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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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八十四 四代目の子

「潮時か…」


地響きが此方にまで聞こえてくる。獣の咆哮が里から遠く離れた此処にまで轟いた。
いや、結界内にまで響く地響きに、ナルトは眉を顰める。


自来也と大蛇丸に木ノ葉の里の異変に勘づかれぬよう、ここら一帯に結界を張った。
おかげでナルトを中心にしたこの場は平和なものだが、結界を解除すれば忽ち、里の異変を目の当たりにするだろう。

だがそれをナルトは良しとしなかった。


自来也と大蛇丸が木ノ葉の里へ辿り着けば、戦況は一変するかもしれない。
ペインと今まさに戦っているナルの戦力になってくれるのがわかっているからこそ、ナルトはこの場で自来也と大蛇丸を足止めしていた。
介入されては困るからだ。


自来也と大蛇丸が木ノ葉の増援としてペインと戦えば、里人は三忍のほうを褒め称えるに違いない。
更に、木ノ葉の里に助力を頼んだ人柱力メンバーにはナルが来るや否や、撤退を命じておいた。

そこまでしないと彼女を頑なに認めない里人には辟易するが、逆に言えば、木ノ葉崩しでナルに対してまだ感謝が足りない連中の心を動かす機会だ。これを逃す手はない。


波風ナルが自分の力のみで里を救わねばならない。
かつて“木ノ葉崩し”で守鶴と化した我愛羅から木ノ葉を守った時と同様、それが英雄になる条件。


英雄の誕生を邪魔させるわけにはいかない。


自来也と大蛇丸が早急に木ノ葉へ向かうのを邪魔していたナルトはしかし、結界の術者であるが故に、里の急変に逸早く気づく。


空気が変わった。


九喇嘛のチャクラの気配を感じ取って、ナルの九尾化を察したナルトは深く嘆息する。
予測していた展開とは言え、こうなるように仕組んだとは言え、これで本当に腹をくくらなければならなくなった。

ナルを危険に晒すのは本意ではなかったが、こうでもしないと会えないのだからまったく忌々しい。



心底嫌そうな顔を珍しく浮かべるナルトに、アマルの肩がビクリと大きく跳ねる。


木ノ葉へ連れ帰り、自分の居場所をつくるようにと大蛇丸へ告げたナルトの言い分に納得できず、反論したところ、ふたりきりで話せる場まで漕ぎ着けたアマルだが、結局何も言えずにいた。

ずっと追い駆け続けてきた命の恩人をいざ目の当たりにすると、何を話したらいいかわからずに黙ってしまっていた彼女は、忌々しげに溜息をついたナルトに怯えて顔を引き攣らせる。


その様子に気づいたナルトは手を振って、アマルを宥めた。
そうして猶も自分について行きたいと主張する彼女を言い包め、なんとか説得すると、結界の向こう側を鋭く見据える。

人柱力メンバーがペイン六道を相手取る前に、木ノ葉の里には前以て【黒白翩翩・耀従之術】で操る蝶達を派遣しておいた。
その蝶達からの情報で里内部の現状を把握する。

九尾化の引き金を引いたのは誰なのか知って、やはりな、とナルトは内心頷いた。
初めて会った時から予感していた人物だ。だからこそ眼を掛けてきた。

思惑通り動いてくれた彼には感謝するが、利用するだけ利用して捨てるほどナルトは鬼ではない。
遠く離れた場からだが、できるかぎりの力は尽くす。


木ノ葉の里から漂う剣呑な空気と九尾のチャクラを感じ取って、ナルトは重い口を開いた。


「気は進まないが仕方がない。会うとするか」























嫌な予感がする。

五代目火影に命じられて、里の怪我人の治療に駆けずり回っていたヒナタといのは、ハッ、と顔を上げた。

同時に、足元の地面の砂粒が震えだした。
いや、実際に地面が揺れている。

地響きで身体を強張らせたいのは、素早く視線を奔らせた。
里の中心。
そこには修行して帰ってきたナルが、木ノ葉の里をこんなにした主犯と戦っていると綱手から聞いた。

助太刀したくとも、逆に足手纏いになると一蹴され、泣く泣く綱手の言う通り、医療知識と技術を活かして里人をひとりでも多く助けようとしていた矢先の、嫌な地震。


その発信源が里の中心であることは明白だ。
ならばナルの身に何かあったのでは。


すぐにそこに思い当って、いのは眼を凝らして、遠く離れた里中央へ視線を投げる。
空気が震え、鳥達が里から逃げるように飛び立っていくのが視界の端に見えた。
隣でヒナタが心許げな声で呟く。

「……ナルちゃん…」

ヒナタの不安はもっともだ。
だがいのは、次いでヒナタが発した言葉に眼を見張った。

「し、シカマルくんが…」

遠くを見渡せる【白眼】を発動させているヒナタの視線の先を追う。
そこにはうつ伏せになっている昔からのいのの幼馴染が倒れていた。

「…ッ!?シカマル!?」

慌てて駆け寄ろうとするものの、里中央の戦闘の余波なのか、凄まじい風が吹いてきて近寄れない。
歯噛みするいのの隣で、険しい表情で【白眼】を発動させているヒナタが、ぽつぽつと戸惑いながらも言葉を紡いだ。


「な…ナルちゃんもペインも、里から離れていってる…」
「ど、どういうこと…?」
「な、ナルちゃんに圧されてペインが逃げてる?みたい…」

ヒナタの証言に、いのとヒナタの護衛役だったガマ吉が「ざまぁないのう!」と大声で笑う。

「笑ってる場合じゃない!今のうちにシカマルの身柄を確保しなきゃ…!」


医療忍者の頂点とも言える五代目火影の姿は何故か見えない。
ならば、今、自分達にできることをしなければ…。

ヒナタの言う通り、ナルの姿もペインの姿もないことをしっかりと判断してから、いのは瓦礫と地面のみに化した急斜面を滑る。
シカマルのもとへ辿り着いて、しかしながら彼女は息を呑んだ。


酷い有様だ。
辛うじて息をしているものの、時間の問題である。

足は折れ、肩は貫通して穴が開いている。
血溜まりに沈む幼馴染の姿に、ショックで身体が強張ってしまったいのの代わりに、ヒナタが真っ先にシカマルの容態を診た。

「……ひどい…」

難しい表情で呟く彼女の声に、ハッ、と我に返る。
急いでヒナタと同じように医療術を使おうと手を翳した。
だが…──。


「致命傷を受けてる…これじゃ、」


(綱手様がいてくれたら…!)


そう思わずにはいられないほど、酷い状況だ。

あの聡い幼馴染ならば致命傷を避けるくらい計算してそうだが、そうも言ってられないほどなりふり構わずに、ペインに立ち向かったのか。
あの、シカマルが?


にわかには信じられない。

だが、ヒナタの「どうしてこんな無茶…」という不安げな疑問には、いのは胸を張って答えられる。
ナルをずっと見ていた幼馴染の姿を昔からずっと知っている身、これだけは断言できた。

シカマルはナルを見捨てられなかった。見て見ぬふりをできなかった。
その結果を目の当たりにして、自らの不甲斐なさにいのは唇を噛み締める。

想い人を庇った誇り高き幼馴染を自分は救うことも出来ないのか。

精一杯の力は尽くしている。医療知識も技術も、自らの持てるチャクラの全ても使っている。
けれど、医療忍者としての冷静な頭と判断が、冷静に答えを導き出す。


もう手遅れだ。
助けられない、と。


それに抗うように、いのはシカマルに手を翳す。
しかしながら、ヒナタもいのも、今し方までひたすら、里の怪我人の治療にあたっていた。
自らも相当の疲労が溜まっている上、チャクラも残り少ない。

この絶望的状況でシカマルを助けることは不可能だ。

医療忍者として優秀だからこそ、諦めろと囁く頭脳に絶望するいのの隣で、同じく治療に専念していたヒナタは、視界の端で捉えた不思議な気配に、一瞬顔を上げた。

【白眼】を発動させている白い眼を瞬かせる。


蝶だ。
それも一匹や二匹ではない。


美しい蝶々がまるで花畑に集うかのように、シカマルに群がってくる。
治療の邪魔だと払いのけようとしたいのの手を、ヒナタは掴んだ。

「待って…」

シカマルの様子を見るように促すヒナタに従って、いのは幼馴染を見遣った。
ちょうど、シカマルが怪我を負っている部分に、蝶が集中している。
やがて、蝶々が離れてゆく頃には、あれだけ荒かったシカマルの息遣いが落ち着いたものになっていた。



「え…」

そんな馬鹿な。


奇跡を目の当たりにした。
そう思わずにはいられなかった。

あれだけの重体。
綱手様でも手に負えないはず。

折れた足も穴の開いた肩も、そんな負傷は最初からどこにも無かったとでもいうように。


安定した様子で胸が上下するシカマルを、ヒナタは診る。
もう安心だと頷く彼女に、ほっと胸を撫で下ろし、いのは空高く舞い上がる蝶々を見上げた。


弧を描きながら、蝶は天高く飛翔する。
その行方を視線で追おうとしたが、ごほっと意識を取り戻したシカマルのほうへ、いのは反射的に視線を向けた。

「シカマル!」


幼馴染の容態を診るいのに代わって、ヒナタは空を見上げた。
僅か数分で、自分達には手に負えない治療を施した蝶々を見送る。



蒼穹の空へ虹を描くように飛ぶ美しいソレらが、彼女にはまるで神の御使いのように見えた。



















《やめろ小娘、死にたいのか》

怒りに呼応して、チャクラが漏れゆく。
宿主である波風ナルに向かって、彼女の中から停止の声を荒げる。

《聞いておるのか、おい小娘…!》


苛立たしげに、九尾は────九喇嘛はナルの内から怒鳴り散らした。


べつに、彼女に気を許したわけではない。だが己の力を好き勝手に使われるのが我慢ならないだけだ。
そう、事が終わった後に、故郷を失ったと嘆くナルの未来が予測できて、うじうじ泣く彼女にうんざりしたくない。
それだけだ。

そう言い聞かせてはいるが、既にナルに絆されている九喇嘛は、宿主を止めようと檻の中から声を荒げた。
封印されている身、己を閉じ込めるこの檻が忌々しい。

特に、檻に貼られている封印の札。
封印術を施したあの男が憎いのであって、宿主であるナルは憎からず思っている九喇嘛の喉が知らず知らずのうちに、グルルルル…と鳴った。



もはや木ノ葉の原形はない。
逃げるペイン天道を追い駆けて、里から離れたナルの動きが突如、止まる。

首飾りから放たれた光が拘束せんと彼女を縛った。
綱手から貰った初代火影の首飾りには、カカシやヤマトが掛けておいた封印術が施されている。

その拘束から逃れようとして飾りを破壊しようとしたナルの手をなんとか九喇嘛は停止させることに成功させた。
破壊ではなく、首飾りの紐を引き千切るだけに留めていく。
引き千切られた首飾りはキラキラと光を放ちながら、音を立てて地面に転がった。


《まったく世話の焼ける小娘だ…》

あの首飾りを亡くせば、どうせまた宿主は後悔する。
落ち込む未来を阻止してやったのだから感謝しろよと思うが、依然としてナルは怒りで我を忘れていた。

暴走するナルに怒鳴っていた九喇嘛がとうとう、苛立たしげにその名を呼ぶ。

《いい加減に眼を醒ませ、小娘…──ナルッ、》


それは初めて、九喇嘛が波風ナルをその名で呼んだ、瞬間だった。

だがその直後、ペイン天道が術を発動させる。


「【地縛天星】」



漆黒の球体があらゆるものを引き寄せてゆく。地面ごと抉り取り、瓦礫も木々も全てがその球体へ引き寄せられる。
それは九尾化したナルも例外ではない。


凄まじい引力に引き寄せられ、球体の中へ引き寄せられたナルを圧し潰すように、同じく引き寄せられた瓦礫や地面が球体に寄せ集まって肥大化してゆく。


やがてソレは術の名の通り、小さな星のようになった。


その星に閉じ込めたナルを見上げ、ペイン天道は肩に入れていた力と緊張を僅かに緩ませる。
一方、ペインを操る長門は、大きく肩で息をした。声がでない。荒い呼気が喉を灼く。

ようやっと辛うじて出た声は、己の仕事の終わりを告げていた。



「九尾捕獲…完了」





















こぽり、
こぽり、と水面が泡立つ。


灼熱の地獄のような真っ赤な液体に、ナルは沈んでいた。
長い金の髪が、水上の波紋に呼応して、揺れ動く。

茫然自失しているその青い瞳には、いつもの光がなかった。
沈んだ双眸で彼女は自問自答する。

(なんでだ…なんで、)


苦しい。全てを投げだしたい。掻き毟りたくなる。
歯痒い。泣きたい。胸に何かがつっかえてしんどい。

(なんで…こうなっちまう…)


木ノ葉の里を助ける為、颯爽と現れたつもりだった。
里の危機を救おうと苦しい修行にも耐え、戦った。

だがその結果がこれだ。

(くるしい…)


ペイン天道がナルに投げかけた問いがずっと脳裏に響いている。


『お前なら平和をつくるため、この憎しみとどう向き合う?』


わからない。そんなのわからない。
心と感情に呼応するように、金色の髪が波打つ。

(イヤだ…)


ナルのお腹に施されている封印術が、ス…と音もなく滲みでてくる。
普段は消えているソレが色濃く、彼女の白い肌に浮き出てきた。

(イヤだイヤだイヤだイヤだ)


術式が濃くなるにつれ、まるで円を描くように封印術の中心が廻る。
ぽたぽた、と術式から雫が滴る。
血のように紅い、いやどす黒い何かが封印術から溢れ出す。

それはナルが沈んでいた水面の色を真っ黒に塗り替えるほどのもので。
漆黒の液体に沈む彼女の金の髪がより一層映えた。


ナルの青い瞳が赤に変わる。黒い水上を、ふらり、歩く。
そうして彼女は、九尾の檻に近づいた。


《やめんか小娘…!》と檻の内から九喇嘛が叫ぶ。



しかし正気を失ったナルの耳には何も届かない。
苦しみと哀しみから逃れたい一心で、彼女は九尾の封印の札を外そうとし…──。



その腕を、誰かに止められた。










檻から強制的に引き離される。


《おまえは…》

檻の内から、九喇嘛が唸り声をあげる。
憎しみと恨みが込められた九尾の視線を背中で受けながらも、その男は朗らかに笑ってみせた。


「八本目の尾まで封印が解放されてしまうと、俺がお前の意識の中に出てくるように封印式に細工しておいたのさ」


バサリ、と白い羽織がはためく。
そこに施された名を見たナルの眼が、赤色から青色へ変わった。

「なるべくはそうなってほしくはなかったが…、」


そこで言葉を切って、男は檻を振り返る。
唸り声をあげる九喇嘛を、彼は肩越しに鬱陶しげに見やった。






「もうお前にも会いたくなかったしね…九尾」

「そうだな」






刹那、ナルの身体が沈む。
「四代目…火影…」と信じられないモノを見たとばかりに彼女が言葉を発した直後だった。


ガクリ、と水面に膝をつく波風ナルに驚いて、四代目火影の羽織を羽織る男が近寄ろうとしたその瞬間。



「俺もアンタには会いたくなかったよ」


ナルを守るように彼女の前へ立ちはだかった誰かが、男を睨む。

ほんの一瞬、九尾が閉じ込められた檻を振り返った瞬きの間。
その刹那の間に現れた誰かが、自分を睨んでいる。

だが決して、此処、ナルの深層心理の世界に外部の人間が立ち入ることができるはずがない。


しかしながら現に、目の前に佇む誰かは男の名を呼ぶ。
波風ナルが気を失う直前に口にしたその名を。
否。



「四代目火影…いや、」

驚いて身体が強張った男──四代目火影たる波風ミナトは眼を瞬かせる。



波風ナルと同じ蒼の双眸。金色の髪。
そうして、自分そっくりの相貌。容姿。



「…ナ、ルト……」


実の息子の名を口にしたミナトを睨みながら、うずまきナルトは忌々しげに吐き捨てた。







「────クソ親父」
 
 

 
後書き
本来、蝶の数え方は一頭、二頭らしいですが、文章的に美しくない気がしたので、あえて一匹、二匹にしました。
また、九尾がナルに絆されるのが早い気がしますが、以前木ノ葉崩しでナルを乗っ取ろうとした際に、ナルトに邪魔されたのを憶えているので迂闊に手を出せないと学習したのもあります。ご容赦ください。

次回もよろしくお願いします! 
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