SAO─戦士達の物語
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MR編
百六十二話 姉、襲来(前)
前書き
はい、どうもです。
前回までのあらすじ。
ユウキ達スリーピングナイツと出会ってから一か月シリカの依頼でダンジョンに潜る事になった面々は、晴れてサラマンダー領のピラミッド型高難易度ダンジョンをクリアします。
ダンジョンアタック後の考察もそこそこに桐ケ谷家の三人が話し合う中、不意に鳴り響いた電話の向こうからにぎやかな声が聞こえて来たのでした。
今回からは、また新編となります。少し長くなったので、時間を置いて、前後編で投稿させていただきます。そしてお待たせ(?)しました、ようやく、新キャラを投入です、よろしくお願いします!
2026年二月初旬
甲高い轟音と、冬の冷たい風を温めたが如く蒸すような熱気が充満した空気の中、心なしか少しべたつきを感じる髪をかき上げて明日奈はフェンス沿いに立つ、細かく仕切られたフェンスの向こうでは、出発の時を今か今かと待ちわびる巨大な鉄の鳥がその巨体をターミナルに預け、牽引車に押されて後退し始めた機体の向こうでは滑走路へと向かう赤いラインの機体がゆっくりと前進していくのが見える。
『ひゃーすっごいねぇ……』
「私も久しぶりに来たけど、やっぱり迫力あるね」
ユウキにフェンスの向こうが見えるようにプローブのある右肩をフェンスの方へ向けて歩く明日奈は遮蔽物の少ない展望デッキ上の強い風によって靡く髪を軽く押さえて端末から聞こえるユウキに答える。興味深そうにキュルキュルと音を立ててしきりにカメラを動かすユウキの声は本人曰く初めて見るらしい飛行場の景色に興奮したように弾んでいて、今日の用事に彼女を誘った事が正解だったと明日奈に確信させるには十分だった。
『あ、また来た!』
一際甲高い音と共に、轟音を尾に引いて青いラインの機体が加速していく。滑走路や機体の大きさと距離のお陰でそれほどでもないように見えるが、この数秒で静止状態から時速300㎞近い速度まで一息に加速した鋼鉄の巨鳥の身体がふわりと浮き上がり、海上から一気に都市の方へと飛びあがるのが見えた。
『どこに行くんだろ……』
「ホノルルだとよ」
「えっ?」
振り向くと、携帯を片手にいつの間にか隣に立つ涼人の姿があった、明日奈たちが眺めていたのと同じ飛行機を水平にした手の平で日差しを遮りつつ「おー」と眺める彼に、端末の向こうから不思議そうなユウキの声が聞こえてくる。
『リョウ、どうしてわかるの?』
「ん?今はこういう便利なもんがあってな」
ほれ、と涼人が見せてくる携帯端末の画面には、この空港を中心に着々と動き回る飛行中の機体と、滑走路に待機する機体がレーダーの様に表示されていた。
『わ、すごい、管制官の人みたい!』
「これ、リアルタイムに出るの?」
「らしいぜ、今飛んでる機体も含めて、あと、どっから来てどこに行くのかとかも詳しく分かるやつだ」
「へぇぇ!」
そんなものがあるのかと感心する明日奈を他所に、もっと見せて見せてとユウキがせがむ、二三回ズーム音がした後に、彼女のしみじみとした声。
『ホノルルかぁ、遠いなぁ』
「…………」
遠い、ユウキのこぼしたその言葉の意味を、明日奈は必ずしも正確に分かっている訳では無いのだと思う。明日奈にとっては、本気で行こうとすれば決して不可能ではない距離だが、病院から動けない彼女にとってはその感覚よりもはるかに遠いものに感じるのかもしれない。しかし涼人はと言えば、少し考え込んだ後に何でもない事の様に軽くスマホを持ち上げて言った。
「そうでもねぇぞ、遠くないうちに、お前もその場に行かずにホノルルの道を歩けるようになったりするかもしれん」
『?どういう事?』
「そのうち詳しく教えてやるよ」
そういった後、涼人は不意に顔を上げていつの間にか先ほどは離陸に使われた滑走路に降りてきた一機の機体を見た。
「どーれ、うるせぇのが来たぞ」
────
東京国際空港は、東京都は大田区に所在する日本に数か所しかない国際空港の一つだ。3つのターミナルと4つの滑走路を持ち、敷地面積、利用客数通して国内最大の国際空港であるこの場所は日本の代表的な航空会社の大半が利用するハブ空港でもあり、名実ともに日本の空の玄関口である。そんな中でも、ひときわ目立つガラス張りの塔のような吹き抜けの下、差し込んだ陽光と間接照明によって明るく照らし出された2階部分に降りてきた明日奈たちは一路、国際線の到着口へ向けて歩いていく。そんな中、肩のプローブから、というよりも手元の携帯から、 些か心配そうなユウキの声がした。
『アスナ、大丈夫?なんだか変な顔してるよ?』
「うぅ~、ちょっと、緊張して」
「そんなにか?まぁ、確かにちょっと変わった人だけど……明日奈は大丈夫だと思うぞ、タブン」
「ちょっとお兄ちゃん、タブンなんてれい姉ちゃんかわいそうだよ! 大丈夫ですよ明日奈さん、絶対、仲良くなれます!」
「絶対?」
「絶対です!」
自信満々にそういう直葉に和人は僅かに苦笑したようだったが、特段否定する事はなかった。代わりに隣にいる明日奈に向けて少しバツが悪そうにしながら頬を掻く。
「まぁそう言う訳だから、そんなに緊張しなくていいぞ?普通に従姉の姉さんだと思ってくれたら」
「アンタの従姉だから印象良くしたくて、明日奈は緊張してるんでしょ」
「ハイ、仰る通りです……」
何を他人事みたいに言っているのかと後ろに居た詩乃から被せる様にそういわれて首を縮こまらせる和人に、 少しだけ哀れみを覚える。
まぁ、流石にこればかりは仕方がないところもあるのだろう。 明日奈にとってみれば怜奈という人物は和人の兄同然の人物である涼人の姉、つまりこれから伴侶になりたいと思っている少年の姉同然というわけで、実質将来の義理の姉に対面するも同然の感覚だが、和人にとってはそれこそ気心が知れた従姉である。桐ヶ谷家の三人の兄妹たちの仲の良さはよく知っているし、同じ調子で怜奈の話も聞いている。その和人と明日奈の間にある空気感の差はなかなか簡単に埋まるものではない。
「(でも、この先の事を考えたら・・・)」
和人の親族で明日奈が直接顔を合わせていない人物は、それぞれ大学と単身赴任で普段は海外で暮らしている為その機会自体が少ない怜奈と、父である峰嵩氏だけだ。けれど明日奈の親族で和人が顔を合わせていない人物はそれこそ山のようにいる。その事を考えれば、自分の方が一人に合うだけで緊張している場合ではないのではないか。
「(…………)」
そんなことを考えていると年始、京都の本家で見た親類縁者たちの顔を思い出して内心でため息を一つ。あの面々に和人をあまり会わせたくないと考える自分は多分、少しばかりあの環境がトラウマになっているのではないだろうかとすら思う。
「明日奈は怜ちゃんと、電話では話した事あるんだっけ?」
「うん、 ユイちゃんの事で一回だけ。でもあの時はキリト君がほとんど話してて、私は挨拶くらいだったから……」
『ママ、大丈夫です、博士とママのマッチング率は80パーセントを超えています!』
「う、うん、そうだね!」
それ、どういうマッチング?などと思いつつも、ユイの声を聴いて明日奈は自然少しだけ気合が入るのを自覚した。怜奈は涼人の姉であると同時に、ユイの開発者…………言ってしまうと「生みの親」でもある、今も米国の大学で AI の研究と開発を続けている研究者でもあり、多くの企業との連携も行っているらしい。気後れはあるが、ALOでの一連の出来事の後正式に面談して、ユイを任せてもらった「育ての親」 としては、あまり情けないところを見せるわけにはいかない。
「涼兄ちゃんからは何かないの?れい姉ちゃん対策」
「あぁ、 対策だぁ?人の姉捕まえて随分だな……んー、別にねぇな。つか最初にスグが言ったろ、特に心配する事なんざねぇよ。着いたぞ」
そんなことを話している内に、一行はターミナルの東の端へと差し掛かる、高い天井が明るく照らし出される北側の壁は大きなガラス張りで、たっぷりと光を取り込むとともに、向かって右奥のエスカレーターを登り空中回廊へと上がれば、手荷物検査ゲートを通る事なく駐機している飛行機を見る事もできるらしい。とはいえ今は先ほどのように飛行機に用があるというわけではない。
「あ、居た居た! れい姉ちゃんー!」
直葉が指さす先、ちょうどゲートから出てきた一団の中にいた人影の一つが、その声に反応してこちらを見る。
絵になる人だな。第一印象で、明日奈は素直にそう感じるに至った。
赤いスーツケースを引くその女性は、機内に居たためだろうか少し厚手のオフホワイトのセーターにダメージジーンズ姿の動きやすそうな格好で、ピンと伸びた背筋がすらりとした肢体をより強調している。 見た目以上に姿勢の良さが際立って見えるのは、彼女が周囲に居る外国人の人々と比べても見劣りしない長身だからだろう、厚手の上からでもわかる程度には凹凸のはっきりした身体のラインを持つ長身の女性が姿勢よく歩くその姿は、それこそ雑誌や動画で見たモデルの姿を思わせる。
正しく大人の女性、そんな印象を訴えてくるその姿に益々自分の中の緊張感が高まるのを自覚した明日奈をよそに、こちらを見た彼女は直葉の姿を見止めた瞬間に花が咲くようにパッと華やいだ。
「スグー!!」
「姉ちゃんー!」
「スグー!!」
「姉ちゃーん!」
「!?」
お互いを呼び合いながら駆け寄っていく二人に目を白黒させている内に、 接近した直葉が小さい子供のように彼女に飛びつく。それを同じくしっかりと受け止めた彼女と直葉はそのままガッシリと抱き合った。
「久しぶりー!元気してた?学校どう?聞いたわよ~、剣道部幹部候補なんだってね!?」
「そーなの、もう大変なんだよ〜」
抱き合うや否や顔を突き合わせて近況報告をし始める二人に、 周囲を歩く旅行客達が驚いたような、 微笑ましいものを見るような顔で注目しては去っていく。 アメリカや欧州の各国ならばいざ知らず、 日本の空港ではなかなか目にしない一直線なハグに、予想外の物を見せられた明日奈は完全に停止した。
「……わぁ」
『ひゃー、ママみたい……』
「ま、こうなるな」
「だな」
慣れた様子でその脇を抜けていく涼人が、ほとんど投げ捨てられるように彼女の後ろで放置された手荷物を回収する。
和人はと言うと直葉の後ろにつくように立って、相変わらず抱き合ったままの二人を見て少し呆れたような様子で笑った。
「仲いいなぁ」
「おっ、 来たわね思春期のカズ君」
「その呼び方ヤメテクダサイ」
直葉の頭越しに彼をそう呼んでにやりと笑った怜奈は、何とも言えない表情でそういった和人にニヤリと笑いかけると背中に回した手で軽く直葉の背を叩くと彼女を解放し、おもむろに和人に近づいて、おもむろにまた抱き着いた。
「よいしょっと~」
「うぉう」
「ぅえゃ!?」
殆ど何の抵抗もなくハグを受けた和人はというと、一瞬迷ったように腕をさまよわせた後、観念したように慣れた様子で怜奈の背に手を回す。
「うん、少しは肉付いたみたいだけど、でー?ちゃんとご飯食べてる?」
「知り合いの看護婦さんみたいな事言うなぁ……食べてるって」
「ほんとに?カップ麺とかばっかり食べてんじゃないのー?」
「そ、ンな事は無いし......」
「ふふ、まぁ太りなさいってわけじゃないけどね、 身体は大事にしないとね?」
「......わかってる、心配ないよ」
「…………」
抱き合いながらも、交わされる会話は穏やかな家族のそれだ、労わるように言った言葉に応える様に、和人の手が従姉の背を軽くたたく。 一方再び想定外の展開を見せられた明日奈はと言うと、その場で本日二回目の硬直を起こし、見かねた美幸達が静かに彼女の隣からささやくように解説する
「えっとね明日奈、怜ちゃんはいつもあんな感じだから……」
「そうね、れい姉ちゃんにとってはあれは挨拶みたいなものだから、気にすることないからね」
「え!?え、あ、うん……」
確かに、海外ではあいさつ代わりにハグをする者もいると聞くが、それは相当親しい……いや、親族なのだからおかしくは無い、あまり日本では見かけないだけの話だとどうにか納得して結論付ける、心の整理をつける間に彼女は和人を解放していた。
「さてと、つーぎーは、美幸~!久しぶりぃ!!」
「ぱぅ」
再びおもむろに接近した怜奈の身体に、成すすべなく少し前に出た美幸がくるまれた。こうしてすぐ近くに立ってみると、より彼女の身長の高さが際立っている、180前後はあるだろう身長は美幸の身体をしっかりと包み込んであまりある程で、けれど大人と子供程もある身長差でありながら、彼女たちの顔にはお互い安堵と慈愛が浮かんでいる。
「ふふ、久しぶり怜ちゃん。元気だった?」
「も一大変よ、さっきまで仕事ばっかりしてて、でも美幸の顔見たら一気に元気になったわ」
「良かった、お疲れ様」
「うん、ありがとう」
抱き合いながら伝え合う言葉の愛情深さに、他人事にも関わらず自然と頬が緩むのを自覚する。一方怜奈はと言うと、美幸に抱き着いた姿勢のままで、視線を動かしてその向こうの詩乃に微笑みかけた。
「しーちゃんおいで~」
「ちょっと、もう、れい姉ちゃん子供にいうみたいに言うのやめて」
「……来ないの?」
「~~っ行くけど!」
不満げにはするものの、どこか子供っぽい表情でうるうると自分を見つめる二人目の姉替わりの視線には流石の詩乃も勝てないらしい。 どこかあきらめたような表情で接近し、包まれるように二人から迎え入れられる彼女はしかし、歩み寄っていくときは少しだけ不服そうにも見えたその表情は、 二人の腕に抱かれる瞬間には安心しきったものになっていて……
「聞いたわよ、バイト始めたんだって?どう?大丈夫?」
「うん、今はとりあえず平気。同じ所の先輩も、良い人たちだし」
「しーちゃん、最近ちょっとずつレパートリー増えてるんだよ、いろいろ教えてもらえるんだって」
「へぇぇ!じゃあ今度しーのもごちそうしてほしいなぁ」
「いいけど、 美幸お姉ちゃんのみたいなのは期待しないでね」
「了解、期待してる!」
「もぅ……」
そんな話をひとしきりして、ようやく二人も解放される、そうして最後に残った明日奈の方へと向き合った怜奈は、まっすぐに彼女を見て爽やかな笑みを浮かべていった。
「さて!それじゃあ、あえて初めましてから始めましょうか!あ、とりあえず挨拶がてらにハグとかどう?」
「え、えぇっと、 先ずはお話をしてからに••••••」
「あら、恥ずかしがらなくていいのに。それじゃあ……ほらカズ、ぼっとしてない、こういう時は貴方が紹介してくれないと」
「お、おう、了解」
言われた和人は咳ばらいを一つ、未だに少々緊張の抜けきらないアスナと怜奈の間に立って、先ずは右手でアスナを示す。
「怜姉さん、此方は結城明日奈さん、高校の同級生で俺の彼女。で、明日奈、話した通り俺の従姉の姉さんで、桐ケ谷怜奈さん」
「初めまして、結城明日奈です。和人君とお付き合いさせていただいてます」
「はい、ご丁寧に。……うぅん!なんか感慨深いわ、「和人君とお付き合い」なんて言葉を聞く日が来るなんてねぇ、しかもこんなに早く!」
「どーいう意味だよ……いやそういう意味だろうけどさ……」
「拗ねない拗ねない」
少々ぶっきらぼうな言葉に柔らかく笑い掛けながら、怜奈は軽く肩をすくめた。
「ちょっとビックリしたってだけよ、ほら、小学校の高学年位からカズってば思春期?っていうか反抗期っていうか、そういう時期あったじゃない?顔はかわいいのにぶっきらぼうっていうか、あ、でも、可愛いのは可愛かったのよ?あの年ごろの男の子っぽいかっこつけもあったりとかして「ちょおっちょちょっちよぉ!!」」
「姉貴、それ話してっと空港 (ここ)で一日立ち話して時間潰す羽目になんぞ、あとそろそろカズの顔がやべぇからやめてやれ」
「おっとっと、ゴメンゴメン話逸れてた、あ、聞きたかったら後で教えてあげるからね?「姉さん!!」はいはい」
割と本気になって抗議の声を上げる和人を笑いながら両手で制して、彼女は明日奈へと向き直る、明日奈としてはこのまま和人の昔話を聞いていてもよかった、というより大いに興味がある所ではあったし、あとで彼には内緒でこっそり聞いてみようか、などと考えていると視界の端で詩乃の眼がキラリと光るのを見た。どうやら聞き手は二人になりそうだ。
「それじゃ改めて、桐ヶ谷怜奈(れいな) と言います。生まれはこっち、今住んでるのはアメリカ。仕事は研究者兼企業アドバイザーってとこかしら。気持ち的には、 本職は涼人、 和人、 直葉、 美幸、 詩乃、みんなのお姉ちゃんって感じです。こちらこそ、貴女に直接会えてとっっても嬉しい!私の方はそのうち明日奈さんのお義従姉ちゃんにもバリバリなる予定だから、よろしくね!」
「……!はいっ!」
差し出された手をしっかりと握る、 明日奈が抱いていたもろもろの心配事は、どうやら直葉や涼人の言っていた通り杞憂であったらしい。 握手ついでにじっとこちらを見つめて「ところでハグしていいかしら?」と聞いてくる彼女に笑いをこらえきれずに吹き出しながら、今度こそ明日奈は頷いた。
「ちなみに怜奈さんって、皆さんにこうしてるんですか?」
「まさか、愛してる人と、好きな人、あとは仲良くなりたい人だけよ?」
抱き合いながら、ふふふ、と少し冗談めかして笑いながら明日奈から離れた怜奈はけれど、 少し興味深そうに自分が預けていたのとは逆側、 明日奈の右肩に注目して小首をかしげる。
「 ところで気になってたんだけどそっちの子は?初めましての子よね?」
『えっ!?』
「そう、ですけど、分かるんですか?」
てっきりプローブを見せても中身はユイだと思われると考えていた明日奈は少しだけ瞠目して彼女を見返すも、当の本人は何ということもなさそうに軽く肩をすくめて見せる。
「さっきから見てたけどその子、ユイちゃんの視線の動きにしては有機的すぎるもの。平たく言うと、あの子はそんなに必要もないのにキョロキョロしないの。好奇心が強くて、ちょっと落ち着きがない子がカメラの向こうにいるんじゃない?」
『ぅ、ぼ、ボクそんなに落ち着きないかな?』
「それはノーコメントかなぁ......すみません、隠してるつもりはなかったんですが……」
成程、視線の動きの特徴から元が AI であるユイと人間であるユウキの特徴を見分けたという事らしい、驚きはしたものの、彼女が元々なんの専門家であるかを考えれば当然と言えば当然の知見だし、何よりも涼人の姉であるという事実が、 その観察力に妙な説得力を付与していた。
「いいのいいの、割と私のペースでずっと挨拶させてもらってたし、タイミングなかったでしょ?」
「っていうより怜姉さんは割とガッつきすぎなんだよな……」
「ちょーっと、人をケダモノみたいに言わないでよね」
若干呆れ気味な従弟の声に返しながら笑う怜奈に、少し慌てた様子でユウキの声がスピーカーにした端末から響いた。
『えっと、ボク、紺野木綿季って言います!アスナと、涼人さんたちの友達です!』
「紺野……あぁ、成程……初めまして、涼人の姉の怜奈です、いつも弟がお世話になってます」
『えぇえ、お世話なんて、全然!』
「ユウキ、そういう時は、こちらこそって言うの」
『あ、え、えと、こちらこそ、いつもリョウ、さんにはお世話になってます!!』
「やだ、可愛い……抱きしめたい……」
キュルキュルと動いて怜奈に頭を下げているらしいユウキの声が、昼の飛行場に良く通る。その様子が何かの琴線に触れたのか、怜奈は改めてまじまじと明日奈の肩のプローブを観察し始めた。
「これ、ジャイロとカメラで操縦者の任意に視覚を回して送ってるのよね?マイクは携帯のを使ってるの?」
「あぁ、ウン、そうなる」
「ガワは自作?結構スムーズに動いてるじゃない、頑張ったわねカズ」
「いや、市販品くっつけただけだよ、単なる回転カメラみたいなもんだし、むしろ中身の方が問題でさ、半分くらいは兄貴の作みたいなものだから」
「へえーぇ」
意味深な視線を送る怜奈の表情が照れ臭かったのか、何やらうっとおしそうに涼人は手を振って視線を逸らす。そんな弟の様子に嬉しそうに見る怜奈の視線に温かいものを感じているうちに、 怜奈は自分のタブレットを取り出していった。
「でも、そうしたらあんまりアスナさんのバッテリー使わない方がいいわよね。 ユイちゃん、こっちに出てこれる?」
『はい!日本へおかえりなさい、博士!』
軽い電子音と共に、タブレット上にユイが姿を現す、初めてユイに関する話をした際に、彼女のアカウントと連絡先はユイにも伝わっている、その為ユイだけは、割としょっちゅう怜奈と顔を合わせているのだ……が……
「あぁん、今日も可愛いわユイちゃん!抱きしめたい!」
「そればっかかアンタは」
「なによう、もう、こっちはユイちゃんに会うために帰ってきてるって言っても過言じゃないくらいなんだからね!」
『私と博士は昨日も一昨日もお話ししていますが……』
いまいち怜奈の言いたいことが理解できないらしいユイが戸惑った様子で応答するのを、明日奈は苦笑しなしがら見守るしかない。なんとなく分かっていたがこの女性はどうやら割と身内に弱い、そして彼女自身が生み出した存在であるユイはその最たるものであるらしい。
「そんなこと良いから!どうユイちゃん、上手くやってる?カズ、明日奈さんも、最近ユイちゃん関係で変わった様子とかはない?」
『はい!問題ありません!』
「こっちも、目立った問題は起きてないよ、アスナ?」
「うん、いつも元気です」
「そう、よかった……小さなことでも、何か気になる変化があったりしたら教えてね」
ウィンクをする怜奈の視線はチャーミングだが、その目には真剣な光を帯びている。彼女に言わせると、今のユイはあくまでも「経過観察」の最中なのだという。 元々の彼女の性能ではありえないほどの高い言語能力や共感性、そしてそこに至るにあたっての悲しい経過を考えるに、今のユイがこの状態で安定しているのは怜奈をしても奇跡と言わざるを得ないほどの偶発的なバランスで成り立っている出来事で、その原理は専門家である彼女にもわからないらしい。そしてそうである以上、いつどんな出来事をきっかけとしてそのバランスが崩れてしまうとも限らないと少なくとも怜奈は考えている。
だからこそ、たとえどんな小さな変化でも見逃さずに経過を見ておきたい、というのが彼女の言。 明日奈にしても和人にしても、ユイ自身の心の健康と安定以上に大切なものなどある筈もなく、全面的な協力を約束している。
これはそのために何度も繰り返してきた問答の一つだ。
「あ、そうだ。 こっちからも紹介したい子がいるのよ、ちょっと待ってね……あ、カズ、ユイちゃん持って」
「おう」
タブレットを和人に預けた怜奈は携帯端末を取り出すと、何かしらの操作をして画面をこちら側に向ける。そこに、ジッとこちらを見るひとりの少女が移っていた。紫がかった銀色のブロンドに、白磁のような、それでいて触らずともわかるほどの弾力を思わせるみずみずしい肌。ガーネットを思わせる明るい深紅の大きな瞳は、此方を見つめてぱちりと瞬かれている。
「さてと、ストレア、ご挨拶して」
『はーい!初めまして、博士の助手をしてるストレアだよ!みんなよろしくね!!』
ハスキーな声でそういったその少女は、明らかに初対面であるにも関わらず、不思議と何処か見覚えのある空気を醸し出していた。
後書き
後編は、2週間以内に投稿予定です。
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