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同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~

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第24話トリューニヒトの大政略

 
前書き
「同盟弁務官総会、いわゆる同盟上院において政治党派よりも地域主義が絶対的優位を保つように見える理由は実際のところ存外に新しい。実際のところ下院の同盟政党に対し、構成邦政府の意志を伝えることこそが上院の役割であった。その点においては構成邦政党と構成邦住民(特にバーラトとの往来に時間を要する構成邦の住民たち)からすればどちらも同じ”党”の人間であった」
「実際のところ、ダゴン会戦における接触、そして四半世紀後の【コルネリアスの大親征】によるバーラト一極集中の成立、そして帝国との恒常的な戦争状態の激化に起因する。100年以上の歴史があるこの新しい伝統をどう評価するべきか?」
「小生は外圧による団結は全く必要によるものであるから団結を称賛し、外圧を絶対的に非難する」


「『党人文化の変遷~同盟政党と構成邦政党~』(エーリッヒ=ヴァルデマー・フォン・エプレボリ教授著)の前書きより抜粋」
 

 
 国防委員長のデスクにある音声通信機を起動させる。コール、コール、出た相手は秘書らしい成年だ。彼に転送を依頼する‥‥数分後、国防委員長室の端末が呼出音をならした。

国防委員長が軽やかにタップすると画面の向こうにエオウィン・イシリアンの姿が浮かんだ。パルメレント連合国同盟弁務官、年若い俊英である。

「やあイシリアン女史、私だよ。すまないが尊敬すべき縦深の皆さんに伝えて欲しいことがある。トリューニヒト国防委員長がエルゴンで交戦星域の経済連合会に参加するとね‥‥」

 パランティア連合は交戦星域有数の経済大国であり、彼女を通せば手はずは間違いなく整う。だが理由はもちろんそれだけではない。

 

「もちろん都合が悪いなら無理にとは言わないさ。本来なら副委員長のネグロボンディ君と統合作戦本部から中将クラスを1人で済む話だからね」

 

「決まっているだろう?『誰かがヘマをし終えた時』が私の動く時さ。つまり今だよ」

 

「安心したまえ、悪いようにはしないさ。票をくれるのならばね。アシリア女史にもよろしく伝えてくれたまえ」

 通信を切るとトリューニヒトはペンをくるくると回しながらドーソン大将が取りまとめた統合作戦本部の人事案に目を通し始めた。

 ――さて、そろそろこのコメディも終わらせる時だ。 







 エルゴン星系第3惑星は、適度に重力が弱いだけでなく、地殻が安定している地域と気候が安定している地域が重複しており、宇宙港との接続と居住性が両立している。国防委員会イゼルローン方面国防支局が設置されている。当然ながら国防委員会の外局の中で最も多忙な外局である。縦深執行部はそこを久方ぶりに訪問している。

「国防委員長閣下が【条約機構】にわざわざバーラトから?この時期に?」

 ロムスキーが口にした言葉を聞いて、また懐かしい肩書を、とリヴォフは肩をすくめた。

「皆無ではないがこの時期というのは珍しいだろうな。そうした位置づけの場所だ」

 

エルゴン星系は厳密に言うと統一政府は存在しない。中間星域と交戦星域を繋ぐ【ゴールキーパー】として【パルメレント・コモンウェルス】と並ぶ一大拠点であるが、その実態は同盟控訴裁判所(旧同盟巡回裁判所)や駐留艦隊や地上軍・構成邦軍の支援を管理する国防委員会方面総局や人的資源委員会、法秩序委員会のような政府機関の外局などが集まる同盟直轄地とティアマト自治領、アスターテ連邦の『国有港』などが集まり、疑似的な連合国‥‥共同理事会とその下に警保局・財務局・防衛局・流通局の4局のみで統治され、司法は構成邦法と同盟法によって各領で行われている。

正式的には“エルゴン星共同理事会”なのだが‥‥ロムスキーは条約機構、と呼んだ。

エル・ファシルやティアマト、パランティアといったハイネセンの長征前から存在する【銀河連邦サジタリウス準州組】やガラティエ共和国は、アスターテとは文字通り歴史観が異なる。現在の交戦星域‥‥イゼルローン回廊の入り口付近にわずかに作られた植民衛星から産まれた構成邦は文字通り自由惑星同盟の誕生に立ち会ったものたちだ。彼らにとって自由惑星同盟は「育むもの」であった。そして彼らの調停役であり、合意を形成する外交拠点であり、移民をバーラト周辺に送りだす出発地点が、エルゴン【条約機構】でああった。

 バーラトや準州組から送り出された人口による植民から構成邦へ昇格したアスターテのような国とは異なり、良くも悪くもバーラトはおろかハイネセンポリスすら対等だと思っているのはこうした歴史背景にある。

 さて、閑話休題

 

「久しいな!俺がアスターテの国防長官をしていた頃はよく訪れたものだが!」

「まったく訪問しないわけでないが弁務官にとっては主要ではないからな、こちらでの活動は、構成邦政府の閣僚がメイン、弁務官としても政務もこちらは選挙区の事務所付き秘書に任せてしまう方が多い」

 もちろん年に数度、会戦規模の戦闘や駐留艦隊に被害が起きた場合は、視察のついでに回るし、年始や構成邦の式典で顔を合わせることは多いのだが。

 リヴォフ達が向かう先には同盟政府第3総合庁舎の会議室。その外にはうろうろと記者たちがいる。

「目線お願いしまーす!」と声が上がり、リヴォフ達にフラッシュが焚かれる。

「おいおい、爺さんは目が弱いんだぞ!寄ってたかっていじめんでくれ!!」

 リヴォフが声を上げると記者たちが声をあげて笑った。

 そして笑い声を押しの超えるようによく通る声がリヴォフたちを出迎える

「お久しぶりです!尊敬すべき同盟上院の皆さま方!!」

 トリューニヒト国防委員長だ。アイランズ同盟弁務官、ネグロボンディ国防委員会副委員長がいる。

 制服組からは、国防委員会防衛部次長のロックウェル中将を筆頭にここの国防支局の幹部たちが疲労の色を浮かべている。

「これから国防政策の改革は必須。次に向けて現場の声を聴こうと思いましてね。出先を回るつもりなのですよ。当然、その第一陣は交戦星域です!!縦深の皆様方のお考えも是非お伺いしたい」

 トリューニヒトが笑みを浮かべて手を伸ばす。ロムスキーの頬がひきつった。

 ——目先の機会としては最高だがここで出せば私の色が濃くなりすぎる。彼らはここで法案提出を公表できない。今はまだ。だがそれでいい、彼らは先に”勧めた馳走を謝絶するしかない”すでに私が有利だ。

「国防環境の変化に向けた対応を歓迎します。大いに期待を」

「ええ、地域の産業を担う方々の期待の内容をお伺いする場です。同盟弁務官の皆様が参列していただけるのはありがたい」







「宇宙軍の兵站は、活発な星間輸送によって支えられています。長期に渡る侵攻は人材不足の深刻化により流通産業のみならず、流通によって支えられている地域経済の持続可能性が――」

「ご意見をありがとうございます。国民生活と流通の安定に向けて宇宙軍は、戦死者の抑制と軍民が連携した人材育成へ、同盟全体の星間流通産業と連携し――」

 

 官僚たちと地方財界要人たちの問答をトリューニヒトは満足そうに聞いていた。同盟弁務官達へ向き直り、彼は口を開く。

「本来の―本来の健全な在り方からするとこうした意見交換会で民生の花がメインになるのはよろしくない、そう思わないかな、皆さん?」

 

「経済面の話で真っ先に出向く先が国防部局、通常の経済体制とのバランスが必要である点には同意します」

 ロムスキーは同意するが、ヴァンフリート民主共和国のイロンシ弁務官は苦笑いを浮かべている。

「ウチじゃピンとこない話ですがね。なにしろ親征帝からこっち、延々と戦場清掃やらで食ってきたわけですから。ですが――」

「ダゴンで帝国と接触する前には、確かに我々は平和への道を歩んでいました。人民元帥は象徴的元首への道を徐々に歩み始め、議院制内閣への道や産業の多角化への道を進んでいました。誰も覚えていない、記憶の中の話ですがね」

 トリューニヒトは小さくうなずくだけだった。彼が大学で学んだ歴史からするとそう返すしかない。

 ヴァンフリートで暮らす個人にとっては黄金の自由を満喫できた時代であり、ヴァンフリート民主共和国にとっては‥‥どうだろう?当然のように現れる「実質的な独立国家群」から「連邦」への移行が生む自由化、広大な【未開拓惑星(フロンティア)】の誘惑、そして何より飢えることに怯えず、海賊と争う覚悟さえあればどこへでも行ける時代。

 それは統計的には暗黒の時代である。人口流出、産業の多角化といえば聞こえはいいが国策企業の衰退、そして盟邦、ティアマト民国はまだしもパランティア連合国やエル・ファシル共和国の投資に左右され豊かになろうとも揺らぐ国家主権――だがそれはいま問うべきことではない。トリューニヒトがまったくしがらみも思い入れもない学生だった時代には「当然でしょう、平和であればあの国は消えてなくなるべきです」と断言した。だが――今はそれを口にしない、立場と経験が生む共感は若いころの自由さを奪っている。

「いずれにせよ、良き時代を迎えるためにも要塞と配備する部隊、そして指揮系統を考えねばならんでしょう、閣下?」

 リヴォフの言葉にトリューニヒトは微笑みを浮かべたまま視線を向ける。

「ええ、我らがチェアマンとシトレ本部長と共に協議することになるでしょうな」

 探りを躱す方がよほど気が楽である。

「その為にも人事案をまとめる必要がありますね」

 ロムスキー【代表世話役】は正面を見据えたまま小声で話す。

「我々は現状維持、大きく動かさないのであれば案には口を出す予定はありません。もちろん【国防行政も含めた包括的な戦災復興のための改革】の実施のために、ですが」

 トリューニヒトは頷いた。――これで51票を固めることができた。上院の1/6だ。カーティス国務委員長の握る105票を得るにはさらなる取引が必要だ―だが院内会派の連中は一定争点には犯罪結社じみた団結を見せる【縦深】と異なり気ままである。レベロはシトレとも距離を置いて様子見に回っている。既に彼の眼は”もう終わった”シトレを軍官僚の有力者としては排除し、【縦深】の復興法案を見据えているのだろう。

「だからこそ、こうした場が大事なのだと実感するよ。政治に興味のない者たちから見れば、腐敗と癒着の場かもしれないがね。――ご意見拝聴、ご意見拝聴、大事なことだ」

「仰せの通りです。与党が交戦星域を見てくれている。こうした情勢が変化しているさなかであれば重要なことです」

 エオウィンの言にトリューニヒトは鷹揚に頷き、執行部のイロンシを除く面子は複雑な視線を向けた。【縦深】は常に気ままでありながら上院院内会派有数の結束を誇っている。だが――下院のいわゆる同盟政党(構成邦政党連合の側面も色濃い)としては保革大連立ともいえる状況だ。そして絶対的な有権者との誓約こそが【対帝国絶対防衛戦】の遵守である。これこそが党派を問わず【民主主義の縦深】が団結し続けた要素であり存在意義だ。

 戦災復興も同じく絶対的な誓約となりうるだろうか?なるかもしれない、だがその方法論は略奪者からの防衛と異なり多様な議論が必要となるだろう。同盟全体にとって議論は全く正当なものであるが、【民主主義の縦深】の堅固さには――どうなるだろうか?







 それから2時間後のことである。同じホテルの小会議室でヨブ・トリューニヒト国防委員長は満足そうに演台へ向かって歩く。

「やあ皆さん、大変だったねえ、うとうとしてしまった人居る?居ない?そりゃよかった。今から寝ちゃう人が出たら私の不徳の極みってことだ」

 記者たちが声をあげて笑う。トリューニヒトは微笑みながら演台へ登り

「さて――」

 そして会場の空気は変わった。ある記者はレコーダーを起動させ、ある記者は文字起こしのためのタイプを始める。

「自由惑星同盟の皆さん、イゼルローン要塞から送り出される略奪者に脅かされてきた同盟市民の皆さま。私、ヨブ・トリューニヒトと我らがチェアマン、サンフォード最高議長は、この喜びを市民の皆さまと共有させていただきたい!われわれは勝利しました!自由惑星同盟はついに略奪者の【蛇口を閉める】ことに成功したのです!」

 自信に満ちた声を身振りが飾り立てる、視線の動きは記者たちの中で視線を向けながらもわずかに気が緩んだ者たちを揺さぶり、惹き付ける。

「この勝利を迅速に活用しなくてはなりません!我々の手で着実に自由惑星同盟の勝利へつなげていかねばなりません!自由惑星同盟の勝利とは何か!豊かで自由だ自由惑星同盟が帝国の専制者共の手から人民を解放することです!それには何が必要か!」

彼の言葉はなるほど、美辞麗句かもしれない。だが何を美麗と感じるかは人それぞれである。その中で言葉を選び、【他人を揺さぶりながら客に嫌われない】のは才能の一つだ。それもに同盟中の厄介なプレイヤーたちを知るための勤勉さに裏打ちされた、才能だ。

「傷ついた人たちを癒し、産業を強固に!人々をより健康に!そして軍を回復させ、そしてより強く、強靱に同盟軍が立ち上がる必要があります!復興と軍の再建の時期が訪れたのです!!サンフォード最高議長と共に国民共和党は国民の安全保障と帝国への勝利のため!同盟全土との連帯を続けていきます!!」

同盟弁務官達も最高評議会に若くして身を連ねたヨブ・トリューニヒト国防委員長閣下が記者会見に参加した取材陣の大半の意識を誘導したのを見てとると、天を仰いで溜息をつくしかない。

 

「やられたな」

「うん、これで私たちの法案にトリューニヒトが噛んでくるのをはねのけては不義理になってしまう、制服軍人たちの人事案に私たちが口を挟む権利を得たにしてもこりゃ赤字だね」

「軍内の主導権をトリューニヒトが握ることができた。与党3党が決裂したわけではありません。本題はここからですよ」

 エオウィン・イシリアンは微笑を浮かべたまま年長者たちをなだめる。イロンシが背筋を伸ばし、全く持って退役将校らしい姿勢で、敬意をこめて長老たちに進言した。

 ――兎にも角にも同盟軍内に秩序が戻るのに我々が助力したことが重要です。

 






 
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