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とある銀河の物語

作者:JK
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001 最終試験

宇宙のはずれ、といっても宇宙は広すぎて、外れにいようが何処にいようがたいした違いはない。
こういう表現はもっと主観的に、自分がどういう状況にいて、そういうことを踏まえたうえで考えないといけない。

重ねて言うが、宇宙は広い。とっても広い。だが航宙技術の発達、超高速通信、レーダー、センサーなど、もろもろのテクノロジーは私たちにこの広い宇宙をより多く知る機会を与えてくれた。特に、ミニ・ブラックホールを使った技術は考えられないほどの恩恵をもたらした。この技術は距離と時間を圧縮できるのだ。

ミニ・ブラックホール・テクノロジー(MBT)が発見されたのはつい百年ほど前の話だ。それ以前にすでに私たちはワープ航法、ジャンプ・ドライブ、亜空間航行、フォールドなど、いくつかの光速を越えた航宙技術を開発している。

夢の技術、“超光速航宙技術”。
しかしながら、この技術の運用には避けられない一つの課題がある。 それは“いかにして使用時の時空震を放出するか”である。文字通り、光の速さをはるかに越えて移動するこの技術、使用時に周りの空間に影響を及ぼさないはずがない。近くに大きな重力源や磁場などがあれば、この時空震をうまく放出できず、超光速航宙は失敗に終わる。粉々(それこそ「分子」とか「原子」の単位)になって何処かにいってしまう、といわれている。どこに行くかは誰も知らないし、本当に何処かに行ってしまうのかも定かではない。何しろ、行って帰ってきた者などいないのだから。
出発時と到着時にある一定の安全なスペースの確保。ようするに、出発地点と到着地点の安全確認が必要なのである。
出発時はそれほど問題はない。今、自分たちがいるところの安全確認なのだから、まあ、ちゃんとやれる。
問題は到着地点だ。何しろ光の速さをもってしても何年、何十年、何百年(理論的には“無限”らしいのだが、今のところ一度に一千光年以上“跳んで”みたものはいない)かかる地点の安全を、どうやって確認するのか?
一光年先の地点のわれわれの情報は、実際は一年前の情報なのである。その情報を持って安全確認をするわけにもいかない。

必然的に、この技術の運用は私たちの“知っている宇宙”に限られたが、それでもただ“見る”事しか出来なかった所に“行く”ことが出来るようになったのだ。当時のものたちは興奮し、この新しい宇宙時代をサポートした。
“跳び”観測し、また“跳ぶ”。尺取虫のような作業をこなしつつ、徐々に、徐々に生活圏を広げていった。
当初はさまざまな事故があったらしい。あったらしいが、それでこの技術の運用が妨げられたことはほとんどなく、常に新しい宇宙へと足を伸ばしていった。
そして、次第に外宇宙からの鉱物やその他の資源の輸送が軌道に乗り始めると、様々なものが人々に還元されるようになり安定期を迎えるようになる。

各種資源の輸送とともに、この夢の技術の運用によって期待されていたものがもうひとつあった。 
異文化との接触である。
宇宙はとてつもなく広いのだ。私たちだけのはずがない。ほかにも、必ず、何処かに、文化を持った者たちがいるはずだ。

その、文化を持った者たちは、確かに、いた。
いたが、今はいない。広大な、膨大な遺跡を残していなくなっていたのだ。遺跡は、あまりにもきれいに、整然とした状態で残っていた。どのような者たちであれ、ここにいた者たちが絶滅したとは考えにくかった。

多くのオーバー・テクノロジーを残して、彼らは何処へ行ってしまったのか。
遺跡を調査した科学者、歴史学者、考古学者たちは、割と簡単に結論を出した。
やはり彼らは絶滅したのだ、と。
では、あのあまりにも完璧に残された遺跡は、どう説明がつくのか。まるでルームサービスが入ったばかりのホテルのようにきれいな建物の数々。
いまだに動力の生きている機械類。確かに食べ物らしいものは見当たらないのだが・・・

答えは“ナノ・マシン”である。
完全に自動化されたナノ・マシン・システムが、遺跡を最良の状態に保ち続けてきたのである。
更なる調査の結果、ここにいた者たちは少なくとも三十万年以上も前に絶滅していたらしい。

ともあれ、私たちはこの遺跡から多くの“超技術”を手に入れることが出来た。
これらの“超技術”たちは“GIFT”(ギフト)と呼ばれ、私たちが独自に積み重ね、開発してきた技術とは区別された。
区別されつつ、融合し、絡み合って、そしてより多くのものを私たちにもたらした。
MBTはその中でも、最大の“GIFT”である・・・

「・・・夢の中でくらい、リラックスしてろよ。なに眉間にしわを寄せて寝てんだよ。」
早朝未明、俺を起こしに来たのは同じ訓練生のランだ。俺と1,2歳しか違わないのに俺よりもずっと背が高く、胸板も厚く、十歳は老けて見える。
「夕べ勉強させられたホロを、夢で復習させられてた・・・なんだよ、今日からオフのはずだぜ、俺は。」
そう、今日は最終試験の日。
毎日毎日、とんでもない訓練に明け暮れながら、この日をどんなに待ち望んだことか・・・。
だが、選ばれなかったのだ。また、選ばれなかった。これで三回目だ。
三回選ばれなかったことを恥じているわけではない。普通は四、五回目で選ばれ、大体七回目くらいでほぼ全員が選ばれるか、訓練自体から外される。まだ、三回だし、それに何より俺は訓練生の中では最年少なのだ。
でも、一回目で選ばれる奴も確かにいるのだ。このランのように。
ランはいいやつだ。なんでも人並み以上に出来るし、ものをよく知っている。いわゆる“エリート”というやつだ。かといってランはそんなことを鼻にかける様子はまったくなく、気さくで、本当にいいやつなんだ。今だってこうやって俺の心配をしてくれている。今日から自分の“最終試験”が始まるっていうのに・・・えっ?
「おいっ! お前こんなところでなにやってんだよ!! 最終試験が始まっちまうだろうが。」
思わず大声を出してしまった。ランの奴、わざとらしそうに耳をふさいでやがる。
「・・・そうだよ、最終試験が始まっちまうから来たんだ。早く着替えろよ。」
「あのな、お前は初めてだから知らんだろうが、最終試験をやってる最中は訓練はないんだよ。R&Rさ。」
「だから訓練はないが、最終試験はある。そうだろ?」
「あたりまえだろうが。」
「だから、とっとと着替えろよ。」
「あのなぁ・・・」
ランの奴、おかしくなったんじゃないのか? 最終試験にも行かないで、こんなところでわけのわかんない事いって・・・。
「わるかったわね、マール。こちらのミスよ。早く着替えなさい。」
俺はベットから飛び出して、ほんとに飛び出して、直立不動の姿勢をとった。もちろんランもだ。もっとも、ランは憎たらしいくらい落ち着いているし、何よりちゃんと訓練服を着ているが、おれときたら・・・。
「アイアイ、マァム。し、しかし、意味がよくわかりませんが・・・」
「まだ寝ぼけているというのなら、早く目覚めた方がいいわよ。でないと最終試験は超えられないわ。」
クリス・アリジン。訓練キャンプの特別教官にして、もはや伝説になりつつある特殊工作員。この“船”の発見者の一人。 一応この訓練キャンプの教官ではあるが、ここでの訓練に顔を出すことはめったにない。 めったにない、が顔を出してくれたときの訓練結果はいつも三割がたアップする。俺は五割以上。まかせてくれ。なぜって、そりゃあさ、憧れの人の前では精一杯いいとこ見せたくなるってもんだろ!
「こちらの連絡ミスでね、マール、あなたはちゃんと受かっていたのよ。」
「・・・は?」
「二十分あげるわ。軍曹のところへ行って装備を受け取りなさい。野戦Bよ。」
そういってクリス特別教官はそのすばらしく均整の取れた美しい背中を向け、寝台部屋を出て行った。やわらかそうなロング・ヘアが最後に見えなくなり、あとにはなんともいえない良い香りが漂っていた。あぁ・・・。
きっと俺はとんでもなく間の抜けた顔をしているのだろう。呆れ顔でランが行った。
「ということだからよ、早く準備しなよ。 あと十九分だぜ。」






三分とかけずに備品庫についた俺は、とにかくあせって言った。
「野戦Bだ、おやっさん!! 時間がない!! 今すぐ出してくれ!! はやくはやくはやくはやくはやく!!!」
「こらぁ!“最上級軍曹”と呼べと、いつも言っとろうが!!」
俺の爺さんくらいの年齢の軍曹を捕まえて生意気なことを言うようだが、俺はこの軍曹が好きだ。なんとなく気が合うというか、一緒にいてリラックスできる。軍曹のほうもどうやら俺のことを気に入ってくれているらしく、いろいろと良くしてくれる。酒を教えてくれたのも軍曹だし、女もそうだ。料理や裁縫まで教えてくれた。前線で役に立つのかどうかはともかく、“人生を豊かにしてくれる”のだそうだ。
「とにかく時間がないんだよ!!あとで何回でも呼んでやるからとにかく頼む!!」
「おめぇ、しまいにゃ“上官侮辱罪”でつるし上げるぞ!!」
いつものセリフである。いつもはぶつぶつ言いながらも、手早く用意してくれるんだけど今日は何もしようとしない。やばいなぁ、マジで怒ったか?
いや、そんなことで怒るはずがない。それとも、今はとてつもなく虫の居所が悪かったのか?
「・・・おやっさん、いや、“最上級軍曹”のおやっさん・・・。」
「・・・なんじゃそら。ま、心配すんなよ、マール。もうそこに用意してあるさ。」
ふと見ると、カウンターの端に野戦B装備一式がすでに積み上げられていた。
「おお、さすがおやっさん、仕事が速いね。いつもほんとに助かるよ。」
そういいながら、自分でもう一度装備をチェックし始めた。
「何調子のいいこと言ってやがる。それは俺が用意したんじゃねぇ。」
「へぇ、何か新しい魔法でも発見したのかい? チチンプイプイとか?」
手を休めずに軽口をたたくのは、俺の特技の一つだ。
「あほう。クリス特別教官殿だよ。」
つかの間、手が止まり鼓動が大きくなった。
「いやぁ、いつも思うんだが、あれはいい女だなぁ。年寄りに対する礼儀っちゅうもんを心得とる。“私が用意させていただいても、よろしいですか?”ときたもんだ。」
俺はなにをチェックしているのかわからなくなっていたが、とにかくチェックを終え、装備を担ぎ上げた。
「じゃ、行ってくるよ、おやっさん。」
「おめぇ、なに赤くってんだ?」
うるせえうるせえうるせえ、と言ってやりたいところだが、俺だって多少の礼儀は心得てる。敬意を持ってドアをけり開け、走っていった。
「てめぇ!器物破損罪だ!!この野郎!!」
・・・・・・・
「まったく、若けぇよなぁ。」
ぶつぶつ言いながらハンド・トーキーを取り出した。
「クリスお嬢ですかい? はい。ちゃんと、自分で確認していきましたよ。なにやらすごく赤くなってましたがね。ま、そういうところは叩き込んでるはずですから、とりあえずは大丈夫じゃないですかね。はい。ええ、こんな老いぼれに出来ることでしたらいつでも。はい。では。」






「最終試験といっても、なに、たいしたもんじゃない。おまえら一人一人に簡単な実戦任務を与え、お前らはそれをこなし帰って来る。帰ってくることによって、俺たちはお前らを一人前の“使い捨て要員”とみなせる様になる。使えるだけ使って、使えなくなったら気持ちよく消えてもらう。そんな要員にな。」
この訓練キャンプでは、ただ単に“教官”と呼ばれているこの男も、クリス特別教官と同じくらいの有名人だ。それに人と状況を見て皮肉や嫌味を言う技術は、この宇宙でも右に出るものはいないだろう。特に口元に笑みを浮かべながら、オブラートにくるんだような言い方で言われたときには、誉められているんじゃないかと錯覚するくらいだ。それが嫌味だったと気づいたときの落差といったら・・・。
「・・・なあマール。今回はすまなかった。こちらの連絡ミスで通知が行かなかったんだってなぁ。今日からR&Rを決め込んで毛布に包まっていたところを叩き起こされ、こんな朝早くから呼び出されて、集められて、すまんなぁ。まだ、毛布が恋しいか?なんなら、今から寝台部屋に帰って、R&Rの続きをやってくれても、いいんだぜ?」
「ノー、サー。申し訳ありませんでした。」
この“教官”にだけは“聞いているフリ”は通用しない。絶対に。
「俺が言うのもなんだがよ、この“軍隊式”ってのはどうも性に合わないんだな。格式ばってて。特に今回はこちらのミスだし、何の罰則も適用しないからよ、戻ってくれても俺としちゃあ・・・」
「ノー、サー、申し訳ありません。注意散漫でした。」
「プッシュアップ百だ。」
「イェッサー。」
時間もないし、この程度で許してくれるのかな?だとしたらラッキーだぜ。何しろ俺はこの手の“罰”が人並みはずれて多い。聞いていないわけじゃないんだが、頭の中でいろいろな考えが勝手に回りだしてしまうんだ。これは俺の特技じゃない。やばいよ、最終試験に集中しなくては・・・
「どう、ウォルフ、こちらはもうOKだけど。」
「よう、クリス。もう二、三分待ってくれ。」二十一、二十二、あからさまに俺を見ながら言わないでくれ。二十三・・・
「じゃ、その間、ファイルを見せてもらおうかな?」
やはり来た。来てくれた。最終試験恒例の「Touch by Angle」。
何か特別なことを言うわけではない、らしい。ただちょっと顔を出して、訓練生のファイルを見て、「へぇ」とか「ふーん」とか、ちらっと訓練生の顔を見ながらつぶやくだけ、らしい。初めて、この最終試験が実行されたときもクリス教官は同じことをした、らしい。そして無事に実戦任務を終え帰還してきた訓練生が、あの時「まるで、天使に触れられたみたいに」力がわいてきたと感想を漏らした、らしい。この訓練生はもうこの星系におらず、生きていればどこかの部隊で戦闘指揮をとっているのだから確認のしようがない。が、ともかくそれが訓練生の間に伝聞し、「Touch by Angle」と呼ばれるようになった。もはや儀式と化している。
いつもの半分の時間でプッシュアップを終え、直立不動の体制に戻った。なにがなんでも俺の番には体勢を整えておかないと。それに、ほんとにわずかな時間しか、一緒に入れないのだ。一秒一秒が貴重すぎる。ちゃんと集中していればプッシュアップなんぞに時間をとられかなったのに・・・。
「あら?」
・・・「あら?」???「へぇ」とか「ふーん」とかでなく??? 疑問符???
「マールのこれ、この偵察任務だけど。」
「ああ、はなたれ小僧にはちょうどいい任務さ。」
なにが!! たった八日間で千五百キロもの距離をこの二本の足だけで移動して、そのあとでやっと偵察任務だ。実質の移動は七日以内にしないといけないだろうし、そうなると一日十四時間走るとして、だいたい時速十五キロで走り続けないといけない。なにが、“ちょうどいい任務”なもんか・・・確かに簡単すぎる任務だったら最終試験にならないけど。
「八日じゃちょっとね・・・」
「そうか?じゃあ、期間を変えるかね。」
おいおい、そりゃ確かに難しいけど、やれるさ。やって見せる!!
「教官殿。自分なら大丈夫です。やって見せます。」
おまかせください! 俺に出来ないことはあなたを落胆させることくらいです!!
「そう、マール。あなたもそう思うのね。」
「イェス、マァム!」おお、すばらしきかな! 同じ思いを共有し・・・
「やっぱり八日じゃ簡単すぎるわ。六日が適当ね。」
俺の個人史の、輝ける一ページが今・・・え?
「本当は五日でもいいんだけど、ウォルフの顔も立てないとね。」
「イェス、マァム。五日でもいいくらいです。ありがとうございます。」
おいおい、俺はいったい、なにを言ってるんだ? わかってるよ、ラン。そんな顔するなって。今訂正するから。
口を開こうと思った矢先、ぽんと肩をたたかれそのきっかけを失ってしまった。“教官”だ。
「とにかくはなたれ小僧は背伸びしがちだが、ま、ここは六日ということにしとけよ。簡単すぎる任務で非常に申し訳ないがな、マール君。」
「イェス、サー。簡単すぎる任務ですが、仕方がありません、サー。六日ということにしておきます。」
誰か、俺のこの口を止めてくれ・・・。






程なく俺たちは船に乗り込んだ。全長百五十メートルの万能型宇宙船“キャッツ”だ。
五人の“キャッツ”乗組員以外に人員も三十人まで収容でき、二、三回のミッションなら無補給でこなすことが出来る。もちろん“跳ぶ”事も出来るし、伸縮性の補助翼と高性能、高効率の垂直離着陸エンジンにより大気圏内でのミッションも可能だ。機動力重視の、強襲揚陸艇に近い機体。多少のサイズの差とか、性能の差こそあれ、この手の機体が俺たちの主力だ。単独のミッションはもちろん、艦対戦においても大いに威力を発揮する。高速戦闘機にこそ及ばないが、高い機動性と戦闘機よりはるかに勝る火力で敵艦隊を翻弄してきた。もちろん今のところは、だが。

ハッチが閉まるなり大爆笑が渦巻いた。
「と、とんでもない奴だな、おい・・」とバルロス。
「“教官”も最後はすごい顔してたわよ・・・お、おかし・・・」これはリリア。しわが増えるぞ!
「い、いいものを見せてもらったよ、マール・・・」うるせぇ、ラン。
「おまえ・・しかし・・・くくく・・・」なにが言いたいんだよ、ミアル。
「・・・・・・・・・・・・・!!」何とか言えよ、エム。
俺を含めてこの六人が今回の最終試験を受ける訓練生だ。女が二人いるが、これは別に珍しいことではない。
クリス特別教官の影響か、訓練生になりたがる女性は多い。それに、パイロットの適正という奴も、女のほうがいいらしい。俺だって、どうせ命を預けるなら、より優秀なパイロットに命を預けたい。男とか女ではなく。
「・・・もうすぐTake Offだぜ。席に着けよ。」
精一杯ハードボイルドに言ったが、聞いちゃいねぇや。俺はさっさと席に着きハーネスを締めた。偉大なる“GIFT” の一つ、重力発生装置は小型化できとても使いやすいのだが、この手の船にはほとんど無い。その代わりMBTを応用した重力制御システムが設置されている。
戦闘艦は急加速、急減速を推定して作られている。戦闘中にいたってはその繰り返しだ。乗員はたえずその急激な体感重力の変化にさらされる。結果、座っているだけでも激しい疲労にさいなまれる訳だ。この“急激な体感重力の変化”に対して、重力発生装置は何も出来ないが、重力制御システムはその変化を“ある程度”吸収してくれる。吸収して、いわゆる“ホワイト・ホール”から吐き出しているらしい。その原理は何度聞いてみてもさっぱりわからなかったが、いいのさ、使えれば。当初、宇宙環境保護を訴える団体が“MBTは宇宙にごみを撒き散らしている”とか“母なる宇宙にもっと優しく”何とか言っていたらしいが、今ではまったく聞かれなくなった。実害はなんら見られなかったし、実利は途方も無く大きかったからだろう。
通常航宙時はだいたい、0.7から0.8Gくらいに保ち、大きく変化するときほど大きく吸収し、小さすぎるくらいの変化のときはそれこそ何もしないらしい。フレキシブルである。
このMBTはいろんなことをする。重力制御もしてくれるし、頼めばシャワーの後、体を拭いたりもしてくれるかもしれない。体中についた水滴を吸収してホワイト・ホールから放出して・・・。
・・・何といっても、一番の能力は“時間”と“距離”を曲げてみることが出来ることだ。
これが出来ることによって、私たちの“跳ぶ”距離が飛躍的に増大した。瞬時に、とはいかないが、それでも何十光年、何百光年も離れたところをほぼReal Timeで観測し、到着地点の安全確認が出来るようになったのだ。もちろん限界もある。MBTの限界というより、観測精度の限界だ。遠くなればなるほど、より緻密な精度が要求される。MBTに連結されている私たちの最高度の機器を使って、およそ一千光年が限界である。一千光年以上の距離を“跳んで”見たものはいない、といった理由はここにある。

「また寝てたのか。よし、これからお前を“ナップ”と呼ぶことにしよう。」
「・・・イエス・サー・・・」
降下間際に通信室に呼び出された。ほかの訓練生の笑い声を無視しようと努力しているうちにどうやら眠ってしまったらしい。またランに起こされた。これから初めての単独ミッションなのに、我ながらいい度胸である。
「“ナップ”ね。なかなかいいじゃない。似合うわよ、かわいくて。」
「イエス・マァム。自分も気に入りました。」
何で二人が一緒の部屋に・・・ていうか、コンビなんだよなぁ、この二人。・・・わかってるさ。
「頑張ってね、ナップ。本当に五日で終わらせてもいいのよ。」
「イエス・マァム。頑張ります。」
画面越しにクリス特別教官が席を外す気配が伝わってきた。残念ではあるが、最終試験を前にこんなにクリス特別教官と話した訓練生って、他にいないんじゃないのか?
「・・・おい、ほんとうにいいのか?」
「・・・あ、はい、イエス・サー。何とでも好きに呼んでください。」
「あほぅ、ミッションのことだよ。本当に六日でいいのか、聞いてるんだ。」
あれ、なんか“教官”やさしくないか?
「い、イエッサー。“歌って踊れるエクスペンダブル”を目指してますから。」
な、ナニを言っているんだ、俺は!
「ふん、まぁ、いい。初めての単独ミッションだ。俺に怒鳴られることも無く、好きなだけ考え事が出来るなぁ。」
もしかして、心配してくれているのか、俺のことを? この“教官”が?
「申し訳ありませんでした。サー。ミッションに没頭します。サー。」
「ふん、俺はな、考えることが悪いことだと言っているわけじゃないんだぜ、ナップ。」
「イエス・サー。」
「ふん、本当にわかっていりゃ、いいんだがな。」
「・・・・・・」
なにが言いたいんだろう・・・。
「おい、ナップ。」
「イエス・サー!」
聞き逃すなよ、何か、重要なことを、独特な、あの訳のわからない言いまわしで言うに違いない。
「今度モニターに顔を出すときはちゃんとよだれのあとを拭いてからにしろ。」
「・・・アイアイ・サー。すいません・・・」
「ふん」
暗くなったモニターに、よだれのあとの残った、間の抜けた俺の顔が映っていた。

















 
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