帝国兵となってしまった。
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「オルトー!なにを!」
オルトーからの報告は俺を揺るがせるにたる報告だった。オルトー達が大統領府で見たのは、拷問された軍人たちの死体や軟禁されているはずだった前首相のミグウェル・ルテラ将軍のミイラ、並びに負傷したルテラ将軍の息子、アンソニー・ルテラの奪還を果たし、将軍が持っていたとされる元帥杖まで持ってきたのだ。持っていた万年筆を落としそうになる。
それらの映像をちゃんと演算宝珠で撮っていた。本部に送らないといけない。更に、問題なのはその息子のアンソニーが帝国議会での証言を要求していることだ。アンソニーはイスパニア共同体の拷問により手足の爪は剥がされ、腕の骨は折られ、足の健は切られているがルテラ将軍などの解放を求めている南部のクーデター軍に対する人質にはなると生かされては居たらしく、痩せこけていた。しかし、痩せているからこそ眼光は鋭く感じる。
「ルテラ将軍のご子息のルテラ大尉でしたか?現状、我々は何もできません。本国に聞かねば。」
ルテラ大尉は折られていない利き腕じゃない方の指で紙の上のアルファベットを指し示した。これはルテラ大尉が舌も切り取られているからである。どんな世紀末だよ。狂ってるんじゃないか?共同体。いやまてよ。これって‥‥。
「圧倒的なリード‥‥。」
アルベルトが呟いた。そうだ。薄かった大義名分が圧倒的な濃さで現れてきた。クーデターまがいの選挙ではあったが法的な根拠はルテラの方にあり、その後に選挙結果は捏造だとデモ活動により、最高裁判所を脅し、総選挙を行いルテラ大統領を拘束したのが今のイスパニア共同体政府だ。
双方は限りなく黒ではあるが選挙に負けた大統領を軟禁しているのはともかく、殺して、反対派もここまでやったのなら大義はこちらにある。もしかすると国際ボランティア旅団が崩れ去るのやもしれない。つまり、このルテラ大尉は自分の価値を正確に理解をして取引に臨んでいる。
つまり、自身を賭けて国家を救おうという算段なのだろう。彼はこれにより、世界に是非を問おうというのだ。センセーショナルな映像はすでにこちらが流してるが被害者が直談判するのは話が違う。そうなのだ。国家のために父や仲間の死を使う覚悟を決めた男がいる。いや、人間がいる。ここでそれを断れるものが人間と言えるだろうか。彼は自らを賭けてるのだそれならばこちらもそれ相応の覚悟を出さないと無作法だ。
「彼の‥‥いや、イスパニアを思う気持ちを感じた。その映像も彼も‥‥オルトー、帝国本土まで護衛をしてあげろ。そして、彼が嫌がっても必ず合州国議会に彼を送ってあげろ。そうすれば連合王国と合州国の物資も少しは減る。選挙結果次第ではあるが未来の大統領殿だ。しっかりとな。」
俺も今回の一件で予備役に入ろうだなんて気が無くなった。ここまでやる敵ならばこちらも覚悟を決めるときが来た。共産主義にはわからさねばならない。かの邪智暴虐の限りを尽くす共同体に鉄槌を下すときが来たのだ。そうと決まればもう準備しないといけない。
それにこれが終わったあとに辞めればいい。まだ時間はある。引き金をこの戦いで引いてしまったからこそ幕引きもこちらがしないといけないのだ。持っていた万年筆を投げる。地図のマドリッドーリに刺さり、インクが広がっていった。
オルトー達が出発するのを見ながら、どうするか頭を回すがうまい案が浮かばない。まぁ、作戦計画書やイスパニア共同体の配置場所がわかるものや作戦書類を回収してきたから問題なかろう。
「ラジオでもつけるか。」
バチバチとダイヤルを合わせる音が鳴り響く、そしてイスパニア語の放送がかかる。イスパニア語はわかるが何を言ってるのだろうか?
『‥‥未明、駅であった爆発により、エンリコ将軍などを含む、十数人が死傷しました。先の襲撃とは関係があるかは調査中ですが、充満したガソリンと火薬が引火したものと見られています。大統領はこれにより頭を強く打ち、意識不明の重体で、かわりに首相のフエン・ネグーニンが非常時のために大統領を引き継ぐと表明。保有する準備高の貴金属の金をルーシーに譲渡し、武器の供与と軍事協力を記した条約を締結したと表明。ルーシー軍、1個軍団が向かっていると発表しました。そして、南部の叛徒達による爆撃の被害は〜』
そこでラジオを切った。つまり、エドワードがやっていたのは電気の電源を切ってあの武器庫にガソリンを撒いて充満させてから目張りをしたのだ。
で、何かわからないが目張りをされているから気になる。内部の電球は割れていて、それをつけたらガソリンと火薬がドカンだ。恐らく、辺り一帯がなくなっただろう。なんていうことを相手の中枢がほぼ無くなれば戦いやすくはなるが、講和はしづらくなる。この戦い。まだ続くというのか。
「つまり、戦いは続くんだな。」
コーヒーに砂糖を入れる。波紋が広がる、その波紋は円を描く、そうだ。波紋だ。波紋を起こすのだ。これだわかったぞ。
絶え間ない波紋は‥‥例えば雨は降り注ぐと巨大な湖すらも揺らがせるのだ。つまりは‥‥。
「浸透作戦。」
分隊規模まで散開させて、それに散発的な空襲をしてから、大空襲をする。これで相手は空襲が弱まったと思うはずだ。そこに大規模空爆による都市爆撃。砲兵の砲弾が瓦礫の山を作り、奴らの頭上に鉛玉を降らせるがこちらだって殲滅戦をしたいわけではない。つまり、彼らには彼らの事情もあるのがわかってる。ならばそれはそれとしないといけないだろう。
「人の意志が世界を変えることができると言うならそれが今だろう。慎吾。お前ならできるさ。いや、やらなきゃいけない。これは戦いなのだから。」
作戦案をまとめるとそれを伝令に渡そうと思ったが自ら運びに行くことにした。この場所は安全なのだからアルベルトに任せた。
「久しぶりだな。」
車は調達出来なかったため、馬を駆る。このまま、バロスロナを目指す。デジャヴュだな。またあの民族主義者に合わないといいがなどとある程度行くと飛行禁止区域を越えた。空を飛ぶ準備と馬を預けるための用意を始める。どうせ、反乱軍も共同体軍も派遣軍も大して好かれてはいない。
彼らからすれば日々の食事があって、仕事があって軍が邪魔をしなければそれでいいというような無関心なのだ。動乱がありすぎて無関心になり、国民生活が担保されれば誰が統治してもいいというような境地になったのだろう。
この大地が育む国民の中にもしかすると希望のダイヤモンドが埋まってるかもしれない。しかし、現実は彼をブラックダイヤモンドにしている。戦いは非情だ。常に人は無慈悲を強いられる。その強いられた先に何がある?人の墓だ。人間の墓場だ。人間が生まれる大地はない。
そんなことを考えながら馬を走らす。いい子だ。可愛い。
視界がひらけてくる。その先にあるのはのどかな村だ。たしかにここはこちらの支配地だが、気をつけなければならない。パルチザンと一向衆はどこにでも出現するのだ。もはや、人狼だ。人狼といえば首都警が必要なくらいボロボロだよなこの国家は。凄く残念だ。きっと戦わなくていい選択肢だってあったはずだ。
だが現実はいつもこうだ。こうなっている。だから仕方がないのかもしれないがそれにとても腹が立つ!特に何もできない一般人の自分が!そう、いつも俺は一般人なんだ。しかし、物語がこうやって変わっているなら、俺が介入できる余地もあるはずだ。これは帝国が始めた物語だろ。今はただ前に向かってあるき続ければいいだけのはずだ。なぁ、そうだよなきっと。
「えっと、どうしたんですか?」
農夫に話しかけられた。がっしりとした身体、手はカサついていて固い。まさに農夫の手だ。これは軍人の手よりも立派な手だ。こんな立派な手は見たことはない。これこそが人々が望ましいとした働き者の手だろう。
「いや、考え事をしただけだ。この馬の面倒を見てやってくれ、こいつの名前は‥‥。」
頭絡のネームプレートを見た。ハンスと書いてある。「ハンスか。」と呟くと蹄を叩いて答えてくる。こいつ頭良いのか?
ハンスがこちらの袖を噛む。なんだ、構ってほしいのか?引っ張られた瞬間に頭が冴え渡る。水が見える。水面が‥‥そうか。振り向きざまに拳銃を引き抜くと農夫側に向ける。
「なにを!?」
農夫の声を無視して引き金を引く。乾いた音が響く。農夫が腰をつく。それと同時に木の影に隠れていた兵士が倒れる。
「こないだの連合王国軍の生き残りだろう。まだ生きているはずだ。捕虜として扱わなければならない。ハンス、助かったよ。」
ハンスは蹄を鳴らす。本当にかわいいなこいつ。小切手を農夫に渡すと連合王国兵を捕虜として、送ってくれと伝えて飛び立つ。空は底抜けに青かった。ただただ蒼かった。それが変わらないことを、世界が変わっても国が変わっても人々が争っても変わらないことを示している。空の碧さはいついかなる時も人の予想を超えるのだ。なら、この空のように人々が成れたなら‥‥いい天気じゃないか。
突き抜けるような色の空の下、飛び続ける。通信でバロスロナに通信を入れた。そうなのだ。この空は蒼く蒼いのだ。
この空を見ても人類は戦い続ける、体が闘争を求めている奴らもいるのだろう。連合王国とか植民地逆ピラミッド安定性皆無系貧弱なワンピースの中にいても下半身が貧弱とか言われるような玉乗りピエロみたいな国家なんだから。止まったら死ぬマグロ経済をしてるんだろう。勝手に爆散して植民地に独立されてろよ。運河と海峡だけは残しとけよ。どうせろくなやつじゃないんだ。
「こちら、ジシュカ中佐である。軍令部区間まで飛行許可を求む。識別魔力反応で確認を求む。」
そう伝えるとすぐに軍令部区間への飛行許可が出た。
『こちら、バロスロナ司令部、了承した。2時間後に定期便が出るため、至急滑走路まで着陸されたし。幸運を祈る』
バロスロナからの定期便に乗って地中海周りでバレルシガのダキア派遣軍統合参謀本部へと向かう。バレルシガはバレルシガオレンジで有名であり、この戦いでも兵士たちの壊血病予防として硬いりんごとバレルシガオレンジが配給されている。
バレルシガオレンジは概ね兵士たちにも人気でオレンジ卿と言われるバレルシガの元領主(共同体に剥奪された。)が販売をしている。元領主というのだからかなりの地主であるのは間違いない。他にもマリゼズ窯という陶器もあり、高級将校の間でもお土産として重宝されているらしい。
などと考えている合間に空港に着いた。
イスパニア第三の商業都市だけあって、バロスロナには賑わいがある。第二はバレルシガで、第一は大西洋側のリーズボルナである。悲しいかな沿岸部にないのでマドリッドーリはイスパニア内では残念な位置づけだ。
国内の生産力も税収もその6割以上がリーズボルナ、バレルシガ、バロスロナに集約されてると言われており、彼らは独立心も高い。特にリーズボルナの人間やバレルシガ、カルターニャ、ガスコーなどは元々独立国だった上に税収の殆どをマドリッドーリなどのインフラに使われるのだから反発されても仕方ないのだろうな。
特に戦火もない平和な町並みだらけで、帝国人やダキア人を相手に売り買いしているカルターニャ人の市場を空の上から通り過ぎる。殆どが割と派遣軍を受け入れていた。特に税金を取るわけでもない上に独立支援をしているのだから当然といえばそうなのだろうか?帝国企業がかなりの額のインフラ投資や上下水道工事、電話線敷設、帝国製の海底ケーブルプランまであり、世界に対して素晴らしい国アピールをしている。
そして、各独立政府という体のカルターニャ自治政府やガスコー自治政府、バレルシガ自治政府に対して多額の借款を帝国は行なっており、彼らも彼らで地中海連邦として独自通貨のエスクードを発行しており、3州が合わさった額の保有金銀で保証されている体だが、実際は帝国の軍事力で保証されている通貨だ。
印刷も帝国中央銀行が委託されていたりもする。完全な植民地な気もするが帝国の政治家はガバガバなので地中海連邦にはフリーハンドを与えている。多くの支援の実態は紐付きだったり、帝国の旧式兵器更新のために3州に売却され、それぞれが州軍を持っているという事態に至っていた。
そのため、ピッケルハウベを被った州軍の警備隊がそこら中にいる。
「ジシュカ中佐殿でしょうか!お迎えに上がりました!」
服装を見るにカルターニャの州軍だろう。前職は教員でしたみたいな見た目をしている。まぁ、上等なのだろうな。
「それでは頼む。」
案内されて機体に乗ると座席に着いた。快適な空の旅であり、眠くなって微睡んでいる間にバレルシガに到着した。
バレルシガの空は曇っていた。しかし、人々の顔は晴れていた。
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