冥王来訪
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第三部 1979年
戦争の陰翳
核飽和攻撃 その1
前書き
日本三大花火大会の一つである、土浦花火大会が台風で中止になりました。
その腹いせといっては何ですが、小説の中で花火大会をすることにしました。
ソ連が何故、巨額の資金を投じた東欧諸国を易々と見捨てたのか。
それは、ゼオライマーによる攻撃を恐れたに他ならない。
マサキが日米両政府に公開した木星と土星の核飽和攻撃は、秘密裏にKGBの手に渡っていた。
それを見たチェルネンコ議長は、木原マサキという人物の手によってソ連が核の炎で焼かれるのを恐れたのだ。
そこで、東欧諸国の反乱を放置して、独立させる代わりに、ソ連を守ろうと考えた。
30有余年前の大戦争を知る人物として、核戦争は何としても回避せざるを得ない。
彼らなりに、考えた末の結論だった。
東京サミットを翌日に迎えたこの日、中ソ国境のハンカ湖(支那名:興凱湖)東岸にある別荘にKGB指導部が集まっていた。
これは狩猟好きのブレジネフのために、KGBが立てたアムール虎狩り用の別荘であった。
なおソ連では1956年以降、虎狩りは国法で禁じられていた。
「しかし同志長官、驚きましたな。
東京サミットの座上で、東独のNATO参加を認めさせ、我々を満座の笑いものにしようとは。
全く腐った帝国主義者の走狗らしい卑劣なやり方です」
「黄色い猿をなめてはいかん」
KGB長官は露骨に不快の色を示した。
「我々は、木原という日本野郎に何度も煮え湯を飲まされてきた。
今度の東独議長訪問は単なる偽装にしかすぎん」
「木原とゼオライマーの、次の動きの兆候はないか」
「今の所はございません。
ですが気になることがございます」
「どうした」
「実は……その個人的な情報源から得たのですが……」
「では話したまえ」
「実は、シベリア開発に参加していた八楠社長の会社が事件に遭い、彼が殺されたのをご存じですね」
「不幸な事件だった」
「その事件の現場近くで、木原を見たという話が持ち込まれたのです」
「すると銃撃事件は、木原が関係していると」
「或いは関係ないのかもしれませんが……」
「例のロケット発射は、いつかね」
「来週になるかと……」
「特別部に手配して、明日のサミットにぶつけるように指示したまえ」
「木原の関心を大野と穂積に向けているときに、ロケットを飛ばせ」
「彼らは、KGBの有益な情報源です。
見捨てろというのですか……」
「役に立つ馬鹿はいつでも補充出来る。
だが我等の秘密作戦が日本側に露見した事実の方が危険だ。
我らが進めている新計画が白日の下にさらされてみろ……」
「それこそ、ESP兵士の時と違って、世界各国から非難を浴びる。
穂積の件は、彼もろともその計画は廃棄する」
「どうせ、アンドロポフの手垢のついた工作だ。
代が私に代わった今、そんな危険な作戦は必要なくなった」
「そうよのう、穂積にはサミット会場で死んでもらうことにしよう。
そうすれば日本側は警備面の失敗で、国際的な信用を失う」
「すぐに腕の立つ人物を用意しなさい」
ソ連はこれまでの外交上の失点を取り戻すべく、二つの作戦を行うことにした。
一つは、東欧諸国の独立を認めることで、欧州の警戒を和らげる政策である。
この政策の真の目的は、欧州に置いた通常戦力を極東に移動し、日米との決戦に備えるための準備だった。
二つ目は、月面への核飽和攻撃の実施である。
米国に先んじて、ハイヴを制圧し、G元素をソ連の手中に収めるという物である。
ソ連は、G元素爆弾の威力を畏れ、この新兵器を一日も早く実用化したかったのだ。
G7各国が東京サミットの交渉の準備をしていた頃。
ソ連は月面に向けて、大規模な宇宙艦隊を発進させていた。
世界第二位を誇る宇宙艦隊は、実に錚々たるものであった。
装甲駆逐艦22隻、装甲ミサイル巡洋艦30隻。
装甲駆逐艦という名前だが、実際は60メートルほどの大型シャトルである。
152ミリのD-20榴弾砲を2門装備し、核砲弾を1分間に6発発射可能であった。
装甲ミサイル艦は、エネルギアロケットに開閉式のミサイルランチャーを搭載した宇宙船である。
ソ連独自の武装で、40門のミサイルランチャーから9K33ミサイルを発射可能。
BETA戦争の為、30隻ほどで配備が終了したが、計画では120隻を作る予定であった。
その他に、戦術機や貨物を輸送するスペースシャトル・ブラン、24隻。
白い色をしており、スペースシャトル・オービタに酷似した形をしている。
スペースシャトル・ブランに関して、ご存じではない読者も多いであろう。
ここで著者からの、簡単な説明を許されたい。
ブランは、旧ソ連が国家の威信をかけて開発した再利用型宇宙船である。
スペースシャトルと同じ形から、ソ連のスペースシャトルとも称された。
だが、構造は似て非なるものだった。
米国のスペースシャトル・オービターと違い、燃料タンクを内部に搭載していなかった。
メインブースターがないため、自立飛行こそ出来なかったものの、誘爆事故を未然に防げた。
その為、外部ロケットを切り離した後は、姿勢制御エンジンなどを用いて自力で帰還するしかなかった。
また相違点として、操縦席に、射出座席を搭載していた。
非常時には、機内から脱出できる。
米国の宇宙船よりソ連の宇宙船の方が非常に高い安全性を備えていたのだ。
ブランは、我々の世界で紙上の計画で終わった幻の機体である。
試験機を含め、3機ほど作られたが、終ぞ宇宙に行くことなく終わってしまった。
だが、この異世界では、米ソの宇宙開発競争で、すでに実用化されていた。
ソ連宇宙艦隊の旗艦「ヤロスラブリ」
その艦内で、宇宙艦隊の幕僚たちが密議を凝らしていた。
「同志諸君、ワシントンにいるGRU工作員の話によれば、今、米国で兵士100名を訓練中だ。
その他に英国でNATO諸国の精鋭30名の選抜試験が行われている……」
「今回の東京サミットに合わせ、花火大会をすると同志議長がお申し出になられたのは、日米への牽制だ。
日本野郎が驚いているの間に、わがソ連の精鋭で月面降下を成功させる」
「まず手始めとして、核を搭載したS300によって月面の地表を爆撃した後、落下傘降下をする。
損害を考えて、囚人懲罰大隊を使う予定だ」
ロシアは長い歴史の中で囚人兵というのは一般的であった。
その起源は、300年に及ぶ蒙古の軛に由来するものである。
12世紀に蒙古高原より打って出たジンギスカン。
彼の軍勢は、国から国を渡り歩き、殺戮と略奪を繰り返してきた。
その尖兵となったのは、征服した国々の捕囚であった。
竹崎季長などの九州武士の活躍で、有名な文永の役と弘安の役の際も、主力部隊は捕囚だった。
日本征服をけしかけた高麗ばかりではなく、蒙古に滅ぼされた南宋の兵士も多かった。
蒙古により国家の基礎を作ったロシア国家もまた、同様に囚人を重要視した。
囚人や捕虜を集めて、労働力や外国との戦争の『大砲の肉』にしたのだ。
30隻のミサイル巡洋艦から、一斉に1200発の9K33ミサイルが発射される。
そのすべてが特殊改造をされた核搭載型だった。
数秒後、夜空に最初の爆発が起こる。
暗い月面を連続した閃光で照らした。
30万を超えるBETAの大群は、閃光と共に弾き飛ばされ、続いてその周囲にある様々なものが蒸発する。
爆風や熱は、10万体以上のBETAを即死させた。
装甲駆逐艦22隻に搭載された152ミリ砲が、一斉に砲門を開く。
2.5キロトンの威力がある152ミリ核砲弾44発が、月に向かって斉射された。
(参考までに言えば、広島に投下された「リトル・ボーイ」の核出力は15キロトンと推測されている)
最初に核攻撃の洗礼を浴びたのは、月の静かの海である。
史実のこの場所は、アポロ計画によって、人類が初めて月面着陸をした場所であった。
だが今は、ルナ・ゼロ・ハイヴがそそり立つ化け物の巣だった。
44発の砲弾の内、確実に爆発したのは38発だった。
かつての国連月面基地に、直撃弾が落ちる。
この基地では、3年間の月面防衛戦で数百名の隊員が戦死し、大きな墓標となっていた。
月面に閃光が煌めいた。
次の瞬間、静かの海にあった月面基地の一部は蒸発し、鉄骨を残して、BETAもろとも吹き飛ぶ。
衝撃波によって爆心地に生じた一時的な真空状態。
間もなく、きのこの形をした独特の爆炎が上がる。
この世の終わりのような光景。
それでも関わらず、ソ連艦隊は続けて、1200発の核ミサイルを再度発射する。
ミサイルの作動は85パーセントだったが、月面の敵を一掃することはできた。
米軍基地は跡形もなく消え去り、爆風が吹きすさぶ。
月面攻撃隊司令は口元をゆがめる。
攻撃の効果は完璧だ。
あれほど恐れられていた100万のBETAは、ものの5分で消え去った。
ただ気になるのは光線級の存在だ。
だがどれほど偵察をしても、その存在は認められない。
ルナゼロハイヴの方面に逃げだしているBETAの生き残りにも、それらしき影はなかった。
男は、口つきタバコのカズベックを取り出すと、火をつける。
とりあえず、あとは、G元素の確保だけだ。
戦術機に乗った囚人兵300名をハイヴの中に送り込ませるという簡単な仕事だ。
男は紫煙を吐き出すと、安心したかのように不敵の笑みを浮かべるのだった。
後書き
ご感想お待ちしております。
明日3日には久しぶりに休日投稿しようと思います。
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