邪教、引き継ぎます
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第三章
23.魔術師の望み
強い風が、収まった。
視界を取り戻したローレシア王・ロスが前方に見たものは、おびただしい数の魔物たちであった。
否、前方だけではなかった。
左右、そして後ろを見ても、魔物たち。
四方を遠巻きにされている状態だった。
どの方角でも、キラーマシンが先頭に出ていた。その後ろに、シルバーデビル、デビルロード、アークデーモン、バーサーカー、ブリザードなどがびっしりと控えているのが見える。
とにかく多い。ロンダルキアで生き残っていた魔物が全て集結したのではないかと思われるほどの数だった。
前方の魔物の群れが一か所、スッと割れた。
そこに、一人の魔術師が姿をあらわした。
横には一体のアークデーモン、背後には一体の巨人族――ギガンテスがいた。
「君は……」
「お久しぶりです」
ペコリと頭を下げた魔術師が手に持っているのは、悪魔神官の杖だった。
前にハーゴンの神殿跡地近くで戦うも討ち漏らした、黒髪の少年。
改宗を拒否し、ハーゴンの後を継いで教団の再建しようとしている、今回の旅の討伐対象――。
「遠くからですみません。私の声、聞こえますか」
「聞こえている」
「私からのお願いは、一つです。今後のロンダルキアのことは、ロンダルキアに任せていただきたいのです。それ以上は、望みません」
ロスの耳には、魔術師の声はあのときとたいして変わらないように聞こえた。背丈もそこまでは変わっていないだろう。
だが。
後ろに魔物がたくさんいるからなのか、降る粉雪がそう見させているのか、それとも何か他の理由があるのか。ロスにはわからなかったが、放つ雰囲気がだいぶ異なっているように感じた。
「俺は、それを許すわけにはいかない」
輝く剣を抜き、構えた。
悪天候ゆえに輝きはないが、まぎれもなくハーゴンやシドーを討伐した剣である。
「君さえ討伐すれば、本当にすべてが終わるだろう」
ロスは雪の積もる地面を蹴った。
同時に、キラーマシンたちがロスに向けて弓矢を放つ。
今まで一度も見たこともないキラーマシンの斉射に驚きながら、ロスは足での回避と盾での防御で、ひたすら魔術師フォルのもとを目指し進んでいく。
射程に入ったのか、他の魔物からのイオナズンやベギラマも飛んできた。
ロスの速度が鈍る。
「……っ」
サマルトリアの王子・カインや兵士たちと離れ離れにされ、一人になったところで、魔物の大軍に囲まれた事実。しかも、ここは遮蔽物が一切ないような、開けた場所。
何かしら謀られて、待ち伏せされていたのだろう。それはロスにもわかった。
それでもかまわない――ロスはそうも思った。
一緒に旅をしたカインのことはよく知っている。顔も性格も穏やかだが、なんでもできる魔法剣士。ロンダルキアの魔物に不覚を取る人間ではない。最悪、逃げるだけならいつでもできる能力はある。ローレシアから連れてきた荷物持ちの兵士にしても、選び抜かれた精鋭。初めてのロンダルキアとはいえ、そう簡単にやられるとは思えない。
だから、罠にかかろうがなんだろうが、自分がここであの魔術師の首を取ればよい。
それだけでよい。
カインのベギラマやムーンブルクの王女・アイリンのイオナズンに比べれば、魔物たちの呪文の威力は数段劣っている。
避けられるものは避け、避けられないものはダメージを覚悟で、ロスは進む。
ついに距離を詰め、キラーマシン部隊までたどり着いた。
力強く正確無比な斬撃で、魔術師までの道を塞ぐキラーマシンを一体、二体と、次々に関節を破壊して停止に追い込み、なおも進む。
「撃ち方やめ! これ以上は味方を巻き込む!」
キラーマシン隊を抜け、シルバーデビルやデビルロード、バーサーカー、ブリザードたちを斬り飛ばし始める直前に、そんな指示が魔物の群れの奥から聞こえてきた。魔術師の声ではない。
弓矢や魔法がぴたりとやんだ。
代わりに、アークデーモンたちが一斉に三つ又の槍を構え、ロスの行く手を遮ろうと集まってくる。
「……」
キラーマシンの統率が取れている。
シルバーデビルが、負傷した他の魔物をすぐにベホマで治療している。
デビルロードがメガンテで自爆してこない。
バーサーカーが慎重に戦ってくる。
アークデーモンたちの魔法と槍の構えが揃っている。
何もかもが、ハーゴン討伐の旅では見たことがないものだった。
それでも、進む。
次から次へと差し込まれてくる、アークデーモンの槍。
斜め後ろからやってきたアークデーモンの槍が、背部に刺さった。
「くっ!」
深くはない。
刺さった槍を掴み、抜き、力任せに振る。
アークデーモンが飛ばされ、数体のバーサーカーが巻き込まれて一緒に転がっていった。
「……」
前方を見る。
遠い。
狙いは魔術師フォルただ一人。
だが、魔物たちの隙間からわずかに見えるその姿が、遠い。遠く見えた。
『今後のロンダルキアのことは、ロンダルキアに任せていただきたいのです』
アークデーモンを次々と斬り飛ばしていく中、悪魔神官の杖を持った魔術師の言葉が反芻する。
「できるのか! 君に!」
ロスは大きな咆哮をあげ、剣を振りかざしながらさらに突進していった。
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