不可能男との約束
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日常の変動
前書き
普通の事態 突然の事態
それらを含めて日常と言う
配点(予定)
二週間前に起きた三河消失からの三河争乱を経て、武蔵は何かがいきなり変わった……という事はなく、前とそこまでは変わらない日常に戻っていた。
空は洗濯物を干すのなら、丁度いいくらいの青さであったし、風も気持ちいい。
率直に言えば晴れ空の下。
そんな青空の下、違う国からしたら巨大と評される武蔵の一艦である左舷・二番艦である村山には、何時もの梅組集団が───横たわっていた。
女性陣は息絶え絶えで済んでいるが、男性陣はほとんど倒れていて動けていない。
そんな中の中央で、普通に平然としている人間がいる。
オリオトライ先生である。
「はーい。休憩はしてもいいけど、倒れたままでいるのは駄目よー。倒れても、次の戦いに生かせるような戦いをして倒れなくちゃ駄目よ」
「くっ……この暴力教師……! 人類の限界を図り間違えてると思うのは私だけなのかな!? ああ、シロ君! 大丈夫!? ほ、ほら! シロ君の好きなお金の音だよ!」
「ふ……大丈夫だハイディ。お金ある所に我あり……お金なき所に我無しの信条の私がお金の音があるのに倒れるとでも……思ったか?」
「さ、さっすがシロ君! すて───あ」
ハイディは手の中でジャラジャラとお金を持っていたのだが、忘れてはいけない。
ハイディも早朝訓練で疲れているのである。
女性陣にも手は抜いていないオリオトライだが、男性陣よりはマシな扱いではある。だが、それでも疲労は蓄積されているし、そもそもハイディ自身が戦闘能力などは低い方である。
故に自分が意識している以上に体は疲れており、誤って手からお金を落としてしまったのである。
普段なら絶対にしないようなミスだが、今回は仕方がない。
だが、そこをシロジロは許さなかった。
立ち上がりかけていたシロジロは一瞬で膝を曲げて、まるで獲物に飛びかかる様な姿勢になり、そして膝を発条にして跳ねた。
その光景を死にかけているクラスの戦闘者達はおお……! と驚いた顔で結構、賞賛していた。
まるで、水泳部が水に飛び込むような跳ね方。水泳とは違い、両手はまるで何か大切な物を乗せる様に、両手をくっ付けており、そしてシロジロがその両手に入れるのはお金しかない。
重力によって落ちていくお金。
それに向かってジャンプするシロジロ。
そして、最終的に手の中にお金が入った。
その瞬間、シロジロは人生最大の笑みを浮かべてから───地面に頭から突き刺さった。
微妙に斜めに落ちていたので、運悪く頭から落ちてしまい、そして数秒後に体は地面に落ちて行った。
そのアホみたいな光景を梅組メンバーは無表情で見ていたが、二秒後にふ~、疲れた疲れたの台詞を吐いて、無視した。
ハイディが何とか顔を地面から引っこ抜こうとしているから大丈夫だろうと思ったのである。
「……やれやれだな」
そんな光景を見て、本当に呆れて呟く正純。
正直、慣れない体育だけでも、かなり疲れているのに、その後にあんな茶番を見させられるとは思ってもいなかった。
はぁ、と溜息を吐いて、そこで喉が渇いている事に気付くが、お金がない。
周りみたいにスポーツドリンクがあれば文句なしなのだが、そこは仕方がないので、ハードポイントの竹ボトルから水を飲もうとしたら
「ほれ」
いきなり、違う竹ボトルがこちらに放られた。
「うわっ」
いきなり来たので、慌ててキャッチした。
一体誰からだと飛んできた方向を見てみたら、そこは男性陣で唯一平気そうに座っている熱田からである。
どうやら、彼が私に放り投げたらしい。
「どうせ金が無くて水しかないんだろ? 水が悪いとは言わねーが、お前みたいな虚弱体質が、それだけどうかと思うぜ?」
「……悪かったな虚弱体質で……まぁ、ここは礼を言うよ。後で返させてくれ」
「気にすんな。最近、ようやく剣腕解禁で、剣道場のアルバイトでお金を溜めてんだ。お前みたいに切羽詰まってはいねえ」
何時もの野性味の笑みとは違い、苦笑して笑う熱田。
そういえば、確かに三河の戦いが終わった途端、彼は今までの生活とは異なり、自分の剣を見せるようになったし、こうして授業にも真面目に出るようになった。
どういう内容なのかは知らないが、葵と約束をしたという事だったので、誰も何も言わなかったようだが、こうして全員で訓練できるというのはとりあえず良い事だと思う。
「……騙されるな正純よ……この脳筋は、何を狂ったのかは知らないが、オリオトライ教師の胸を揉みに行こうと全力で暴走したせいで、拙僧たちはここまで疲れ切っているのだぞ……!」
「そうですよ正純! だから、あんまりシュウ君と一緒にいい空気を吸っていると共犯者と思われてしまいますから、今すぐそこを退いて私にシュウ君へ止めをさせてください……!」
「とか言いつつ、浅間はただ単に愚剣と仲良くしている貧乳政治家に嫉妬しただけでしょ? ククク、いいわ! でも、嫉妬機能で一番はホライゾンよ! さぁ、ホライゾン! この巨乳巫女に見本を見せてやりなさい!」
「Jud.」
すると、さっきまで確か傍でぶっ倒れていたはずの葵の面倒を見ていたはずのホライゾンがいきなり現れた。
何をするのかと思わず眉を顰めたが、彼女も楽しんでいるのではないかと思い、なら、この愉快な環境もホライゾンにとっては良い事かもしれないと内心で考え、頷いた。
しかし、残念なことに愉快ではあるが、周りの全員が外道なのは間違いではないので、絶対にプラスばかりには働かないのが非常に残念である。
というか、マイナスの方が大きいのでないかと、さっきまで浮かび上げかけた考えを亜光速否定したくなってきてしまうが、とりあえずホライゾンが何をするのか楽しみだったので、とりあえず置いといた。
ホライゾンの方を見ると、相変わらずと言ってもいいのか、解らないが表情はそこまでまだ現出しておらず、しかし、どこか生き生きとまでは言わないが、元気があるような表情にはなっている気がする。
その顔で、何故か彼女はキョロキョロと周りをまるで、探し物を探すような仕草をするので、皆で何だ何だと見ていると、彼女の視線はそのまま近くで、ぐてーっと疲れ切っている葵に向かった。
「丁度良い所に素材が」
「へっ?」
何を思ったのか、いきなりホライゾンは地面に倒れている葵を重力制御で回転させながら、自分の手元に引き寄せた。
何故か走らないが、回転速度は異様に速くて、あれでは葵は何をされたのか解らないまま脳を揺らされただろう。哀れとは思わないが、やりたくはないと思う。
そして、ホライゾンはわざわざ葵を上下逆の逆立ち状態で宙に浮かせ、直立させる。
そのまま彼女は、体を葵の体で隠し、そしてそのまま物凄いガクガクブルブルしながら、血走った顔で
「こ、この泥棒猫……! 如何でしょうか浅間様。これぞ、完璧な嫉妬表現だと書物などを見て、知りました。さぁ、是非とも浅間様も御一つどうでしょうか? 今なら、いらない穢れた壁も一つついてきますよ?」
「い、いや……そんな通販みたいなことを言われても、そんな事は流石に常識人である私は出来ませんし、後者は正直いらないので……」
死にかけている奴らも全員くわっと目を思いっきり開いて、浅間を睨む。
「な、何ですか皆! 先に行っときますけど、私は無実ですよ!?」
「ダウト」
即座に肩にナイトをもたれさせているナルゼがツッコむ。
その速さに、浅間はぐっと仰け反ったが、ここで引いていたら駄目だと思ったのか、まだ諦めない。
「だ、ダウトって何ですか! 嘘なんて、私は今の台詞ではついていませんよ!」
「聞いたか皆! 智の常識じゃあ、人に対して弓砲弾を向けるのは当たり前らしいぜこの鬼畜巫女!」
「恐ろしい巫女で御座るよ……何をすればそんな巫女になってしまったのか……」
「小生思うに、これはもう本能かと」
「だ、大丈、夫……だよ……? み、んなは……もう……ちゃ、んと、覚悟、してる、よ……?」
「そ、そんな鈴さんまで……! ち、違います! 何でそこまで私に罪を擦り付けるんですか! まず、最初に自分がその時に悪い事をしていないかどうかの記憶を掘り返してください!」
「胸を揉もうと女風呂に行こうとした時だったぜ」
「あんたの同人を書こうとしている時だったわね」
「あんたの家にある同人を愚民共にリークしようとした時だったかしら?」
「小学校に思い出を作ろうとカメラを持っていこうとしていた時かと」
「カレーを作っていた時でしたネー」
「……これで自分は罪人じゃないって言うつもりですか下劣畜生同級生ーー!!」
……もう少し、武蔵の法案を改正した方がいいんじゃないかなー……。
自分でも思うのだが、何故ここにいる奴らはまだ日の下を歩いていられるのであろう。
後半二人は、健全な理由に思えるのに、人によってはここまで違う意味で聞こえてしまうのが、逆に恐ろしい所である。
こんな奴らが、世界征服をしてもいいのか果てしなく頭が痛くなる。
今でも十分武蔵は悪役になっているのに、この事が各国に知られたら、間違いなく悪役ではなく、悪者にされてしまうのは間違いない。
何とかしなければ、と内心で誓いを立てていると壁役にされていた葵がようやく復活したようで、逆さになりつつも、ホライゾンの方に勢いよく視線を向けた。
「お、オメェ!! 今、俺は非常にホライゾンに対して、言いたいことがあんだけどよ!!?」
「Jud.少しなら文句を聞いてあげてもいいですよ」
「お、おし! じゃあ、言わせて───」
「───はい。少し聞きました。では、もう文句は聞きませんので……何でしょうか? その殴って頂戴の顔は」
「ちげぇよ!! 俺は今、お前に対して不満を表している顔になっているはずだぜ!?」
「ではいい言葉を教えてあげましょう───嫌よ嫌よも好きの内。どうでしょうか、この至言。今のトーリ様を的確に表すことが出来ると思うのですが」
「お、己……! 敗北を認めない女だぜホライゾン!」
ホライゾンは親指を立てることによって簡単に応対した。
その余りにも何時も通りさに何やっているんだかと苦笑するが
「───いや、何時も通りのままではいられないんだったな」
と、即座に考えを変えた。
そして、それ以降は三征西班牙についての、歴史などの授業に変わり、そして、やはりと言うべきか、現在の特務クラスとかの話に移行する。
「そして、まぁ、最近、熱田が西国無双と言われている立花・宗茂を打倒したわけなんだが……」
「先生。シュウ君が開眼睡眠をかましているので、起こしてもいいでしょうか?」
「よろしくお願いするわ」
熱田の鳩尾に矢が吸い込まれる光景を見せられて、何をしているんだこいつはと呆れた溜息を吐く。
「おい熱田。理解できるような頭をしていないのは知っているが、せめて話だけは聞いとけ。お前にも関係がある話なんだから」
「あ、ああん!? 正純……てめぇは貶したいのか、真面目な話をしたいのかどっちなんだよ!?」
「両方だ馬鹿」
「正純も言うようになりましたね……」
良い意味で言われているのならば、政治家志望としては嬉しいのだが、明らかに良い意味で使われてはいなかったので、喜べなかった。
良い言葉と良い意味が繋がっていないとは残念な極東語である。
とりあえず、下らない思考をそっと捨てて、あのなぁ、と前置きを置いて熱田に話しかける。
「さっきも言ったようにお前はあの西国無双を倒したわけだろう?」
「斬り倒したでもいいぜ?」
「物騒にしてどうする。バトルジャンキーのお前だから釘を刺させてもらうが、恐らく、最低でも一人はお前狙いで戦いを挑んでくる人間がいる筈だ」
「まぁ、宗茂の嫁が来るだろうな」
あいつらの愛が本物ならな、と最後に付け加えながら、意外とちゃんと答える熱田。
そう言えば特務クラスとかでも、ちゃんと聖譜についての知識を勉強しなければいけなかったなと思いだし、もしかしたら一番自分が油断しているのかもしれないと思い、気をつけようと思う。
ならば、聞くことは一つだけだろう。だから、小声で葵には聞こえないようにしながら
「───戦えるか」
「何を当たり前のことを言っていやがんだ」
真面目に聞いたら、呆れきったような声が聞こえた。
おいおい、こっちはそういう何というか復讐みたいな相手でも迷わないかって気を使って聞いてやったのに、まさかの即答かよー……。
まぁ、でも、結構こう言われるとは思っていた。
馬鹿だし
「俺の疾走を邪魔すんなら、俺は迷わず斬るぜ? 大体、剣神が斬るのを躊躇っちゃあ、剣神じゃねーだろうよ」
野性味たっぷりの表情で言われ、再確認。
言葉で表せれば、熱田の信念、もしくは夢でもいいが、そういうのが既にこの時点でほぼ完成されているから、迷わないんだろうなーと正純は考えた。
もう少し、迷いを持っていた方が可愛げがあるもののと思いながら、若干、尊敬はする。
とは言っても、これからは更なる苦境が待っているだろう。
今回は突発的な戦争だったから、相手もそこまでレベルの高い武装を持ってきていなかった。これからは、聖譜顕装やこれから向かう英国では、今はアルマダ海戦の歴史再現の為に準備をしているはずである。
難易度が低過ぎるのも、問題と言えば問題だが、難易度が全部が全部、最高難易度になっているのもどうかな、と今日何度目かの溜息を吐きながら、御高説を続けた。
困りましたわー……
ネイト・ミトツダイラはとぼとぼと品川を歩きながら、溜息を吐いた。
あの授業の後、皆は一度解散という事で解散された。
そして、今、特務クラスは武蔵の自動人形のお願いで、武蔵の各艦にばらけて移動しているのだが、ここら辺は問題ではない。
問題はどちらかと言うと私的な部分である。
……結局、八年前のことでの謝罪を出来てませんのよー……
内心でエコーが掛りそうな落ち込みの声を出しながら、とぼとぼ歩く。
ネイトは今は、周りの事を気にしていないのだが、周りからは何だ何だという視線で見られているのである。
普段なら気付いているはずの視線なのだが、今はネイトの視線は己の内に向いているので仕方がない事ではある。
ともあれ、どうしてこうなったかと言うと、三河の時はまぁ、あの時は色々と忙しかったから、仕方がないという言い訳が成り立つ。
それまでは、力を発揮しない彼に対して、どう接すれば良かったのか解らなくなったという事。
そして、三河以降は───はっきり言えば惰性である。
彼と二人で会話する機会がなかったのだと言えば、それも事実なのだが、その気になれば、その機会を得られなかったという訳でもなかった。
つまりは結局の事は怠惰である。
王の一番の騎士でありながら情けないと思いつつも、決心がつかないのである。
我ながら嫌な性格ですわね……
王は自分の一番の罪を受け入れつつも、否定することが出来たというのに、その騎士がこの有様では、我が王に申し訳ないし、彼にも申し訳ない。
そういう時は誰かに相談するべきなんだろうけど……
喜美はちょっと問題がありますし……智は、副長限定なら相談し辛いですし……ハイディはお金を払わなきゃいけませんし、ナイトとナルゼは絶対ネタにしてきますし、アデーレもこういう悩み事なら、ちょっと合わない気がしますし、鈴もちょっと違いますし……ホライゾンもそうですし……。
こういう事で相談し易い友人がいないというのも困ったものである。
というか、し難い理由がネタにされるとか、お金を払わなければいけないというのはどういう事だ。
ともあれ、消去法的には直政と正純が一番適任であるのだが、これに関しては、自分が勇気を持てない。
一番簡単な解決方法は素直に謝りに行くことなのだが、それが出来ていたら苦労しない。
はぁ、と溜息を吐いて、ようやく配置に付く。
そこで表示枠を繋げ、他のメンバーと話をする。
「こちら第五特務。品川に着きましたわ」
『おお、早かったで御座るな。こちらも位置に付けた所で御座るし……ナイト殿の方はどうで御座るか?』
『うん。こっちも着いたよ。見たところ、まだステルス障壁は解いてないから、後、五分ってところかなー?』
どうやら、他の特務達も着いたらしい。
そうなると、少し暇になるので、雑談でもと思って、話を始めた。
『今頃、他の人達は……何か、今、多摩の方から変な音が聞こえたのですが……?』
『ああ。今、確か多摩の方にはトーリ殿とホライゾン殿が行っているはずで御座る』
『あ、成程。じゃあ、別に異常事態じゃないね』
うんうんと全員で頷く。
『他の者は……ちょっと盗聴でもしてみるで御座るか』
それは問題があるのではないかと思うのだが、もうやっちゃっているみたいなので遅かった。
表示枠に明らかに違う人物の言葉が乗る。
『ちょっ! ま、待ってください! しょ、小生はこんな所で花と散りたくはない……!』
『もう。諦めなさいよ御広敷。今、鈴が馬用のカンチョーを持ってこようとしているから、皆もしっかり体を抑えるのよー』
『フフフ……まさかロリコンをカンチョーするだなんて、あんまり見たくないような世界珍光景をこの手で起こす事になるだなんて……私、今、伝説を作っている!?』
『あ、喜美。興奮していないで、ちゃんと抑えていてくださいよ。ただでさえ、御広敷君。一応が付くとはいえ男の子なんですから、暴れる力が強いんですから……矢で抑えちゃ駄目ですかね?』
『浅間さんは今日もかっ飛ばしますねー……正直、自分はこんな珍光景に関わりたくないんですが』
『解っているから、言わなくてもいい』
瞬間的に目を閉じた。
本当ならば、表示枠を断ち割りたかったのだが、一応、連絡をしているためにそれは出来なかった。
一応、理性は残っているらしい。
数秒後に溜息を吐いてから、点蔵達とまた話し合う。
『……何時も通りで何よりですわ……』
『ミトツダイラ殿も、もう少し肩の力を抜いてはどうで御座るか』
『気遣い上手だねぇ……そういった所は女子からは好感を持てるような性格だとナイちゃん素直に思うんだけどなー』
確かに、とミトツダイラも思う。
そして、今は普通の会話が出来てますね、と今の状況を思いながらも続ける。
『第一特務はどういった女性が好みなんですの?』
『ああ───金髪巨乳で御座るよ』
『そういった所が、駄目だっていうのが解んねえのかこの駄目忍者は……ああ、駄目だから点蔵なのか……』
『いきなり混神されたと思ったら、駄目だしを速攻でしないで欲しいで御座るよシュウ殿!? し、しかも、結論早!』
余りの突然な乱入にネイトは思わず、表示枠から少し離れてしまった。
い、いきなりビッグチャンス!? で、でも、点蔵とナイトが……!
仕事での連絡であったというのが悔やまれる。
というか、今、思えば直接会わずともこうして表示枠ならば、連絡が取り合えたのではないかと思うが、でも、それだったら不誠実ですわねと結論を出した。
我ながら何とも難儀な性格を……と思いつつ、会話に加わらなければ不審がられると思い、慌てて、表示枠に近づく。
『あれ? どうしたのシュウやん。授業の方に出てたんじゃないの?』
『そうしようと思っていたんだが、ステルス障壁を解くに当たってで、特務クラスが動いているのに、副長の俺がぼーっとしているっていうのも変な話だろ。まぁ、集団としての動きはお前らに劣っているから、挽回もしなきゃいけねえしな』
『別に気になさらなくてもいいですのに……』
むしろ、よくまぁ、そこまで信頼し合えたものだと思う。
そう考えると、また自己嫌悪に陥りそうになるのだが、そんな事をしていても意味がないというのはよく理解できているので、出来るだけ考えないようにする。
『事実を否定しても、次に繋がらねえだろうが。集団性の連携に置いては、俺は特務クラスどころか、それ以下かもな。まぁ、梅組メンバーなら合わせることは可能だけどな』
今、かなりさらりと凄い能力を言いませんでしたか?
連携のための訓練をしていないというのは、残念がら事実なので、彼はそれを素直に受け止めているだけなのだろう。
だから、彼が時々、特務メンバーや他の学生達と組んで訓練をしている時を見る時がある。
……私の所には、まだ来てくれてはいませんのですが……
悪意ではないというのは解っている。
単純に、気まずい、もしくはこちらの事を気遣っているだけなのだという事を。
ただの馬鹿でもあるのですけれど、そこら辺は総長に似ていて、自分の方が悪いのだろうとか思ってしまう人なのである。
はぁ、と本当に小さく溜息を吐いて表示枠に向き直す。
『梅組メンバーだけならとは……? それならば、他の学生達とも……ああ、成程で御座る』
『お前らもこれくらいは朝飯前だろうが』
『うーーん。ナイちゃんはコメントを控えとくねっ』
『右に同じくですわ……』
幾ら、長年の付き合いとはいえ、それだけで息を合わせられるとは……それが剣神の技なのか、もしくは彼の才能なのかは知らないが、とりあえず凄いとだけは言える。
私もしっかりしなければという意識を強く持たなければいけない。
まぁ、本人は言葉通り、これくらい当然のことと思っているらしいから何も言わないが。
……そもそも他のメンバーも武蔵は何だかんだで規格外ですからね……。
意地でもそんな事は言うつもりはないが。
そんな事をしていると"武蔵"からの連絡が来た。
『こちら"武蔵"です。長い事お待ちさせて申し訳ありません皆様。外部の位置情報を確定できたので……おや、熱田様もいらっしゃるのですか───以上』
『どうも"武蔵"さん。まぁ、副長としているという事で』
『シュウやんがまともな話し方で話している……!?』
『これは熱田殿のキャラ崩壊に繋がってしまうのでは……!? 既に個性が無くなっているで御座るし』
『お、お前ら! 俺がまともに話しかけたのがそんなにいけねえのか! 俺だってチンピラ語以外喋れるわ!』
『チン・ピラゴ……! 何それ! 賢姉! 新しい発見に胸がブルンブルン震えるわ! さぁ! 浅間も一緒に揺れるのよ!』
『やーめーーてーくーだーさーいーー!!』
『ちぃっ……! 幾らだ喜美!』
何時の間にか色々と混神してきている状況に付いていけなくなりそうだが、そこは騎士としての矜持で、とりあえずいらない話を頭から省いて、会話することにした。
聞いていたら、脳が汚染されるからである。
『ええとぉ……む、"武蔵"と副長は仲がよろしいのですね!?』
『あ? そりゃあ、まぁ、一応、修行をしてくれたこっちの師匠ではあるわけだしな』
『Jud.昔の熱田様は可愛らしい子供でした───以上』
おお……! と女性陣と一緒に盛り上がる。
何というかクラスメイト以外でのクラスメイトの評価というのは気になるものなのである。
しかも、相手が自動人形とはいえ大人ならば尚更である。
『ど、どんなんでしたか"武蔵"さん! い、いえ! 私はその興味とは言ってもあれですよ!? 幼馴染としてですからね!?』
『Jud.熱田様は昔は素直な子供で、自分達に訓練をして欲しいと願ってきたので、ここは自動人形の見せ所だと思いまして。難易度はと聞くと地獄クラスでいいぜとの事でして───以上』
『ふんふん!』
『だから、自分も自動人形的な素直になろうとして、私があちらを少々見てくださいと言って、素直にそちらを見たシュウ様に素直にその背中を押して、武蔵から落としてしまったりしましたね。武蔵地獄滑りです───以上』
『……シュウ君……あの……辛かったら何か言ってもいいんですからね……?』
『……シュウ殿。後でジュースを奢るで御座るよ……』
『な、何だよオメェら!! まるで俺が物凄い可哀想な奴みたいな顔しやがって!! ちゃんとその後にやり返そうとしたぞ!』
『Jud.熱田様の剣のブーストで何とか上がってきた後に、何か言いたそうな顔をしていらっしゃったので、今度は落ち着かせようと普通に押しました───以上』
『───解ったかお前ら!! 必要なのは個人で生き残るためのサバイバル技術が全てなんだよ! ヒャッハー弱肉強食ーーー!!』
余りにも哀れな姿にちょっとだけ涙ぐんできた。
ともあれ、今はそんな事をしている場合ではなかったので、皆も切り上げ始めて行った。
今回の"武蔵"の要件はステルス障壁を解除する際の警備みたいなものであった。
それならば、自動人形たちだけでも十分なのではと思ったのだが
『私達、自動人形は公平かつ完璧です。故に作業も公平かつ完璧に進めなければいけません───以上』
『……それはつまり』
全ての情報などを完璧かつ公平に計算してしまう為に突発的な出来事には弱いという事でしょうか……?
自動人形の計算力は人間のそれと比べたら遥かに高い。
人間の計算力を一としたら、自動人形の計算力は百万を超えるかもしれない。だから、戦闘系の自動人形とかは相手の動きを計算して、最善を選べる事が出来るのだが、それはつまり、予想外の行動には弱いという事。
そして今回の場合も似たようなものである。
常に最善を選び、仕事を完璧にこなす自動人形であるが故に些細な情報でさえ、計算してしまう。
普段ならば、その完璧さは頼もしいのだが
『言い方悪いかもし得ないけど……戦闘中だとそれはちょっと危ないねー。戦闘中って本当に予想外のアクシデントばかりだものね』
『Jud.ですが、私たちがよく思考停止してしまう原因がトーリ様の気がするのですが、気のせいでしょうか?───以上』
『え!? 俺!? やっべ、俺、もしかして自動人形たちにもてられている!?』
『呆れられてんだよ!!』
全員の息を合わせた突込みに体力を消費してしまって、また溜息を吐いてしまう。
自分は武蔵に乗ってから、どれだけの幸せを溜息に乗せて吐いてしまったのだろうか。
そして一番不幸なのはその行為をして間違っていると自分で思えない所である。
『あまり、話をしていたら時間が足りなくなってしまうので本題に入りたいと思います。つまり、今からステルス障壁を解除しますが、その間、皆さんにも見張っておいて欲しいという事です』
『成程……ですが、私の方は目よりも鼻の方が利くのですが、それでも大丈夫でしょうか?』
『大丈夫だろ、ネイト。目で駄目だったら、気配とかで読めばいいじゃねえか』
『ナチュラルにさっきから爆弾を放っているねシュウやん!』
本当だ。
彼のハイスペックさはどういう事だろうか。一度、スペックに付いて話して貰った方がいいかもしれない。
海を割ることが出来るとか言われても、驚かないかもしれない。
あ、現に三十メートルくらいなら出来るんでしたっけ? しかも、術式無しの己の力だけで。
もう数えるのに飽きた溜息を吐いたら、空に色がようやく戻り始めた。
ステルス障壁を解除しているのである。
そこで、ようやく残念な溜息ではない息を吐く。ステルス障壁が嫌とかそういうのではないのだが、やっぱり、空には青色があってこその空であると思うのである。
ステルス障壁が解除された時。
学校の廊下を歩いている、鈴もほっと息を吐いた。
ステルス障壁によって、いきなり外界の音が良く聞こえるようになるのは、昔は苦手であったが、皆のお蔭で怖くなくなったので、今では外の音が聞こえるようになるのが嬉しい事である。
そう思い、笑顔を浮かべようとして───過敏な聴覚が何かを捉えた。
え……? こ、これっ、て……!
そして、鈴は自分で出せる速さで表示枠を出して、連絡を取った。
『み、皆、あ、あの……!』
突然の鈴の行動に皆が珍しさに驚いた人もいたが、即座に声に籠もる感情から、尋常ではない事態ではない事を悟る。
だから、何かを受け答えようとネイトは口を開こうとしたところ
『サンキュー、鈴。お蔭で俺も確信が持てたぜ』
え、と声をだし、そこでつい息を吸った事によってネイトも知覚した。
これは……工業油の臭い……?
似た臭いで言えば、直政の服などによく付いている臭いなのだが、ここは海上で更に周りにはそんな臭いを発生させるような物はない。
それに、さっきまでしていなかったから、品川にあったのではないとは断言できる。
つまり、ステルス障壁を解除した時に発生したもので
『武蔵の武を担う副長権限を持って、武蔵全員に警戒態勢を促すぜ……!』
副長が表示枠で、武蔵全域に警戒を促しているのを見て、そして、彼の手に剣が降ってきた。
『キルノ? キルノ?』
『おお、それは親友の小動物系の大剣じゃないかぁ! 今度、俺にも可愛がらせてーーー!!』
一瞬の間。
『……? キルノ? ソノキタナイケン……?』
『お、おい親友! その剣、早速去勢するのかとか提案してきたぞ! オメェの躾け間違ってね!?』
『お前が全裸であることが間違ってんだよ馬鹿』
冗談を言い合っている馬鹿達を無視して、ネイトが状況を報告した。
「三征西班牙の襲撃! 数はクラーケン級2にワイバーン級6! 位置は真上五百メートル! ステルス状態からの奇襲ですわ! 総員、副長の言う通り、警戒ーーー!』
どうやら、今日はかなり忙しい一日になりそうだとネイトは走りながら思った。
後書き
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