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一口だけ齧って

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第一章

                一口だけ齧って
 音楽家のピエトロ=ロッシーニは多くの歌劇を作曲し素晴らしい名声と富を得た、それで作曲をしなくなりパリで悠々自適の生活を送っていた。
 その彼にだ、友人の一人がこう話した。
「君は美食家として知られているが」
「だからこの街にいるんだ」
 太って口髭を生やした顔で応えた。
「パリにな」
「世界で最も美食が集まっている街だからこそ」
「そうだよ、パリ以上に美味いものが集まる街はない」
 ロッシーニは言い切った、今は彼の自宅でコーヒーを飲みながら話をしている。
「それこそね」
「そうだね、それで色々なものを食べている」
「何かとね」
「それでパスタはどうだい?」
「故郷の料理かい」
「やはり好きかな」
「勿論だ」
 ロッシーニは笑顔で答えた。
「あれもまたいい」
「パリの多くのレストランの料理だけでなく」
「故郷の料理もいい」
「パスタもまた」
「そうだよ、特にいいのはスパゲティだね」
 ロッシーニは笑顔のまま話した。
「ナポリの」
「よく聞くね、スパゲティは」
「細長いパスタでね」
「一本一本が」
「それにチーズをまぶして手に持って食べるんだ」
 ロッシーニは食べ方の話もした。
「高々と掲げてね」
「そうしてだね」
「食べる、そして」
 そうしてというのだ。
「私も大好物だよ」
「そのナポリのスパゲティが」
「そうだよ、それでその話をするということは」
「実はパリに店が出来たんだよ」
 友人は思わせぶりな笑顔で話した。
「そのナポリのスパゲティを売っているね」
「そうなんだな、ならだ」
 ロッシーニはここまで聞いてその目を輝かせて応えた。
「私もだよ」
「行ってみてだね」
「そのスパゲティをいただこう」
「そうすると思ったよ」
「わかってて今回ここに来てか」
「話したんだ、君ならそう言うと思ってね」
「そうかい、それじゃあ」
 ロッシーニは完全に乗り気になってさらに言った。
「その店を紹介してくれるかい?」
「いいとも」
 友人も応えてだった。
 その店を紹介した、そしてロッシーニは早速その店に向かった、店に入るとパリらしい洒落た高級な感じだった。
 その店の中に入るとだ、若い店員が出て来て彼に尋ねた。
「いらっしゃいませ、何をお求めでしょうか」
「ナポリのスパゲティを」
 ロッシーニは店員に真顔で答えた。
「もらえるかな」
「はい、うちの看板ですから」
「出してくれるね」
「こちらです」
 店員は早速それを出した、店に並んでいるまだ茹でる前のそれだ。
「抜群に美味いですよ、パリでも大人気です」
「売れてるんだね」
「本場ナポリのものですからね」
 店員は明るい笑顔で話した、そこに嘘を言っているものはなかった。
「とびきりですよ」
「成程、では試食していいかな」
「茹でる前で、ですか」
「うん、いいかな」
「いいですよ、どうぞ」 
 店員は屈託なく応えてだった。
 一本差し出しロッシーニはそれを受け取ってだった。 
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