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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
戦争の陰翳
  核飽和攻撃 その2

 
前書き
 花火大会の結末。 

 
 ソ連艦隊の旗艦、ヤロスラヴリ。
その艦内では、攻撃の中核を担う戦術機部隊の会合が開かれようとしていた。
「総員集合!」
 中隊長の掛け声の元、300名の特別攻撃隊隊員が一斉に整列する。
皆が真新しいM69野戦服を着ているが、軍人のそれには見えなかった。
 北ベトナム製の、粗悪な縫製の制服というのもあろう。
染料の問題で、上着とズボンは著しく色が違く、迷彩効果はほとんどなかった。
「ずいぶん無理をして、編成したようだな」
 カザフ帰りの中隊長は言った。
ロシア人らしくほぼ無表情のまま、兵士たちを見つめる。
「ええ」
 アルメニア人の伍長は、表情を崩さずに答えた。
彼が対面している兵士は、恐るべき第7親衛空挺師団の兵士とはどうしても思えなかった。
ロシア人だけあって体格は大きいが、表情はあきらかに子供だった。
 男は、着古しの勤務服(キーチェリ)の腰ポケットからマルボーロを取り出すと、火をつけた。
ハンガリー動乱とチェコ事件を制圧した、あの第7親衛空挺師団でも、この体たらく。
 もし日本野郎(ヤポーシキ)と戦争になったら、確実に負けるであろう。
ソ連政府がG元素という物に固執するのも分かる気がした。
 ソ連赤軍の内、精鋭は激戦が伝えられたカザフに送り込まれ、空挺師団からも少ない数が出された。
その多くはカザフに行って、二度と帰ってこなかった。
その欠員を埋めたのは、少年団員(ピアネール)や動員された学徒兵だった。
 
前進せよ(フピリョート)!」
 力強い命令と共に、300名の特別攻撃隊は一斉に動き始めた。
月面の平原にある静かの海を、20台の月面探査車が進む。
 車に跨乗する特別攻撃隊の隊員は、海鷲(オーラン)と呼ばれる宇宙服を身に着けていた。
この船外活動ユニットを兼ねた宇宙服は、既製品でも、基本的に体に合わせた装備である。
重さ100キロに達し、地上の6分の一の月面でも歩行は非常に労力のいる服だった。
宇宙服の他に、RPK軽機関銃と500発の弾薬、その他にRPG7などの対戦車砲を個人装備としてつけていた。
ハーディマンなどの強化外骨格も検討されたが、武器弾薬を多く運ぶ都合上、除外された。
 静寂に包まれた月面を、100の機影が北に向かっている。
彼らが目指すのは、アポロ計画で月面着陸をした静かの海の近くにある大空洞だ。
 ソ連赤軍の灰色の塗装をしたバラライカは、10機ずつ、2列の単縦陣(たんじゅうじん)を組み、57ミリの支援突撃砲を持った10機F4Rが戦闘を進み、傘型の陣形を組んでいる。
 その後方から、新型のMIG-23が、ゆっくりとした速度で部隊を追いかける。
この新型機は、ミグ設計局で作られた試作機で、KGBとスペツナズ向けに特別配備されたものである。
「中隊長、敵はどうですか。
自分は、まだ心構えが……」
 副官を務める少年団員の一人が、不安げな表情のまま、中隊長の男に訊ねた。
男は、網膜投射に映る少年兵の方に力ない瞳を向けながら、答えた。
「大丈夫、すぐに慣れるさ」
「はあ……」
 少年兵はいささか力の抜けた返事を返した。
「すぐに慣れるさ……」
 
 間もなく彼らは、例の大空洞に近づいた。
ここはルナ・ゼロ・ハイヴの構造物があったところで、事前の砲爆撃で構造物の8割が吹き飛んでいた。
 前方には火焔煙や巻き上げられた土埃がわだかまっている。
炎の下は視認できず、何が起きたかわからない。
 だが、これまで得られた対BETA戦での戦訓から、はっきりした事がある。
地獄さながらの砲爆撃を浴びても、それだけで敵が壊滅するという事はない事だ。
 殊に、BETAは頑強であり、地中に隠れる術に長けている。
ソ連は、中央アジアで血みどろの撤退戦を経験したことがある為、BETAのしぶとさはよく理解している。
 不意に前方の丘から土煙が上がった。
丘やクレーターの窪みの中から、多数のBETAが出現した。
その多くは戦車級だが、要塞級や、突撃級が相当数混じっている。
 それらが、足を駆り、体を揺すって、土煙を上げ、全速で突進してくる。
 距離は近い。
先頭のF4Rと要塞級の距離は、すでに1000メートルを切っている。
「全車、停止!」
 この直前まで移動していた戦術機の部隊は停止した。
突っ込んでくる戦車級や突撃級に、57ミリ支援突撃砲の標準を合わせる。
バラライカの20ミリ突撃砲が、突っ込んでくるBETAに狙いを定める。
「火線を開け!」
撃て(アゴ―ニ)!」
号令と共に、各機のパイロットが引き金を引く。
57ミリ砲の砲口に閃光がほとばしり、強烈な砲声が大地を響かせる。
 月面探検車に、跨乗する特別攻撃隊員の全身に衝撃が走る。
外れた弾は地面をえぐり、殷々とした砲声が木霊する。
 57ミリ弾の直撃を食らった要塞級は、血しぶきを上げて、爆砕された。
F4Rには、土埃と共に、BETAの血煙がパアっと吹きかかる。
 少年団の兵士が水平噴射跳躍(ホライゾナルブースト)で急速にBETAの上空に飛び上がる。
光線級の姿が見えないことから、存在しないと過信したための行動であった。
 105ミリ砲弾を雨霰とBETAの大群に浴びせかけ、BETAの進撃を足止めしようとする。
ナパームを食らって火だるまになる要塞級を無視するかの如く、突撃級は遮二無二にソ連軍に迫る。
 BETAは、爆砕されても、叩かれても、距離を詰めてくる。
どちらが優勢なのか、少年兵にはわからない。
 突然、大空洞の中から火線が上がった。
閃光が闇を切り裂いて、空中に駆け上がり、爆音が轟く。
「ま、まさか光線級!」
 空洞から姿を現したそれは、巨大だった。
パッと見たところ、要塞級の倍ほどの大きさがあり、三本の突起からは高速でレーザーを発射してくる。
チャージ時間は、見たところ、1秒もない。
 中隊長の男は、乗機のバラライカを岩陰に移し、機内にある敵識別のカタログを取る。
太ももの上で、カタログを広げると、急いで目の前のBETAを確認した。
その本は、ブルジョア似非(えせ)科学者の木原が、ハイヴを攻略した際に撮影したデータを基にした本である。
日本野郎(ヤポーシキ)が作った物をKGBが盗み出し、露語に翻訳したカタログではあるが、正確だった。
 目の前の敵の事を探したが、どこにも載っていない。
「こいつは、新種だ!」
 男の態度は、少年兵たちに絶望感を抱かせてた。
 数台の戦術機が機首を後方に向けると、跳躍した。
一本の光線がバラライカに照射される。
閃光が通り抜けた直後、機体に火焔が起こった。
炎が広がった瞬間、爆音が響き、火の粉が飛び散る。
「馬鹿野郎!なんてことしやがる」
 男は大音声で叫んだ!
「総員!転進」
 こうなった以上、軌道上にある駆逐艦から核ミサイルを撃ち込んでもらう以外方法はない。
火器を動員して、この場から切り抜けるだけだ。
「中隊各機へ、ありったけの弾をくれてやれ。
緊急避難先に転進だ。以上」
「了解。これより転進を開始する。以上」
 各機から一斉に返事が返ってくる。
それぞれの機関砲から、火山弾のように砲火をまき散らしながら、中隊は反転した。
 後退する機体に対して、巨大なBETAは水兵射撃をして来た。
撤退中の何機かはレーザーの直撃を食らい、松明(たいまつ)の様に燃え上がる。
 続いて、57ミリ砲を持ったF4Rに爆発光が走り、火災によって暗闇の中にその姿を浮かび上がらせる。
「全機!出力最大で逃げろ」
 各機が機体の出力を上げ始めた瞬間、前方から新たな大型BETAが突っ込んできた。
突撃級に砲身の様なものを付けたもので、堅い物体で出来た弾の様なものを飛ばして来る。
 男が目を大きく見開いた瞬間、これまでにない衝撃が機体を襲う。
男は意識を失う直前、微笑を浮かべた。
 1人の防人(さきもり)として、せめて戦場の中で華々しく散りたい。
 これで、あの世で待つ息子と妻に顔向けできる。
次の瞬間、その五体はバラライカの管制ユニットと共に爆砕され、炎に焼き尽くされた。
 中隊長の機体が燃え盛るころ、生き残った部隊は必死の行動に出た。
戦闘で損傷した機体が盾になって、無事な戦術機を脱出させようと抵抗を続けた。
 砲撃の間隙を縫って、数台のバラライカがMIG-23を庇う様に駆け抜けていく。
それを見送った機体は、自爆装置を起動させる準備をした。
この新型のBETAもろとも、小型核の爆薬で吹き飛ばせば、仲間は逃げられる。
 機体を操縦するアルメニア人の伍長は、腰にある雑嚢から折れ曲がった紙巻煙草を取り出す。
もしもの時にとっておいたフィルター付きタバコで、銘柄はウィンストンだった。
 伍長は戦闘の間我慢していたタバコを咥えると、火をつけた。
最期の一服とはこんなものかと考えながら、核ミサイルの点火装置に指を置く。
 残存したバラライカは、急いでエネルギアロケットに乗り込むと、月面を後にする。
その直後、大平原の静かの海は、核の火焔によって赤々と照らされ、真昼のように明るくなった。
 上空では、待機していたロケット部隊や駆逐艦が一気に戦域から離脱し始めた。
こうして、ソ連の特別攻撃隊は、MIG-23と数機のバラライカを残して、全滅した。 
 

 
後書き
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