【KOF】怒チーム短編集
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意外な真実
「では、全員の帰還を祝して……乾杯!」
「乾杯!」
ラルフの音頭に合わせて、怒部隊の面々がグラスを掲げた。
今回の飲み会は、ヴァージニア州ノーフォークにあるレストランで開催された。
長らく航行を続けていた空母がノルウェー海から北大西洋に入り、ノーフォークに寄港したからだ。
飲み会が始まってからしばらくの間は、所属する傭兵部隊に関する話題が飛び交っていた。
そのうち会話が一段落すると、ラルフが目の前のレオナとウィップを交互に見て、別の話題を切り出した。
「お前ら、アナポリスって知ってるか? 隣の州にある海軍士官学校の通称なんだがよ。そこの連中は、まあチャラいのなんのって! 周りに何もねえ環境で品行方正なキャンパスライフを送ってた俺らとは違って、休みと来りゃあ歓楽街で酒をかっくらって、女のケツを追っかけ回してんだからよ」
「品行方正? 品性下劣の間違いじゃないですか、大佐」
すかさず茶化したウィップが含み笑いをする。ラルフはウィップをぎろりと睨み、
「うるせえ! 当時の俺はなぁ、絵に描いたような優等生だったんだぞ」
「へえ、そうなんですか。証拠が無いから何とでも言えますよねぇ」
「ムチ子! てめえ――」
「落ち着いてください、大佐」
声を荒らげて身を乗り出したラルフを、クラークが素早く制止する。
ラルフは渋々と言った様子で身を引いた。
「ウィップ、お前もいちいち混ぜ返すな。相手が上官ならなおさらだ」
「……はーい」
クラークに叱られたウィップが素直に引き下がる。
だが、彼女の唇は不服そうに尖っている。内心では強く反発しているようだ。
三人が繰り広げる毎度のやり取りを眺めながら、レオナは別のことを考えていた。
先ほどラルフが話していた、アナポリスの士官候補生がちゃらちゃらしているという件についてだ。
レオナが所属している傭兵部隊にもアメリカ海軍出身の隊員が複数いる。
彼らは大抵、女性に目がない。特にレオナのような若い女性に対してはあの手この手で言い寄ってくる。
あいにく恋愛感情を持ち合わせていないレオナは、デートに誘われても断るだけなのだが、彼らは何度断ってもしつこく誘ってくるので辟易していた。
「大佐のお話……わかるような気がします」
レオナはナチョスをつまんでいるラルフを見ながら言った。
途端にラルフは頬を緩め、
「おっ? 俺が優等生だったって話のことか?」
と嬉しそうに訊いてきた。
その話題に対して理解を示したわけではないのだが、否定すると面倒な事態になるのは確実だ。
そう考えたレオナは、ひとまず肯定することにした。
「ええ、それもですし……アナポリスの士官候補生がちゃらちゃらしているという話についても」
「ほう。何でだ?」
「アメリカ海軍出身の男性隊員は、隙あらば女性に手を出そうとしますから」
「あいつらに何かされたのか!?」
急にラルフが血相を変えて顔を近づけてきた。
彼の勢いに押されたレオナは反射的に身体を引き、首を横に振る。
「いえ……デートに誘われたことはありますが、断りました」
「そうか。そりゃ賢明な判断だ」
ラルフは心底ほっとしたように息を吐き、白い歯を覗かせた。
「海軍上がりの野郎は、盛りのついた猿みてえなもんだからなぁ。若い女を見りゃあ見境もなくケツを追っかけて、おっ勃てた×××をぶち込むことしか考えねえ下劣な連中だ」
ラルフが口にしたあまりに下品な言葉を聞いて、レオナは思わず眉を顰めた。
同じくウィップも眉根を寄せ、軽蔑するような眼差しをラルフに向けている。
数秒の間を置いて、クラークが口元に拳を当てて咳払いをした。
「大佐、下品な表現は謹んでください。年頃の女性が二人もいるんですから」
「おう、悪ぃ悪ぃ。そんなわけだから、もしアメリカ人の隊員と付き合うなら、陸軍上がりの男にしておけよ。真面目な奴が多いからな。海軍上がりは論外だ」
そう言ってビールを呷ったラルフを、ウィップが半眼で眺める。
「陸軍上がりの大佐がそう仰っても、説得力が無いんですけど……」
「あ? 言っておくがな、俺は女に対して不誠実な真似をしたことはねえぞ。女房がいた時だって、一度も浮気したことはねえんだからな」
「えっ!?」
レオナとウィップは同時に驚きの声を上げた。
「失敬な。そんなに驚くこたぁねえだろ」
「だ……だって、独身って言ってたじゃないですか!」
「そっちの話に反応してたのかよ!?」
ラルフは大げさに目を見開き、深い溜め息をついた。
「それはなぁ、今現在シングルだっつう意味で言ったんだ。わざわざバツイチだと説明する必要もなかったからな」
「そうだったんですか……」
ウィップは唖然とした表情を浮かべてラルフの顔を凝視している。
レオナもまた驚愕しながらラルフを見つめていた。
二時間後、飲み会がお開きになった。
皆と一緒に空母に戻ったレオナは、ウィップに誘われて飛行甲板に上がった。
夜空には冴え冴えとした満月が浮かび、無数の星が宝石のように輝いている。
空母や岸壁を撫でる波の音がかすかに聞こえてくるだけの静かな夜だ。
「それにしても、ほんと驚いたわね。大佐がバツイチだったなんて」
「ええ……」
レオナはウィップの話に同意して頷いた。
あのラルフに妻がいたとはとても想像し難い。それが偽らざる本音だった。
「まあ、冷静に考えてみれば、大佐は私達より倍以上も歳が離れているんだから、過去に結婚していたとしても何ら不思議はないけれど……でも、あの大佐がねぇ……。中尉に奥さんがいたっていうならまだわかるけど」
「そうね……。中尉はむしろパートナーがいないことが不思議なくらいだもの」
「でしょう? あんなに頭が良くて、常識的で、仕事ができて、おまけに高身長のイケメンなのに……」
「ははは、嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
突然、どこからか男の声が聞こえてきた。クラークの声だ。
「中尉!? 今の話、聞いてたんですか」
ウィップが慌てた様子で辺りを見回す。
艦橋の陰からクラークが姿を現し、レオナ達の前にやって来た。
「こんな所で噂話なんかするもんじゃないぞ。誰が聞いてるかわからないんだから。ま、いい噂話なら大いに結構だがな」
クラークは鷹揚に笑い、艦橋の外壁に背を預けた。
そしてサングラスを外し、夜空を見上げると、「今夜は星が綺麗だな」と呟いた。
「あの……大佐に奥さんがいたってこと、中尉はご存知だったんですか?」
ウィップの質問に対し、クラークは「もちろん」と頷いた。
「もっとも、ここに入隊する前に別れたようだがね。ちなみに、彼には娘もいるぞ」
またしても意外な事実が発覚して、レオナとウィップは揃って「えっ」と声を漏らした。
「大佐のお嬢さん、って……」
「どんな女の子か全く想像がつかないわね……。中尉、大佐のお嬢さんに会われたことはありますか?」
「ああ、一度だけな」
「どんなお嬢さんなんですか?」
「これがまた大佐にそっくりなんだ。顔も性格も」
クラークはさも面白そうにくっくっと笑い出した。
レオナはラルフがそのまま女性になったような少女を想像してしまい、思わずふふっと噴き出した。
「見てみたいわ。大佐のお嬢さんを」
「私も興味あるわ。怖いもの見たさに近いものがあるけど……」
「おい、ウィップ。さすがにそれは失礼だろう。彼女だって大佐に似たくて似たわけじゃないんだぞ。子どもは親も遺伝子も選べないんだからな」
クラークが真顔でウィップを咎めた。
当のウィップは目を点にしてクラークを見上げ、
「中尉……何気に私より失礼なことを仰っていませんか?」
「おっと、つい口が過ぎてしまったようだな。大佐のお嬢さんも、いくら父親に瓜二つとは言っても、女の子だからそれなりに綺麗だぞ。多少は別れた奥さんにも似てるんだろうな」
大佐に瓜二つの、綺麗な女の子……?
その二つの要素を持つ少女は、レオナにとってはもはや想像の範疇を超えた存在であった。
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