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帝国兵となってしまった。

作者:連邦士官
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21


 「貴殿の立案はわかった。だがな‥‥。諸君ら、これは忌憚のない軍事会議だ。海軍の形式張った格調高いダンスホールを借りてやるものとは違う。意見を出したまえ。」
 シェルヒャー少将は難色を示していた。

 そして、モーゼル准将やカステル大佐も目を瞑っており、その他にはなぜかレルゲン中佐やロメール大佐、ヴァルコフ大佐など8人ばかりが部屋に詰めており、態度は皆黙っているが‥‥レルゲンはなんでここにいるのだろうか?

 将校不足で来たのかもしれないが、来るなら来るで手紙ぐらいくれてもいいだろう。ロメールもだ。割と親交ある方だろう。レルゲンに関してはいい歳をしてタバコをふかして結婚できない仕事人間で中身がおっさんと話してる時が落ち着いてそうな感じがあるけど。

 「この立案は補給面では問題はありません。主要な鉄道と主要な道路は抑えております。ですが、何分、国際ボランティア旅団を名乗る彼らや合州国や連合王国の物資支援が急増しており、何よりもここですよ。この報告書にもあるとおり、連合王国とルーシーの義勇軍という名目の正規軍が増加してます。ルーシーに関しては正式に1個軍団を増援として派遣したとも聞いており、大使館筋によると3個軍団以上を‥‥すなわち軍を派遣するというではありませんか!奴らの兵器は精度は劣りますがそれにも勝る大量配備をしてきております。現に空の上ではルーシーと合州国と連合王国とフランソワの軍用機が飛び回っています。もはや、空の上は世界大戦です。」
 カステル大佐は否定的でもあり肯定的でもある態度をしている。なにより専門家として自分の職務内では問題は起きてないと言いたいのだろう。それにしてもイスパニア共同体軍は整備が大変そうだなそれは。

 逆に言えば今それを叩けばそれだけの国の貴重なパイロットが居なくなり、戦訓も得られなくなるということではなかろうか?

 「が、この作戦はやる価値があると小官は見て思いました。」
 モーゼルは割り込んで入ってきた。迎え火のモーゼルの渾名を持ち、歩兵だけの戦線で敵の騎兵や砲兵を殲滅させたと言われている。短期間でこちらが勝手にできるのも彼がやった積極的機動防衛ドクトリンと言われる戦闘芸術品があったからだ。

 モーゼルの趣味は各地の各後方部隊や整備部隊、伝令、副官、輜重兵、通信兵、現地志願兵などに至るまで最前線に耐えられたり、パイロットに向いているかを調べ上げて前線に立たせたり、個人的なツテで不遇な扱いを受けている海軍の機関科や商船上がりの海兵達に不遇改善の為と渡りをつけて、かなりの人員を陸上戦力に仕立て上げ、それを海軍歩兵と呼称し海兵隊のように上陸作戦で使っていたりするらしい。

 未来人疑惑のあるモーゼルはこれに興味を示したようだが、モーゼルを見てレルゲンは不機嫌になっている。そりゃあ、人の命を文面でしか計算してないとか蒸気機関の計算機とか冷徹冷血冷酷三冷指揮官と揶揄されるモーゼルはあまり好きではないのだろう。

 「これをするに当たっては指揮官が足りない。このような歩兵の指揮をできるのは、私モーゼルとロメール大佐、そしてジシュカ中佐ぐらいだろう。シェルヒャー少将、3人の指揮官が入れば成功すると思われます。しかし、それには犠牲が伴うでしょう。イスパニア共同体への支援が止まらない限りは難しいですので、海軍に要請して援共ラインを封鎖してもらいましょう。そうすれば奴らは国内生産力がほぼ残ってないのですから、干上がりこの攻勢も成功しうるでしょう。」
 まて、なぜ俺がさらっと最前線の指揮官をやる前提になってるんだ?シェルヒャーもなぜ考え込む?いや、もっと高い階級で適任者色々いるだろう。本国から呼んでこいよ。陸軍国家なんだろう帝国!たしかに残るし、ここまでは戦うとは思ったがなぜ最前線の指揮官になるんだ!しかもこれで動かす兵士数は一個の指揮官あたり、1個師団に相当もしかしたらその上になるかもしれないんだぞ。

 「‥‥他に意見はあるかね?モーゼルは階級で判断しないまさに職業軍人だ。下の階級でも問題はない。不安要素などがあるなら発言したまえ。」
 シェルヒャーはモノクルの縁を人差し指で叩く。ただそれは話せという行為だ。自由意志はなく命令である。これはこれにより約8万の将兵が死ぬのだから当然である。そもそももっと経験がある人物を本国から呼んでこいよ。腐る程将官いるだろう。階級は飾りで頭は置物なのか?参謀本部は何を考えているんだ?規模に対して将官が少ない。

 「発言をいたします。このような事態は初めてでありますが、些か敵の反撃力を無視した立案と言わざる得ません。たしかにこれには補給の構築まではわかります。しかし、要塞を通り過ぎて、相手の後背地を取り、マドリッドーリを電撃的に陥落させる例えるならば電撃戦でしょうか。これをするに当たり、分隊規模まで部隊を分けてそれを突破させる敵地に浸透するこれは我々の火力では難しいかと。敵は豊富な援助を受けております。更に先の反乱軍のマドリッドーリの襲撃で首脳部の殆どがマドリッドーリで散った今のイスパニア共同体には時間をかければ勝てると将官は思います。時間の女神は帝国の味方です。イルドアのすでに、兵士を乗せた第一陣の出兵8万人が到着しつつある中で無闇に攻勢をかける意味はないかと。イルドア派遣軍の司令官である赤シャツ隊のイタロ・バルブ将軍が来ると言われています。もう停戦は近いでしょう。」
 レルゲンがこちらを見ながらこう告げるがいや、もはやそんな話ではない。なぜなら賽は投げられ、ルビコン川を越えて最早、あのルテラ大尉の話が広がると誤魔化すには交戦を続けなくてはならなくなる。

 それに連合王国とルーシーが降伏は許さないだろう。この戦いはすでに代理戦争なのだ。当事者も止まれない。この不始末を誤魔化すのには勝利で強弁するしかないだろうが彼らにはそれが希望に見えるが地獄だろう。

 「いえ、戦況が一変する情報があります。」
 俺がルテラ大尉の話をし始めると全員がことを察したのか皆、黙る。そして、ロメールが膝を打って立ち上がった。

 「このまま行くしかないようだな!」
 それを見たモーゼルも同調して、立ち上がる。シェルヒャーやらレルゲンなどの視線がこちらに注がれるが俺は知らないから、いや、なんでやると思ってるんだ?

 「なにか勘違いをしているようですが、やるためには機があります。今はその時ではない。まだ機は来ます。ルテラ大尉が合州国議会に登壇したあとの方が良いでしょう。政治的な理由から軍事的な理由を無視した戦闘が起こる瞬間はそこにあります。同時にそれが起これば奴らは兵士をすり潰す。そうなる前に共同体領地で反発が起きるでしょう。なぜなら、国際ボランティア旅団は民主主義です。民主主義を守るために来たといったのにそういった専制主義的な面を嫌うはず。そこにつけ込む隙が生まれます。いや、生まれないとおかしいのです。我々は別にイスパニア共同体の人間を、国際ボランティア旅団の人間を殺すためにいるのではありません。」
 そして、俺は立ち上がり、窓の前に立ち、彼らの侵攻計画を俺の最前線送りを止めるために言うことを決めた。

 「あそこの市場が見えるでしょうか?あの畑は?あっちでは子供が遊んでいます。あちらには老人たちが昼間からワインを呷っている。馬車に曳かれた郵便物を待つ市民もいる。我々がいる理由はこの風景を守ることにあって、無闇に誰かの子供で誰かの兄弟で、誰かの親で、誰かの恋人で、誰かの伴侶で、誰かの友人で、誰かの同僚で‥‥そんな人々を敵味方問わずに殺すことではありません。それに国際ボランティア旅団の面々は作家や記者などが多くいます。彼らが共同体の‥‥共同体の闇を本国で発表したら、それ以上の戦果はないでしょう。我々は軍人なのです。軍の人、つまりは人たるべきではありませんか?うまくやれば帝国を渦巻く悪感情を吹き飛ばすこともできる。」
 戦わなくてもいいのだ。大国がイスパニア共同体への援助をやめればこの戦いは終わるのだ。あとは一会戦の決戦になるはずだ。

 無用な犠牲は避けるべきだと思う。特に来年にはあの地獄が始まるのだから。

 「では、そこまで言うならばわかった。が、期限は帝国議会にかの大尉が発言した時までだ。議会の意向は聞かねばならない。各国で選挙が近いのだ。だからこそ、そのようなことをしたんだろう?中佐。搦手も使えるようだな。しかし、その我々は税金によって養われている番犬だ。政府の言うことを聞くべきである。そして、我々にも反共国際軍団という義勇軍の友軍がいる。彼らの国にも知らせねばならない。この戦いは何なのかを。クーデター軍と共同体軍が互いに裏切り者を探して村を焼き払い合う。こんな世界を終わらせるために我々がいるとそこのジシュカ中佐が言った。その時が来たのだ。奴らに終止符の破壊のトランペットを吹く一人一人がトランペッターになるのだ。わかったな。」
 えっ、なにそれ、みんな納得した雰囲気出してるが何だよそれ。わからないよ。結局前線送りか?なんでそんなに戦いたがるんだ?

 「わかりました。ですが、少しだけ時間をください。」
 心の準備が必要だ。なんの備えもなくいきなり最前線送りは辛すぎる。まるで俺が立派な軍人のように見えるのか?こんなに不真面目で不名誉な奴なのに。

 「中佐、その時間はいくらかかる?」
 シェルヒャーの冷たい言葉が飛びかかる。心の準備にか。

 「1週間もあれば自分ならば1兵士として戦うようにでもしてみせます。」
 自分をそうするには少なくても1週間はかかる。か弱き現代人なのだ俺は。こんな弱々しい俺は戦うのには慣れはしないし臆病なのだ。常にな。だからこうやって卑怯にも話せるのだ。昔からそうなのだ。あの学生時代から‥‥見て見ぬふりをしていたあの頃から。

 「一週間でそうするとは大きく出たな!」
 モーゼルが手を叩いて喜ぶ。なぜだ?レルゲンが目元を揉んでコーヒーを飲んでいる。一変した会議室の中でロメールが寄ってきた。

 「ここの部隊は大して戦闘を知らない。それらを死の司祭にして見せるとはな。」
 いや、なんでハートマン軍曹みたいな扱いを受けてるんだ?実際はプラトーンだろこの戦い。いや、キルゴアもどこかに探せばいるかもしれないがそんなことできるわけがない。

 「そのようなことは‥‥。」
 すぐにモーゼルが手でこちらの発言を止める。

 「中佐、謙遜のし過ぎだ。君は今まで何をしてきた?この帝国で一番、戦術を知っている。君は7回も負傷をして生きて帰ってきている。対空陣地を一人で潰したり、殿をやったのだ。本来ならば本国で議会からの名誉勲章を貰うに足る軍人だ。しかし、君は貰わなかった。君は名誉よりも実績を重んじるのだろう?それは帝国軍人の質実剛健さを表した機能美だ。」
 いや、知らないんだけどそんな話。リーデルだって、オルトーだってそれぐらいできる。

 「それは誰だってできるはずです。」
 これは否定しとかなければならない。勘違いされている。ターニャが勘違いされた結果、どうなったか俺は知っている。

 「死ぬのであったらな。しかし、君は生きている。誰だって死ぬのはできるが生きて戻るのは誰だって出来るわけじゃない。それが私の経験からわかる。」
 黙っていたヴァルコフがその重たい口を開いた。

 「ライフルを担いだ兵士の山を、砲兵が作り出す火球の間欠泉を、瓦礫の山での鉛の応酬から逃げずに戦ったじゃないか。」
 そんなこと言われても俺は流されていただけでそんな大層な人間ではない。そもそもが戦いに出る人間は偉いのだろうか?田畑の畝を作る農民たちのその大地との話し合いのほうが偉いだろう。

 大自然と日々格闘するのだ。それに引き換え俺はこんな風に大使に流されて戦っている。イスパニアという場所で。こんな場所にいるのだ。

 「戦うのと引き金を引くのは誰にだって出来ます。しかし、その責任を取るのは誰にだって出来ません。小官に出来ない範疇の話です。私の話は以上です。小さい時に星空を見て星を掴もうとした子供のような存在が小官なのです。何一つ成し遂げられてはいない。前には後悔しかなく、また後には後悔しかないのです。」
 ここまで言えば大丈夫だろう。勘違いは収まるな。


 「指揮官には後悔と臆病はつきものだ。蛮勇はしないというのは優れた指揮官の証拠だ。慢心もしていない。野心もない貴官には適任のようだな。」
 シェルヒャーがニヤリと笑うとレルゲン以外が頷いた。

 ただ、レルゲンは射抜くような瞳でただ俺をじっと見ていた。また、俺もレルゲンを見ていた。

 
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