知略
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第三章
城内からもそれに呼応して出て攻める。彼等は一斉に攻めた。
「何っ、敵!?」
「北条か!?」
「まさか攻めて来たのか!」
「夜襲か!」
「はかったか!」
「よいか!」
驚き慌てふためく敵を見ながら氏康は言った。
「白い布なり紙が見えるな!」
「はい、見えます!」
「はっきりと!」
夜の闇の中でもそれは見えた。漆黒の中だが月明かりを映し出して見えるその白いものは何よりもはっきりと見えた。
氏康はそのことを彼等に告げながら言うのだった。
「それがあるものは討つな!」
「ではそれ以外の者は」
「誰であろうとも」
「そうだ、討て!」
敵だからだ。
「敵の数は多い、手柄を立て放題ぞ!」
「わかりました、では!」
「褒美をたんまりと貰いますぞ!」
北条の者達は氏康の言葉にさらにいきり立った。そしてだった。
混乱し戦どころではない諸侯の兵達を次々に討つ。最早それは戦ではなかった。
戦は一晩続き気付けば関東の諸侯の兵は散り散りに逃げ去っていた。戦の場に残っているのは北条の者達だけだった。
朝日と共に勝どきがあがる。北条氏は見事己の十倍の数を誇る大軍に勝利を収めた。
扇谷上杉は主が死に家自体が途絶え山内上杉もその力を大きく失った。両上杉は終わった。
他の諸侯達も致命傷を負い北条に太刀打ち出来なくなった。氏康は見事絶体絶命の逆境から覇権を手に入れた。
この鮮やかな勝利から家臣達は氏康をより敬愛するようになった。その彼等がこう氏康に問うた。
「風魔の者達を使って連絡を取ったのも見事でしたが」
「まさか講和で相手を騙し油断させるとは」
「しかも白い布や紙を夜の中に身に着けそれを見分けにされる」
「同士討ちまで防がれたのですね」
「もう一度やってみよと言われても無理じゃ」
氏康自身もこう言うまでのことだった。
「しかしじゃ」
「そこまでしてですか」
「そのうえでなのですね」
「そうじゃ。勝たねばならぬ戦じゃった」
だからこそだというのだ。
「わしも知恵を絞ったわ」
「まさに知略ですか」
「それですな」
「それは北条のお家芸よ」
初代早雲、彼からだというのだ。
「この小田原城を手に入れた時もそうじゃったな」
「はい、鹿狩りと称して人を入れ」
「そのうえで夜襲を仕掛けました」
「必要とあらば策を用いる」
講和で騙すのもだというのだ。
「そうでもしなければならない時はするものじゃ」
「ですな。それが戦国の世」
「やならねばこちらがやられますから」
「これもまたですね」
「策ですね」
「講和をするにしても気をつけることだ」
その氏康の言葉だ。
「さもなければ背中から斬られる」
「そして斬られる方が悪い」
「そういうことですな」
「あの者達は我等の戦力が少ないことに油断した」
全てはそこにあった。両上杉も他の者達も自分達の大勢に気をよくし僅かな数の北条氏を完全に舐めてかかっていた。
戦にはならぬだろうしなっても押し潰せる、そう考えてだったのだ。
氏康もそれはわかっていた、そしてそのうえでだったのだ。
「そこから考えて仕掛けてやったわ」
「そして我等は勝った」
「そういうことですな」
「ではこれからはじゃ」
氏康は確かな笑みで堂々と家臣達に言った。
「関東を攻めていくぞ」
「はい、それでは」
「関東を手に入れましょうぞ」
北条氏の関東における覇権はこの戦いで確立された。そうなるにあたっては氏康の確かな知略があった。それは彼にとっても北条家にとっても実に多くのものをもたらしたのだった。
知略 完
2012・9・27
ページ上へ戻る