不可能男との約束
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哀しみの味
前書き
辛さも、悲しみも、怒りも、喜びも
全てを呑みこんでいくのが当たり前
配点(人生)
まさかの全世界にも見られている告白会場での一世一代でのコクりが。
まさかの一撃必殺で瞬殺。
この事態に敵味方問わずに固まってしまう。
流石のイノケンティウス総長でさえも固まってしまっている。
いや、だって、ここまで煽っておいて、まさかの一番大事かもしれない告白シーンがまさかのお断りになるとは誰も思わなかったのである。
勿論、コクった本人であるトーリと発破かけたシュウも固まっていた。
ちなみに片方はサムズアップして、もう片方は来いやーのポーズで止まっていた。
そして、遂に二人が動き始める。
『おいおいおいおいおい!! 流石は毒舌女で予想外女のホライゾンだなおい! 流石の俺様もこの状況は全く予想にはなかった……でも、お前が告白するんだから予想するべきだったぜ……』
『お、おい親友! お、おおおおおおお俺はこう見えても失恋のショックで結構傷ついているんだぞ! というか、この場合どうするべきなんだYO!』
『知るか! 俺にどうにかできる空気じゃねーし、この空気を斬っちまうにも、オレ的にどうかと思うしよ……一言、ガンバ』
『簡単に見捨てないでくれよ親友!』
流石に振られた用の作戦なぞ考えていなかったのである。
いやいや、普通の告白なら考えるべきなのだけど、空気に流されて全員がこの告白は成功するだろう見たいに思ってしまったのである。
親友にさえ匙を投げられたトーリはくぅ……! と一人呻いていたが、親友の言う通りここはガンバの一言だと思い、再び何とかホライゾンに立ち向かうために、背筋を伸ばす───揺れていたが。
しかし、全員はここでトーリがまた立ち上がれるとは予想していなかったのでおおっ……! と少し驚いていた。
「ま、待ってくれホライゾン! そ、それはちょっとはやい判断だと思うで御座る! ってあ! 間違ってもてない忍者の点蔵の物真似とかしても絶対にホライゾンにもてねえよ! ちょっと待った! リテイク! リテイク!」
「し、失礼で御座るよトーリ殿!」
どこからか忍者の叫びが聞こえてくるがトーリは今、気にしていられる余裕はない。
血走った顔でホライゾンを見るトーリ。
「ほ、ほら! お前はまだ大罪武装が揃ってないから、感情が足りていないだろ? だから、マジ返しはまだご勘弁を……!」
「おやおや。振られた原因を他の物のせいにするとは……駄目なナンパ男の典型的な文ですね。でも、駄目です。私はこれで死ぬので」
「ぬ、ぬぉぉぉぉぉぉぉぉ! 自分でも思った事をスパッと言われてもうた! やる! やりおるこの女! ああ!? 待って待って! 奥に行かないでぇぇぇぇ!!」
一方的にやられているトーリを見て、全員が無言で汗を流す。
というか、戦闘をする雰囲気ではない。
一部はとりゃー、とかやー、とか言って武器を振り回しているが、全然本気になれないのである。
全員が思う事はただ一つ。
頼む……この空気を誰か何とかしてくれ……!
こういう時に暴れそうな熱田や教皇ですら汗を流していた。
正直、こういうシチュエーションは流石に初だったので、何をすればいいのか誰も解らないのである。
「大体、自動人形が好きなどとは……病院に行ってきてください」
「て、展開速いぞホライゾン! ここはもうちょい、何で私なんかを好きになってくれたの!? とか、うるうる涙目で聞くシチュじゃねーの!? もっと! もっとロマン見ようぜ!」
「冷静に言わせてもらいますが、ロマンを見るのならば、既に私が処刑されそうになっている所に告白いうのは、確かに本で見た通りならばロマンはあるのでしょうけど、ぶっちゃけロマンだけで現実は生きられないのです───解りましたか? この理論」
「くぅ……! 斜め左下四十五度からのツッコミが激しい……! おいシュウ!? ここで俺は何て言い返せばいい!?」
「ここで俺を巻き込むんじゃねーーーー!!」
「マジ? じゃあ、セージュン!」
『私も巻き込むなーーーー!』
「マジ? マジマジマッジ!? じゃあ、次はどうしよっかなーー? んーー? あそこで振って頂戴って尻尾を振るっているネイトかなー? それとも気配をゼロにまで隠している点蔵かなーー?」
「貴様……!」
全員で睨んで叫ぶが、トーリはくるくるバレエみたいに踊る事で殺意を逸らした。
全員で俺達が先に殺してやろうかと視線で相談するが、先に展開が動く。
「ホライゾンと貴方の意見は平行線だと判断できます」
その一言に何かの感情が込められているように、その場にいる全員はそう感じた。
そして誰もがそれを錯覚だと判断する。
相手は自動人形。多少、普通のとは違うが、大罪武装を集めていない今の状態では、まだ普通の自動人形と同じはずだと思うからである。
しかし、トーリはその言葉を聞いて、何時もの笑みを取り戻して聞いた。
故に武蔵勢は沈黙して、彼に託した。
ホライゾンが口を開く。
「平行線ですね。だからホライゾンは言います───お帰り下さい」
その言葉をトーリは待っていた。
その言葉を聞いた直後にセージュンから諦めるなという言葉を聞かされた。
何を当たり前の事言ってんだよと内心で言いながら、ホライゾンと話した。
俺はお前に生きていて欲しいとただ言い
ホライゾンは自分は死ぬべきですと正論を吐いた。
でも、そんな会話を聞きながら、俺は思った。
正しいのはホライゾンだ。
感情論を無視して言えば、世界を思って行動しているのはホライゾンだ。
俺はただ、自分の都合で世界なんて知ったこっちゃねえって吠えてるだけの餓鬼なんだと思う。
世界に喧嘩を売るなんて凄いって思う奴もいるかもしれないけど、これは本当にただの馬鹿の所業だ。
本当に我ながら馬鹿だなぁと内心で苦笑する。
でも、後悔なんて一切なかった。
自分が正しい行動をしていると思ったから? んなわけねえ。主観はともかく客観的に見れば、俺は明らかに世界の敵になるような行為をしてんじゃね?
そこで自分が正しいと思っているからなんて、ただの言い訳だろと思う。いや、そういう理由で動くことを否定する気はないし、どう言い訳しても、俺がホライゾンを失いたくないと思う気持ちが間違いだとは思わない。
でも、俺はこういう時にどう言えばいいか知っている。
俺の近くにそんな思想を体現している馬鹿がいるから。
つまり───俺は俺のやりたいようにやっているだけなんだ
言葉に出せば物凄い大層な事を言っているみたいに思えるけど、そんなに大したことではないと思う。
そりゃあ、家族とか仕事とか学校とかで、自分は自由じゃねぇと思う奴もいるんだと思うけどよ……やっぱ、基本は俺らは自分のしたい事をしているはずなんだ。
だから、俺は世界に対して罪悪感なんて湧かさせない。
俺はただホライゾンに対して、勝手な思いを抱くだけなんだ。
俺はお前と一緒にいたい。
お前の笑顔が見たい。
お前の泣いている声が聴きたい。
お前の怒った表情に謝りたい。
お前が楽しんでいる姿を笑いたい。
だから、お前が俺の応答を聞きたくないって平行線から言われた時、俺は直ぐに返した。
「俺は───お前の声が聞きたい」
返答は一言だった。
「───Jud.」
だから、俺はこう言った。
「じゃあ、頼むよ。お前の言葉を聞かせてくれ」
そこから先はホライゾンの生の訴えであった。
解っている。
自分はここで死んだ方がいいのだという事は自動人形の最善の判断で理解している。
でも、自分は生きたいのだ。
生きていたいのだと、そういう訴えであった。
なら、俺達の納得の場はどこにあるとトーリは聞いた。
平行線上に位置する俺達は一体どこで重なり合うことが出来るんだと。
その場所は
「───境界線上の上で、私達の異なる考えは一致します」
その言葉をトーリは笑って聞いた。
「俺は何も出来ねえ不可能男だぜ?」
「いいえ。貴方はきっと何かを可能にすることが出来ると思います」
そっかと頷き
「……後でホライゾンといちゃいちゃも出来ないよね?」
「Jud.その通りで御座います」
「そ、そこだけ平行線上じゃねーのかよ!? がっかりだぜ俺!?」
『こっちががっかりだよお前!』
武蔵全員どころか敵からのツッコミを表示枠で受けたが、トーリは気にしない。
「お前はこれからどうしていたい? 最善の判断じゃなくて、お前の判断はどうなんだ?」
「……ホライゾンは本来なら三河の君主としているべきなのでしょう。しかし、ホライゾンは軽食屋の店員であることが良かったです」
「なら、簡単だ───両方やりゃあいい。俺なんか総長兼生徒会長をしつつ馬鹿やっているし、ネシンバラは書記をやりながらキチガイ小説を書いているし、浅間なんか浅間神社の巫女をやりながら、砲撃巫女もやっているんだぜ」
「何故か後半の人は愉快な方ばかりですね」
『ちょ、ちょっと待ってくださーーい! そこでどうして私達を例に出すんですかーーー!?』
『全くだよ葵君! 浅間君の方はともかく僕の小説は青少年の心から溢れる感動巨編だよ!? 誤解が生まれる様な発言は止めて───浅間君。矢を向ける方角を間違っ───』
途中で文字が消えた不審さなんか構ってはいけないと思う二人。
だから、トーリは聞いた。
お前はどうなんだと。
その言葉を聞いて、最初はホライゾンは揺れた。
望んで良いのかと。願ってもいいのかと。実現してもいいのかと。
だが、そんな悩みの前に意志は関係なかった。
「Jud.……正直に申しまして───ホライゾンもそんな生き方を最善としたいです……!」
その声を聞いて
トーリは解ったと笑った。
「やらせるか……!」
その言葉を聞いて動いたのはトーリだけではなかった。
今まで、沈黙を選んでいたK.P.A.Italia戦士団はすぐさま行動に移した。
武蔵の学生もそれを止めようとするのだが、如何せん数の差が多すぎる。技量が違う。経験が違う。
くそ……! と叫ぶ武蔵学生がいる。
ちくしょう……! と悔しがる武蔵学生がいる。
その声を聞いても、現実は止まらない。
そのまま大量の学生が武蔵総長を止めようとする十秒前に、トーリがその大量の学生に今だ背を向けたまま、言葉だけを後ろに発した。
「頼むシュウ。ホライゾンと俺のいちゃいちゃの邪魔だ。お前の格好良い所をもう一丁見せてやってくれよ」
「仰せのままにって言ってやろうか?」
瞬間。
K.P.A.Italia戦士団の学生は轟音と共に花となって開き、そして吹っ飛ばされるという乱暴な散り方をした。
突然の敵の吹っ飛びにネイトは驚いて、そちらを見る。
いきなり何ですの……!?
二代かと思ったが、二代は今、教皇総長と相対しているから手が空いていない。ここにいる他のメンバーもあんなことが出来るのは自分か、直政だが、自分はここにいたし、直政の地摺朱雀も見えている。
となると、こちらの戦力でこんなことが出来るのは
「副長ですの!?」
いた。
丁度、人が吹っ飛んだその中心地に剣神は立っていた。
その両手には悲嘆の怠惰と謎の剣が握られている。
ただでさえかなりの業物である剣なのに、それを二刀。しかも、握っているのは剣神なのだ。
なら、この結果は当たり前である。
彼はただ謎の体術を使って、姿を消して中心地まで歩き、そして二刀を振るった。ただそれだけの結果なのだ。
それだけでこの結果。
ちょっとチート過ぎじゃありません!?
これでは彼を止めることが出来る人物は戦闘系の特務クラスか、総長、もしくは副長しかいない。
とは言っても、副長クラスの大半はそんなものの集まりだろうと思うとそこまで変ではないのだろうか。
基本としての剣撃。
ただ、それだけでしかない攻撃に耐えるにはただの防御や術式、武器では耐えられない。
最低限で準神格武装や神格術式、神格武装、武神、大罪武装くらいでないといけないし、それだけではなく技量でも彼の能力に迫るか同等でないといけない。
彼の攻撃に対して守りに入ったら即斬られる。あれは攻撃で立ち向かわなければ即座に斬られる斬撃だ。
またこちらの攻撃に対しても、加護のせいでほとんど効かない。
攻守とも最高クラスの剣神。
ゴクリと自分の喉が思わず鳴った。
それが合図だった。
熱田・シュウは疾走した。
疾走先はトーリ達がいる艦の所。
右手に自身の罪ともいえる刃を持ち、左には悲嘆の怠惰。今だけの二刀流。後でホライゾンに渡すから仕方がないとはいえ、ちょっと惜しい剣である。
そして相手にとっても欲しい剣である大罪武装。
故にトーリ達の道の間に割り込んでくる学生がいるのは当然である。
数だけで言えば、四、五十くらいの学生。
前衛が盾を持ち、後衛は既に銃と槍を構えている。着く途中まで銃で牽制し、ぶつかってきたら盾で持ちこたえ、そして槍で止めをするという事だろう。
さっきの一撃を見ていただろうに、見事だぜと思い、だから褒美に
「ほれ」
悲嘆の怠惰を相手に投げた。
「……!」
予想外の行動に一瞬狼狽える相手。
その隙だらけの姿に思わず笑えてくる。
「おら……どうした? てめぇらの欲しいもんだろ? 遠慮せずに受け取れやぁ!」
投げ飛ばした悲嘆の怠惰の柄頭を右手に持っている剣で思いっきり突く。
悲嘆の怠惰は一瞬で水蒸気爆発を起こしながら、一直線に人という名の壁を壊した。
そのまま自分は速度を上げ、空中に散っている学生達が落ちる前に、下を突破する。
勿論、その程度では止まらずに、左右から敵という名の壁が迫ってくる。
咄嗟に柄にあるスイッチを押す。
峰の方から流体光が漏れ、バーニアと化す。そのまま、その勢いに抗いもせず、逆に右足で思いっきり、地面を蹴る事によって加速を足す。
タイミングを狂わせられた、相手は虚を作ってしまい、その隙を横薙ぎの一撃でまとめてぶった斬る。
自分で思うのもなんだが、呆れた一撃だ。
正直、卑怯臭くもあるが、これも自分の実力である。それで、世界にはどうせ三十メートルもの斬れる斬撃を見て、それがどうしたとか言う存在もいる筈だ。
ならば、こんな程度で驕ったりなんかしない。
だけど、それでも自信満々に不敵。
それこそ、剣神流だ。
そして、さっきまでは左にいた学生達が、後ろから攻撃を仕掛けてくる事を気配で察する。
持っているのは、多分、短剣。
この至近距離でぶつかってくるという条件なら適しているなと思いながら、俺はそのままひょいと目の前の自分の斬撃で吹っ飛ぼうとしている人間を摘まんで場所を交代する。
力はそこまで使わない。
手首の返しを持って、反動を消し、足首の動きで後ろに投げ飛ばす。
故に、解らなかった人間はそれこそ目の前にいきなり横倒しの人間が現れたようなモノだろう。
そして、一番最初に俺に攻撃しようとした人間がつんのめったので後ろも影響も受け、その間に俺は何も持っていない左手を虚空に出す。
そしてそこに丁度落ちてくる悲嘆の怠惰。
相手の顔が引き攣っていくのを見届けてから、悲嘆の怠惰を振る。
斬撃は飛ぶ。
こうして、左右に前は安全を取った。
だからこそ、これだけの時間を費やしたからこそ、背後から追ってきた存在がいるのは仕方がない事だったが
「頼んだぜ、ネイト」
じゃらりと鎖特有の音がしたと思ったら、直後に轟音。
最早、背後を見るまでもないが、そこで俺の真後ろに立つのは少々やり過ぎじゃねえかと苦笑するが、まぁ、良いかと思い、話を続ける。
「初めての息合わせだが……思いの外上手い事言ったな」
「よく言いますの……あんな人の喉の音を合図にするだなんて典型的な事をして、こっちに気付いているというのが理解できていないと思う人間はいないと思いますわ」
それもそっかと相槌をしながら、トーリたちに背を向け、そしてネイトとは共に並ぶ。
「まぁ、お前も俺に言いたいことはあるだろうけどよぉ……今は水に流すっていう事でどうよ?」
「……そこはやる気になっても変わりませんのね……」
何の事だかさっぱり解らないので、そこだけは無視した。
右の剣を肩に背負い、そして一歩前に出る。
後ろは振り向かない。
後ろはトーリの領分である。俺は前に疾走する係り。
どちらかと言うと俺とトーリの関係はこれの方が正しいんだろうなと内心で苦笑する。
まぁ、今は関係ないので、今度こそトーリの事は意識の外に出して、前の戦士団の方を見る。
「わりぃが……こっから先を通ろうとするのはご自由だが、代償として俺にぶった斬られてもらうぜ。安心しな。そっちにもいい医者はいるだろ?」
「喧嘩を売るのも得意ですわね……」
呆れたように呟くネイトに何を今更と横目で告げる。
軽い雰囲気はそこまでだった。
後ろからの唐突な光と
「エロ不注意だーーー!」
の叫びが聞こえてきた。
「っ! 我が王!?」
ネイトはすぐさま後ろを振り返ったが、俺はすぐさま前に向かった。
周りもそうだろうけど、俺は違う。
俺は武蔵の剣ではあるけど、ネイトみたいに騎士でもなければ、喜美みたいに家族でもない。智みたいに優し過ぎるわけでもない。
あいつを守るのはネイトと喜美の役目である。
その代りに俺はあいつの夢を叶える為に未来に向けて疾走する。
故に俺が振り向く必要はない。後ろはトーリの領分。前は俺の領分。
だから、心配なんて一切していないし、あいつがこの程度で死ぬなんて一欠けらも思っていない。
だからこそ、俺は前に向けて疾走できる。
「おら……かかって来やがれ! 俺が全てをぶった斬ってでも勝たせてもらうぜ……!」
諦めるっていう言葉を知らねえ馬鹿だからどうせ何とかしちまうだろと思いながら。
トーリとホライゾンは変に不自然な空間に立っていた。
彼らはパレードの中にいるのだが、おかしな事にトーリとホライゾンを除いて、他にいないし───何故か、目の前に自分達の子供時代の自分が固まっている。
見ると、少女の方は馬車に轢かれそうになっており、少年はそんな少女を助けようと手を伸ばしている。
正直に言えば───どう足掻いても届かない距離であった。
もう、トーリは解っている。
これは過去だ。
自分の後悔の記憶。今の自分を形作った原初の記憶と言ってもいい罪の記憶。
ホライゾンが死んだ場所だ。
「……懐かしいっていうのはおかしいのかな?」
こうなった原因は言っちゃあなんだが、些細な事だった。
何時もは飯を作ってくれる姉ちゃんは何か用があって、朝早くから違うパレードの方に行っていた。
ホライゾンは母親がいなくなってから、俺達と一緒に住んでいたから、必然的に俺かホライゾンが飯を作らなきゃいけなかった。
そして、ホライゾンは料理を作れなかったので、結果的に俺が作らなければいけなかったのだが
……寝坊したんだよなー。
日常的によくある事だった。
だからこそ、ホライゾンは起きた俺が朝食を作らなかったことを何か思うのではないのかと思ったのか、彼女が作ってくれたのだ。
そこから先は、今なら当時の俺を馬鹿だなーと言っていたかもしれない。
女心とかいうのを無視した言葉だったのだから。
俺は彼女の料理を食って
「不味いって……普通正直に言わねーよなー」
そして彼女は泣いた。
普段は仏頂面の彼女が瞳に涙を溜めていたのだ。そして、彼女は俺から逃げた。
そして逃げた結果がこれだ。
死ぬ最後まで彼女は泣き顔であった。
馬鹿な少年が少女を無思慮に泣かした結果がこれだった。
どうやら、これを否定しないと自分達は死ぬらしい。
現に
「……! 手が!」
ホライゾンの声を聞いて、右手を見ると右手から先が消えている。
これが全身にまで回ったら最後という事なのだろう。
解り易いと言えば解り易いのだが
「つってもなぁ……」
否定するにも否定する箇所がない。
どう言い訳を繕っても、これは明らかに俺のせいだし。
運や偶然のせいにするなんていうのはあってはならない事である。
「参ったなぁ……俺、ここで死ぬのか」
「その場合、ホライゾンも巻き込まれて死ぬのでしょうか」
「そん時はマジ御免」
そして変化は今度は俺意外にも起きた。
「っ! ホライゾン!」
ホライゾンの腕も消え始めてきたのだ。
タイムリミットが近づいてきたというのを無理にでも自覚された。
だからと言ってどうしようもないのも事実である。
だって、そもそも俺はこの罪を否定する気とかがないのである。
これは俺の罪。
認めているし、受け入れている。
だから、もう───諦めるしかねーんじゃね?
「月並みの言葉ですが……ここで諦めたら皆さまはどうなるのでしょうね?」
「……そこら辺は出来る奴ばかりだからよぉ……いざという時はシュウがいるから大丈夫だと思うけどよ……」
「仲がよろしいのですね」
「お? お? ホライゾンの可愛い嫉妬ですか? 大丈夫だぜホライゾン! 俺の愛は全部お前に捧げているぜ!」
「愛? ああ……調味料の事ですか? ふっ……甘々な告白ですね。五点です」
「ぬぉぉぉぉぉぉ! この女! 一丁前に俺の告白を採点しやがった! ちなみに何点満点?」
「一京満点ですが何か?」
「ホライゾンの愛の難易度がたけぇ……!」
思わず現実逃避をする俺達であったが、ホライゾンがそこを切り上げた。
「信頼が高い事は良いのですが……逆に考えれば熱田様から貴方への信頼も高いのでは? なら、それは信頼を裏切るという事になるのではないのでしょうか?」
「それはまぁ……」
その通りだろう。
あの馬鹿はどうせ俺が絶対に生きて帰ってくるとか思っているに違いない。
ああ見えて、ロマンチストの上に、人を過大評価する馬鹿だ。
俺が死ぬとか思ってもいないだろう。
そこまで考えて俺は昔を思い出して苦笑した。
「……? どうしたのでしょうか? 何か笑うべき個所がありましたでしょうか」
「ああ……いや、ちょっと昔を思い出したんだよ。今では、あんな風に俺とシュウは仲良しだけどよぉ。こう見えて、昔は超仲が悪かったなぁってな」
「───意外だと判断できます」
ホライゾンでもそう思うとは……まぁ、日頃俺達はいちゃいちゃしまくってるからなぁーと苦笑する。
「昔はちょっと、シュウは根暗でなー。浅間相手でもほんの少ししか話さなくて……それで俺と姉ちゃんとホライゾンで何とか笑わしてやろうとやってたんだけど、中々思うように笑わなくてな」
今なら絶対にこうだと思えることがある。
あれは絶対に意地だ。
俺達が笑かそうとしていたから、意地でも笑ってやるかと絶対に思っていたに違いない。
超負けず嫌いの馬鹿だから解り易い。
「……ですが、その程度で貴方が仲が悪いと思うとは思いませんが」
「ああ。まぁ、その後もずっと続けていたんだけど、あいつも鬱陶しくなったんだろうけどよぉ……その後にちょっと、まぁホライゾンに対して悪口を言ってよぉ───だから、そこで思いっきり喧嘩した」
あれは自分で言うのも何だけど壮絶だった。
何せ、周りの馬鹿どもが何とか止めようとしても俺達止まらなかったからなぁ……先生が来ても、シュウが蹴散らすから無意味だったし、周りは止める事なんて当然できなかった。
「ちなみに勝敗はどうなったのですか?」
「ああ? そりゃあ、勿論、シュウの圧倒的勝利だぜ。何せ俺は喧嘩上手くないし、一方的に殴られていただけだったぜ」
しかも、相手は剣神。
拳だからと言って、攻撃力は落ちても、やっぱり子供のころから武術を嗜んでいるから、素人の俺なんか全然歯が立たなかった。
それでも俺は何とかホライゾンに謝らせてやろうと必死になって立ち上がったんだが
「何故か急にシュウの野郎。いきなり俺の負けだとか言って止めたんだよ」
「……? 何ででしょうか?」
「いや、それだけが今でもあいつの最大の謎。しかも、その後、ちゃんとホライゾンに土下座したし」
罪悪感とかを感じたのか。
いや、それだけは有り得ないだろう。
昔とはいえ、根っこの部分はあいつは根暗の時でも変わらなかったと思う。
一度やってしまったのならば、あいつは最後までやると思うし、勝利の二文字が大好きな馬鹿である。
あのまま、もう少しやっていたら絶対にあいつが勝っていた。
なのに、そこで自分を曲げてでも敗北を認めたのは、今でも謎である。
「それからようやく少しずつ笑いだしてくれてよ……結果は斬撃ヒャッハーになっちまったが……そういえばホライゾンが死んだときなんか過激だったらしいぜ? 教室に遅刻して入って皆が暗い顔で泣いてたりしたから、どうしたんだよとか聞いたら、ホライゾンの死だったからさぁ……」
「上手い煽り方ですね。それで?」
「いや、その後、あいつ、普通の顔で掃除ロッカーから箒をいきなり取り出したから、先生に何をする気ですかって言われたら、こんな風に即答したんだぜ? 「ちょっと元信とかいうおっさんを斬り殺してくるぜ」って」
「中々過激なテロ行為ですね。昔のホライゾンは中々フラグを大量に作っていたようで」
「その一言で終わらせるんのかよ!」
いかん。
ホライゾンを前にすると何故か俺がツッコミ役になっているような気がする。
違うぜ! 俺がボケ役の筈なんだ……! なぁ、そうだよな……!
「何だか悩んでいるようですが、さっきから結構疑問になっていたことを聞きたいんですが」
「ん? 何だよホライゾン。今なら俺のスリーサイズでも何だろうと答えてやるぜ……!」
「無視して聞きますが……貴方はどうして今のホライゾンを好きになったのですか?」
「……それは」
最初はよくある既知感であった。
どこかで見た事がある自動人形の少女。
そして、よく考えてみれば、それはまるでホライゾンをもしも成長させたらの姿によく似ていた。
いや、似過ぎていたと言ってもいいかもしれない。
今でこそ理由が解るが、当時の俺はその似過ぎる姿に、何度ホライゾンと呼びかけようとしたことか。
それは、彼女の個性を無視する行為であるという事を理解しても、思ってしまう事であった。
そして次に驚いたことは
「朝食を作る練習をしてるって聞いたからさ……」
「……残念ながら、今のホライゾンはかつてのホライゾンの記憶がないので重ねても無意味かと思われますが」
「ああ。でもさ。朝食を作る練習をしてるっていう事はさ。誰かに食べてもらっておいしいと思われたいって事だろ? 何かを為したいって、俺みたいにっていうのも何だけど、そんな頑張っている奴の───」
そんな
「お前の一番になりたいって思ったんだよ、ホライゾン」
「そうですか」
では
「どうしてかつてのホライゾンを貴方は好きになったのですか」
それはと答えようとする前にホライゾンが俺の声を遮る。
「自惚れかもしれないですが、貴方がかつてのホライゾンを好きになった理由が、今のホライゾンを好きになった理由と同じというのならば……今と同じ。貴方とかつてのホライゾンは平行線上からお互いを否定し合えることが出来るパートナーだったと思われます」
ならば
「かつての私は貴方から逃げたのではありません」
「で、でも……かつてのお前は現に俺から……」
「今のホライゾンは自動人形なので、少々当てにはならないかもしれませんが……人間は泣いている自分を余り見られたくなく、そういう場合は、逃げてしまいたくなるものなのではないのでしょうか」
「───」
よくある当たり前の答え。
自分の今まで抱えていた後悔が、それだけで済まされた。
その事に、俺はただ本当にボーっとなってしまった。
そんな俺を知ってか、ホライゾンは言葉を続けた。
「恐らくですが、その後にホライゾンは貴方と笑顔で再会したかったのでしょう。何故なら一度自分は泣いて、貴方に負い目を負わせたと思ったのです。ならば、だからこそ、再会の時に笑って、大したことじゃなかったと言いたかったのでしょう」
そして彼女はかつての自分とかつての俺を見て、そして最後に今の俺を見た。
「貴方はかつて、平行線上から泣いているかつての自分にこう言ったはずです───今からそこに行く、と」
ならば、平行線上の私は
「来ないでと言ったはずです」
だから
「貴方は私と共に境界線上に至るために、ホライゾンに対してどんな言葉をくれるのですか」
さぁ
「お答えください」
無意識に息を呑むトーリ。
さっきまでとは違い、まるでこちらが諭されているような気分に……いや、実際諭されているのだろう。
その意志の強さについ、目を背けると、そこにかつての自分がいた。
馬車に轢かれそうになっているホライゾンを必死に助けようと手を伸ばしている自分。
どう足掻いても、距離が遠過ぎる。
でも、諦めないで必死な顔で助けようとしている。
どこかの馬鹿が俺に対してよく言う。
お前は諦めという言葉を知らない馬鹿だ、と。
そんなわけねーだろうが過大評価馬鹿。俺だって、諦めという言葉も、感情も知っている。何も出来ねえって事も知っている。
でも、それでも───俺はただ諦めたくないだけなんだよ。
そして
俺は何も出来ねえけど……オメェらが今みたいに助けてくれるから、俺は俺のままでいられんだよ……。
「ホライゾン」
だから、俺は諦めない為に過去の罪を否定させてもらう。
「何も出来ねえ俺一人で俺はお前を救う事は出来ねえ」
だから、俺はお前を求めるんだ。
「そこは危ねえからよ───俺も行くけど、お前もこっち来い、ホライゾン」
そして手を伸ばした。
「───ん」
返答は崩れかけた手をこちらに繋ぐという行為だった。
そしてそのまま自分は彼女を引っ張り抱き寄せた。
彼女はそれに抗わずに、こちらの胸に抱かれてくれた。
その温もりを有難く思い、そして空間が光に満ちてきた。
そんな中で、トーリはふとかつてのホライゾンがかつての自分に手を伸ばしている事を。
その事実に目を広げ───そして光が自分達を包んだ。
おお……! と周りから声が張り上げられるのを聞いて、熱田は笑った。
周りに危険がないかを見て、熱田は剣を肩に乗せて、声を上げる。
「遅いんだよ馬鹿が……! お蔭で、全員ぶった斬る所だったぜ!」
俺の声に反応はない。
まぁ、当然だろう。見てないけど、どうせ今頃、二人でいちゃいちゃしているところなんだろう。
そして正純の終戦宣言が発され、同時に武蔵の輸送艦が来た。
既に直政は乗っており、確保用のネットも降りている。
急がないと追撃が来るのは自明の理だろう。故に俺も急がねえとなと思っていると、視界にトーリとホライゾンがまだ何故か遅れている。
「あの馬鹿……!」
さては、強欲にも教皇おっさんの大罪武装も欲しがってやがるな。
舌打ち一つでトーリたちの方に向かう。
「おい馬鹿諦めろ! 俺も少々淫乱になった毒舌女を見たい気持ちはあるが、ここは我慢だ! お楽しみは最後まで取っておくもんだぜ!」
「おおおおおおおお! 何故かその説得に物凄い説得力を感じるぜ親友! お前、もしかして説得の天才じゃね!?」
「客観的に判断して───お二人とも最低ですね」
とりあえず、トーリは何とか諦めて、ネットの方に手を伸ばす。
「させるかよ小僧共! 大体、何が姫の推薦入学だ馬鹿者! 遠足は家に帰るまでが遠足だというのを最近の若い者は知らんのか! とりあえず、武蔵に戻るまではそんなのは無効だーーーー!」
「癇癪ったぞあのおっさん!」
思わずツッコミと共に、教皇おっさんから符による光の一撃が発射された。
狙いは輸送艦だが、落とす事よりも、トーリとホライゾンが乗るのを妨害する一撃だろう。
そうはいかんと光の方に加速する。
ホップステップジャンプで、一気に四メートルくらいジャンプする。すると、ドンピシャで光の一撃と相対する。
同時に光を斬撃する。
シャランと甲高い音と共に光は霧散される。そして、横目でホライゾンとトーリがネットを掴んで宙に浮いているのを確認できた。
それを悔しそうに呻く、K.P.A.Italiaの連中。思わずざまぁ見やがれと笑ってしまうが、そこで教皇おっさんの声が響いた。
「だが、そこのヤンキー馬鹿は戻ることが出来ないだろう……!」
まぁ、確かにネットを掴むチャンスは無くなったのだけど……
「じゃあ、答えてやるぜ───馬・鹿・野・郎」
『トブノーー』
柄にあるスイッチを押して、第一形態を起動。
峰に当たる場所から流体光が漏れ、そして自分はそのまま重力に引かれずに、空に飛翔する。
その光景を見て、生まれた間抜け面を、思わずからかいたくなったので、つい言葉を残してしまった。
「あばよ~、教皇おっさーーん」
「教皇って呼べよ小僧!!」
言ってるじゃねーかと思いながら、俺は輸送艦の上に向かった。
戦闘がようやく終わり、周りは全員疲れたという顔で膝から地面に着いているのが大半であったのを表示枠越しに見る。
まぁ、これは仕方がないことなんだろうね……
ネシンバラは一つ息を吐いてから、今の状況を判断する。
本当ならば、この後に追撃警戒などもしなければいけない。まだ戦闘領域から脱出はしていないのである。
正直に言えば、この状況は今後の問題にもなる。
まずは人数の差。
はっきり言って、これは仕方がないとしか言いようがないのである。暫定支配をまだ解除できていない今、極東は学生の年齢上限が決まっているために、どうしても人数が少ない。
次に経験と技量の差。
これもどうしようもないと言えばどうしようもない。
さっきも言ったようにこっちは学生の年齢上限が決められている。そしてこれからの相手はそんな制限はない。
つまり、歴戦の勇士などが続々と出てくるような状況になるかもしれないのである。
武蔵も決して弱いという訳ではないのだけれど、個々の力で言えば、特務クラスと副長クラスは大丈夫だろうけど、総合的に見られたら絶対にこちら不利である。
どんな戦場でも適用できるというのは槍本多君と熱田君くらいしかいない。
とりあえず、暫くは神クラスである熱田君がいるから持つとは思うけど
「時間の問題だよなぁ……」
幾ら彼本人が強くても、今回みたいに数対数になるとどう足掻いても、人数と経験の差が現れてしまう。
出来れば、最後まで隠し通せたら嬉しいけど、それは現実を甘く見過ぎというものだろう。
故に
「やっぱり見逃してくれないか……!」
輸送艦の後ろから追撃の栄光丸が来ているのは当たり前のことである。
背後からの白い艦、栄光丸の接近に疲れ切った体を癒している武蔵学生は驚きに顔を歪める。
『おい、どうする!? ぶった斬るか!? ぶった斬るか!? ぶった斬ろうぜ!?』
『シュウヤン! 最後の方は本音になっているよ?』
『ふぅむ……では、自分と熱田殿でちょっと割断できるか試してみるで御座るよ』
『幾らなんでも、馬鹿の剣や蜻蛉切りではあの大きさは斬れんだろう? かと言って拙僧達が乗っている輸送艦では振り切る事も出来んか』
『ネイト! オメェの馬鹿力ならどうよ!? 俺、ネイトの格好良い所を見てみたーーーい!!』
『え、ええ……!? い、幾ら私でもあれをはっ倒すのは無理ですわーーー!!』
『こうなったら、愚民共! 武蔵の最終兵器を出す事を賢姉が提案するわ!』
『流石は葵姉君! 僕も同じことを考えていたよ! せーの!』
・約全員:『我らが砲撃巫女! 頼んだ……!』
『無茶振りですよーーー!! そして巫女は基本、積極的に攻撃しちゃ駄目なんですよ!?』
『またまたーー。私達はアサマチがどんだけ射ちたがっているか、ちゃんと解っているよ!?』
『そうよ!? つまり合意の上よ浅間! ほらほら~、そのぷるんぷるんした胸もちゃんとそうだそうだって上下に揺れているじゃな~い?』
『あ、こら! 喜美! 人の胸を揺らさないで……!』
『おいおい姉ちゃんたち! 余りの事態にシュウが鼻血吹いて、ナルゼの腕が攣っちまっているから、出来れば揉ませてやってくれね!?』
『み、皆さん!? 現実逃避をしたくなるのは自分にもよく解りますが、とりあえず速く対策をして下さーーーーい!!』
ハッハッハッハッと全員で一通り笑いあってから、真面目な顔に戻る。
「……やべぇ!」
栄光丸は明らかな高速突撃を狙っていた。
武蔵は巨大さなら、圧倒する大きさだが、その大きさは八艦の連動によって作られた大きさである。
だから、一艦だけでもやられたら、航行に支障が出てしまうのである。
故に栄光丸は、自分よりも巨大なものに対して、臆面も怯まずに加速する。
必死という二文字を背負っての、攻撃だ。
振り切ることが出来ない武蔵は、当然、選択肢は迎撃のみである。
つまり、お互いがお互い激突を望みあう。
栄光丸は一直線に輸送艦を狙い、武蔵は回頭する。しかし、自重故に遅過ぎる。大きさ故の欠点である。
だが、このまま激突するには武蔵の艦首が鋭角過ぎるのだが
「構わん! ぶちかませ! 我らが聖下の艦は、巨大なだけの艦に負ける様なものではない……!」
言葉に乗り、加速力は武蔵の輸送艦と激突するための力と変わった。
衝撃と音は劇的であった。
火花が散り、装甲が砕け散ったのが、見ていないのに理解できた。
だが、どちらも致命傷を受けいていない。
戦闘は続行である。
故に次が来た。
「結べ───蜻蛉切り!」
叫びは現実を引き寄せる。
蜻蛉切りの割断能力が、栄光丸に亀裂を刻む。
装甲が割られ、内部がむき出しにされ、流体燃料が、雨のように漏れていくのが光から察せられた。
だが、まだ終わらない。
「おらおらおらぁーー! 剣神様のお通りだぜ!」
ハッチから出てきたのは暫定武蔵副長補佐だけではなく、武蔵副長もであった。
そのまま武蔵副長はそのまま柄にあるボタンを押して、第一形態を起動。そのまま、自分事砲弾となって、こちらに突っ込んできた。
一瞬の水蒸気爆発を経て、こちらの装甲を突破して逆側から出てくる。
爆発と震動が同時に来て、全員で呻くが、まだ動く。
損傷は蜻蛉切りが左装甲版を割断し、剣神がそこから内部の冷却装置や配送感が抉られている。
最早、真面な激突は危うい状態にはなっているが
「まだ飛べている! ならば問題はない」
「Tes!」
最早、この戦闘が終わるまで飛べればいい。
帰りなどという事は欠片も考えていない。
だから、加速をする。
後はこれを武蔵の一艦にぶつけるのみ。
そう思っていたところに、後ろからの轟音。
「何事だ!」
背後から攻撃されたという事実に驚愕しながらも、この場の艦長らしき人物は冷静に何が起こったかを問い詰めた。
背後には何もない。
それは術式でも反応していないし、後部の乗組員に肉眼でも確認させている。
そのはずだったのだが
「武蔵の剣神です!」
その事実に全員で抜かったという顔になってしまった。
考えてみれば、当然だ。
武蔵の剣神が持っていた剣の第一形態というやらは、ブーストになる機能を持つ。
そして、彼は輸送艦に乗り移るときに、それを利用して空を飛んでいた。
ならば、つまり、空中で自由自在とまでは言わないだろうが、動く事も出来る筈である。
というか、そもそも動けなければあんな風に砲弾となって飛んでくるはずがないのに、一直線しかできないと思って油断した。
これで、こちらの加速用のブースターは破壊された。
最早、追いつくことは難しい。
己、忌々しい……! と視線を剣神に向けると
『おおーー!? 我ながらよくやったぜと思いたいけど、爆風の事を考えていがふっ』
『あ……副長、普通に落ちましたね。 どうします?』
『どうせ直ぐ復活するから大丈夫じゃない? 魔女もびっくりの頑丈さだものね』
ちらっと映った表示枠を見て発狂しそうになったので無視した。
とりあえず、これ以上、剣神が邪魔にならなくなったという事実を良しとすると同時に、この情報を教皇総長に送る。
剣神は有名ではあるが、情報が少な過ぎる。
名だけで、その実、中身がどうなっているのかが解らなかったのだ。
だから、今、自分達が少しでも教皇総長の為になるような情報を送る。
そして送った後に、自分達の突撃という攻撃手段が取れなくなったという事を理解させられる。
スピードは既に普段の五割も出ていない。まだ浮く事は出来ているようだが、落ちるのも時間の問題と思われる。
幸い、武蔵はまだ回頭中である。ならば、一回だけ。こちらから攻撃を与えることが出来る。
だが、念には念をという言葉がある。
「加速器の───」
「後、一回だけなら、派手な爆発と共に行きます!」
「───俺の台詞を取るな馬鹿者」
苦笑を一つついて、全員が迷いなしだという事に溜息を吐く。
しかし、その苦笑を微笑に変えて、命令を下す。
「流体砲を発射しつつ、突撃しろ!」
自爆。
誰もがそういう判断をしても、誰も彼もがそれに異議を唱える人はいなかった。
出来過ぎた連中だと内心で苦笑しながらも、艦長はその事に悪い気はしない事を感じながら、主砲を発射させる。
「旧派とK.P.A.Italia、そして教皇総長に勝利と栄光の輝きあれ……!」
叫びながら、砲を撃とうとした瞬間。
頭上を武蔵の輸送艦が通り抜け、武蔵の盾になるような位置に入り込んできた。
馬鹿め……! と素直に思った。
武蔵の輸送艦の装甲ではこちらの主砲を耐える事は出来ないし、砲撃などは暫定支配さをされている極東ではそれ程警戒するようなものではない。
特務クラスか、副長クラスで言うなら、後、一撃か二撃は耐えられるはず。何だかんだいって、三回受けたが、致命傷はまだ一度も受けいていないのである。
故に、苦し紛れの行為だと判断する。
「潰れろ! 武蔵! 我らが聖下の艦の御前だぞ……!」
そうして流体砲を撃とうとする。
だが、目の前に違う光が現れる。
それは武蔵野に降り立っていた一人の少年と、一人の少女。
武蔵生徒会長兼総長と君主ホライゾン・アリアダストであった。
その光の出所は
「大罪武装……悲嘆の怠惰です!」
直後にこちらの流体砲の一撃と悲嘆の怠惰の掻き毟りが発射され、激突した。
今まで握ったことがないような武器を持つ感触と、今まで味わった事がないような衝撃にホライゾンは正直、両腕が限界であった。重さを感じないとはいえ、やはり、このような大剣を握ったことがない自分では正直しんどかった。
自分は自動人形だが、戦闘用には調整されていないので重力操作も弱いし、普通の腕力という点でも強くも弱くもない。
ましてや、こんな大罪武装を使うなんて初めてな事である。
自分の感情故か、所有者認識は握った途端に勝手になったので、手間が省けてよかったのだが、やはり使い慣れない物を握るというのはそれだけで疑似神経を使う。
しかも、超過駆動を使っているから、反動が凄まじい。
正直、隣の馬鹿が吹っ飛ばされないのが不思議なくらいである。
だが、そんな努力は無駄と言わんばかりに悲嘆の怠惰の掻き毟りが押され始めた。
途中で隣の馬鹿が「押し返しーー!」とか叫んだので、思わず爪先を踏んだが、今はどうしましょうかと考えるだけである。
悲嘆の怠惰の流体燃料ゲージはまだ残ってはいるのだが
『個体感情表現:超過駆動:出力:60───』
つまり、自分は今、まだ悲嘆の怠惰の出力の六割しか出せていないという事である。
どうするべきかと考えようとした瞬間、その答えが宙空に表れた。
『ホライゾン様:第三セイフティ解除"魂の起動":お願い致します』
魂の……起動……!?
自動人形は人間で言うと魂というのが体のどこかにある。
自分の場合は喉。その魂を起動してくださいとまるで頼まれたかのように言われた。
しかし、そんなに簡単に言われても、自分はその魂の起動の仕方など知らないのである。
ぶっつけ本番で成功出来るだなんて神肖動画の世界だけである。
なら、自分はここまでだろうか。
いや、この場合は、自分だけでは終わらない。後ろには武蔵がいるのである。自分達が勝ってくれるであろうと思ってくれている武蔵の人達が。
そして隣でこんな時でも変わらない笑顔を見せている少年も。
全部消える。
全部失う。
そう思った瞬間、一つの記憶が瞳に映った。
それは昨日、墓にいた時に空を行く船の中から一人の中年に迫った男の人が自分に手を振っていたという事だった。
それは自分にとっての父であった。
自分には記憶がない。だから、実は今でもそれに関して、本当にそうなのかと思っている最中である。
決定的に実感というのが欠けているのである。
それでも、あの人は父だったのである。
そしてあの人はこう言っていたのである。
『今日、ホライゾンを見たよ……私に手を振ってくれた───手を、振ってくれたよ……』
その時に込められた感情がなんだったのか。
自分にはまだ理解できない。
だが、それ故に逆の膨大なナニカが、体の内で音を立てた。
「……あ……」
何という事だろうか。
自分は何時の間にか大切な人を失っていた。
その事実に、ホライゾンは今の状況を無視して、内から溢れそうになるナニカにただ、狂わされるかのように流されようとした時に、声が聞こえた。
「安心しろよホライゾン! 俺、葵・トーリはここにいるぜ! ───だから、何も考えずにお前が思った事をしろよ」
その一言。
その一言を聞いただけで、それを押し止めようとした理性は切れた。
自分はそれをしてもいいのだと許しのように感じたホライゾンはその安堵のような何かに、ホライゾンは総てを任せ
「あ……!」
まるで、産声のように泣いた。
それと同時にホライゾンの周りに大量の表示枠が生まれる。
『セイフティ解除"魂の起動":認識』
『━━━大罪武装統括OS:Phtonos-01s:初接続:初期化:認識』
『ようこそ感情の創生へ━━━Go the Middle of Nowhere』
そうしてそこから先は物語の大団円。
負けるかと思われていた掻き毟りの一撃は抉る様な一撃へと変化をし、流体砲を突き破り、栄光丸を貫いた。
そして勝利は一瞬だったなーとトーリは思った。
悲嘆の怠惰の掻き毟りの直撃を受けた栄光丸とやらの乗組員は避難をしているようだったから、大丈夫だろうと思う。
問題なのは自分の腕の中にある温もり。
ホライゾンである。
ホライゾンは悲嘆の怠惰を撃ち尽くした後に、直ぐに悲嘆の怠惰を投げ捨て、こちらに抱きついてきた。
最初は思われ、俺の益荒男が反応しかけて、うっほぉう! と叫びかけたが、一秒でそんな気が無くなった。
腕の中の少女は震えていた。
理由はさっき泣いたことから大体は予想できる。
親父さんの事でも思い出したのだろう。
尤も、ホライゾンの中での親父さんは、実感はないが、事実ではあった。故に、だからこそ、現実が今になって押し寄せて来たって感じだろう。
だから、最初の一言は
どうして、感情というのはこんなに辛い物なんですか、か……
本当ならば、人間であったホライゾンはそんな思いを抱かなかった疑問だろう。
しかし、今のホライゾンは既存の自動人形とは違うとはいえ、今まではそれこそ他の自動人形とは指して違いはなかったのである。
しかし、今、さっきまで握っていた大罪武装・悲嘆の怠惰。
つまりは、悲しみの感情を彼女は知った。
いきなりだったはずだ。
今まで感情というのは知らなかった彼女はいきなり悲しみの感情を無理矢理という感じで刻み込まれた。
俺達にとっては当たり前の感情だったが、自動人形には感情はない。
しかも、最初に得たのが悲しみである。
なら、辛いと、痛いと思うのは間違いではないし、他の感情であっても大体似通った感想をホライゾンは得ていたかもしれない。
どう言うべきかと思う。
そして、例は直ぐに思いついた。
本当なら、自分の言葉で言うべきなんだろうけど、今回は親友の出番あっての勝利でもあったのに、折半で丁度いいくらいだろうと思い、内心で笑う。
そして口を動かす。
「なぁ、ホライゾン───とりあえず、今は泣け。だけど、最後には笑う為に、今と過去だけを見るんじゃねえ」
反応は直ぐに来た。
彼女は何時もの仏頂面を完璧に崩して、自分の方を睨んできた。
ホライゾンには悪いかもしれないが、俺はそんなホライゾンの悲しみが混じった表情を愛おしく感じてしまう。
惚れた男の弱みってこういうもんなのかなーと笑いながら、ホライゾンの悲嘆の叫びが耳に届く。
「どうして……!?」
「そりゃ、簡単だ。お前はこれから全てを取り戻した後は嬉しい事しか残っていないし、俺達は生きているんだ。じゃあ、生きている限り、未来に疾走しなきゃいけない」
自分で言ったセリフで脳裏に親友の姿を思い浮かべる。
今こそ、疾走して駆け抜けようという台詞を馬鹿みたいに実行しようとする馬鹿。
ちょっと悔しいが、俺が使うという事でチャラにしようと内心で理論武装しちゃう俺。
「馬鹿な友達がよく言うんだ───過去は振り返らない。ただ、忘れないだけ。故に前のめりに駆けんのが好きなんだよって。まぁ、ここまで割り切らなきゃいけねえってわけじゃないんだけどよ……でも、ホライゾン。過去と今だけに囚われんな」
でも、まだ大罪武装はたくさんある。
オメェに出来るだけ、悲しみは与えたくはねえけど、でも、それすらもやっぱ
「良い事なんだよ、ホライゾン。悲しめるっていうのは、それだけ大事だったっていう事なんだからよ」
俺はもう泣けねえから。
だから
「お前が俺の代わりに泣いて、叫んで───そして一緒に未来を目指そうぜ。だから、今はこの辛い感情を楽しもう」
そうして俺はホライゾンに顔を近づける。
そうするとホライゾンも察してくれたのか、目を閉じてくれた。その事に、流石に内心で苦笑しながらも、彼女の涙に濡れた瞼を舌で拭う。
そして、最後に彼女の唇に重ねた。
抵抗はなかった。
ただ
「悲しみの味がするよ、ホライゾン」
涙の味が舌に広がりながら、俺はそれを言った。
「なら……この私に……他の味も教えてくれますか……?」
自分の言った言葉に合わせて、彼女は他の感情も教えてくれるのかと願ってくれた。
それに俺は微笑して答えた。
その質問の答えはずっと前から決まっていた。
「ああ。教えてやるよ、絶対に取り戻してみせる。俺のせいで失くしたお前の感情を。そしてお前に繋がる全ての大罪を俺とお前の境界線上に取り戻して」
そして
「何時か、俺と一緒にまた笑ってくれよ」
後書き
感想をよろしくお願いします……!
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