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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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XV編
  第202話:黄昏に溶ける言葉

 風鳴邸……そう聞いて真っ先にイメージされるのは、嘗て翼が八紘と共に過ごした日本家屋であろう。

 だが、この日本には風鳴の名を持つ者が複数いる。そして少なくとも、その名を背負うものは皆一つの血筋に連なる者であった。

 現代に生きる風鳴の血筋、その最古の血を持つその男が座する屋敷もまた、風鳴邸と呼ばれるにふさわしく、そしてその屋敷は他の風鳴の名を背負うそれに比べて遥かに厳重・堅牢であった。
 何を隠そうその屋敷に居るのは、弦十郎や八紘の父であり、翼にとっても大きな意味を持つ存在である風鳴家当主である風鳴 訃堂であった。

 許可を得た者以外何者であろうとも立ち入る事の出来ないその屋敷の奥。古き日本の家屋の内装を現代まで守り続けてきたその部屋の奥で、齢にして100を超えているとは思えぬ姿の風鳴 訃堂が瞑っていた目を開いた。

「……歯痒いな。米国の干渉を、敢えて見過ごさねばならぬと言うのは」

 訃堂が思い浮かべるのは、過日の南極で回収された聖骸の調査権を米国へと譲る形になってしまった事である。南極での戦いでは、S.O.N.G.の活躍により聖骸の回収に成功した。逃げ惑うしかなかったロシアの調査隊は元より、この件で何も行動を起こしていないアメリカに比べれば、国連の組織となっているとは言えその前身である二課を有していた日本には聖骸調査の権利を得られてしかるべきだった。だがこれ以上日本に聖遺物関連の知識や技術を集める事を良しとしない大国により、その権利は掠め取られてしまった。護国の為あらゆるものを犠牲にする事を躊躇わない訃堂からすれば、それは噴飯ものの出来事の筈である。本来であれば、その事が発覚した次の瞬間には現場の指揮官である弦十郎へと厳しいと言う言葉では生ぬるい声が届けられる筈であった。

 だが今回、訃堂は敢えてそれをしなかった。出来なかったのではない、調査権を譲る事も含めて、今回は全て見逃したのである。
 護国の鬼を自称する男が何故そんな事をしたのか? それは偏に、部屋の暗がりに佇む”その男”の存在があっての事であった。

「アメリカの施設など、たかが知れている。先の事件でアメリカは国内外での力を大きく削がれた。追い詰めるなら、今を置いて他にない」

 そう言葉を紡いだのは、黒衣に身を包んだ魔法使いワイズマン。訃堂は目線だけをそちらに向け、小さく鼻を鳴らして口を開いた。

「信用して良いのだろうな? お主らに手を貸せば、聖骸だけでなく……」
「こちらの手勢をこの国の守りの為に役立てる、だろう? 勿論だとも」

 言葉を交わす訃堂とワイズマン。そう、この両者は裏で手を組んでいたのである。

 訃堂は過去の事件の報告を聞いて常々思っていた。魔法使いの力をこの国の防衛の為に役立てる事が出来ないかと。魔法使いは女性しか扱えないシンフォギアと違い、適性の幅が広くまた一度能力を発現させる事が出来ればそれだけで一騎当千の活躍が期待できる。フロンティア事変ではノイズの存在もあったとは言え、圧倒的少数の戦力でアメリカの艦隊を壊滅状態に追い込んだのだ。

 あの力を何とかして護国の為に役立てたい。そう思いはしても、それを実現するのは非常に難しかったな。何しろ辛うじて手が届きそうなところに居る魔法使いは、皆弦十郎が指揮するS.O.N.G.に居る。これで彼らがS.O.N.G.の指揮下にあるのであれば強権を用いて引き抜き日本の護国の為の礎とする事も出来たのだろうが、強かで抜け目のない輝彦は飽く迄も弦十郎からの権限が届かない協力者と言うスタンスを崩さず、颯人を始めとした魔法使い達にもそれを徹底させた。お陰で訃堂は彼らに手を出す事が出来ず、彼らの力を指を咥えて見ているしか出来なかった。

 そんな時に接触を図ってきたのが、他でもないワイズマンであった。彼は突如訃堂の前に姿を現すと、警戒する彼に向けてこう宣った。

 曰く、取引をしよう……と。

「お主らの力はよく分かっている。それをこの国の守りに役立てられるのなら、協力する事も吝かではない」
「結構。ただ、こちらとしても色々と問題を抱えていてな」

 ワイズマンの言う問題とは、端的に言ってしまえば人材不足である。これまでの戦いでジェネシスはその戦力を大きく削がれ、全盛期に比べればその力は弱まっている。戦力回復の為にメデューサを始めとした幹部が奔走してくれてはいるものの、輝彦達による妨害を受けてそれも正直滞りがちであった。
 事ここに居たり、ワイズマンも自分達だけで動くのは限界があると考え協力者を得ようと考えた結果、白羽の矢が立ったのが訃堂だったのである。

 含みを持たせたワイズマンの言葉に、訃堂は再び小さく鼻を鳴らすと目を瞑って口を開いた。

「近々、翼の奴めが大きな宴を催す。狙うならそこであろう」
「結構。では……」

 訃堂からの答えに満足そうに頷いたワイズマンがその場を去ろうとする。その際、黒衣の背に向けて訃堂が付け加える様に言葉を投げ掛けた。

「どうせ行くのであれば、翼の奴めに今一度”剣”としての生き方を思い出させてもらおうか。あ奴に必要なのは歌ではない、剣だとな」

 背後から投げかけられた言葉にワイズマンは振り返ると、言葉もなく頷き今度こそその場を立ち去った。

〈テレポート、ナーウ〉

 魔法を用いて一瞬で姿を消したワイズマン。それを見た訃堂は、瞑想にふける様に目を瞑りその場で静かに座っていた。




***




 遂に始まった、ツヴァイウィングの凱旋コンサート。この為に誂えた水上ステージは、多くの観客で賑わい過去に類を見ない程の熱気を持っていた。それもその筈で、世界に羽ばたいてからというものツヴァイウィングによる日本でのライブコンサートの数はめっきり減り、今回のライブも実に久々だったのだ。

 会場には国内だけでなく国外からも訪れたファンが集まり、会場へと続く唯一の道路は大型連休のUターンラッシュもかくやと言う混雑を見せていた。
 その足止めを喰らった車列の中には、他のファン達と同じように奏と翼のコンサートを楽しみにしていた響達の姿もあった。

「久々のライブだよッ! 奏さんと翼さんの凱旋コンサートだよッ! だけどこんなんじゃ間に合わないよッ!?」

 会場へと向かう車の後部座席で隣に座る未来に嘆く響。すると隣の車の窓から、同じく渋滞により牛歩を余儀なくされたクリスからの声が響いた。

「どうしようもないだろッ! 道路が混雑してんだから」
「それだけ、あのお2人が人気者だって事ですよ」

 クリスに続き透が響を宥める様に優しく声を掛ける。因みにあちらの車にはクリスと透の他に切歌と調も同乗していた。後部座席に4人はシートベルトの関係もあって座れないので、透は1人助手席である。

 その後部座席に座る切歌と調は、この場に居ないマリアの事を考えていた。

「マリアも急に来られなくなるなんて……」
「ツいてない時は何処までもダメダメなのデス」

 折角のライブだと言うのに、マリアが急遽来られなくなった事を2人も残念に思っていた。今回は久々の奏達のコンサートと言う事で、装者も魔法使いも全員休暇を与えられ彼女達のライブへと向かう事になっていた。
 そう言う訳なので、当然ガルドもこの日は本部の食堂の仕込みを終えたらセレナと共に一足先に会場入りしていた。その事はつい先程切歌と調のスマホに連絡が入っている。

「いいな~、セレナとガルドはもう会場に入れたんだって」
「でもなんか早過ぎないデスか?」

 不意に切歌が口にした疑問。そしてガルドが魔法使いであると言う事を考えた時、クリスの脳裏に浮かんだのは彼が魔法を使ってセレナと共に現地入りした可能性であった。

「あの野郎、まさか……魔法使って会場に入ったんじゃねえだろうな?」
「あっ! それデスッ! きっと2人は魔法使ってさっさと行っちゃったんデスよッ!」
「と言う事は……」

 同じ車内だけでなく、隣の車に乗る響と未来の視線までもが透1人に集中した。彼女達の言わんとしている事を察した彼は、苦笑しながら周囲を見渡した。

「そうしたいのは山々だけど、転移するのにいい場所が分からないと……」
「あ、そっか……」
「いきなり人前に出ちゃったら大騒ぎになるのデス」
「ガーン……」

 これが緊急時であればそんな悠長な事も言ってはいられないが、平時の今にいきなり人が消えたり出たりなんて事になれば大騒ぎになる。そうなれば最悪コンサートどころではなくなってしまうので、この案は諦めざるを得ないかと思われた。

 その時である。

「そんな事もあろうかと、ちょうどいい場所をピックアップしておいたぜ」

「「わぁぁぁぁっ!?」」

 突然響と未来が悲鳴を上げて抱き合った。何事かとクリス達がそちらを見れば、一体何時からそこに居たのか2人が乗る車の後部座席に颯人の姿があるではないか。この日のコンサートを楽しみにして朝一番には姿を消していた筈の彼がこの場に居る事に、クリスだけでなく透までもが目を見開いた。

「ペテン師ッ! おまえ、こんな所で何してんだよッ!」
「奏さんのコンサートを確実に見る為に、朝一で会場に入ったんじゃなかったんですか?」

 透からの疑問に対し、颯人は後部座席の背もたれに寄りかかりながら答えた。

「も~ちろん、もうとっくに席は取ってあるよ。ただこんな楽しい事に、皆が遅れて来られないなんて残念過ぎるからな。予め魔法でさっさと行ける場所を見つけておいたのさ」

 そう言って颯人が一枚のカードを空いた窓から放り投げてクリスの方へと飛ばす。飛んできたカードをキャッチしたクリスが見ると、それには何処かの景色が映っていた。人気はないが、周囲の景色からそこがこれからコンサートが行われる会場の何処かだろうと言う事は分かる。このカードは颯人が使役する使い魔と視界を共有する為に使うものなので、これも今現在颯人の使い魔が見ているリアルタイムの様子なのだろう。

「ガルドとセレナはもうとっくにこれ目印にして会場に入った。皆もここに行けば、安全に素早く会場に入れるぜ」
「ホントですかッ! やったーっ!」

 これで時間に遅れる事無くコンサートに参加できると分かり、諸手を挙げて喜ぶ響とそれを宥める未来。一方でクリスは、随分と用意の良い颯人に違和感を感じているらしかった。

「随分と手回しが良いじゃねえか。何企んでやがる?」
「ちょ、先輩……」

 疑ってかかるクリスを宥めようとする調であったが、透も颯人に対して探るような視線を向けていた。よく見なければ気付けない程度の違いだが、今日の颯人は何かが可笑しい。

 向けられる視線に気付いたのか、颯人が透の事を見るとウィンクを一つしてから両手を上げた。

「企むなんて、そんな人聞きの悪い……。俺は折角のイベントを普段頑張ってる皆と楽しみたいだけだって」
「その言い方が胡散臭いってんだよ」
「考えすぎ考えすぎ」
「そうだよクリスちゃん! 急がないとコンサート始まっちゃうよッ!」

 響の口添えもあってか、クリスもそれ以上の追及はせず一応は納得した様子を見せると透の転移魔法によって会場へと転移していった。それに続く様に颯人も響と未来を連れて会場へと向かう。

「んじゃ、俺らは一足先に行くんで。皆をここまで送ってくれてどうもありがと」
〈テレポート、プリーズ〉

 颯人は運転手に一言礼を告げると、魔法を使って一瞬で会場の人気のない所へと転移した。
 瞬きする間に会場へと入れたことに、響が目を輝かせる。

「おぉ~ッ!」
「さ、急いで席に行こう。もう直ぐ始まるぜ」
「「はいッ!」」

 一足先に転移していた透達の後を追う様に、颯人達も会場内の座席へと向かう。

 その最中、颯人は徐に空を見上げた。夕焼けに赤く染まり、赤から青、黒へとグラデーションが掛かった空。
 夜の帳が降りつつある空を睨みつけながら、颯人は来たるその時を思い言葉を紡いだ。

「……来るなら来な。絶対に、邪魔はさせねえからよ」 
 

 
後書き
と言う訳で第202話でした。

本作では訃堂とワイズマンが繋がっています。訃堂としては魔法の力を護国の為に役立てたく、ワイズマンとしては安定した後ろ盾が欲しいと言った感じです。無論互いに信頼し合っている訳ではなく、必要が無くなり相手が好きを晒せばいつでも相手の背中を刺す準備はあります。この2人はそう言う関係です。実際原作でもノブレが訃堂に切り捨てられてましたからね。

次回は原作とは大きく違う展開になる予定です。原作では惨劇の舞台となったコンサート会場ですが、果たして……

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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