俺様勇者と武闘家日記
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第3部
サマンオサ
これをデートと呼ぶかは以下略
「もっと力を抜いて!!」
「そんなに踏み込んだら、下半身に負荷がかかってあとで痛くなるよ!!」
「違う、そうじゃない!!」
「何度言えばわかるんだ!!」
ルークの指導に、思うように身体が動かずジレンマを抱えながらも、私は少しずつ成長しているという手応えを感じていた。
なぜこんなことになっているのかと言うと、ラーの鏡を探すために洞窟に向かう道すがら、ルークに鉄の爪の扱い方を教えてもらうことにしたのである。
けれど今も目の前の魔物を一体倒しはしたが、達成感よりも疲労感の方が大きい。今まで素手で戦うことに慣れてきた私にとって、武器を扱うことはほぼ素人同然なのである。
とはいえユウリたちとメタルスライムを倒したときのようなやりづらさとはまた違う。あのときは一向に使いこなせる気がしなかったが、ルークの指導をもとに戦っている今は、ほんの少しづつではあるが自身の成長を感じる。要は慣れなのだと、改めて思った。
行く手を遮るものがいなくなると、辺りは静寂に包まれた。いつの間にか月は沈み、森の木々の合間から見える東の空が、うっすらと白み始めている。
「ごめんミオ。また僕きついこと言っちゃったよね」
「ううん。むしろそのくらい強く言ってくれた方が覚えられるから気にしないで」
今まで散々ユウリに毒舌を浴びせられてきたのだ。今さらルークの叱咤を気にするほど私のメンタルは弱くない。
その後も、幾度となく私たちの前に魔物の群れが立ちはだかったが、ルークの厳しい指導のもと、徐々に鉄の爪の扱いに慣れ始め、次第に難なく倒せるようになっていった。
もちろん私一人が戦うわけではなく、ルークも一緒に戦ってくれている。彼は私の動きに対して的確なアドバイスをしつつ、数匹の魔物に囲まれていても一体ずつ確実に仕留めていった。幼い頃の彼は魔物など到底相手に出来るわけもなく、修行が嫌で逃げ出して、師匠によく怒られたりしていたが、今はそんな面影は一切見当たらない。
そうこうしている間に、いつの間にか太陽は頭上まで高く上がり始めていた。次第に焦りが増してくる。
しかし森は広く、どこまでも続いていた。さらには頻繁に遭遇する魔物との戦闘が余計に歩みを鈍らせる。倒しては現れ、倒しては現れの繰り返しで、思ったより先へ進めない。
「多分この辺りだと思うんだけどな……」
ルークも正確な場所は知らないからか、不安げに辺りをキョロキョロと見渡す。
そんな中、途中地殻変動でもあったのか、地面の隆起が激しい場所を見つけた。剥き出しになった地層や陥没した地面などが点在している。
その中で、気になる場所を見つけた。隆起した地層の一つに、人一人は余裕で入れるほどの大きな横穴があったのだ。中を覗いてみると、そこは緩やかに下へと下っており、ずっと奥まで続いている。
「なんか怪しいね、ここ」
何となく私は口にした。根拠などはない。強いて言えば、ずっと旅をしてきて祠や洞窟を冒険して得た経験から来る勘だ。
「そう? 何処にでもありそうな洞穴に見えるけど」
一方のルークは特に興味も持たずに答える。けれど私はこの洞穴の先がどうしても気になり、ナギからもらった地図を開いて確認してみる。
だが、彼が描いた地図は大雑把で、何度見ても町の東側の方に洞窟がある、というようなことしか判別できない。
「ちょっと、行ってみてもいい?」
私の思い切った提案に、ルークはぎょっと目を剥いた。彼もナギの地図を一緒にのぞき込んで見ていたが、まさか本当に入るとは思わなかったのだろう。
「本当に? ここに行くの?」
ルークが疑わしい目で私に尋ねる。
「なんで、って言われると根拠はないけど、なんとなく目的の洞窟はここのような気がするんだ」
「でも、間違っていたらどうする? ここで時間をとられるわけには行かないよ?」
彼の言葉に、私は空を見上げた。確かに今ここで寄り道をしたら、三人の処刑に間に合わないかもしれない。けれど、ここを無視して先に何もなかったら? そっちの方がはるかに時間と労力をとられる。それなら、様子を見るだけでもここを調べた方がいいのではないか。何より、自身の第六感がここを調べた方がいいと告げているように聞こえる。
「……うーん、はっきりとは言えないけど、様子見だけでもしたいな。すぐ戻ってくるからルークはここで待っててよ」
「それはダメだ。僕も行く」
きっぱりと即答され、結局ルークと共に洞窟の中に入ることにした。
どうやらこの穴は偶然出来たもののようだ。度重なる地震と地殻変動で複雑な地形となったこの洞窟は、おそらく私たち人間には及びもつかないくらい永い年月をかけて作られたものなのだろう。その自然の脅威に圧倒されながら、私たちは黙々と奥へと進んでいく。やがて光が届かなくなり、ランタンに灯をつける。次第に地下へと続いていることに、歩いている途中で気がついた。
時おり上を見上げると、天井に岩でできた無数のトゲのようなものが生えている。ルークによると、これは『鍾乳洞』というらしい。
洞窟の広さは次第に広くなっていった。人一人通れるほどの広さだったのが、今では四、五人が余裕で動き回れるほどのスペースが出来ている。かといって意味もなくうろちょろする気はないが、こんなに広い洞窟は珍しいので、興味深く辺りを見回してみる。こんなに広くては、気になって様子見どころではない。
「ん? 何だろう、あれ」
そんな中、少し離れたところに湖を発見した。傍に来てルークがランタンを照らすと、天井一面を映し出すほどの澄みきった水面が照らし出された。水質の影響か、はたまた周囲の岩壁自体の材質のせいか、湖面から淡い光が放たれており、まるで水晶で出来た湖のようだった。
その美しい光景に、私たち二人はしばし見入っていた。
「湖だ。それにしても随分綺麗だなあ」
「確かに神秘的な感じがするね」
近づいて湖の様子を覗いてみると、はるか遠くに水底が見える。前に訪れたノアニール近くの洞窟でみた湖よりもさらに透明度は高く、まるで高い崖の上にいるような気分だった。こんなに水深が深ければ、もし湖に落ちてしまったら上がってこられない自信がある。
ルークはこの湖の水の青さに見惚れているようだが、泳げない私にとっては感動よりも恐怖の方が勝っていた。海で溺れかけたこともあるので、余計こういうところには近づきたくない。
「こんなに綺麗な湖なら、観光するのに最適かもね」
「観光?」
予想外のルークの言葉に、私は思わず間の抜けた声を出す。
「サマンオサだと、こういう自然の景色ってなかなか見れないからさ」
その言葉に、ルークと行った殺風景な公園を思い出した。確かにサマンオサに住む人にとっては、こう言った自然の風景は珍しいのかもしれない。
「それじゃあ今私たちは、二人で観光してるってことだね」
「え!? あ、うん……、そうだね」
皮肉交じりに言ってみたが、なぜかルークは微妙な反応で返した。
「どうしたの?」
私に指摘され、なぜかルークは表情を隠すように手で口を抑えた。
「いや、二人でって言うからさ……。それって『観光』より、どっちかと言うと『デート』みたいだよね」
「デート!?」
あまりにも別次元な言い回しに、思わず声が裏返ってしまった。
「いやいや、こんなに沢山の魔物に遭遇するデート嫌だよ!?」
「あー、うん、そうだよね、ごめん。今のはなかったことにして」
一体ルークは何を言っているのだろう。深夜に汗とホコリまみれの中、空腹状態で魔物を倒しながら洞窟の湖を見るなんて、そんなの絶対デートとは言えないではないか。
「そんなこと言うけどさ、そもそもルークはデートしたことあるの?」
少し棘のある言い方でルークに問うと、彼は大げさなくらいに首を横に振った。
「まさか!! デートどころか彼女すら出来たことないよ」
「え、嘘!? いてもおかしくなさそうなのに!」
「仕事しかしてなかったから、そんなこと考える余裕もなかったなあ」
ユウリが近寄りがたい美青年だとしたら、ルークは人当たりの良い好青年という感じだ。どちらも負けず劣らず異性を虜にしそうな魅力を持っているのに、当の本人たちはあまり興味がないように見える。
「そっかあ……。でも、ルークのことが好きな女の人もいると思うよ。だってこんなにかっこいいもの」
何の気なしに言ったが、一瞬気まずい沈黙が走った。
「……ならその女の人の中に、ミオは入ってるの?」
「へっ!?」
「……いや、何でもない」
間の抜けた返事をしたのが悪かったのか、それきり彼は話題にすることはなかった。
私が、ルークのことを好き……?
確かに魔物を一人で倒すくらい強いし、優しいし、話をしても楽しい。普通に人として好きだが、今私がルークに言った『好き』は、それとは違う種類だ。
それが私にも当てはまるのか。だがいくら考えても、はっきりとした答えが出てくることはなかった。
「ミオ、どうしたの? まだ先に行く?」
「あ、うん」
ルークに悟られないよう気持ちを切り替えた私は、さらに奥へと進むことにした。けれど湖に沿って歩いていくと、行き止まりになってしまった。やはり辺りには鏡らしきものは見当たらない。
「やっぱりここじゃなかったんだね」
残念そうに言いながら、ルークは踵を返す。だが私の足はなかなか動かなかった。
「洞窟に入ってから大分時間が経ってる。急いで戻らないと」
「……」
しびれを切らしたように声をかけるルークに、仕方なく私は外へと戻る決断をした。私の勘は外れてしまったのか――。肩透かしをくらい、落胆するも、それでも完全には諦めきれず、後ろ髪を引かれる思いで湖の方を振り向く。
「残念だったね。湖は鏡みたいに透き通ってたのに」
ルークの言葉に、私はふと気になって顔をあげた。そして、急いで湖の方まで戻り、じっと目を凝らして水面を覗き込む。
「ミオ?」
波風一つ立たず、まるで本物の鏡のような水面に、私とルークの顔が映し出される。普通ならそれしか見えないはずだが、なぜかその向こうに、何か別のものが重なって見えた。
「何だろう、あれ」
よく見てみると、円く光っているように見える。けれど底の方にあるらしく、相当深く潜らなければ見つけることは難しい。
「お皿みたいに円く光って……。あ、もしかして、鏡?」
「!!」
まさか、ラーの鏡!? あんなところに!?
「確かめた方がよさそうだね。ミオはここで待ってて」
「ちょちょ、ちょっと待って!? なんで脱いでるの!? まさか潜る気!?」
言うや否や上着を脱ぎ始めたルークに、私は顔を真っ赤にしながら制止する。
「あんなに深いところを潜るなんて、無茶だよ!! もし溺れたりしたら……」
「大丈夫。一応泳げるし、波もないから溺れることはないよ。ただ、海と違って浮かないから気を付けないとね」
「いやいやいや、全然大丈夫じゃなくない!?」
私は今にも泣きそうな声で、ルークを引き留めようとした。けれど彼は真顔で私を見返す。
「じゃあ、ミオは泳げるの?」
「……ううん」
ぶんぶんと、大きく首を横に振る。
「なら、適任は僕しかいない。ここで諦めたら、君の仲間が殺されるんだろ?」
その一言に、私の胸がギュッと締め付けられそうになった。
そうだ。3人のためにも、ラーの鏡は絶対に手に入れなければならないんだ。心配ではあるが、ここはルークに希望を託すしかない。
私が決意している間に、ルークは上半身裸になると、ランタンを私に渡した。
「これでずっと湖の方を照らしてて。道標がないと帰ってこれなくなるから」
「……わかった」
私はランタンの取っ手をぎゅっと握り締めた。出来ればルークに危ない目に遭ってほしくない。けれど、今ここで湖に潜ることが出来るのは、彼しかいない。ここで待ってることしか出来ない自身の情けなさに、私は溜まっていた涙を一粒流す。
「ルーク。危ないと思ったら、すぐ戻ってきてね」
「うん。必ず戻ってくるよ。……だから、泣かないで待ってて」
まるで私を元気づけるようにきっぱりとそう言い放つと、ルークは私の頬に伝った涙を指で掬った。
「!!??」
びっくりする私をよそに、彼はそのまま颯爽と湖に飛び込んでいってしまった。
あまりに自然だったので反応に時間がかかったが、ルークの私に対する接し方には戸惑ってばかりである。戻ってきたら一言言わないと気が済まない。
私は固い決意をしながら湖底を潜っていくルークの後ろ姿をじっと見送った。
けれど、彼の姿がどんどん小さくなるにつれて、私の心配はそれに反比例するように大きくなっていく。漠然とした不安は上手く形にすることが出来ず、ただひたすら彼の無事を祈ることしか出来なかった。
「――あっ!」
そんな私の胸中をよそに、湖底からチカチカと光が放たれた。どうやらルークが目的のものを手にしたようだ。あとは戻るだけ。私がほっと安堵の息を吐いたときだ。
「!!」
背後から殺気を感じ、即座に後ろを振り向く。
まさか、こんな時に!?
視線を向けた先にいるのは、まがまがしい気配を纏った異形の生物——すなわち魔物であった。
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