じろなんて言わねえよ。それが難しい事くらい分かる。アタシが言いたいのは、お前ら連中に脅されてるんじゃないかって話だ」

 奏からの指摘にヴァネッサの呼吸が一瞬止まった。図星を突かれ、助けを求めたい気持ちと従わなければならないと言う恐れが鬩ぎ合い喉元で声が詰まったようだ。
 辛うじて表情には出さずに済んだヴァネッサではあったが、しかし奏相手には無意味であった。事人の裏をかく事に関しては天才的な颯人と、ブランクを抱えながらも長く接してきた彼女からしてみれば、ヴァネッサの内心を読み取る事くらいは造作もない事であった。

――やっぱりそうか……こりゃ面倒だぞ――

 ヴァネッサ達がただ単に利益目的でジェネシスと組んでいる訳ではなく脅されている事を察して奏も思わず苦い顔になる。こういう輩は下手に交渉してもこちらには靡かない。寧ろ人質が居る分、逆になりふり構わず突飛な行動に出る可能性もあった。
 その事で奏が悩み始めるとヴァネッサの方も何かを察せられた事に気付いたのか、手首を展開させてグレネードを発射して奏にそれ以上考えさせないようにしてきた。

「悪いけれどッ!」
「あっ!?」
「奏さんッ!」

 飛んできたグレネード弾が爆発して黒煙が奏達を覆い隠す。だが風で煙が流されると、そこには3つの短剣でシールドを張り2人を守ったマリアの姿があった。その様子にヴァネッサも思わず舌打ちをしてしまう。

「チッ……」
「2人共!」
「悪いマリア、交渉は失敗だ」
「なら、力尽くで!」

 交渉でヴァネッサが投降してくれれば話は早かったが、それが失敗に終わった今、もう手段を選ぶ理由は無い。無理矢理にでも押さえつけて大人しくさせる。仮に脅されていたのだとしても、力尽くで捕らえられたのであればジェネシスだって残された2人に対して手荒な真似はしないだろう。少なくとも即裏切りとは断じられない筈だった。
 それが希望的観測に過ぎないと言う事は心の片隅で理解しつつ、これが彼女達をも救う為の一手と信じてマリアはヴァネッサを攻撃した。

 接近して素早く斬りつける。直接殴り掛かる響ほどの素早さは無いが、鋭く奏よりも早い。その斬撃をヴァネッサは紙一重で回避してマリアから距離を取った。

「残念だけれど、そう簡単にはいかなくてよ?」

 マリアの攻撃を回避し、飛び越えた先でワイヤーで繋がれた腕を飛ばしてきたヴァネッサ。それを蛇腹剣で弾き返したマリアは、一瞬の隙を突いてヴァネッサに剣を持っていない左の拳で殴りつける。

「グッ!?」

 飛ばした腕の回収で隙が出来てしまったヴァネッサはマリアの拳による一撃で大きく後退させられた。そこを見逃さず、マリアは蛇腹剣で空間を十字に切り裂いた上で変形した左のガントレットを突き出した。すると彼女が剣を振った軌跡から放たれるように無数の十字架状のエネルギーが発射された。

[DIVINE†CALIBER]

 放たれた無数のエネルギー弾がヴァネッサを含む範囲に着弾し、大きな爆発を起こす。奏達が見ていると、煙が晴れてその場には目立つほど大きな傷は無いが決して小さくはないダメージを負った様子のヴァネッサが腰を落としているのが見えた。

 今なら力尽くで捕らえられるかもしれない。奏達がそう思っていると、ヴァネッサの脳裏に今度はエルザからの念話が届いた。

『ヴァネッサ! 腕輪と保護対象を連れて、聖域から離脱できたであります!』

 彼女達の目的はこれであった。先程の腕輪の力の一時的な暴発により、結界が破られこの場所が知られてしまった。S.O.N.G.の介入が避けられないと判断したエルザは、敢えてここでアルカノイズを暴れさせることで逆にS.O.N.G.の目を釘付けにして訃堂と腕輪をこの場から運び出すまでの時間稼ぎを画策したのだ。目論見通りS.O.N.G.は罠や増援、別の場所への襲撃を警戒してここには必要最低限の人員しか送っては来なかった。

 最早この場に残り続ける意味は無い。旗色も悪くなってきた今、ヴァネッサの判断は早かった。

「了解、こちらも撤退するわ。例の場所で落ち合いましょう」

 ヴァネッサが念話でこの場に居ない者と話し合い、逃げる方向で考え始めたのを察した響は咄嗟に彼女を引き留めようとした。

「待ってくださいッ! 私達は、本当にあなた達を助けたいんです! あの人が、アリスさんがあなた達の事を……」

 響の必死の説得も、今のヴァネッサに届く事は無かった。否、全く届いていない訳ではない。ただ今の彼女を動かすには、響の言葉だけではどうしてもピースが足りていないのだ。
 それを証明する様に、ヴァネッサは後ろ髪を引かれているような顔をしながらも拒絶の意を示した。

「残念だけれど、あなた達の手を取る訳にはいかないの。……ごめんなさいね」

 その言葉の直後、ヴァネッサの目が眩い光を放った。思わず目も眩むほどの光を前に、奏達は手を上げて目を光から守ろうと視界を塞いでしまう。

 その間にヴァネッサは両足から噴射するロケットでその場から飛び去って行ってしまった。響は漸く戻った視界の中、飛び去っていくヴァネッサの姿を寂しそうに見つめていた。

「……やっぱり、私の言葉じゃ届かないのかな……」

 自分の無力さを突き付けられているようで、沈痛な面持ちになる響。奏はそんな響の肩を優しく叩いた。

「そうしょげるなって。今はまだ、その時じゃないってだけの話さ」
「え?」
「奏、何か分かったの?」

 何かを確信した様子の奏の言葉に感じるものがあったのか、マリアが首を傾げる。奏はそれに対して小さく肩を竦めながら答えた。

「戻ったら皆に説明するよ」

 奏はそれっきり黙り、ヴァネッサが飛び去って行った方を睨むように見つめるだけであった。 
 

 
後書き
と言う訳で第212話でした。

原作では訃堂の手下として動きながらもほぼ単独で活動していたのに対し、本作ではノブレは完全にジェネシスの手駒となっているので、ヴァネッサは特に葛藤とかが激しかったりします。目の前に自分達が助かる手段があるかもしれないのに、それを取る事が出来ない苦しさと言うか。彼女達を救うには、多少無理矢理にでもジェネシスから引き剥がすか何かしないと難しいですね。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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