魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
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XV編
第203話:天空は墜とさせない
遂に始まったツヴァイウィングの凱旋コンサート。観客は満員御礼となり、客席では世界に羽搏く歌姫達の登場を観客が心待ちにしていた。
その中には当然颯人達の姿もあった。事前に颯人が人数分の纏まった席を取ってくれていたので、会場に到着した颯人や響達は見知った者同士で集まりながらライブを観戦する事が出来た。
響からすればこのコンサートに参加できたことは感慨深いものがあった。と言うのも彼女がツヴァイウィングのコンサートに参加できたのは、ルナアタック事変最中に行われた物が最後でそれ以降は色々とあってライブに参加できなかったり、テレビ越しに見るしか出来ていなかったのだ。生で奏と翼のライブを間近に見れる今回のコンサートは、何を置いても楽しみにしている事であった。
「あぁ~ッ! 久々の奏さんと翼さんの生ライブッ! 颯人さん、本当にありがとうございます!」
あのまま渋滞に巻き込まれていては、ここに辿り着く事は出来なかっただろう事を考えると颯人への感謝も一入であった。熱の籠った響からの感謝に、颯人は彼女を宥めるように手を上げた。
「何の何の、気にするこたないよ」
「でも、やっぱりマリアが居ないのはちょっと残念」
「デスね」
喜びに打ち震える響に対し、切歌と調はちょっぴり残念そうにぽっかり空いた席を見る。颯人はマリアの分の席も取ってくれていたのだが、急な用事とやらで来られなくなり彼女の分の席が無駄になってしまったのである。
折角マリアと一緒にライブを楽しめると思っていたので、切歌と調だけでなくセレナも肩を落とす。ガルドはそんな彼女の肩を優しく抱いた。
「仕方がないさ。何も彼女達のライブは今回が最後なんかじゃないんだ。また次の機会に楽しめばいい」
「うん、そうだね」
そんな話をしていると、アナウンスが鳴りコンサートが始まった。舞台の仕掛けから姿を現す奏と翼の姿に、早くも観客達はテンションが上がり歓声を上げて2人を迎えた。
『待たせたな皆ッ!』
『今宵は私達2人の歌を、存分に楽しんでくれッ!』
観客の声に応える様に2人がマイクを片手に語り掛ける。その言葉に更にボルテージが上がった会場は夜風に吹かれているにも拘らず汗が噴き出すのではと言う程の熱気に包まれた。
そうして始まったコンサート。まずはお馴染みの逆光のフリューゲルから始まり、奏と翼それぞれの持ち歌が会場をこれでもかと沸かせた。
颯人達もその例に漏れず、響は勿論の事今回は颯人も生で奏の歌を聞けると言う事で珍しい位に騒いでいた。
――……お?――
翼と共に歌う最中、観客席から自分達を見る颯人達の存在に奏は気付く。数えるのも億劫になるくらいひしめき合った観客の中から、特定の人物を見つけ出す事は本来非常に難しい。だが奏は、自然と颯人からの視線に関しては気付く事が出来た。彼の声援が耳に入った気がして、チラリとそちらを見ればそこには愛する彼とその周りにいる仲間達の姿が見える。
「フフッ……♪」
折角気付けたのならと、奏はちょっとしたサービスで颯人の方にウィンクした。勿論それに彼が気付けたかは分からないが、不思議と届いたと言う確信があった。
――翼……――
――うん?――
そしてパフォーマンスを続けながら、奏はアイコンタクトで翼に合図を送る。長く連れ添った2人、それもただのアイドルとしてだけではなく共に戦うパートナーとしての連携を培った2人にとって、言葉もなく簡単な意思を交わす程度の事は朝飯前だ。
奏からのアイコンタクトに翼がそちらを見ると、彼女も仲間達の存在に気付いた。自分の歌をこれでもかと楽しそうに聞いてくれている皆の存在に、翼は剣としての在り方をこの時は心から忘れて1人の歌姫として在れている事を実感した。
――嗚呼……やはり私は、歌が好きだ……!――
心を満たす温かさに、翼は振り付けの最中にさり気無く仲間達に向け手を振って答えた。
「あっ! 今翼さん手を振りましたよッ!」
「もしかして、こっちに気付いたのかな?」
「奏が教えたんだろ」
「カナデは何かしてたか?」
「してたさ。しっかりとな」
遠目からだが、颯人は奏が自分に気付いてウィンクしてくれていた事とその後に翼にアイコンタクトをしていた事にしっかり気付いていた。この大舞台の最中に、自分に対してはしっかりと特別なパフォーマンスを見せてくれる彼女の可愛らしさに颯人は嬉しそうに鼻の頭をかいた。
そこで、楽曲が終わると小さなイントロをBGMに2人がマイクを通して観客に語り掛けた。
『さぁ! まだまだこれからだ!』
『ここからはスペシャルゲストと共に行くぞッ!』
「ゲスト?」
予想外のゲストと言う言葉。この日のライブは彼女達の凱旋コンサートと言う事で、他のアーティストはいなかった筈だ。にも拘らず、2人は新たに誰かが来ると言う。
その言葉に響達は他の観客同様顔を見合わせるが、この場に誰が居ないかに気付いた瞬間まさかと顔を上げる。
「……えッ? もしかして?」
「そのまさかだな。ほれ、上を見な」
颯人が指さす先には、舞台の上の装飾に隠された電光掲示板に『Zwei Wing』『and Maria』の文字が表示された。
突如空中に表示されたマリアの名前に、観客達も期待を胸にざわつき始める。そして次の瞬間、その期待は現実となった。
舞台の仕掛けから飛び出してきたのは新たな歌姫マリア。空中を舞う様に奏と翼の間に降り立った彼女の姿に、会場は更に大きく沸き立った。無理もない。ツヴァイウィングとマリアの3人は、今や世界中に名を轟かせる歌姫なのだ。アイドル事情に詳しくない者の中には、この3人で一つのユニットと思い込んでいる者も少なくない位の黄金の組み合わせと言っても過言ではない。
その3人が一堂に会して歌うなど、ファンでなくても興奮するのは当たり前の事であった。
「うっそぉっ! マリアさんッ!」
「マリアの奴、急に来れなくなったかと思ったらあっちに行ってたのか」
「聴く側じゃなくて歌う側に居るなんて……」
「でもその方がマリアらしいのデスッ!」
新たな歌姫の参戦に響達も興奮を隠せない。マリアを交えて、舞台の上では奏と翼がキラキラな汗を飛び散らせながら心の底からの歌を紡ぎだしている。3人の歌姫の歌が、会場を包み込み魂を震わせるほどの熱気を生み出していた。
その様子を、遠く離れたビルの上から見ている者達が居た。黒髪に赤いシャギーを入れた、耳が異様に長くとんがった少女ミラアルク。それと複数のメイジであった。
ミラアルクは手元の端末でライブの様子の中継を見て、面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「フン、楽しそうにしやがって……羨ましいぜ」
そう呟く彼女の言葉には、妬み僻みの他に羨望が感じられた。自分と彼女達で何が違っていたのだろうかと、意味のない事を考えてしまう程に。
胡乱な目で手元の端末を見ていたミラアルクだったが、その彼女の手から徐に端末が奪い取られた。彼女が顔を上げると、そこには他のメイジと違い灰色の仮面をした幹部のベルゼバブが彼女を見降ろしていた。
「何時まで呑気にしているつもりです? もう十分でしょう。さっさと始めてください」
「言われなくても、分かってるんだゼ」
不遜なベルゼバブの言葉にミラアルクは不快感を隠そうともせず返し、錬金術を用いて会場の上空に術を展開。そこから無数のアルカノイズを会場に送り込み、コンサート会場を阿鼻叫喚の地獄絵図に変える事が彼女達の目的であった。
会場がアルカノイズに襲撃された混乱に乗じて、ジェネシスの魔法使い達が適性のありそうな人々を次々と誘拐しサバトに掛け魔法使いを生み出していく。あれだけの人数が居れば、何人かは新たな魔法使いになれるだろう。
それに、風鳴 訃堂からの依頼もある。自身の目の前で観客の命が奪われ、攫われたとなれば、翼は己の無力さに気付く。そしてその無力感に苛まれた心に付け込んで、彼女から歌を奪いただ只管に剣として生きる事を刷り込む事が訃堂の目的であった。
人々の笑顔で溢れるコンサート会場を地獄絵図に変える。その事に対して、若干の罪悪感と後ろめたさをミラアルクも感じないではなかった。だが、しかし……
――もう、止まれない……ウチらは、戻るんだ……!――
心が挙げる悲鳴にそっと蓋をして、ミラアルクは錬金術を用いて会場にアルカノイズを解き放とうとする。それを合図にベルゼバブ達も突入し、会場を襲う手筈となっていた。
…………筈だった。
「――――え?」
突如として、会場上空に展開されそうだった錬金術が無効化された。まるで何かの干渉を受けたかのように術式が霧散し、会場上空にはただ光の粒子が散るだけで終わってしまった。恐らく観客からは、それもコンサートの演出の一つとしか見えなかったかもしれない。
ただ事ではないのがミラアルク達だ。何事もなく展開する筈だった術が霧散したと言う事はつまり、何者かの干渉を受けたと言う事。無論ミラアルクが術の展開に失敗したと言う可能性も無くは無く、ベルゼバブはその可能性を疑い彼女に詰め寄った。
「何をしているのです。さっさと会場にアルカノイズをッ!」
「わ、分かってるんだゼッ! でも、何で……!?」
何度やっても錬金術は展開できず、魔力は会場上空で霧散するだけに留まった。ここまで失敗が続けば、流石に誰もが何者かの横槍を疑う。
「邪魔者が居る? だが、どうやって……! マズイッ!?」
絡繰りは分からないが、誰かがこちらからの干渉を跳ね除けているのは確か。そして現在進行形で術の妨害をしていると言う事は、その相手はこちらの位置も探っている可能性が高い。逆探知の要領でこの場所が知られれば、その相手は躊躇なく殴り込んでくる。
危険を察したベルゼバブが急いで全員に撤退を指示しようとした、正にその時、彼らの耳にこの場に居ない筈の男の声が響いた。
「よぉ、悪いがもう会場は満員御礼なんだ。残念だがお前らが入る余裕はもう無いぜ」
「ッ!?」
響く声のする方をベルゼバブ達が見上げれば、彼らが居るビルよりも高いビルの屋上に佇むウィザードに変身した颯人を始めとしたS.O.N.G.の装者、魔法使い達の姿があった。未だ会場で歌い続けている奏達を除いた、S.O.N.G.の全戦力がこの場に集まりジェネシスと対峙する。
自分達を見上げるジェネシスの魔法使い達を前に、颯人は静かな怒りを滲ませながら言葉を紡いだ。
「折角奏達が気持ち良さそうに歌って、それを皆が楽しんでんだ。それを邪魔しようとした……お前ら、覚悟は出来てんだろうな?」
颯人の言葉に、ベルゼバブは背筋が震えあがるのを感じた。単純な怒りを向けられたからと言うだけの話ではない。気のせいか、彼の背後に燃え上がる炎とその中からこちらを睨むドラゴンの姿を幻視したからである。
そんな彼らを見下ろしながら、颯人はウィザーソードガンの切っ先を向けて口を開いた。
「さぁ、タネも仕掛けもないマジックショーの始まりだ。たっぷり楽しんでいけ」
後書き
と言う訳で第203話でした。
本作の翼は奏が生存してくれている事により精神的に大分安定し、歌姫としての自分を存分に楽しんでいます。心に余裕があるので、ライブに来ている仲間達にちょっとしたサービスをするなんて事も。
そんな会場を襲おうとするジェネシスでしたが、本作では原作の様な悲劇はさせません。事前に会場が襲われる事を察していた颯人により、超常的にもガッチガチの警戒態勢が敷かれていたので襲撃自体は失敗に終わりました。彼が何を用意していたかに関しては次回描きます。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。
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