邪教、引き継ぎます
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第四章
31.海底の洞窟へ
神殿の中には大きなテーブルが置かれているスペースがあり、打ち合わせや作業など多目的に使用できる。
そのテーブルの上に、やや古びた大判の紙が二枚置かれていた。
世界地図と、大きな洞窟の地図であった。
後者は、旧大神殿最上階に次ぐ大きさの礼拝堂を擁し、ハーゴン教団第二の拠点と言われた『海底の洞窟』の図である。
「行くなら、ロトの子孫三国にまだ動きがない今のうちだと思います」
フォルの説明の言葉を、この場にいるほぼ全ての者が真剣な顔でうなずきながら聞いていた。
フォル以下数名で、バピラスを使って空路で海底の洞窟に向かう――。
その目的は、二つあった。
一つは、現況を確認すること。
ロンダルキアでのハーゴン教団再建およびロトの子孫たちによる再討伐失敗の知らせは、改宗せず潜伏していた生き残りの信者たちに大きな希望を与えた。
その結果、祈祷師ケイラスに率いられたベラヌール支部・テパ支部の残党を皮切りに、ザハン支部・ペルポイ支部・ルプガナ支部・アレフガルド支部に所属していた信者たちが続々とロンダルキアに合流するに至っている。
ところが、教団第二の拠点であったはずの海底の洞窟にいた信者たちについては、いまだ一人も合流しないままであったのである。
海底の洞窟は、ロンダルキアよりはるか南東の海に位置する孤島の洞窟。
「ロンダルキアの状況を知らない可能性もあるのではないか。もしそうなら知らせてあげて合流の選択肢を提示すべきだ」
という声が神殿内で発生していたのであった。
二つ目は、悪魔神官ハゼリオの遺した資料の回収である。
「ハゼリオ様が重要な資料をあちらにも隠しておられたようです。今回はその回収も目指します」
フォルは、元上司である彼の遺した業務記録を読み進めている。その結果、破壊神召喚の儀やロンダルキアの資源などについての重要資料の一部があちらに保管されているらしいことが判明していた。
この機会に回収し、教団再建に役立てたいと考えていた。
「おおまかな説明は以上です。皆さんにはまたご負担をおかけしますが、よろしくお願いします」
頭を下げるフォル。
ふたたびこの場のほとんどの者が、それにあわせてうなずいた。
「一度行ってみたかったんだよねー、海底の洞窟。超楽しみ」
「……おい、遊びに行くんじゃないんだぞ」
一人場違いなニヤケ顔になっている自称キラーマシン使い・タクトに対し、バーサーカーの少女・シェーラが眉をひそめている。
「フォル殿。私から一つ提案をしてもよろしいでしょうか」
「もちろん! なんでもおっしゃってください」
穏やかな物言いで発言してきたのは、ザハン支部の生き残りをまとめてロンダルキアへとやってきたリーダー格の男だった。
中年でややふくやかな体型の彼の名は、ハンソン。紫色のマントを着用しており、ケイラスと同じく祈祷師の位を持っている。だか彼とは異なり物腰が柔らかであるため、各種族からの評判はすこぶるよい。今は仮面と頭巾を外しており、丸めの顔や茶髪があらわになっている。
「アレフガルドの竜王の城にも寄られてはいかがでしょうか? いまだ教団は他勢力との交渉が始められる状態ではないと思いますが、中立的な立場かつ温厚な性格と噂の竜王になら会っていただけるはずです。すぐ味方につけるのは難しいにしても、ごあいさつという形でフォル殿の顔を売っておくのは悪くないかと」
「いいねー。おれたちは少人数ならバピラスのおかげで空路を使ってすぐ移動できるもんね。他の勢力にはない能力を活用するのはいいことだと思うよ」
竜王にも会えるかもしれないのか――と、さらに顔が緩むタクトではあったが、この感想は共感を得られたようだ。うなずく者多数。バーサーカーの少女も特に負の表情は取らない。
「ありがとうございます。それは良いお考えだと思います。距離はありますが、空からなら時間はかからないでしょう。海底の洞窟を見終わったら向かうようにしますね」
フォルも同意する。脳裏には、かつて直属の上司であった悪魔神官ハゼリオがあいさつのために竜王の城に行ったことがあるという話をしていたことが浮かんでいた。
ここで、怜悧な声が挟まる。
「行くのはよいが、私が明確に反対だったという事実を記録に残しておいてもらおうか」
祈祷師ケイラスである。こちらも仮面も外していた。
「ケイラスさんは反対でしたか……。差し支えなければ理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
数名から「またか」とうんざりした顔を向けられたことをものともせず、彼は一度金髪を掻き上げると腕を組んだ。
「私はそもそも君がここを離れること自体に反対だ。外患はまだやってこないかもしれぬが、ロンダルキアには立て続けに信者の流入があり有象無象が渦巻いている状態。君が留守の間に神殿で何が起きてもおかしくない」
その言葉に、数名のうちの一人だったシェーラが我慢できなくなり突っ込んでしまった。
「お前が言うなよ……お前こそフォルがいなくなったら真っ先に騒ぎを起こすんじゃないか? 他の種族と喧嘩になってな」
「黙れ」
「あ? お前そろそろほぼ全部の種族から嫌われてることに気づいたほうがいいぞ」
「まあまあ、シェーラちゃん」
タクトがバーサーカーの少女の肩に手を当ててなだめる。彼女はそれを振り払ったが、いちおうは落ち着いたようだ。
祈祷師ケイラスは一段と眉間の皴を深くすると、言った。
「そのようなくだらぬことを危惧するならば、私はここに残らず海底の洞窟へ同行しよう。ならば文句はあるまい?」
彼はもうバーサーカーの少女を見てもいない。問うた先はフォルである。
「私は海底の洞窟の礼拝堂で働いていたこともある。そこのバーサーカーや胡散臭い似非信者よりも良い仕事をしてみせよう」
あれ? おれ、流れ矢が来ちゃった感じ? と、タクトが嬉しそうにおどけていた。
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